第七話「敬虔な神父、説教をする!」
前話のあらすじ「また……あの馬鹿何かやりやがったな!?」
「その……黒い地面にたくさんのドクロのマークが描かれていたらしいんじゃ。実害はいまんとこなさそうなんじゃが、ドクロなのがちょっと不気味でな。レンさんが何かしたのか、それとも何か問題があってそんなものがあるのか少し心配になってな。神父様に相談しに来たんじゃ」
「ドクロ、ですか……それはまた……」
「そうなんじゃ。全く意味がわからんうえ、ドクロっていうのが気味悪くてな……。申し訳ないのですが、ゲフェン神父に相談した方が良いかと思って……」
何やってんだ、という心の中のツッコミを封印して、俺様は困ったように村長に返事をする。
そしてレンの家に様子を見に行くことを約束してから軽く世間話をして、村長には帰ってもらった。教会の扉が閉まると同時に、俺様は踵を返して教会の裏手へ向かう。
教会の裏口から出てすぐのところに、俺様のマイハウスと同じくらい雑な作りの物置があった。
元々掃除用具や草刈りの道具なんかが入っていた小さな小屋だったけれど、わけあって作り直してかなり大きな物置小屋に改築したのだ。その中に入る。
作り手が同じだからか、それとも隠れ家的雰囲気が好きだからか、なんとなく居心地が良いボロ小屋の中を突っ切って奥へと向かう。
扉の横の一番手前の棚には前々からあった道具各種。反対側には空の酒樽が2つと半分ほどになっているワイン樽が1つ。酒樽の影に掛け布で巧妙に隠した冒険者時代の愛用の暗器各種と回復薬が複数。
そして一番奥には巨大な魔法陣とボールくらいの大きさの宝玉が一つあった。俺様は無言のままスタスタと魔法陣の中央に立ち、ちょっと気合を入れてから魔力を流す。足元の魔法陣から青い光が薄ぼんやりと光った。
転移魔法陣。大量の魔力が必要だが、物体を指定した地点へと移動できる魔術具である。
転移の魔術は物凄い魔力を消費するのだが、すでに設置されている魔法陣同士での移動は比較的魔力の消費が少なく使うことができる。対になっている魔術回路同士の間でしか転移ができない代わりに、転移魔法陣があれば魔術の心得がある人間なら比較的容易に使えるという高い利便性を誇っている。
それでも一回の使用に常人なら数人分の魔力が必要となる厄介な魔術でもある。俺様でも1日に3回も使えればいい方だろう。
余談だが大量の魔力を引き換えに魔術具なしで転移魔法陣を使用したり、対となる魔法陣なしで行き先を指定したりすることもできるのだがが、そんなアホみたいな魔力の浪費ができるほどの魔力の持ち主なんて俺様は2人しか知らない。
魔方陣に魔力が満たされる。細かい文様一つ一つに青い光が充満していき、全てがうすら寒い青色に染まったとき、キンと空気が凍るような鋭い音が響く。
その音を合図に、俺様は最後のキーとなる呪文を唱える。聖句と違ってこちらは短いのでとてもありがたい。
「開け、旅の扉よ」
言葉が足元の魔方陣に描かれた魔術回路とつながる感覚。同時に視界が歪み、ぐにゃりと目の前の雑多な物置が消えると、同じように散らばった別の物置の中へと景色が変わる。転移成功。
ほんの一瞬で徒歩2時間の距離を移動した俺様は、何の迷いもなく暗い物置の中を横切る。暗闇にまだ慣れてない視界でも、元職業柄”勘”で障害物の場所がわかる。
見えない視界より足を一歩踏み出すごとに積み重なった埃がモワモワと沸き立ってくることにいら立つ。舌打ちを一つ。
「あの馬鹿、掃除しとけっつったのに……」
埃の中を突っ切ってようやく外に出たときには、せっかく綺麗な神父服が白い汚れがそこかしこについてしまっていた。
手早くはたいて汚れを落とす。そして後ろを見あげる。
ここにも俺様お手製のボロ小屋第三弾があった。しかしこちらは某思い立ったら即行動の単細胞バカの我儘により、幾分頑丈かつ立派に作られていた。
材料の木が欲しいと言ったら何本もの大木を根っこごと小脇に抱えて持ってきたバカを思い出して嘆息をする。まさかあの時はこうなることは想定外だったのだ。
俺様は視線を前に戻し、目の前の小さな家へと向かった。
小さい、と言っても周囲が何にもない平原のど真ん中にポツンと立っているから小さく見えるだけで、高さはともかく広さだけならば教会と同じくらい広い。
ちなみにこちらは俺様主導のもと仲間たち全員で力を合わせて作った。もう3年も前のことかと少し懐かしく思う。
その家の扉を軽くノックして返事を待たずに開ける。当然こんな人っ子一人いない場所でカギなんてかかっているわけがない。
「おーい、レンはいるかー? 時間的に今いなさそうだけど……」
「うるっさいわねぇ。いるわけないでしょー」
聞き慣れた声がどこからともなく聞こえてきた。姿は見えないが声の響き方で居場所がわかる。
