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荒凛の華

作者: 紫

        サウンド文芸★荒凛の華


        アゲルト派の若者達は侵略者から自国を奪われる事に憤りを感じ、

        過激派を立てた。

        彼らは無残にプライドを失うつもりは無い。

        アゲルトの戦い、後の第二次世界大戦、2つの戦争を通し、

        プライドを、命の尊さと、失うという事実、戦争の悲しみを問う。


        作中詩歌 詩歌 女紫<彼岸花>

                  <大地>      


     彼岸花 


 花も花に生まれて来た美しい華よ

 花は花に生まれて来た運命さだめ


その場が動かずには移動せず 

季節が変らずには生まれない

凍てつく風無くとも一生は終わらせるが

花も花に生まれた運命よ


 風は吹き荒れんとも私を何処かへ連れて欲しい

 この思いを耽るのならば ああ 一生を輝きつづけよう


花は花で 生き勇む孤高の野原に咲くその勇ましさよ

荒野に咲き乱れよう 原っぱの美しき花


 そらが 飛び立つ鳥を受け入れる様に

 空が海と溶け合う その色を分かち合うために

 月を見上げて宇宙は空に 星を瞬かせる


野原に花を咲き乱させて 一生を終える花がいい


花は花に生まれて来た運命よ その一生を見せよ

まだ…… まだ

全てを魅せず死に行くには早いと


海に沈む吹雪達は 海に 死に 引き寄せられる運命よ

認めよ

足掻きつづけるなど醜くとも 美しきこと


花は花に生まれてきた美しき華よ

毒は持てどねたまれるべき花は 無く 愛しき花よ

どんな花も美しき地球の それは 彩り続ける華よ





荒凛の華 


砂漠の月。

戦争の巻き起こったアゲルト派の基地内キャンプ。松明か白熱灯はカーキのテントの群を照らし付け、浮き立たせた。

ごろつく岩は砂漠の風をそろそろと切り、高台から狼が低く唸って駆け下りて行った。

風は静かに渦巻き、銀色の鋭い三日月はプラチナの輝きを持たせる。

荒涼としているだけじゃない。

星が瞬くだけで艶をもたせた。夜は明るい月明かりが全てを照らす。

黄色の砂が舞い上がり、6頭の馬で彼等は駆け抜け、風は鋭く温かい。

手綱を引き馬を停止させた。

静かに馬達は、いななき止り、金色の月光に照らされる星下の仲間達の基地を見下ろし、視線を合わせ頷き合う。

月剣を腰に携え馬を勢い良く鞭払い、掛け声と共に掛けさせて行った。

甲高くラッパが吹かれ、夜の空を突き上げた。

闇は落ちている。墨に広げた星空は海蛍の様に青く光り、地上を明るく照らした。




荒凛の華1


1 ジェイビス・ロッソ


テントの中、鉄パイプの支柱に寄りかかり地面にケツを降ろしてブーツの足を放り、ナイフで爪を整えていた。

自然に緩く掛かる黒の前髪を息を吹きかけ、裸電球の下目を細めステンレスのナイフに鳶色のでかい瞳が伏せ目がちに黒髪の間覗き、爪を整えると息を吹きかけた。

ジェイビス・ロッソは木の箱に肘を掛け背を支柱に、電球の光りを頼りに目を更に細め、ナイフを持つ腕を立てた片膝に掛け煙を吐き出すと、目を閉じ天井を仰いだ。

遠くでギターを弾き語る声が静かに聞こえる。


 花は花で生き勇む孤高の野原に咲くその勇ましさを

 荒野に咲き乱れ様 原っぱの美しき華

 空が飛び立つ鳥を受け入れる様に

 空が海と溶け合うその色を分かち合う為に

 月を見上げて宇宙は空に 星を瞬かせる……

 野原に花を咲き乱させて 一生を終える華がいい


冷たい空気が入って来て、目を開けテント入り口に目を向けた。


 まだ……まだ 全てを見せず死に行くには早いと……


仲間達が入って来て、ロッソに安物だがウィスキーボトルを投げ渡し微笑んだ。

他3人も声を掛け入って来て腰掛ける。

「おめでとうよ」

「フ、こんな地での心遣い嬉しいぜ」

男は微笑みジェイビスの肩を叩いてから彼の横に腰を降ろした。

彼は昨日、21のバースデーを迎えたばかりだ。

「明日の国の催すくだらない慰安パーティーには全員参加らしいぜ」

その言葉にジェイビスは口元をわざと歪めてみせて、誰もが同じく笑った。

確かに下らなく何の足しにもならないパーティーだ。女達が来て誰もが体の憂さ晴らしをしては、何も普段手を下さないお偉方のつまらん励ましの言葉を聞かされる。

「お前も出るのか?俺は興味無いからばっくれるつもりだ」

「おいジェイビス。お前そうやってあの地獄の時間を逃げていられるのも今の内だけだぜ」

ロッソは肩をすくめてから首を振った。ナイフを回し手に収めた。

お偉方のあのパーティーには冴えない女ばかりだ。見ていてもつまらん、顔ばかりが綺麗なだけで何の興味もそそられない。そう参加する男達は言って来る。

ロッソは毎回ばっくれていた。そんな物より、基地のリーダー達が募らせて稀にやるような、仲間内での慰安パーティーがいい。

稀にしかそれは出来なかった。

「だが、いい女が今度こそは来るって話だ。スパニッシュかもしれねえぞ。お高く停まったフランス人形なんか糞食らえだね」

「へーえ」

「興味示せよ」

ナイフを光の下の木のテーブル上、林檎に投げさして舌を出した。口端を上げて言う。

「俺、あまり女には痛い目見せられたくねえんだ」

「お前の母親が酷い女だからって、全ての女がそうだなんて思わないほうがいいぜ」

「だから幻想のままで終わらせてくれよ」

仲間は笑い、確かに違いねえと言った。

「何か買って来る」

そう言いながらロッソは立ち上がり、テントを出て行った。そのテントから顔を出しジェイビスの背を男が呼び止めた。

「お前に紹介したい女がいるらしい」

ロッソはもう興味も無く苦笑して、調理用のテントに手を振り入って行った。


そこには厨房係の女、マルチェがいて、若々しい豊満な肉体をくるんと振り向かせた。

ふわふわのロングの黒髪がふわりと体を包んで後ろに戻り、ロッソを振り返ると魅力的な目を吊り上げた。

「その煙草、棄てて」

口にくわえて財布を見ていた彼は顔を上げて、前髪から覗くでかい伏せ目で美人ジプシーを見てからおどけ、煙草をテント外に吐き棄てた。

「チーズと肉をくれ」

「ねえジェイビス。あたしがここを離れるのはあと1週間の事なのよ?寂しく無いわけ?」

「他の奴等のマドンナで充分だろ」

「じゃあチーズと肉はあなたにあげない」

「俺が食べなくても奴等が食べる。今頃餓えてるだろうからな。昨日、俺の誕生日だったんだ」

マルチェは目を見開いてジェイビスを見た。

「本当?おめでたいじゃないの!なんで言ってくれなかったのよ」

「言った方が俺には不思議だ。相手にされたいのかな。もしかして」

マルチェは腰に手を当てて上目で微笑み、ロッソは眉を上げてグリーン豆も追加した。

袋に詰めながら彼女は言う。

「あたしがここを去るとき、一緒に祝ってもらいたいの」

「何もなかったらそうだな」

「お願いね。あなたに見送られると、なんだか心強いから」

「俺みたいに無愛想なので嫌じゃ無かったら」

「喜ぶ所よ」

そうにっこりして袋を渡した。

「お金はいいわ。洒落て無いけどプレゼント」

「ありがとうな」

そう口端を上げてテントから出た。

その時だ。闇夜を切り裂いて、オレンジの光がほとばしった。

ロッソはザッと振り返り襲撃が巻き起こった基地内は、一気にざわめき立った。

袋は飛んで行き、ロッソは近くに落ちてきた弾丸の数々と轟音と豪風を突き立て低空飛行する戦闘機を睨み見た。

体勢を直して彼は走り出し、テントに入って誰もが一斉に武器を構えて踊り出た。

だが、そのテントは潰され仲間は何人かがやられた。

舌を打って影に隠れ、横に走って来たマルチェの頭を押えて低くさせる。

「夜襲なんて卑怯だわ!!」

「静かにしろ。声を出すな」

戦闘機は何度も旋回しては撃ち込んでくる。

ロッソは転がり地面に落ちたマシンガンを取り、体勢を立て直したと共に片目を絞り、舌で唇を舐めて戦闘機を威嚇射撃した。

