第9話 〜信じなくて、信じて〜
「まぁ、アンジェリカ様!そのドレス、とても素敵ですわね。お美しいアンジェリカ様によくお似合いですわ!」
「流石、侯爵家のお庭は違いますわね。庭師も大層センスの良い方なのでしょうね」
「このお菓子も、美味しいですわね!」
お茶会。
それは女が集まり、会話をする場所。
そこで、私はトーク力を磨こうと、していた筈だ。
それがどうして?
なぜだかいつも通り褒め称えられるだけになっているわ。
そりゃあ、主催者である令嬢を褒めないのは良くないんだろうけれど!
「あ、ありがとうございます」
何人もの着飾ったご令嬢に囲まれて圧倒される。
辛うじて、お礼とその後に褒め返す、という所まではいつも通りに出来たけれどそれ以上がなかなか難しい。
私は、引き攣った愛想笑いで。
話題を見つけて、必死に言葉を紡ぎ出すのであった。
*****
お茶会から遡ること、数日前。
お父様とお母様が謎のやる気を出した事によりお茶会は私の予想を遥かに超える早い日にちに実施されることになった。
アリシアやヴェルノのは何か言いたげに私を見つめて来たけれど、既にお茶会は決まっている。
お母様やお父様の期待に満ちた表情を見れば、更に何も言えなくなったのだろう。
気まずそうに視線を逸らし、2人は俯いた。
アリシア、ヴェルノ、そしてお母様・お父様以外の屋敷に住む人々にも変化があった。
料理人さんたちは、お茶会に最高のお菓子を出すと捗っていた。特に料理長さんは炎を纏っているのではないか?と思うくらい、やる気に満ち溢れていた。
庭師さん、メイドたちも張り切りを見せた。
いつも綺麗だった屋敷内、そして庭だけれど更に磨きがかかって、これなら『世界一!』と胸を張れる。
誇らしい。見せつけたい!
そんな欲求が生まれてくる。
フィンレイは、突如として両親や使用人が力を入れて、動き出した事に戸惑いつつもいつも通りだった。
うん、いつも通り、私の事を避けているのよ。
*****
そんなこんなで、皆が頑張ってくれた甲斐あって、お茶会は無事開催。
庭も、屋敷も、お茶も菓子も、完璧でご令嬢方もうっとりしている。
特に、わざわざこのお茶会の為に、お母様は針子とデザイナーを呼んで、お茶会用のドレスを作らせた。
お母様が布を選び、デザイナーの方が素晴らしいデザインをして、針子の方がそれは丁寧に作ってくれた皆の努力の結晶と言うべきドレスはご令嬢方の注目の的だ。
さっきからお褒めの言葉を貰っているけれど半数はこのドレスに関することだ。
「ありがとうございます。セレナ様のドレスはかの有名なデザイナー・リネンさんデザインの物ですわね。淡い色が可憐なセレナ様によくお似合いですわ」
褒められて、しなければいけないのは褒め返すこと。
前世の経験から以外に賞賛の言葉は得意だ。
逆に言えば、それ以外のトークは苦手なのだけれど。
「まぁっ!嬉しいですわ!」
セレナ令嬢のはにかんだような笑みを見ると、嬉しくなってきて。
褒めるだけも悪くないと…………。
ってダメよ!
それじゃ、いつもと同じじゃないの!
「皆様」
勇気を出して、呼び掛けてみる。
一斉に華やかなご令嬢方がこちらを見つめてきて、緊張が走る。
頑張るのよ、私。
ここで踏み出せれば……トーク力を磨く云々の前に、自信がつくわ。
そしたら、フィンレイのことも、アリシアやヴェルノのことも、なにか変わるかもしれない。
「ご案内したいところがありますの」
咄嗟に出たのはその言葉。
特に今後の事を考えて口走ったものでは無いけれど、案内したい所ならいっぱいある。
でも、今までは各々で会話に花を咲かせる令嬢方に言い出せなくて、案内出来ていなかった場所の数々。
「まぁ!それは楽しみですわ」
「アンジェリカ様がご案内して下さる場所……!とても素敵な所なのでしょうねっ」
令嬢方の可憐な笑顔に、私は救われる。
嘘で塗り固まったものだとは思えない、純粋な笑み。
「こちらですわ!」
私は、そっと立ち上がり、令嬢方に微笑みかけた。
*****
大成功だった。
私は、そう感じた。
私が案内した場所を気に入ってくれていたと思う。
皆様、帰り際には「素敵な場所をわたくしにお見せて下さり、ありがとうございます」「今日は、アンジェリカ様と沢山お話が出来て嬉しかったですわ」「お招き頂き、本当にありがとうございます」と口々に挨拶してくれた。
それは、侯爵家令嬢に見せた偽の笑顔だったのかもしれない。
それは、侯爵家に掛けた、お世辞だったのかもしれない。
でも、私は彼女達の笑顔が、言葉が本心からのものだと信じたかった。
「……よし」
信じよう。
彼女たちの本音なんて私に見極められないんだから。
私は、観察眼が優れているわけでもなければ、そういう勘が良い訳でもない。
それなら、信じるが勝ちでしょう!
前世で、人を信じられなくて後悔した。
今世では、人を信じて後悔しよう。
フィンレイに、人を信じて欲しいと願っている私が、人を信じていないなんて可笑しな事だから。