閑話 〜義弟の葛藤〜
今回は番外編。
義弟ことフィンレイ視点です。
何故、彼はアンジェリカを避けていたのか?
少しでも、彼の心が分かるように書けていたら、嬉しいです。
最近、どうにも分からない事がある。
どんだけ考えても、分からない事だ。
それは、今度出来た義理の姉……アンジェリカ・フォスフォール侯爵令嬢の事だ。
彼女の行動には謎が多すぎる。
仲良くしようと笑いかけてきたと思えば、庭に誘ってきたり。
かと思えば、手を繋いできたり、僕の事を“汚くない”と言った。
「なんで」
ポツリと呟いた疑問は、誰に拾われることもなく、自室へと消えていった。
────彼女なら、教えてくれるんだろうか?
僕に、沢山の魔法の花を教えてくれた彼女なら。
なんて。
彼女について悩んでいるのに悩みの種本人に相談するなんて変な話も良い所だ。
有り得ない自分の思考回路に自嘲気味に笑いを零した。
そもそも僕は、周りに絶対に依存しないように、寄りかからないで生きていくと誓った。
どんな事も自分で解決して、何があっても誰も頼らない。
人を頼った愚かな奴の末路を知っているから。
『私達に、ついてくれば────もう貴方を酷い目にあわせたりはしないわ』
そう言って優しげに笑いかけた憎らしい女の顔は未だに鮮明に僕の頭に焼き付いている。
その手を何も疑わずに取った僕のなんと愚かしい事か。
あの女は、あの笑顔の裏で、僕を実験台に使おうと企んでいたというのに。
あの女だけじゃない。
僕は、その前にも同じような過ちをしている。
あの時は、男だった。まだ幼く物心ついていないときで、男の甘言に誘われ信じてついて行ったのだ。
そして、なったのが奴隷だったのだけれど。
僕は、頭が悪い。
頭が悪いから、人を信じてしまう。
人の本質を見抜けない。
それならいっそ、誰も信じなければ良い。
人の本質を見抜けなかろうと誰一人、信じなければ、この世の人間全員を疑えば裏切られる事なんてないのだから。
そう決めたのは、何時のことだっけ?
『君が、フィンレイ君か』
僕の元に現れたのは、薄い茶色の髪に、ダークブラウンの瞳を持った、整った顔立ちで男前、と形容されるだろう男性。
その男性の笑顔に覚えがあるようでなかった。
此方を安心させようと向けてくる、此方の疑いの心を削ぎ落とそうと向けてくる、優しい笑顔。
あの汚らしい女と同じもののはずなのに。
その男性の物は、違うように見えて戸惑った。
『フィンレイ君?』
……案じるように再び掛けられる声。
もう何が何だか分からなくて混乱していた時に思い出したのは1つの言葉。
“誰も信じなければ良い”
かつての自分が決めた事だ。
なんで、忘れていたんだろう?
危なかった。また同じ過ちを繰り返す所だった。僕は、何時までたっても人を疑いきれない。自分を破滅に導く甘い心は捨てなければいけないというのに。
****
『仲良くしましょうね!!』
『フィンレイは決して汚くないわ!綺麗よ!』
『私たち、姉弟になったんだから』
『少しずつ、家族らしくなっていきたいわ』
「フィンレイ?フィンレイいないの?」
アンジェリカの声が聞こえてくる。
……ああもう、煩い。五月蝿い五月蝿い!
お願いだから、黙って欲しい。
耳を塞いでも、アンジェリカの声が聞こえる。
辞めて、僕は頭が悪いから。僕は心が弱いから。
そんな風に、言われると……駄目なんだ。
決定的に、僕の心を崩壊させたのは
“家族”という単語だろう。
僕は家族に憧れている。それも“暖かい家族”だ。
どうやっても手に入らない宝物。
どんなに頑張っても届かない理想。
それを目の前に突き付けられた。
あれは悪魔の囁きだ。
あれに頷けば、僕はどっぷりと沼に落ちてしまうだろう。それは底なし沼。
足掻いてももがいても決して抜けられない沼だ。
一時は優しく僕を包み込み、時が来たら、冷たく見放す。
見放された時に、僕の心は壊れてしまう。
『私は、フィンレイと仲良くしたいのよ!』
咲き誇る魔法の花にも負けないくらいの明るい笑顔。
なんで、僕は彼女の声が頭から離れないんだろう?
なんで、僕は彼女の笑顔が見たくて堪らないんだろう。
なんで、なんで、なんで僕は────。
“彼女は理想の姉だから”
僕の信念が崩れ落ちてしまう日は、そう遠くないのかもしれない。