2発翼を掠め、機体は角度を変えた。傾き激しく地に滑り落ちる。

爆発もせずにテントの密集する群をなぎ倒し落ちて停まった。




荒凛の華2


第4区基地


2 パイロット


パイロットが目を覚ますと、ぐるりと奴等に周りを囲まれていた。

撃ってきたあのまるでノスリのような顔の男を、充血した目で探す。

肩にあのマシンガンを担ぎながら身軽に器材を越えここまで駆け上がって来た。でかしたといわれ、手を叩き合ってハッチに足を掛け見下ろしてきた。

「CIA……?」

パイロットは足を駄目にしていた。機体に挟まっているのだ。

そのノスリ顔の男を睨み見上げて、パイロットは煩い無線を打ち抜いた。下手に悟られては困る。

奴等はアゲルト政権の右翼過激派団体で、CIAは彼等の基地の破壊を命じられていた。

ハッチをこじ開けると3人掛かりで腕を引き上げた為に、パイロットは激痛に叫んだ。

「おい。医務を呼んで来い」

「いや。殺す」

「おいジェイビス」

マシンガンを彼から奪ったのはキャプテンだった。

「医務を呼べ」

「生かしておいたらどうなる」

医務の人間が来ると、ロッソは痰を吐き鋭い目で仲間を撃ち殺したパイロットを睨んでから機体から飛び降り、苛立ちで器材コンテナを蹴散らし歩いて行った。

マルチェが走って来て、戦闘機が堕ちているのを見て近くには行かない方がいいと思った。

「ねえ、敵は死んだの?」

「俺の耳がおかしくなってるだけだろ。キャプテンに生かされたのも奴の生きた声聞いたのも」

マルチェは機体を見ながら何度か頷き、負傷者の救助に向った。


翌日、砂埃の巻き上がる晴天は黄色掛かって砂漠の砂を、風が大気に舞わせた。

捕らえられた昨日のパイロットは鎖に繋がれ、檻から開放されていたが、鉄球は骨折の足を無理やり引き何度も熱を持つ激痛が感覚を鈍らせた。

奴等は今から出る様だ。多くのジープやバイクの数々、戦車を引き連れ、リーダーの乗る戦闘車を先頭に大群で土を巻き上げ緩い曲の中、進む。

黒旗に白抜きされた五つ星のアンビス、鷲の象徴を掲げ進んでいる。

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誰もが声を揃え唄っていた。囁くように。士気を高める様、繰り返し唄っていた。

 大地に爪を立てろ

 天に叫べ

 海を何処までも泳げ

 風のように何処までも吹きすさんで

 雲のように全てを見下ろし

 太陽を想う恋人のように星の輝きの数に寄り添って


 大地に跪け

 海で溺れる前に

 栄光を掴み取れ

 愛に泣けば此処で泣けばいいさ

 海に身を包み

 闇に包まれては

 海に抱かれ天の星の輝きに包まれ

 寄り添っていてくれる 此処で

 

 大地に爪を立てろ

 天に叫べ

 海を何処までも泳げ


 大地に跪け

 海で溺れる前に

 栄光を掴み取れ……

3人が同乗し、クラシックサングラスの男が運転するジープが群の中、視界に流れ込んだ。

葉巻を吐き棄て走らせる中……

「……」

その助手席でフロントに手を掛け立ち乗る、あのノスリ男がいた。陽に、砂塵に眩しそうに目を細め、前方からテントの群の先に立つパイロットを顔を向け見た。

パイロットはロッソを鋭く睨んだ。

髪を風が浚い、ロッソも涼やかな目で男を見据え風の方向を切り捕らえるように前方に顔を戻しジープは進んで行った。

群の中、クラクション、ラッパが方々から高く鳴り響き……

 海に身を包み

 闇に包まれては

 海に抱かれ天の星の輝きに包まれ

 寄り添っていてくれる 此処で


 大地に爪を立てろ

 天に叫べ……

乾いた空へと高いラッパ音は吸い込んで行く。

 海に抱かれ天の星の輝きに包まれ

「………」

 寄り添っていれくれる 此処で……

「さっさと歩け」

ライフルの頭で背をどつかれ、男は歩いて行った。

任務は完全なる心配だ。煙草が欲しい。喉が渇く。目が霞み、男はそのまま黄色の熱い地面に倒れ込んだ。




荒凛の華3


打撃


3 第4区基地


ボトルの水を掛けられ、目を覚ますと暗いテントの中だった。

蒸し暑く、外はがやがやと騒がしい。メガホンで何か怒鳴り声を上げていて、号令を掛けている。

多くの戦闘機が誘導されて行くタイヤの軋る音が気配として伝わる。ホイッスルを鳴らされ、それが鋭く頭に響いて、まるで海のカモメの声が頭に入って来るかの様だった。

この熱気のせいだ。


ロッソは太陽を顔を歪め睨め付けると、口の中のざらつく砂毎ガムを吐き棄て、リーダーとキャプテンと参謀がテントから出て来るのを待っていた。

ライフル銃を杖に辺りを見回してから、クラシックを黒のTシャツに掛けて、耳をラジオの放送に向ける。

他の連中もそこに集まってきて聞き耳を立てる。

ボスム側は今回の3度の右翼側の要求にも請合わずに、次期総裁をマシュロムに受け渡すとし、マシュロムは国務財政保安の籍をOKJに移転させ、新たにユッキューを財政管理長官に任命すると同時に、アゲルト派の徹底廃止と共に、協賛する2カ国との公益を中断し、右翼団体の強制撤去を申し立てると言うのだ。

それを静かに聞いていた誰もが怒りに目を鋭くし、誰もがくそっと悪態を叫んだ。

「ボスムの野郎、」

テントが開き、リーダーが出て来た。

「今からボト氏と会談する。今の段階じゃあ、奴等は大々的に何の手も下せ無いんだ。こちらにはまだ制約がある」

誰もが歓声の雄叫びを上げ拳を突き上げた。

ボトはアゲルトに賛同する国の首相だ。

近年まで2国に分かれていた国はボスムの大国に飲み込まれた。その事で大きく政策が変り、大国国王のボスムはアゲルトのやり方を潰しに掛かった。

一方的な条件をアゲルトは飲まなかった。

その事で母国の首相は殺され、それを皮切りに右翼団体が暴動を起こし、ボスムの強制的なやり方に小国の国民は激しく反発を見せた。

我が小国に昔から親交のあった3国が大国ボスムに敵対し、物資を右翼団体に流してはボスム政権を弾圧していた。

マシュロムというのは、元はアゲルト派を裏切った国家参謀だった男だ。国が合併する2年前から、ボスムに頭脳を買われ引き抜かれていた。

ボスム側は小国の全てから金と資源を嗄らし尽くすつもりだ。原料輸出国である小国の権利全てを大国が収めることになり、工場主の廃止を呼び掛けた。

ボトは全面的に今までこの国から資源を輸入し、様々な物資を製造して来た産業大国で、その物資を2国とボスムの大国にも輸出していた。

全力を持ち、ボス氏はアゲルト派の右翼を支援してくれている。

だが、これで今回マシュロムが言いくるめ、ボスを取り込むとすれば一気に体勢が悪くなる。

そうなれば彼等は全員処刑だ。


若い者が集まっていた第3区軍用地から移動してきた青年達は各々の目を合わせた。

ロッソは昨日のパイロットの襟を掴み引いて、外に蹴り出した。

男は砂に転がり口を切って奴等を睨んだ。

「お前、名前は」

その中でも、一番年長のバロッゾが男に聞く。だが男は応えなかった。

バロッゾが地面にのめる頭を蹴り付け髪を掴んだ。銃口を喉元に当て押し付ける。

「待て」

そこで待ったを掛けたのがロッソだった。彼はいきなり鍵を腰から外すと、手錠を取り投げ捨てた。

「どうする。CIAの人間だ。殺して下手は見ねえ」

ロッソは首を振ってから、男に肩を貸しテントを背に座らせた。

彼の足の布を放り、当て木を放り投げた。足は酷い事になっていた。

「腐ってやがる」

そう言うと横にいたカロヤンのウィスキースキットルを取り、腰のナイフに吹きかけた。

男は眉を寄せロッソの顔を見上げ、男は叫んだ。脂汗が吹き出て目が回った。

自分の足を青年は放ってから、あのノスリのような目を向けたと同時に、ライフル柄で項を激打し気絶させた。

ロッソは男の足を手早く治療してから、煙草を吐き棄て立ち上がった。

CIAの人間は手を出して来ない。捕虜を捕まえた事を窺っているのだろう。

何故自分が敵を助けたのかが分からなかった。ここで死ぬわけには行かないという、あの強い目だろうあ。何か、同じ物を感じるような。そのまま放っておけば良かったというのに。