恐らく奥の部屋のテーブルの上辺り、何か柔らかい掛け布か詰め物の上にいると思われる。
声のくぐもり方から察するに寝起きか少なくとも万全の体調ではなさそう。機嫌悪し。
さすがに声だけで挨拶というのも失礼な話だろうと、俺様は「ちょっとお邪魔しますよ」と断って奥の部屋へと向かう。
扉が開きっぱなしの奥の部屋の中には、予想通りの人物、いや妖精が一人いた。
食卓テーブルの上に飾られた白い野草の花よりも可憐な顔を他人様には見せられないような半眼でだらけ切った表情をし、小さい体を可愛らしく専用の小さな詰め物の上に腹を出して寝そべっている。
ボリボリとお腹を掻いているだらしない妖精、元仲間の一人でありえないくらいの魔力量保持者であるサリィに挨拶をする。
「……まったく、なんて格好なんですか。怒られますよ、色んな人に」
「別にいいじゃない。誰も見てないんだしー」
いや、俺が見てるんですけどね、と言いたかったがやめておいた。サリィからの不興を買うと生死に関わる。触らぬサリィに祟りなしである。
そして懐から先程の食べ掛けの干し肉を取り出して彼女のいるテーブルの端に置いた。お供え物である。
肉好きの妖精というのもなんだかなぁと思わなくもないが、何でもいいから物をあげておけば彼女の機嫌は最悪にはならない。もちろんこっそり口を付けた部分は切り取って見た目は綺麗にしておく。
サリィは肉の塊を一瞥して、こちらに視線を戻した。そしてこちらに話を続ける。
「で、この短期間にまたレンに用事? あいつまたなんかやらかしたの?」
「まあ、そうみたいなんですけどね。今はとりあえず確認だけしに来ただけなんです」
機嫌が悪いからなのか、それとも単に寝起きなのかわからないが、半眼でこちらを上目遣いに睨んでくる。
俺様は言葉を続ける。
「まあ今夜は前みたいに飲み会開いたりしませんから、許してくださいよ。ついでにあのバカに説教したらすぐ帰りますから」
「まあ、別にあんたがどこで何してようが私は知らないけどね。でも、そうね……」
サリィが少し言い淀む。彼女が何を考えているのかおおよそわかったので、俺様からは何も言えない。
少々間が開いた後、サリィは躊躇うように小さく言った。
「……『そろそろいい加減にしとけ』ってついでに伝えておいてくれない?」
「……わかりました」
俺様はそう短く言ってから踵を返す。なぜか外側より内側の方が傷んでいる扉を抜けて外へと出た。
行き先はもちろんあのバカが日中なら必ずいるであろう場所、開墾されたばかりの畑である。
俺様はまだ肌寒い昼下がりの空気の中、一人ごちた。
「……めんどくせぇなぁ」
…………
南側の一番大きな畑までは徒歩数分で辿りつく。そして辿りつくと同時に、何やら満足そうに畑を見回しているバカの頭をひっぱたいた。
バカはこちらを振り向いて抗議してくる。
「ってぇ。何するんだよゲフィ。忍び足で近寄ってくるなってビックリするから」
「ビックリするのはこっちの台詞だ。お前、昨日の今日でまた何してんだよ……」
折り畳み式の小型警棒を太腿に仕舞い直しながら、俺様はバカに説教を開始しようとする。上背の差を利用して仁王立ちでわずかに相手を見下ろした。
……にしても、ゴーレム程度なら砕け散るほどの打撃もらってもこいつは「痛い」で済むのか。外も中も頭が固いなぁ。
「お前、また村長さんが俺様のとこに苦情言いに来たぞ。いい加減にしろよ。今度は一体何やらかしたんだ? ドクロが何とかと聞いてきたけど……」
「ああ、それならこれのことかな? 見てみろよ。どうだ、すごいっしょ!」
そう言って後ろ手にレンは自分のやった成果を見せびらかす。俺様はそれを見て、頭が痛くなった。
本来なら広々とした畑が広がっているはずの地面が、なぜか黒一色で染められていた。
土のデコボコに合わせて黒い布が一面に被せられ、そしてその黒い布の上には話に聞いていたドクロのマークがいくつもいくつも描かれていた。
俺様はこれが何なのかなんとなく見当がついたものの、一応言い訳を聞くつもりで質問してみる。
「で?」
「いやさ、土壌消毒ってのをやってみたんだけど、肝心のカバーがなくてさ。ほら、去年使ったのは間違って燃やしちゃったし。新しいの仕入れたかったけど、仕入れるまでの間ずっと地面むき出しのまま吹きさらしってわけにもいかないじゃない? だから急遽物置に置いてあったあの布をさ、こう何枚かずつを組み合わせてカバー代わりに使って……」
「で、その使った布ってのが」
「ああ、この海賊旗」
そう、海を荒らす荒くれ者どもが誇りにしている大量の海賊旗が畑の表面を覆い尽くす勢いで敷かれていた。
この海賊旗は、いつぞやに海沿いの街が海賊に襲われていると聞いて、レン他俺様たち一行が周辺の海賊を根絶やしにした際に持って帰ってきたものだった。
