長靴
小学生の頃、雨の日が大好きだった。
雨に打たれながらはしゃぐだけでとても楽しかった。
そんな日のお供はお気に入りの長靴。
これを履いているときの僕は無敵だった。
意地悪なガキ大将も公園を独占しようとする中学生も雨の日は誰もいない。
長靴を履くだけで世界の独裁者になった気分になれた。
ある日、大雨が降った。
僕は相棒をしっかりと履き、雨合羽を羽織って外に出た。
いつもより雨合羽に当たる雨の音が大きかったことを覚えている。
いつも雨の日に行く公園には当然のように誰もいない。
目を輝かせて空き地で走り回り、雨が染み込んだ砂場で足を半分だけ埋めたりして楽しんだ。
ある時、ふっと不安になって来た。
雨の日であっても、公園から見える道路にはいつもは傘を差している人たちが歩いている。
今日はそれすら見かけない。
本当に世界に1人だけ取り残されてしまったのかもしれないという考えが頭によぎった。
一度考えてしまうと不安はどんどんと加速して行く。
僕は家に帰ろうと走った。
道路から見える川は水があふれていて、今にも僕を飲み込んでしまいそうだ。
そんなことを考えていると足がもつれて転んでしまった。
もつれた方の足に履いていた長靴が脱げ、川に落ちてしまった。
僕は川を少しの間見つめたが、長靴が浮かんでくる様子はなく、それどころが「お前も飲み込んでやろうか」と言っているようだった。
僕は片方裸足で走り出し、そのまま家に着いた。
ちょっとした冒険を終えた気分になりながらも、親友との別れに今にも泣きそうになってしまった。
「ただいま」
ドアをそっと開ける。
すると母がタオルをもって出迎えてくれた。
「またこんなに濡れて、風邪ひくよ。早くお風呂入りなさい。」
「あの、お母さん。」
少し震えた声で僕は母に語りかけた。
「どうしたの?そんな目して。」
「長靴……」
僕はそういうだけで精一杯だった。
母は僕の長靴をちらっと見ると、僕に向かってこう言った。
「明日、新しい靴買いに行こうね。」
その声がひどく優しく響いた。