「ボスムの野郎がアメリカ者のCIAに関わっているとは思えねえ。マシュロムの奴もそうだ」

「何で余所者が潜り込んで来た」

「糞、どいつも俺達を潰そうとしてやがるんだ」

バロッゾが皆を見回し言った。

「馬鹿。希望を捨てるな。俺達にはアゲルトの守護神がついている。俺達国民がいずに、立ち上がらずにどうやって近隣2カ国は生活を潤せる。この期に及んで弱みを見せるな。俺達はのたれ死ぬなんてまっぴらだ。愛する家族達と共に俺達はいる」

この戦争が始まって2年半が経っていた。

どうしても奴等の意のままになるわけにはいかないのだ。誰もが頷き、それでも暗い目の色は鋭かった。


パイロットはうなされ、マルチェが第4区まで来て男の看病をしていた。

ロッソ達は捕虜などにそこまでする必要は無いと言うが、彼女は聞かなかった。

彼に食事をさせようとするが、毒を盛られたくないのか食べない。

「あなた。食べなくても塗られれば死ぬのよ。だから食べなさい。同じじゃない。空腹だと辛いでしょう?」

「……」

男は全く言葉を発さなかった。分かるのはCIAという身分だけだ。

「ジェイビスには注意した方がいいわよ。あいつは気性が荒いから」

この過激派の中でも彼は、ボスム討伐に燃えていた。

2年前の強制合併時に家族を失っている。そういう人間達が多い。

苦々しい思いが彼等を突き動かしていた。終わりを見せない争いではない。革新的な物を好まずに、正しい在り方に戻すまでだ。

それが彼等の行動意義だった。確実に我々は決定的な苦を強いられる事になり、プライドを踏みにじられる事になり、激しい弾圧を受けることになるなど、冗談では無い。

CIAを動かした元締めを炙り出す必要があった。声明文を出す方向に決まっている。

そちらが強硬手段を取ったのなら、こちらも本格的にボスムを潰すつもりだ。

女が去り、パイロットは強力な鎮痛剤を貰っていた。





荒凛の華4


壊滅


4 打撃


テントにノスリ男と、長身で長い黒髪のバロッゾという男が入って来ると、パイロットは立たされ外に運び込まれた。

「お前、そうも黙ってはいられねえぞ。こうも無謀に独りで派手な襲撃掛けてきて助けも来なければ、当のお前は名前も発さない。切り捨てられてお前はこのまま俺達のこの地であの世行きだな」

「殺してみろよ」

思い切りライフルで顔を殴打され地面にのめり、頬を擦って目の前のブーツを見た。

「捨て駒覚悟なのも結構だが、そりゃ利口じゃねえぞ」

それでもパイロットは口を開かない。

「どこかにお仲間が潜伏しているんだろう?合図を出せよ。俺達の邪魔をする奴等は一人残らず許さねえ。一斉射撃してやる」

パイロットは自分の真横に立ち、頭の天辺にライフルの銃口を当てているノスリ男を横目で睨み見上げた。目の前の男は話し続けている。

こいつ等は知らないのだ。

ボスムがソビエト連邦に要請をして、過激派の徹底撤去を今かと控えている。それをCIAが鎮圧する為に赴いているのだ。

ソ連が関わる事による、これ以上の戦争の拡大は避けなければならない。そうなればどちらかを潰して制圧させる。当然過激派集団だ。

どんなに反発し様が、飲み込まれるものは時代の流れで飲み込まれる物なのだ。体勢が気に食わないのならば従わせるまでだ。

ただの隊員と思わせているが、この男がCIA部隊の隊長であり、現地から今回の暴動の左右を全面的に上司から任されている。危険地帯である過激派基地に自らが入り現状を探っていた。

部下達は既に基地毎に6機のミサイルを遠方から構えている。幾らでもこの男がゴーサインを出せば、奴等はいちころだ。だが、今回は決定的な失敗だった。

例え殺されたとしても心配停止と共に、どちらにしろミサイルが放たれる事になっている。だがまだ奴等にそれは悟られてはいない。

ジェイビスとか言うノスリ男は、強引に男の襟を掴むとテントの外に叩き出して、彼が転がったその目玉に散弾銃の銃口を押し当て、横っ面を筒で払いつけた。

「おい何処かにいやがるんだろう!!!てめえ等のお仲間が大層にも身を投げ出そうとしてやがるぜ!!このまま殺されていいってんなら即刻殺してやろうじゃねえか!!!」

そう空に、空間中に声を張り上げ、パイロットの腹を蹴り上げ腰を低く空間に散弾銃をぶっぱなした。

バロッゾは男を掴み引き、ロッソは彼の首筋に銃を突きつけ、遠方にぐるりとその鋭い目をめぐらせた。

血走り、それでもその目は冷静だ。何がそう見せるのか、彼の中では激し過ぎる程の怒りが渦巻いているのだろうが、彼を至って冷静な風に見せた。そういう顔という事だろう。


殺されそうになるカトマイヤー隊長を、遥か遠くの岩山から望遠双眼鏡で見ていた隊員達は、滲む汗を押えて上に報告した。

上は渋い声をした。まさか、あのカトマイヤーが痛手を負うとは。

「攻撃を開始しますか」

「いやまだだ」

双眼鏡の中の隊長は若い青年、19にも届かないのではないだろうか。鋭い顔つきの青年に今にも殺されんとしていた。

「突撃し、威嚇し救助は可能ですが」

「こちら側の存在をこれ以上悟られるような危険は冒せない」

「ですが……」

青年は空間を睨み付け、双眼鏡を覗く隊員は咄嗟に隠れた。まさか、気のせいか。

あの青年が彼の方をあの鋭い目で射止めたからだ。


「………」

「おいどうしたジェイビス」

「あの岩山……」

散弾銃の銃口を地に付け、バロッゾを振り返っては再び見た。

「さっき何かが光った。間違いねえ。奴等が偵察渡すとしたらあの辺りが妥当だ」

信じられない事だ。パイロットは歯の奥を微かに噛み締めた。どれ程離れていると思っているんだ。一つの砂漠の丘を挟んで、岩山は黄色く地平線上霞んでいるというものを……。

ロッソは走り出し、戦闘機に飛び乗りバロッゾか止めたものの飛び去って行ったのだ。バロッゾは激しく罵って散弾銃を蹴り付けた。

あの狂犬が去ったのを見て、パイロットはバロッゾを低い体勢からなぎ倒すとテントの中に引き込んだ。過激派軍団の軍服ジャケットを奪って着ると、気絶した男の黒のニット帽も目深く被り、木の椅子の脚を叩き折った。

失った足側にきつく括り、冷や汗紛れに歩き出し、どうにか足を悟られない様に歩いて行く。

気が遠のきそうだ。だが構ってはいられない。

ロッソは轟音を轟かし飛ばして行き、砂漠を突っ切っては岩山が見え始めると攻撃態勢に入った。

誰もがCIAの者達はどよめき、咄嗟の攻撃態勢に入り戦闘機を威嚇射撃し、過激派の男に攻撃を受けてはどんどん散って行く。

死んで行く仲間達を見回し、上からのゴーサインが出た。墜落させようと攻撃を開始する。

それを男は激しくアクロバットをしながら避け、標準を的確に合わせ敵を撃ち殺して行き、接触から5分もしない内に、その場にいた隊員達は全滅した。

通信機には地獄のような激しい銃撃の鳴り止んだ静寂と、戦闘機が空を突っ切る乾いた音だけが響き渡った。

なんという事だ。

B班壊滅と同時に、カトマイヤーはあのノスリ男、ジェイビスを呪った。

彼は、ミサイルのゴーサインを出した。

10分もあれば基地から抜け出せる。

バズーカ、散弾銃、拳銃を担ぎジープに飛び乗ると走らせた。




荒凛の華5


5 壊滅


あの女、マルチェを遠くに見つけた。

「ああ、糞!」

男はそう言い、ジープで走りながら音に振り向いた女の腰を強引に掴み引き寄せ、ジープの背後に放り投げて女は短く叫んでバウンドした。

その遥か遠く、ノスリ・ジェイビスが戦闘しに向った方向とは逆の砂漠側にリーダーや参謀達が乗る黒のジープが土埃を上げ走り去って行くのが見えた。

一体何処に行くんだ。逃がしてたまるか。方向的に……、ボスとの契約。

カトマイヤーは舌で乾く唇を舐め砂の絡む痰を吐き捨て方向転換した。

あの戦闘機は今の所放って黒のジープを追い掛ける。

運転のハンドルを足で支えながら立ち上がり、バズーカを構えてぶっ放した。

足を痛め、バランスを崩した事で軌道も反れた。

「!! 何するのよ!!!」

女はその衝撃で目覚め飛び上がり、バズーカ砲を横へ降ろし遠くを見つめる男を見上げた。帽子が吹っ飛んで、長い襟足の褪せたホワイトブロンドの髪が掛かった人種違いは、仲間じゃ無かった。あのパイロットだった。

