18話 ~彼は~
お久しぶりです。
大分更新が遅れてしまい申し訳ございません!
起きるともう、彼はいない。
当たり前だけど、彼に関する記憶を取り戻した今、少しだけその事が悲しく感じられた。
……もう少し一緒に居たかったな、なんて、甘えた事は言ってられないよね。
思い出せただけで、兄さんが、前世親しかった人がこの世界にいるというだけで私は幸運だ。
兄さんを覚えていなかった私の事も優しい言葉で包み込んでくれた。
私も、兄さんに恩を返せるように……しないと。
と、そこまで考えた所で、私は大変な事に気がついてしまった。
そうだ、今日。今日クライヴ様との顔合わせだわ。
そうだ、昨日何故か私はヴェルノ―――いや兄さんだったけど―――に口付け(額に)されたんだったわ。
衝撃の事実を2つも思い起こしてしまい私の頭はショート寸前だ。
え、え、え。なんで!?
クライヴ様の件は置いておくとして、なんで兄さんはあんな事したの!?
だって、転生する前もあんな事するような人じゃなかったわよ!いや、家族だし嫌な訳ではないけれど……。
久しぶりに私に会ったからあんな行動に出たのかな……?そうだとすれば仕方ない、こと?
トントン。
そんな風に悶々と悩んでいたらノック音が聞こえてきた。
条件反射ではい!と答えそうになるけれど昨日の事を思い出して取り敢えず誰でしょうか?と尋ねる事にする。
「お嬢様、アリシアで御座います」
メイドのアリシアだった。
私がどうぞ、と大きめの声で許可をするとアリシアは失礼します、と言いながら入室してきた。
分かっている。クライヴ様との顔合わせの件だろう。
ああ……悩む事が増えすぎて全て解決しないままクライヴ王子との顔合わせなんて。
どうしたら良いのか分からなくて、黙り込んでしまいそうだわ。そうなったら家族に迷惑を掛けるのだから気をつけないと。
兎に角それなりに愛想良く、しかし凡人、王子が相手にする程の令嬢でもない……という感じを装えば婚約者にもならず、しかし「あそこの令嬢は無礼だった」等と評されることも無く上手くいくのではないか。
咄嗟に考えついた名案とは絶対に言えないような案を仕方なく採用し頑張って“程々令嬢”を演じ切ることを決めた。
❀✿
「……アンジェリカ嬢は何か趣味とかはあるのかい?」
「あ……ええと、読書を嗜んでおりますわ」
「読書かぁ。いいね。私も読書は好きだよ」
「そっそうなんですの?クライヴ王子はどのような御本を好まれますの?」
ああ。はっきり言って地獄だ。
今、クライヴ様とお話を……というような流れから2人で(とは言っても相手は王子様なので護衛は付いている)お話をしているが、本当に地獄だ。
結論から言うと程々令嬢を装うとは思っていたよりも難しかった。
それは私が演技下手で嘘が苦手ということも影響しているがそれよりも、クライヴ様をいざ目の前にするとあまり言葉を紡ぐ事が出来ないというのが直接的な原因だ。
私の中でクライヴ様は実兄を殺そうとしているやばいやつ。病んでいる人。という人物像が出来上がっているから恐怖やらドジを踏まないようにという緊張感から演技の前に喋る事すら難しい。
これじゃいつ気を抜いて、不敬に当たる返答をするか、話を聞いておらず無意識のうちにスルーしてしまうか分かったものじゃない。
今の所どうにかこうにか会話を繋げている状態だがいつそれが途切れて気まずい空間が出来上がる事だろうか……と考えてビクビクしてしまう。
「…………アンジェリカ嬢」
「はっはい?」
不意にクライヴ様が少しだけ、声のトーンを変えて私の名前を呼んだ。
なに !? と心の中では驚きの声を上げるが表面上は愛想良く尋ねる事が出来た。よし、私よ。頑張ったぞ。誰も褒めてくれる人が居ないので自分で自分の頑張りを褒め称える。そもそも自分の反応は特に褒められるような物ではないから褒められないのは仕方ないことだけど。
「何を怖がっているのかい?……私は君に何かしてしまったかな」
「……っ」
やばい。
私が怖がっている事がバレてしまっている。
ゲーム内設定に人の感情に敏感だ……という物があったがここまでとは……。
自分の感情コントロール能力が無いという事実を棚に上げ畏怖半分感心半分といった微妙な心境に陥る。
それにしてもなんて答えよう?
正直私自身がクライヴ様に何かされた訳でもないし、今はまだクライヴ様が兄殺しをした訳でもない。私に「実は兄殺そうと思ってんだよね」と打ち明けてきた訳でもない。それに加えてクライヴ様の評判はとても良いもので婚約の話が出て喜ぶ令嬢はいれど怖がる令嬢など存在しないだろう。
「い……いえ。そんな怖がっているだなんて……クライヴ王子とこのような場を設けて頂いて恐縮しているだけですわ」
慌てて控えめな笑顔と共にそう告げるが、きっと表情筋は上手く動いてくれていない。引き攣りまくりの不格好な笑顔になってしまっただろう。
ああああもう駄目だぁぁぁと嘆きを漏らしたくなるがそんな事したら余計この状況は悪くなる。口を噤んで変な声が出るのを防ぐ。
「そう……そうなら良いんだけど。
私が気付かぬ内にアンジェリカ嬢を怖がらせていたのならば……その理由を聞きたいと思って、ね」
私とは違い、穏やかなで柔和な笑顔を湛えるクライヴ様。金髪碧眼、輝かんばかりの美貌に笑顔が加わりさらに煌びやかな王子様オーラを醸し出している。
……と、まぁそんなことはどうでも良い。
クライヴ様に深く言及されなくて良かった。されてたらなんかもう……コミュ力的に勝てる気がしない。
色々吐いてしまいそうだ。
「ク、クライヴ王子の有難いご配慮に感謝致します」
感謝の言葉と共に軽い会釈をしてみせる。
それにクライヴ様も応えて下さり、そのあとはまたたわいもない話が続いた。話し上手ではない私の話を上手く引き出してくれたり、はたまた積極的に喋ってくれたり。こちらの様子を伺い気を使ってくれまさに理想の王子様!という感じだった。
クライヴ様のお陰で変なドジを踏まなかったといっても過言ではない。ありがとうと心の底からお礼を言わせて頂きたい。
そうして、クライヴ様の助けもあり私は特にあれ以上の失敗を犯さず“そこそこ令嬢”をそこそこ演じられた気がする。
多分これでクライヴ様が私を婚約者候補に正式に入れることはないだろう。
クライヴ様のお見送りをして、漸くお役御免になった私は多大な疲労感に襲われ現在自室で横になりながらクライヴ様のことについて纏めたメモを読んでいた…………と。
「────────え?」
クライヴ様の事がつらつらと綴られているメモの端っこ。明らかに私の筆跡ではない文字。