第16話 ~記憶~
「……っ!?」
余りの事に、声すら出ない。
何かをいいたいはずなのに、言葉も思いつかなくて口を開けては閉じるを繰り返す。
そんな私の様子にヴェルノはくすり、と笑い声を漏らした。
「お嬢様は、無防備すぎます。これでは駄目です。もっと周りを警戒してください。もっと周りを信用せずに、ちゃんと現状を見つめてみて下さい」
程よい低さのヴェルノの声はよく通る。
涼やかで、だけど甘さを含む声が私の脳を侵食していくようで。
「可笑しいとは思いませんか?フィンレイ様は異常です」
どう考えても、ヴェルノはフィンレイを悪く言っているというのに、その優しげな声音からはそうは思えなくて。
「彼は貴方様に依存している。それは貴方様もご存知なのでしょうが……」
そう。私はきちんと分かっているわ。
でも、フィンレイは不安定だから。
今は不安だから、そうしているだけで。
直ぐに直るのよ。直るはずよ。テッド以外にもお友達と言えるような信頼関係を築いて、広い世界に目を向ければきっと……。
「お嬢様の考えは甘いのです。彼の依存が一時のもの?有り得ません。フィンレイ様は常軌を逸しいると言っても過言ではない」
そんな言い方、しないで欲しい。
フィンレイは普通よ。……過去の裏切りとか、トラウマとか、そういうの全部忘れようと頑張っているの。
理想の家族を作ろうと努力しているの。
私をもっと知って、自分も私の自慢の弟でいようと。
前を見ようと、1歩踏み出そうとしているフィンレイ。
私が支えて、一緒に歩み出そうって……。
「その顔……まだ分かりませんか?」
何も言わないのに、ヴェルノは私の顔をまじまじと見つめてきて、そんな風に言う。
……考え事をやめると、さっきの謎行為が頭の中に思い出されてきて、羞恥で悶え死んでしまいそうになる。
恋愛経験0の私を舐めないで貰いたい。
私は、必死で違う事を考えるようにしながらもヴェルノの問い掛けにはい、と頷く。
「お嬢様は、いつまで経ってもそのままですね……。“前”となんにも変わってない」
ヴェルノの“前”は、確実にこの世界の私のもっと幼い頃の話だろう。
なのに、何故か私はこんな予感が拭えない。
……彼の言う“前は”。
この世界のことじゃなくて、もっともっとずっと前のことを指しているんじゃないか?と。
「疑心暗鬼で生きているといいながら、1度懐に入れた相手には、底抜けの信頼を寄せる。そんな相手になら、何をされても疑わない。信じている……」
つらつらと私の特徴を指を折りながら上げていくヴェルノ。
「だから、“死ぬ”んだよ」
……“死ぬ”。
その単語に確信を持った。
彼は、ヴェルノは。
「覚えていますか?貴方の死んだ理由、貴方自身のこと、この世界のこと、そして俺のこと」
ヴェルノはいつも私という一人称を使っている。それが俺に変わった。多分それは彼が意図して変えている。私に何かを伝えたいのだろう。
彼は、前世の私を知っていて、私と近しい者。
そこまでは、ヴェルノであってヴェルノでない彼の台詞で分かった。
でも問題はここからなのよ。
だって、私の記憶は朧気でしかない。
ハッキリとは覚えていない。
「……もしかして、覚えてない?」
黙りこくった私に、そう尋ねてくる。
どうしよう。素直に“覚えていない”と言えばいいだけの事なのに、体が震えて、声も出ない。
なんだろう。そう言ってしまったら目の前の彼がどうかなってしまう気がして。
何を根拠にそんな思考を抱いているのか、自分のことながら検討もつかないけれど、悪い予感ほど当たるものだ。
「……え、ええと」
かといって、覚えています、なんて白々しく言ったところでじゃあ例えばコレ覚えている?なんて聞かれたらあっという間に嘘だとバレてしまう。
それにこんな事態でそんな事いっている場合じゃないと思ってはいるんだけどなるべく嘘はつきたくないわ。
私は、意味を持たない言葉を口にして、時間稼ぎをする。
「……あ、あの。その」
「なんですか?」
にっこり。素晴らしい笑顔。
だけど目の奥はちっとも笑っていなくてそれが私の不安を煽る。
……考えろ。思い出すんだ、私。
ちょっとだけでも良い。せめて彼の事だけでも!彼は私とどういう関係だった?
家族?友達?もしかして恋人?親戚とかいう可能性もある?
……ダメ。
考えれば、考えるほど、頭がおかしくなっていく。
記憶が塗り潰されていくような気がする。
「もう諦めて下さい。覚えていらっしゃらないのでしたら、そう言ってくだされば良いのですよ?」
「……」
もう私が覚えていないと確信しているのだろう。
これ以上抗えない。
「……申し訳ないです。覚えていないんです。私のことも、親しかった人のことも、死んだ理由も」
正直に告白すると、ヴェルノは辛そうに顔を歪め……直ぐに元の笑顔に戻った。
彼の、苦しそうな表情が頭に焼き付く。
やはり彼は私と仲が良かったのよ。
だから忘れられて悲しんでいる―――。
「正直に言って下さりありがとうございます。お嬢様が覚えていらっしゃらない事も私は全て覚えております。私の口からで宜しければお話致しますよ?」
それはとても有難いお誘いだった。
知りたい。
覚えていないなんて、おかしい。
なんで、1番大切な部分を忘れてしまっているの?
「お、教えてください……!」
ヴェルノは口を開き、ゆっくりと話し始める。
「まずアンジェリカお嬢様の前世、杏奈の話からしますね」