マルチェが声を上げた瞬間、リーダー達の乗るジープは横に落ちた爆風に大きく煽られ、誰もが武器を構え目を細め見据えた。

ロッソは逆方向の砂漠の爆破に振り返り、そちらに飛ばして行く。

畜生。

あれは黒のジープ、リーダー達のジープだ。とにかく急がせる。

除いたスロープの中の男は肩にバズーカを構え、そちらに同じく散弾銃を構え突進して行く黒のジープに標準を合わせた。

ロッソは攻撃体勢に入りながらも急がせる。

その瞬間だ。

「………」

高い音と共に低い音が、高い天空を切り裂き。白い筒がゆっくり見えたと共に……


ロッソの眼下の見方の広大な要塞基地が6回も続けざまに爆破炎上を轟かせ上げたのだ


「……、」

ロッソは言葉を失い目を見開き、そして爆風が巻き起こり戦闘機を大きく迂回させた。

砂漠に降り立つと黒煙の上がる基地を信じられ無い、という顔で見つめた。

「バロッゾ……、マルチェ……マルチェ!!!」

ロッソは駆け出し、炎の上がる中走って行きどこも誰もが死んでいるか倒れ込んで、地獄の様になっていた。

無事な者は、いない。

黒煙が煤を巻き起こし視界を見えなくし、一瞬を置き晴れては惨劇が広がった。

「畜生!!畜生!!!」

ロッソは怒鳴り辺りを見回して、地面から天に轟き叫んだ。

彼は歯を噛み締め駈けて鋭く男の方向を切り睨み、、リーダー達の乗った黒のジープの方向を見た。

ここには無事な乗り物なんか無い。走って行き、砂漠に出た。

「………、」

遠くで細く煙が上がっている。どっちだ、どっちなんだ、

ロッソは戦闘機の方へ無我夢中で走って行き、いきなりその背に何者かからの衝撃が走り、肩越しにざっと振り向いた。

あの男が背後から思い切りジープから跳び、蹴りをかまして飛び掛って殴りつけて来たのだ。

リーダー達は銃口を向けた先にマルチェがいる事に息を飲み、一瞬の隙を見せた内に男にやられた……。

マルチェの残ったジープはそのまま凄い勢いで蛇行して行く。

後部のマルチェが咄嗟にハンドルに飛び込み戦闘機に突っ込んで行きそうになったジープの軌道を反らした。

ロッソは見かけの狐顔に寄らずにとんでもない攻撃力の男にてこずって、切断した足を蹴っても怯まなく攻撃は続く。

マルチェがその2人に散弾銃を向けてがなった。

「ジェイビスから離れて!!」

怒鳴り2人の横の砂を飛ばした。

ロッソの胸倉を掴んでいた男は両手を上げ、ロッソと女を睨んだ。

ロッソは体勢を立て直して女を自分の後ろに行かせてから、ジープと戦闘機のキーを抜き持ってこさせる。

ロッソは男を睨み銃口を向け、男が口端を上げたから目元を引きつらせた。

涼やかな声の男は言った。

「お前等はもう壊滅したぜ。この基地同様過激派の要塞全て爆破した」

「……なんだと、」

「お前等の元のお仲間だったマシュロムは、ボトなんか当に買収している。それも、3年も前からな。この戦争をボスムに持ち掛けたのはあの元の国家参謀マシュロムだ。これは計画されていた事だったんだよ始めから。邪魔なアゲルト政権を排除し、この国から必要な分だけをこの2年で吸い取ればもう用無しって事だ」

そんな事実が頭に、嫌な程分からせて来た。

それは、瞬時に。

「これ以上、内戦は大きくするわけにはいかない。そんな事を知らずにボスムに下手をされる所だったってな」

そう言うとゆらりと長身を伸ばしてロッソに拳銃を抜き向けた。

ロッソは散弾銃を構えていた。だが、その視界が揺らぎ、その事実が完全に理解されたものになり身を重く浸蝕させた。

歯を噛み締めたと共に銃を下げた。

ボトは、俺達を、完全に集め壊滅させる事が目的だったんだ。餌を与え……まるで、鼠のように

俺達の命を

自分達だけは世間に体裁良く構えボスムに悪名を負わせ……

その場に膝を付き、影の射す母国の乾いた大地を見つめた。

俺達は、信じ戦い続けた。アゲルトを失い、自国の闘志を一身に、この身を捧げ続けた。何にも曇る事なんか、心を侵略なんかさせる事無く。闘いつづけた……アゲルトを守る為

「ジェイビス!!」

「殺せよ」

「な、ジェイビス?!」

男は殺気を失ったロッソを見下ろし、向けていた銃口をそのままに、しばらく風が吹き流れた中を、腕を下げた。

「殺さないでおく事にする」

ロッソは生気を失った顔で男を見上げた。

「俺の名はカトマイヤーだ。それだけは覚えておけよ。命拾いしたな」

そう言うと、ロッソの散弾銃を奪いマルチェに向け、キーを出させる。

マルチェは頑なに首を振った。それでも強引にカトマイヤーはアンビスの象徴の入墨の入った彼女の小さな手の中から戦闘機のキーを取り上げて、2人に銃を向けたまま乗り込み、一気に飛ばしていった。

噴煙で複雑な陽炎の先青の霞んだ空に飛んで行った。

「……、」

マルチェはそれを空虚の目で見ていて、口が戦慄いた。


「……大地に爪を立てろ

 天に叫べ

 栄光を掴み取れ


 ……アンビスの星 勝ち取れ……


 ……寄り添っていてくれる……此処で」


共に唄ってきた同志を、失い………共にアゲルトの地で、アンビスの神を信じつづけてきた尊い仲間達全てを


「……マルチェ……」


口が戦慄き目を閉じ俯き、彼女はペンダントのロケットを開けるとおもむろに毒を口に放ろうとした。

ロッソは彼女の肩を押し地面に叩き付け覆い被さり、彼女は激しく泣いて錠剤は砂に転がり飛んで行き、ロッソも激しく地面に拳を叩きつけてマルチェの肩に額をうずめた。涙を流し、泣いた。

全て失った。家族も、仲間も、国、仕える場所、望み、絶たれたのだ。

あの男に……。




荒凛の華6


祖国


6 5年後

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1935年

あの戦争かが終わって、5年の時が経過していた。

ロッソはアメリカ大陸に渡った。


実質的に母国は亡くなり、大国に飲み込まれた。

ロッソは過激派生き残りの弾圧を避ける形で亡命し、ヨーロッパに渡った後にこの地へと来た。

訛を直すのに随分苦労をした。きつく搾り出すようなアクセントのあの独特な言語は、自分の中で封じる必要があったのだ。

あの男の顔は忘れた日など無かった。復讐するのだ。CIA隊員、カトマイヤーという男。

ロッソは黒のニット帽を目深くかぶって、下から覗く鳶色の瞳で辺りを見回す。空港を後にした。

凍てつく寒さだ。黒のジャケットのチャックを引き上げ、煙草に火を着け大またで歩き、手を上げタクシーを停め走らせた。

「役所」

「はいよ」

走り出し、暗闇の中走らせて行く。

アンビスの腕の墨、どうしても消せなかった。

掴み血が滲む度……、怒りがふつふつ湧き出しロッソを取り巻いた。

3区に残って介抱を受けていた仲間達にまで追い討ちを掛けられたのだと知って、その中にはロッソの第18隊が多くいて、再び傷が治ることを願っていた。

4区へ移動したロッソ達に託し。横槍を入れられたが、再び共に立ち向かえる時を。

到着し、昼だというのに闇が浸蝕している。

街を見回してから金を払い出た。この吹雪には嫌になった。異常な寒さだ。春だというのに。

「住所を知りたい。カトマイヤーだ」

「ファーストネームをお願いします」

「分からない」

「カトマイヤーの姓名の方はこの街には3世帯いらっしゃいます」

「政府関連の男だ」

女はコンピュータを操作し、顔を上げロッソを再び見上げた。

「ただ今彼はこちらに住民票を登録されておりません。警察署へお問い合わせ下さい」

「名前は」

「ハノス・カトマイヤーという方でよろしいかと」

他2名は一人は工場主、一人は他州から商売のために来たマーケットの商人だった。

彼は相槌を打って署に向かい、事務員に所在を聞いた。

「彼は現在、DCに移住しております」

「ワシントンの事か?」

「はい。西海岸で無い方のワシントンDCです」

多少聞き取りにくい英語の彼にそう説明を付け加えた。

今はCIAじゃないのか?本拠地の州が違う。

ロッソは外が吹雪く背後を振り返ってから頷いた。

男を調べるために今まで様々な機関に携わってきた。

寒い風が背後から入り、粉雪があたりに広がり薄暗いロビーに渦巻いた。

ロッソは3,4人の話し声が入って来たのを、おもむろに上半身だけ振り向けた。あの声は……。

「………」

「ミスター。任務ご苦労様です。DCから帰られたのですね。丁度彼が……」

ロッソは一気に殺気立って、あの砂漠の基地で見た時とは様子を違え、小奇麗なスーツを着こなす男、だが間違い無くあの男だ。すっと流れる淡色の清涼そうな狐顔の、宣戦布告して来た男だ。