海賊は一人残らず捕縛し、どの海賊を殲滅したかを示すために全ての海賊旗を集めておき、そして他には何にも使う予定がなかったため存在自体を忘れかけていた代物であった。
頭を押さえている俺様に気付いていないらしいバカが、自慢げに自分の素晴らしい思いつきをベラベラと続けた。
「いやさ、この海賊旗って討伐した証として持ち帰ったはいいものの、使い道ないじゃん? 売れないし何かに作り直すこともできない。だから大事なものとして物置に保管してたんだけど、もうどうせ使わないなら畑のカバー代わりに使っちゃおうかなぁと、ね。布だから腐っちゃって来年には使えないと思うけど、急場を凌ぐには十分だと思わないか?」
「……まあ、それはそうだけどさ……」
確かに、大事なものとして保管された品物は売れないし使えない。討伐リストを埋め、その海賊ごとにかかった懸賞金を貰った後は無用の長物となる。
冒険すら終わったあとにそんな無駄な代物をいつまでも後生大事に持っておく理由はない。なので不用品のリサイクルとしては賢い判断なのだろう。
しかし、俺様はここで苦言を呈することとした。
「あのな、レン。お前のことを悪く言いたくないんだが、そろそろいい加減悟ってくれ」
「え、い、いきなりなんだよ」
「前に言っただろ。村人たちが戦々恐々としてるって。お前が何かやらかす度に村の人たちが迷惑してるんだよ。今回も変なことはやるな、な?」
「へ、変なことって……。でも海賊旗を地面に敷いただけだぜ? いつもみたいに魔物を連れて来たりはしてないからいいじゃないか」
「魔物を連れてくるのは完全にアウトだアウト。ここら辺は魔族の領域が近いから魔物慣れしてるっつってもな、自警団くらいしかないしがない村人たちに一夜で千人単位で人を殺すことができる魔物を連れてくるんじゃねーよ。そんな奴が近くにいるって知ったときの村人たちがどんなに不安な気持ちか、お前ならわかるだろ?」
「あ、ああ。そうだな。いつも考えたらずでごめん……」
レンは素直に謝った。冒険中はたくさんの村人を魔物の群れから救ってきた勇者だ、どれくらい村人にとって心理的負担になるかはすぐ察せたのだろう。
しかし考えが相変わらず甘い。なのでこの前は言わないでおいたことをここぞとばかりに言わせてもらう。
「謝るくらいならそもそも連れてくるな。お前の考えはわかってるんだよ。どんな強い魔物だって言っても、『俺に勝てる魔物はほとんどいないし連れてくるのは俺に比べたら弱い奴ばかりだ。だから問題なんて起こらないだろう』ってな。だから平気で魔物を人の領域まで連れてくるんだろう。違うか?」
「そ、それはち、違う、よ。たぶん……」
それなりに人の世を渡り歩いている俺様じゃなくても察せるくらい動揺しているのがわかる。図星を差されたという奴だろう。
確かにこいつは強いから大丈夫だと思われるが、それはどう考えても勇者の考え方であって農家の考え方ではない。明らかに強者のそれだ。
なので俺は心を鬼にしてばっさり切り捨てる。
「あのな、強力な魔物が近くにいるってのは本気で怖いんだ。お前や俺は平気だが、ここで暮らしている他のたくさんの人々はどうする? うっかり俺らがミスして魔物を暴れさせたりなんかしたら片っ端から死んでくんだぞ。そんなお前が村から多少離れているとはいえ、こんなところに住んでることに対して村中が警戒している。そのことをわかってるのか、お前」
「う、そ、それは……」
「言い訳はいらん。今回は魔物を呼び寄せたわけじゃなくて、単に変なものを使っただけだからこれ以上言わないでおくが、今度変な事したら俺が村人に代わってお前を追い出すぞ。いいか、普段から信用があれば、海賊旗が地面に大量に敷かれていても『また変なことやってるねー』って言われる程度で誰も気にしないんだ。今のお前は何をやらかすかわからない爆弾扱いなんだ。覚えとけよ」
「……はい。ごめんなさい……」
俺様はらしくなく説教くさい自分の言葉に少し照れた。
しかし年長者として言わないわけにはいかなかった。レンはバカでアホで直情的な奴だが、俺らのパーティーの要で先頭で偉業を為した名実ともに勇者だ。サリィにも言われた手前、ここで真面目に釘を刺しておかねばならなかった。
そして農作業着で項垂れているレンに対し、その服が汗と泥で汚れているのを見てから、俺様はどうしても最後に言いたかったことを言った。
「お前……農家には向いてないよ、やっぱり」
その一言だけを言って、俺様は気まずい思いをしながら背を向けて帰っていった。
後には、最強の勇者にして初心者農家が残されていた。
次話「真面目にお仕事をする」
「今日の一言」
・ニュースであった、メロン畑に除草剤を撒いた犯人は人に非ず。
どんな理由があろうと食べ物を、しかも農家さんが汗水たらして頑張って作ってようやっと収穫できると喜んでいたであろう商品をダメにした奴は生きる価値なし。