第3話 〜乙女ゲー内での彼〜
フィンレイ。
ゲームの中でも何回か見たことのある幼少期時代の姿。
濡羽色のサラサラの髪にルビーのような瞳。
肌は白くてどちらかというと中性的な美貌を持つ美少年。
成長すると物凄い色香を放つ美青年になる。
やばい。想像以上に美少年。
まさにキング・オブ・美少年!!
あ……素晴らしすぎて語彙力が吹き飛ぶとはこの事だわ。
「アンジェ、フィンレイ君に挨拶をしなさい」
呆けている私に見兼ねたお父様がそう声を掛けてくる。
私は慌てて挨拶をする事にした。
曲がりなりにも侯爵令嬢。礼儀作法はバッチリである。
「初めまして、アンジェリカ・フォスフォールです。よろしくお願い致します」
自己紹介と共に淑女の礼をする。
前世の私からは考えられないような良い礼である。
「……フィンレイ・と申します。今日からお世話になります、どうぞよろしくお願い致します」
硝子のように感情のない、虚ろな瞳。
淡々と冷たい声で決められたような台詞を喋っていくように挨拶をした。
一応口元に笑みを浮かべているものの、それはあからさまな愛想笑いだ。
嗚呼……フィンレイは……。
“あのゲームのシナリオ通りの人生を辿った”のね。
「……あ、あの!」
何を言えばいいのかも分からないのに、私は口を開いた。
フィンレイは視線だけこちらに移すと「何でしょうか?」と尋ねた。
ど、どーしよ。特に考えてなかったわ。
でも、私……何かを伝えたいと思って、フィンレイに何かを伝えたくて……!
「な、仲良く……しましょうね!!」
そして、考えた挙句出た言葉はソレ。
語彙力がないせいで上手く言えないけれど、私が結局伝えたいのはたしかにその言葉だ。
私は────フィンレイと仲良くしたい。
勿論、あの悲しい結末を繰り返さない為というものや、大切な家族や使用人達をあんな目にあわせない為に、自分が生き延びられるように、というものもある。
けれど…… 。
これから新しい家族になる義弟と、少しでも仲良くなれればと思った。
自分の力では無理かもしれないけれど、皆で笑顔を取り戻していければと思った。
初対面の相手だけれど、前世では自分の最推しであり、過去では救いたいと感じた相手だ。
どうも初対面だという気がしない。
「……はい」
フィンレイは目を瞬かせて探るようにこちらを見遣る。彼は誰に対しても疑心を抱いていないといけない生き方をしていたのだ。
誰も守ってくれる人などいない。自分一人でやっていけないといけない。
幼いというのに、そんな生き方を。
******
対面は終わり、フィンレイにも休養が必要ということで、私達は別れ、私は自室に戻ってきた。
さて、暇になった所で、今更ながらあの乙女ゲーのフィンレイについて覚えている事を書き出してみよう。
それで何か分かることがあるかもしれない。
仲良くなれる糸口が見つかるかもしれない。
紙とペンを取り出し、万が一誰かに見られても大丈夫なように、日本語で書く。
この世界の言語、文字は日本語とは違うものだった。
「えーっと、まずは……」
フィンレイ・フォスフォール後にフィンレイ・クレスウェルは元々奴隷の身だった。
生まれた時にスラム街に捨てられ、その後奴隷商人にその見目の良さをかわれ、商品とされた。毎日奴隷としての躾をされて、出来ない度にひどい事をされる。そんな日々だった。
「ここまででも、大分惨たらしいわね……乙女ゲー製作者はフィンレイの過去を重くしすぎじゃないかしら」
思わず、溜息が出てしまう。
が、さっさと続きも書かなければ。私は再び書き始める。
そんなある日、彼は魔法の力に目覚める。全てを燃やす炎の力で、奴隷商人も建物も燃やした。やっと自由の身になれた……と思ったフィンレイだが、直ぐに強力な炎の力を操る危険因子だとマークされて、魔法管理会に捕まってしまった。
「魔法管理会……。私もあそこに行ったことあるけど、なんか異質な雰囲気がして、あんまりいい思い出ないわ」
魔法管理会、この世の魔法や魔法術者を管理する大切な所なのだがあんまり好きになれない。
私の勘は当たってたらしく、ゲームでも魔法管理会は酷い所だった。
フィンレイは保護するという形で実験体にされた。毎日毎日血を採取されたり魔力枯渇するまで魔法をうち続けさせられたりと散々な目にあう。
「で、ゲームだったらお父様がそこの会長と繋がっていて大金叩いてフィンレイを買い取ったらしいけど、実際のお父様はそんな事するような人じゃないわよね」
一旦ペンを置いて、引き取ったキッカケなどを考察してみるがそれだ!というような考えは生まれなかった。
まあ仕方ない。私の平凡な脳ではこんなものだ。そこは置いておこう。
次はフィンレイの好きな物・嫌いな物などね。
ここら辺は役立つ知識よね。さっきのものも地雷を回避するという点で大事そうだけれど。
えーっと、フィンレイの好きなものは……自然な物だったはず。フィンレイは着飾ったり自分を隠して誤魔化す者が嫌いだ。ゲーム内で「同族嫌悪だよ」と言っていたのを覚えている。
うーん、自然な物って言ったら花?植物?新鮮な空気?そこら辺よね。
なら、さっきお母様たちが話していたように庭がとても良いんじゃないかしら。
明日、庭に誘ってみよう。
あと……彼が憧れを抱いているのは“暖かい家族”。それは彼がどう足掻いても手に入れられなかったもので、でも手に入れたかった大事なものなのだ。
これは……姉として接していれば良さそうだ。
うん、頑張って理想のお姉ちゃんになろう。
「よし!」
気合いを入れて、今後の計画を定める。
1、庭に誘って一緒に遊ぶ!
2、理想のお姉ちゃんになる!
3、でも最初は踏み込みすぎない!地雷を踏まない!
だ。よし、これくらいなら頑張れそうだ。
明日から、本格的に計画を始動するぞ!
この時の私は、この計画により彼の性格がああなってしまうだなんて、1ミリたりとも考えていなかった。
物語は……そう簡単に私の思うように動かないことに、この時の私は気がついていない。