男を睨み見た瞬間、辺りはざわめいた。

「……」

ロッソはジャケットのポケットに突っ込んでいた両手を片方出し、銃が握られカトマイヤーの鼻先に向けたからだ。

「……。逮捕されたいのか」

「逮捕されたって構わない。今更。俺はお前に復讐するために亡命してここまで来た。祖国を滅ぼされて、もうどうなったってもいい」

帽子から覗く色だけは明るい鳶色の暗い目元を見下ろし、青年は今にもまっすぐなままの眼差しの中、引き金を引きそうだった。

「銃を下げろ!」

緊迫した声が上がり、警官達が拳銃をロッソに向けた。そんな事も構わずずっと目の色も変えずに姿勢もそのまま、どこかやはり倦怠な風が覗くのは変らない。銃口を向け続けていた。

カトマイヤーは片手を上げ警備員を制してから背後に行かせた。この男は狂暴だ。

今、青年は笑顔など浮かばない硬い表情の染み付く男で、全く揺らぐ事の無い視線だ。

「俺は今」

そう口を開いた言葉を遮るように撃鉄を上げた。それでも意にも介さずに続けた。

「連邦捜査局に籍を置いている。以前の上司にはお前の事を全て話してある。仲間に加えるようにな」

「は……? ふざけるなよ、」

大して表情も変えずに静かにそう言い、震える声で吐き捨て、それでもその目は揺らいでいた。今にも涙で潤みそうだったからだ。

「あの時の女の子はどうなったんだ?」

「死んだ。自殺して」

「………」

「幸せに暮らしてるとでも思ったのか……? そう続けようとしたのか? あいつは、マルチェは俺よりもプライドの高い女だった。祖国に恋人を残してて、4日後に親族に言われ続けてた結婚の為に基地から国に帰る予定だった。全てを俺達に託して、女が戦場にいるのは危険だからとあいつの恋人は俺達過激派を憎んでた。国の為だからって、個人を奪っていいのかって……、俺は死ななかった。自殺しなかった。復讐の為だ」

カトマイヤーは一度目を閉じ床を見ると、顔を上げた。

プライドが高いのだ。彼等は。分かっていた。あの基地へ踏み入った時から、強制を許さない心、自国のプライド、民を愛する心、愛国心の深さ、弱者なりの強国への揺るがない反発、芯が強い反骨精神。信義にもとる事等許さない。

若きが立ち上がり自国への愛がゆえに立ち向かい、生きて来た。

生半可な奴なんて、ただの一人もいなかった。頑なな信条があった。

「ここでお前は死ぬつもりか? 復讐も果たせないまま。ここは警察署だ。分かっている筈だ」

「お前を殺して俺も死ぬ」

「馬鹿らしい」

そう吐き捨てた。そのカトマイヤーの頬を熱い熱が通った。発砲されたからだ。

警備員達は銃を構え直し、思った以上に冷静な声でロッソは言った。

「死なんか恐くない」

「………」

潤んだ目は揺れていて、絶望とやるせない怒りと投げ出されてしまった身と心、深い悲しみ、孤高の誇り、何も変ってなんかいない、悔しさと……

カトマイヤーの背後で激しいイカズチが落ちたと共に、一気に雨が激しく回転ドアを叩き付けた。

「駄目だ。俺はお前を殺さない。無駄死にさせるには身体能力的にも惜しい人材だ」

警官達はカトマイヤーを見た。

ロッソが自分の頭に銃口をあてがったから背後にいた警官が咄嗟に脇を取って取り押さえた。

地面に叩きつけられ、ロッソは怒鳴った。

「糞っ!!!糞食らえだ!!!」

「復讐して何になるんだ。身をみすみす滅ぼすな。これ以上は自分の為に生きたらどうなんだ。20代もまだ半ばだろうに早死にしてどうする。それなら生かせばいいだろう。どんなに絶望したって立ち向かわなければいけないんだぞ。生きているからだ。この世に母親から生を受けたからだ」

「俺の母親はクズだった」

「だから何だ。産まれて何かに熱中して激しく何かを感じて来て、お前自身が産まれた事に意味があるんだぞ。国と共に。だがこれからも何かに熱中し続けるんだ。今まで通りに熱中し続けるんだ。今まで通りに。違う意味で。国と共に死んだら駄目だ。産まれたからには無責任には死ぬな。国を想って今まで覚悟全て捧げてきて、国をどうしても守ってやりたいと想い生きて来たその心があるんじゃないのか? 死んだ祖国を心に思い描かせる事の出来るお前のような人間を一人、また一人減らして行く気か。体制を受け入れて、成長する事も生の一部だ」

「そんな考え方、」

「いいから一度冷静になって考えろ」

「折れるなんて絶対に嫌だ、」

「………」

カトマイヤーは首をしゃくると警官達がロッソを引き起こした。

そのまま彼は、連れて行かれた。

留置所に入れられるとロッソは歯を噛み締め、地面を立ちすくんだまま睨んだ。

しばらくしてその場に腰を降ろし、組んだ腕に額を乗せた。

目を閉じると、暗闇が広がった……。





荒凛の華7


純白の世界の雪


7 祖国


口ずさみ、祖国を想った。

「 花も花に生まれて来たさだめよ その一生を魅せよ

  まだ まだ…… 全てを見せず死に行くには早いと……

  海に沈む吹雪達は海に 死に引き寄せられるさだめよ 認めよ

  

  足掻きつづけるなど……                        」

壁を見つめ、祖国の街が脳裏に浮かぶ。目の前に広がる。

黄色い土壁、錆び付いた自転車、みんなトウモロコシ畑の様に黄金色に日焼けした肌をしていて、輝く瞳だった。

荷馬車は藁を運んで、林檎を露店に出していて、民族刺繍を女達は日除けのカーキの垂れ幕の下で縫っている。

昼から男達は酒屋でウィスキーを飲み笑いあい、手などは黒くしている。

東の人間は石炭で手を黒くし、西の者は鉄だったからすぐに分かった。

外の陽気はからっとしていて、美しい女達は陽気にジプシーダンスし、木製の風車が回り、鶏は鳴いて、錆び付いたトラックが水牛を乗せ行き過ぎるのを、しばらくは煙草の先には引かずに砂塵が巻き起こった。

