第6話 〜幸せと守るべきもの〜
思わず「アーメン!」と神に祈りを捧げてしまった私だが、もう既に1回願い事を叶えられている私に2度のチャンスはないだろう。
ここからどう挽回するかは、私の行動次第なのだ!
────なんて、ポジティブ思考になろうと努力したけれど。
「アリシア……会って間もない人との距離感が掴めないわ……どうすればいいの……?」
はぁぁぁぁ……。
本日何回目になるだろうか?重い溜息と共に私はアリシアに切実なる質問をする。
あの場で、HP残りが0になってしまった私は、もれなく戦闘撤退を余儀なくされ、フィンレイに力なく挨拶をすると自室に帰ってきた。
『お帰りなさいませ、お嬢様』なんてアリシアの天使スマイルで出迎えられて少し癒されたのだが、如何せん傷が大きすぎた。
私が、げっそりしながらベッドに腰掛けるとアリシアが心配そうに『どうなされましたか?』と聞いてくれた訳だ。
私は、そこで自分の失態を話して、アドバイスを求めた。嗚呼、なんて情けない令嬢なのだろう。ちょっと自分を恥じる。
「うーん、そうですね」
アリシアは少し悩む仕草をした後ににっこりと優しく微笑みかけてくれた。
「わたしは……そこまで距離感は気にしないんです。あくまでわたしの話でお役に立てないかもしれませんが……わたしは、初めから笑顔で話しかけてくれるお方が好きです。手を優しくて差し伸べてくれる方が好ましいのです」
笑顔で話しかけて。
手を優しく差し伸べる……?
何それ、めちゃくちゃ聖母じゃないの!
────ってあれ?何か心当たりあるんだけど……。
「ふふ、お嬢様……フィンレイ様はきっとお嬢様を嫌いになって等おりませんよ」
頭の中にアリシアとの出会い、そして初めて話した時の事が一瞬よぎったけれど、直ぐにアリシアの笑いに掻き消されていく。
うーん、昔過ぎてあんまり覚えていないわ。
でももう少しで思い出せそうだったのに、残念。
「……そうかしら……。私、嫌われてないのかしら……?」
アリシアに包み込むようにそう言われたのにそれでも私は自信が持てない。
それはゲームの中でのフィンレイを知っているからだと思う。
あの誰もを疑い、誰にも心を許さず、ただ冷たい視線を向けるフィンレイを。
『どうせ、信じても無駄だから────』
フィンレイの、その悲しい呟きを。
「大丈夫です。お嬢様、自信を持たれて下さい。お嬢様はみんなに元気を与える存在で皆に好かれているのですよ」
ふふ、アリシアの慰めが嬉しい。
私にそんな自覚はないけれど、そう言ってくれるだけで気持ちが晴れた気がする。
「ありがとう。アリシア……!私、貴女にそう言って貰えてとても嬉しい……。私も皆が大好きよ」
皆を守りたいから、この幸せな屋敷にずっと居たいから。
その中には、フィンレイも居て。
笑顔で、楽しく……過ごしていたい。
その為に、大切な事はなんだっけ?
────フィンレイと仲良くなる事だ。
「私、元気が出てきたわ。もっと頑張ってみる!」
なんで、少しミスしただけであんなにも落ち込んでいたんだろう?
この世界にセーブとロードなんてある訳ない。
あれはゲームの中の事なのだから。
そして、私達の世界はゲームじゃない。
私はキャラクターの“アンジェリカ・フォスフォール侯爵令嬢”じゃないし、お父様もお母様も、屋敷で働く皆も、フィンレイもそう。
だから、恐る必要なかったのよ。
私は、焦り過ぎていた。
きっと、あの結末を繰り返すのが怖かったのね。
大丈夫、大丈夫。まだ時間はたっぷりあるわ。
前とは違ってお父様もお母様もとても良いお方で、この屋敷は幸せに溢れている。
「お嬢様、元気が戻られたようで良かったです……!」
ほら、私には天使なメイドだってついている。
「……元気が、わたしの取り柄よね。よっし!明日からも懲りずにフィンレイ誘って行くわよ!そしていつか『お姉様』って呼ばれるようになっちゃうのよ!」
メラメラと闘心が燃える。
ついでに、フィンレイに『お姉様』と可愛らしい笑顔で呼ばれている所を想像してしまい、きゅんきゅんと萌える。
「お嬢様!その意気です、わたしも精一杯お手伝い致します!」
ああ、ええ子や。
私は、アリシアの手をがっしりと握る。
繋いだ手の温もりが、私に勇気を与えてくれる────。
トントントントン
「…………」
トントントントンッ
あっれぇ?めげない心と、決意を胸に。今の私は無敵だ!とさえ思ってリトライに来たというのにまさかのフィンレイ不在!?
そ……そんな。それは無いわ……。
肩を落としながらももう1回ダメ押しとばかりにドアをノックするが返答なし。
きっとこれはいないだろうと私は戦闘前退場をする他なくなりとぼとぼと自室に帰っていったのだった。
*****
それからも、何回か部屋を訪ねてみたのだけれど、応答一切なし。
流石の私でもこれは居留守を疑わざるおえない。フィンレイを最推し様を疑う羽目になるなんて私としても不本意だ。
諦めて、夕食の席での会話を試みた方が良いのかしら?
「フィンレーイ。本当にいないのー?」
もう1度だけ、声を出して確認してみるけれど、やはり答えはない。
これは、居たとしても徹底的に居留守使うスタイルだわ。
私は、ノックで少し傷んだ手を擦り、多分居留守を使われた悲しみに打ちひしがれながらも自室へ続く廊下の道をまるで、葬式の帰りのような足取りで帰っていったのだった。