5日に一度、彩りの鮮やかな花が眩しく露店に並んだ。

井戸から水をくみ上げ頭から掛けて水浴びをしては、子供達は地面にチョークで丸をたくさん描いて跳びっこしていた。

閑散とした風景で、遠くを囲う岩山では煙が上がり、よく原料を集積する港へ皆で行く。

海は清々しく、背後に広がる黄色い砂を巻き上げる砂漠は、海からの雄大な風をその先の街にも送っていた。暖かい風を。

多くの岩山は台のような形もあれば、天高くそびえる岩山、幾つもの峰を連ねる低い山もあった。

どこにも生物はいなかったが、採る人間がその頃は多くひしめき合っていた。

曽祖父の時代まで採掘師だった。

母はスペインから流れて来たジプシーだった。街には元から移っては入って来るジプシーが多かった。

祖父の時代からロッソの家系は牧羊をしていた。ロッソ自身は17を過ぎたら男らしい採掘師をするつもりだった。最高に格好の良い誇りある仕事と思っていた。

だが事故も実に多い職業。原料を輸送する時にも何度も砂漠で盗賊達に狙われる事もあったし、採掘中の事故もあった。

だが、誰もが陽気で明るかった。自らの仕事に誇りを持ってやりがいを感じていた。

ロッソはそんな彼等を14の頃から青年騎馬団を作り、働く人々を盗賊達から護っては、砂漠を警護して来ていた。

夜警の空は天高く、星が重なり瞬いた。月を夜は優しく包み、海から渡しては荒凛とした風がどこまでも、暖かく吹きすさんだ……

あの国は、美しかった。

美しい国……。熱砂吹き荒れ……、人々はその国を愛していた。

自分達の恵の国。他国を潤すことの出来る誇りの国。

心をいつまでも高揚とさせる。そういう国だった。もっと、もっと、大切な物は多くあった。

全て、全てが大切なのだ。


何時の間にか眠っていたらしかった。

床の上寝返りを打ち、革靴がぼんやり檻の外に見えた。

記憶は、ボスムの軍隊が撤退し様としない頑なな街の人間達の所に現れ、大型のキャタピラが軋んだものだった。

人々を、女を、子を、男達を、土の白黄の壁を、今までこの地で生き頑張って来た者達、岩山で死んで行った者達の墓を、倒し込んで行ったあの絶望の記憶。

自分は、反抗者として青年騎馬団の誰もが取り押さえられ、一時は気絶した闇の中、外の光が漏れ見えた崩れ穴開く壁からの惨状だった……。

「気は落ち着いたか」

「……」

ロッソは起き上がって留置所まで来たカトマイヤーを振り向きもしなく、壁を背に座った。

男は檻の外の椅子に座って煙草を一本ロッソの方にも投げた。それをちらりと目だけで見て、無視していたがマッチの音が聞こえるとロッソも喉を鳴らして同じように投げられたマッチを壁に擦った。

緊迫した身は煙を吐くと一時弛緩して足を伸ばした。

「俺は上への定期報告も済んだ事だから、明日DCへ戻るつもりだ。お前も来るか」

ロッソは上目で睨んだ。

「あんたには誇りや怒りを理解する能力は無いのか」

そう吐き捨てた。

「体制が気に食わなけりゃ、自分がそれをも上回る術を身に付けるまでだ。自らがその体制をうまく切り換え打破するまでだ。後腐れ無くな。自分でレールを引くんだよ」

ロッソは顔を振り向けた。声は口調程軽くなく、何かしらへの怒りが感じられた。カトマイヤーは気を鎮めるように煙を吸い込むと首を振った。

同じ目をしている事に気づいてロッソは一度視線を落としてから顔を上げ、見える筈も無い壁の向こうの海を、目を細め見た。

風はそよいで、海は青く煌くのだ。その見えない光が反射しているかの様に、ロッソの瞳も眩しく光を受けた。

 宙が、飛び立つ鳥を受け入れる

 空が海と溶け合う その色を分かち合う為

あの歌を、何度も歌ってきた。宇宙が星を置く中、荒野に稀に見られた、力強く鋭い花弁の花、一輪だろうが咲き誇っては風を受けていた。独りで咲いては、地は次の種を受け入れることは無かったが……氾濫する水の海に沈むことさえなく。

唄いつづけ、星の出る夜、荒野を黄色の砂塵が巻き上げる中、馬を走らせる時、あの海を思い、歌い継がれてきた。

いつでも想いをその歌に重ね合わせて捧げて来た。

花を愛でる歌であり、生命一つ一つを尊くする歌。絶望の内には死ねない歌。怒りをふつふつと沸き上がらせる歌。美しさを愛でる歌であり……

曾祖母もよく唄っていた。若く熱かった恋を想い出すようだと。

母はジプシー女で、その歌をまるで悪魔に捧げるかの様な歌だと嫌い、姉は荒廃的な死しか見えないと言い、ロッソは不朽の流れ、宇宙を想った。

自分の中の揺ぎ無さを星の瞬きにし。

「なんとなく、あんたの言う何かの理解出来ない物事を解明することも怒りを果たす事だって分かる」

ロッソはそう壁を見ながら言った。

「怒りは制御し尽くせない事だが、抑える事っていうのはもしかしたら何かを果たしたいなら大事なんじゃねえかって。立ち向かう事に牙を向けて、俺達は崩れた。死んだあいつ等の無念全てを、怒りでしか達成させることなど出来なく他に方法なんかありはしなかったから、全てを他の方法もあるんだって示してやりたい。本当は誰もが散り行くには早かったし、あそこで死んで行った奴等の誇りを俺自身が受け止めて生きたい」

そう強い目で言い、潤んでいた。

「だが、俺は許せなかった。どうしても。俺達の、奴等の愛国心に、お前等が横槍を入れて本望じゃ無いままに無常に散って行ったからだ。無関係者が関わって滅ぼされたからだ。不意を突かれて、希望を持ったまま。崩れ去ったからだ。悔しくて仕方が無かった。怒りも憎しみも何も分かりもしない、俺達の動いて来た気持ち全てを、なんにも分かっちゃいなかった余所者なんかに、本当の敵じゃ無かった奴等にやられたのが本当に悔しかった。祖国を侵略されて家族を滅ぼされて動いていた奴等のあの死が無念で、やるせなくて、国に捧げて来たのに全てをあんな一瞬で棒に振るわされて、あの長い時間を、愛国心や生きた全てをお前等は無駄にした。もう、もう何も帰って来ない。全て負けちまったから……俺達の心は誰よりも勝っていた筈なのに。本物だったのに」

途中からうな垂れた首は上がることはなくなり、掻いた胡座の間に肩を震わし涙が滴った。

カトマイヤーは視線を落とし、目を閉じた。

「俺達のプライドの戦いを汚さないで欲しかった。謝ってくれ、俺達に、俺達に謝ってくれ」

「……」

カトマイヤーは椅子から立ち上がり、ロッソの所まで来た。

「……すまなかった」

ロッソは顔を上げずに、石の様に動かなかった。

リーダー、キャプテン、参謀、バロッゾ、マルチェ、他の多くの奴等……天に士気の軍歌は、尽きる事無く飲み込まれて行った。

「すまない。謝っても変らないが、俺達が尊かった人々の心と家族を失った者達の心を無下に踏みにじってしまった」

ロッソは実に素直な人間だ。実直で忠義心が強かった。

自分が下した判断だったのだ。隊長として任務遂行を計画した。あの場に赴き、それを実行した。

あの奴等の雄叫びを聞き、あの士気や心を悟っても。戦争を終わらせる為だ。

カトマイヤーが鍵を取り出したから、ロッソは眉を潜めた。

「何をやっているんだ?」

「釈放だ」

「俺は元過激派集団亡命者だぜ。それに拳銃で殺そうと脅迫した」

「署長には俺が説得した。お前は心が揺らぎ始めていた。だからあの時それを信じて俺はお前を生かした。仕える場を失った瞬間から他の場を探し自分を機関の為に生かす事を選ぶのが人だ。出るんだ」

「俺はあんたみたいな考えを持つ人間は嫌いだ。嫌だ。出ない」

「出ろ」

カトマイヤーは鍵を回し扉を開けた。

「ボスム政権は強制的なやり方で2国とも対立して、この5年で敗退した。新しい方向に向い始めている今はボスムも死刑になって、マシュロムも暗殺した。祖国はもう滅んで他の者に移民されたまま終わった」

ロッソは自分で扉を閉めてその檻に背を向け、地面を見つめると拳を奮わせた。

「俺が生き残って、それで良かったのかって……思う」

良かったんだという事は言えなかった。余りに大きな物を失ったからだ。それは何も言えなかった。

「それでも、お前は続けなければならない」

カトマイヤーはそれだけ言うと、出て行った。




荒凛の華8


第二次世界大戦 世界と個人の恐怖


8 純白の世界の雪


銀枠の大きな窓から足元に、眩しく出始めた太陽が射した。その眩しさに目を細めた。

寒さに身震いする。

窓の方へ歩いて行き、自分が今まで生きて来た場所とは全く違うその場所を見下ろす。

誰もが外を優雅な顔をして歩いていた。毛皮のコートに身を包み、ミンクの帽子をかぶり、微笑み話しながら歩いて行く。

遠くの公園では、綺麗な芸術的形の噴水が水を噴射させる事無く佇み、子供達がマフラーを巻き雪の上を走り回っていた。

世の中にはこういう人生を生きる人間もいるのだ。それは、国にいた頃は知らない世界だった

戦争など知らない顔は輝いている。俺達も昔はそうだった。日常だ。それこそが尊い物。

失ってでしか分からない物ではなかった。分かっていたからだ。誰もが豊かな国に生まれ、その日常を神に感謝して生きて来た。

継続された方が良い。

きらきらと光る降り積もった滑らかなシルバースノーを見下ろし、真っ白な雪の上を毛に覆われたもの、まるまる太った猫のような動物が2匹もその上を走っているのを目で追いかける。足を怪我したのか、とんとんと跳んでいるが、健康そうに太っていた。

雪兎だ。

当然、ロッソの国にはいなかった。

この国は動物まで豊からしい。だが、愛らしい顔をしている。

厚い雲を切り裂いて、太陽が顔を白く確固とした物に覗かせると限りない美しさに街が彩られる。

こういう街に生まれる事が出来る事は、限られている。数千万人の血が、血脈と共に神に降ろされて個人の感情をこの地に落とす。

彼は警官にベンチに戻され、カトマイヤーが何かの申請をしに行った役所内で待たされていた。

「ようやく晴れましたね」

「………」

横に腰掛けた黒髪の女が、変った服で上品に座り、微笑んだ。ドレスでは無いが分厚い服で、ロッソは日本人という人種を知らなかった。艶のような顔で前方を向き直った女に、一瞬で引き込まれた。

「そうだな……」

警官2人の視線に気づき、女はにっこりとロッソに名乗った。

「沙那と申します」

ロッソは彼女の方を見てから自分も名乗った。

「ジェイビス」

「ジェイさん。ブルージェイと同じ名前。綺麗な名前ですね」

ロッソは視線を落とし、何度か頷いた。

「だが俺は小鳥みたいにピーチク言い続けない。大人しいから……」

沙那はそんな言葉に可笑しそうに微笑んだ。

「面白い人」

アメリカの小鳥だと知っていた。青い海のような色の綺麗な鳥だという事も。さっきの太った猫の様に丸くて、美味しそうでもある。

「深い色の瞳をした人だわ……」

感情の。そういう風な含みで言い、ロッソはからかわれた気分になりそっぽを向いた。

「俺を茶化すんだな」

「怒らないで」

きっと笑っているのだろうと思って女の顔を睨むと、彼女は俯いてしまっていた。

「ごめんなさい……」

神秘的な目をした女で、高いソプラノでそう小さく言った。

ロッソは彼女の両手を取った。自分の事は彼女には関係無いのだ。彼女に当たる事など何一つも無い。

「優しいひと」

美麗な彼女はそう微笑み、穏やかな顔に戻った。

哀しげな、深い色の目をした女で、繊細そうだった。

彼女の横には同じような色違いの服を来た使用人が男女で着いていた。

役所や使用人さえ、管理し尽くされた体調、綺麗な身なり、整った体、自分は世界が、違う………

ロッソは走り出していた。

洗脳されそうになった。

こんな国に来させてあいつは俺から完全に闘争心を削ぎ落とそうとしているんだ。国の豊かさで騙してきて調子を狂わせようと!

「あ、ちょっとあんた!」

横についていた警官2人は片方がカトマイヤーに連絡しに行き、一人は追おうとしたが、沙那が停めさせ、彼女が彼を追った。

彼女は彼の肩を引っ張り、いきなり引かれた事で咄嗟に癖で自分の肩を引いた人間に、銃口を突きつけていた。

「サナ、」

それは沙那で、彼女はしばらく艶のような目でその先の彼の目を見つめた。彼の背後から、美しい陽が射していた。

彼女はうっすら目を閉じると開き、自分に銃口を向けている硬直したロッソを見た。

「先ほど素敵な会話を交わした素晴らしい晴れの昼時に、銀色の美しさはダイヤモンドの様で、その透明な空気を背後に貴方が目覚めのパンチに黒い銃口をあたしに向けて『こんにちは。沙那。外も明るくなったよ。ようやく春かな? 散策してみようか』と言って来ている。初めての挨拶よ。ジェイさん」

『ジェイさん』そう言った時に初めて笑って、その銃口に細い手を掛け、下げさせた。

「………、ごめん、」

ロッソはそう言うと大股で歩いて行き、ジャケットも役所に置いて来たまま突き進んだ。

彼はつまずき靴が脱げても構わず歩いていった。雪の上。

下を見続け、悔しくて仕方が無い。

沙那が追いかけ様とすると、警官が引きとめた。

「奴は何をしでかすか分からない。ジェイビス・ロッソは元過激派アンビスの男だ」

「でも、」

アンビス。遠い他国の突如として謎の鎮圧を迎えた戦争だと気づいた。

「過激派なんかにあんたが構うな。ああいう奴等は危険なんだ」

「そうは思えないわ、」

「………」

ロッソは歩き続けた。自分は世界が違う。育った場じゃ無い。心の在り方だ。

切羽詰まって、だからって、仲間達の為闘う事がどう恥だと言うんだ。どういう見解をされようが、馬鹿にされ様が許せない物は許せない。

ロッソは足の冷たい激痛に耐え切れずに転んでしまった。

そのまま、動けなかった。

俺は何をやっているんだ。

ここまで来て、仲間達の為に来たんじゃなかったのか。5年を越えて。なのに今は自分は無力……。

マルチェ、マルチェ、あの全てを失った時、地に同じように崩れ泣いて、悔しさしか残らずに。既に立ち上がることさえもう出来なくなっていた。

涙さえ凍えていた。畜生、畜生と思い出すたびに拳を血で滲ませて、ロッソは雪に倒れたまま、激しく声に出し泣いていた。

「……、ジェイさん、」

追って来た車を停めさせ沙那は降りると駆け寄り、雪の上で転んでしまって痛いだけでは済まされない泣き様のあの人の背中を見て、黒の毛皮を広げると彼の横に跪き、その背にふわっと掛けた。

「………」

ロッソは沙那を見上げ、その顔が歪んで涙がぼろぼろ流れて顔を雪にうずめた。立ち上がって黒の毛皮を落としてずんずん歩いて行き、沙那は驚いて追いかけた。

「ジェイビス、死んでしまうわ。こんなに寒い……」

「構わない」

「え?」

「俺は別に死……」

だが言わなかった。自分の事だ。

振り返り、沙那の頬を擦り見下ろした。

「俺……お前が思ってるような男じゃ無い。犯罪者なんだ」

沙那は彼の顔を見上げていて、その瞳が揺らいだ。

「犯罪じゃ無いわ……」

『過激派』という言葉が、彼にとってあまりに重要である事、人生を掛けてきた過去だったと瞳の深さで悟っていた。

一様には部外者の自分にはどうこう言えない。

沙那は彼の腕に手を掛けてから引いた。彼の心の中の闇は広い。アンビスはただ単に武力に物を言わせ荒くれた暴動を引き起こす狂気だったわけでは無かったのだと、さっきの姿を見て分かってしまった。そんな心は、どこの国も伝えなかった。

極めて危険。切羽詰った殺気。アンビスは大国を脅威に陥らせ、無駄な戦いを強行している。悪辣な顔ぶれ。アゲルトはそんな過激派が滅ぼしたのだと……。そんな事、酷い見解だったのだ。沙那はそんな酷い多くの国の触れ込みは彼からは全く窺えなかった。

「車に乗って。肺炎になってしまうわ」

彼は確かに立ってもいられない状態になりかける靴下の足で車に乗り込むと、暖かい車内にがたがた震え出した。

彼女は彼に熱い紅茶を持たせ、ボックスの中の真っ白の暖かいお絞りを、彼の凍えた足に当て暖め始めた。

どうしても元の産まれが温暖な場所ではこの寒さには耐えられない。22になるまで雪すら知らなかった。

世の末に世界が白くなり、それはもし世界が明けた年にも続くらしいぞと、世界の終わり的な話が信じられなく笑っていた時期もあったのだ。その意味が全く分からなかった時期。

この同じ、色鮮やかな地球上でだ。

だが、今では経験となり知っていた。それが冷たい世界だという事。その白は、銀色にも輝くという事も。

それでもやはり誰もが言い合っていた様に、綺麗でもあった。

ロッソには今は凍てつく厳しさしか感じなかったから、沙那の優しさが心に染み込んだ事でもあった。

飼っていた狼のパゴーが他の仲間狼達に殺された時も、姉達はロッソを慰めてくれた。女は優しいものなのだ。

パゴーは羊を襲い、父に殺され掛けたのをロッソが助けた。父親は絶対に仲間達が復讐に来るから駄目だと言ったが聞かなかった。砂漠を馬で走る時も、海に皆で行く時も、狼は連れ添った。実に利口で、彼が落ち込んだ時はどこかからか捕まえた鼠や木の実を持って来てくれた事もあった。

母親はジプシーの旅も止め街に居残っては、刺繍すらしなく家財道具を勝手に金に変えていた。カードギャンブルや極楽煙草に替えていた。

人間に居着いた仲間を殺した狼を失ったロッソが寝ている間に、狼の死体を捌いては骨や毛皮まで医者に薬にするようにと売りさばき、酒を買い他の男と飲んでいた。暴動が起こったと共に、彼女は家族や国を捨てて逃げた。

沙那はずっと、何度か蒸しタオルを替えながら足を暖めつづけてくれていて、抜けない寒さからその足の熱さだけに気を集中させた。

「ここまでしてくれる事無いんだ。別に……」

「し。黙って」

そう、口に指を当てて沙那は穏やかに言い、ロッソの顔を見た。

「明日には日本へ帰るの。お別れだわ。だから、嫌かもしれないけれど貴方に優しくさせて欲しい。もう、会えなくなってしまう人との出会いでも、深い心を分かち合いたいわ」

「その場限りで救われる心なんかの同情や優しさなんかいらな」

彼女が力無く微笑んだから、ロッソは押し黙った。前に向き直り、温まった足を伸ばした。

やはり、哀しそうな目をする女だ。ニホンという人種が感受性がそうなのか、きっと、自分が関わっているからだろう。

だからって、ロッソが元気つける為、努めて明るく声を掛けようと両手を掲げ振り返った瞬間彼女も顔を向けふと目が合って、勢い余って目を口を大きく見開いて瞬きしている彼を見上げて一瞬を置き、一気に可笑しそうに笑った。

「あはははは、なんて面白いの!本当に面白い人だわ!」

ロッソは口をきゅっと噤んで両腕を下ろし、咳払いして向き直った。彼女はひとしきり笑うと目をこすって首を振った。

今思い出すと、沙那の目の色は基地での同志だったドルフと同じ色をしていた。

彼はギターをよくかき鳴らし、月夜に歌っていた。彼等も炎を囲ってドルフを囲い唄い合っていた。そのギターの音は遠くの砂漠の狼に反応させた。

月に一度あった楽しい慰安会時には誰もがはしゃぎ、共に明るく酔い大声で歌っていた。士気を高め、闘志を湧き立たせ、笑い勇んで。

心を慰めあい、次への糧にして行き、次への力にして行った。

ふとそんな事を思い出し、誰もがその時だけは笑っていた。まるで、何も無かったかの様にだ。

何事も国には起こって等本当は、いなかったかの様だった。元の彼等のまま。はしゃぎ、飲み、歌い、騒いでそして激しく愉快に笑い合っていた。格闘リングがあしらわれ、馬鹿のようにはしゃぎながらもふざけあって取っ組み合い、どれも楽しかった。

声援や掛け声はどこも明るく、今思い出すと、それは失った筈の『国』そのものだったのだ……。

全て、今の静かなこの中でさえ。

「……ジェイさん。一緒に、ニホンに来ない?」

「………」

ロッソは瞬きして沙那を見た。

彼女の育った国。きっと、綺麗なんだろう。そう思った。おしとやかな彼女が綺麗な心を持っているから。一瞬、見知らぬ国を思い馳せては和やかな風が浮かんだ。

だが、彼はしばらくして視線を落とし、首を横に振った。

「俺は今、追われる身だ」

もしも今回の事でアゲルト政権の生き残りが生きていたと公になれば、そうこうしていられない。服役は免れない事は必至だろう。あの狐野郎はどうこう取り合うと言っていたが、そんな物信用ならない所か、彼の望んだ事では無かった。

「でももしかしたら……」

ロッソは顔を上げて彼女に体を向け、真面目な顔で言った。

「また会いたくなるかもしれない」

彼女は驚いた様に口を開き、それが喜びの顔に変って微笑んだ。

「何年先になっても構わないわ。あたしは、いつか来る貴方を待っているわね。遠い国の友人さん」

ロッソは、初めて微笑んだ。

到着した署で降りると、一度彼女の車を振り向き、手を振ってからカトマイヤーに連れられ入って行った。

彼女は、彼が消えて行くまでをずっと見つめつづけていた。再び柔らかい雪が降り始め、白い世界を柔らかくして行った。

ロッソはカトマイヤーの上司が下した結論を聞き、頷いた。

当初、この街に住まわせるつもりだったらしいが、それは却下され、ワシントンDCの拘置所へ送られる事になった。

「何年はいる事になるかはまだ分からないが、きっと極刑には至らないだろう。上司にはお前の事を報告した。これからを影から仕えさせるべきだとな。刑期を終えた後だ」

「どういう事だ」

「FBIに加われ。いいな。俺は次期FBI内の監視官主任候補に選ばれている。警察内のGメンという事だ」

「ハッ、あんたの性格じゃあ、最も妥当な職務だな」

「その右腕になってもらいたい」

ロッソはしばらく請合わずに小さな窓から四角く見える雪を見てから、言った。

「俺はあんたに2度も命を救われた。あんたの怒りは俺の怒りだ。今度は国に仕えて来た忠誠心をあんたのその怒りに向けてやる。復讐とかじゃ無い。あんたもそうなんだろう。なんとなく分かる。何に向けた怒りかは分からないが、真意を追求して打破したがってるらしい事だ。今は聞かないが、いつかは言ってもらうからな。それが条件だ」

彼はそう言うと、身を切るように歩いて行った。

カトマイヤーは、そんな彼自身の心の怒りを悟られた事等無かった。秘密裏で探りつづけている事だったからだ。

警官2人と共に消えて行った背中を見てから、白の雪を見た。その先の見えない深い森はやはり深く、その先へは立ちいれはしない場所だった。雪原と、育った古城と、消えた義父と……。


ロッソは大人しく刑務所に入り、年月を重ねた。

年に一度、アメリカへ来る沙那は彼の所へ来てくれた。彼女はよくいろいろな事を話した。国のこと、その素晴らしい情景、家族の事、母のこと。彼も自国の美しさや面白かった事を聞かせつづけた。

仲は話し合いの短い時間の中で深まって行き、婚約をしようという事にまでなっていた。

数年すると、その内に彼女と刑務所内で結婚をした。




荒凛の華9


9 第二次世界大戦 世界と個人の恐怖


世界は第二次世界大戦が勃発し……、軍曹として指揮を取るようになったカトマイヤーはロッソを釈放し、戦地へ赴いた。

足の義足で指揮官以上の事は無理だったが、ロッソは忠実に彼の戦略に加わり働き掛けた。


国に残った沙那は、彼の帰国を待ちつづけた。

平和が本当に彼の心に再び、世界にも再び、戻るまでを待ちつづける年月は、彼が刑務所に入っていた期間よりも恐ろしく長く感じた。


戦争という物の哀しさや恐ろしさを、彼女は身を持って知ることとなった。待ちつづける人が、あらぬ姿で帰って来るかもしれない恐怖。終わりを見せない戦い。渦のように巻き起こり世界を震撼させ、人々を震え上がらせる恐怖。そんな恐怖の心に一体感など持つ物では無い、そんな恐怖の人々の心。そして、戦地の彼等の憤り……。


伝わる多くの朗報と、寂しい心は、沙那の繊細な心を傷つけつづけた。人を失う戦いに、国さえ失って行く中、1942年の運命の日も迎える事無く、沙那は屋敷の崖から飛び降りた。



美しいのだと聞きつづけてきたまだ見ぬ沙那の国の日本が、大きな打撃と傷を残し、終戦の日を迎え、彼女個人さえ戦争は奪って行った。

ロッソは戦争の意味を、自分のこの手で殺して来た男達の意味を、どこに誇りがあったのかが定まらなかったこの大きな戦いを……、介入した日本のことを、後もずっと深く考えつづけた。


行き場の無い争いが渦巻き、元を正せば全てが一つの心。

それが世界を動かし、そして世界を悲痛に叫ばせた。そんな事で始める一つの心が他の物に変る事等、その時代は考えられないことだった。


だた二度と、一つ一つのそれらの心が再び大きくならない事を誰もが望むことは明らかだった。

ロッソも、それを深く思っていた。沙那の優しさが、解けて行ってしまう粉雪の様に思えて彼は一つ一つを、省みるべきだと痛感した。


マルチェが死んだ報せを受けた時、彼にはどうする事もできなかった。結婚を前夜に、彼女がどんな気持ちでこの世を去ったのか、沙那がどんな気持ちで死んで行ったのか、それらを増やすことなんか全く無い。


マルチェの恋人の様に失い、まるで感情が一つ落ちたようだった。

激しかった怒りと共に落ちて行った。


怒りは死を呼ぶ。

怒りは、死を呼ぶ……。


自分が心を変えることが大事なのだ。そう出来る違った心の強さが。自分の心をもう開放することに許す強さを。

人も世界も残酷になれるものを、自分から替えることで失った祖国や人間達や世界を次世代へと切り開かなければならないものだ。人間は。人間の世界だからだ。


産まれたからには、何かの役目に生きることさえ出来れば本望なのだから。




荒凛の華

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