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第六話「敬虔な神父、神に祈る!」

前話のあらすじ「消毒すんだから、カバーかけねばならねーべ」


更新超止まってました。申し訳ありませんm(_ _)m

 俺様の朝はまず神への祈りから始まる。


 目覚めると同時に、布団とは名ばかりの薄汚れたシーツから身を起こし、カテゴリー的にはベッドに属するぼろっちい木枠の上に腰を下ろした。

 そしてマイルームと呼んでいるボロ小屋の中で一人、両手で頭を抱えてから小さく呻く。


「……頭いてぇ」


 原因などわかりきっている。飲み過ぎ以外に考えられない。

 床に転がっている大量の酒ビンを片目で見回してからいつものように後悔する。わかっちゃいるけどやめられない。


 俺様は倉庫と見紛うほど散らかっている自室で、唯一散らかっていない物書き机の下へと向かう。床に無造作に散らかっている酒ビンやら下着やら謎の巨大なハンマーやらを蹴飛ばしたり踏み越えたりして、机上に置いてあった教会の証である竜を象ったペンダントを取った。

 頭を押さえながらいつもの祈りを捧げる。


「……すべてを見そなわし給う我が主よ。敬虔なる祈りに応じ我に奇跡を与え給え。主に捧ぐは浄化の調べ。病苦に苛む我が穢れを疾く払い給え」


 ペンダントに刻み込まれた魔術回路が作動するのを感じ、同時に二日酔いで痛んでいた頭からすぅっと痛みが引いていった。完全に痛みが消えたのを確認してから、一つ大きくため息をついた。

 神に仕える者は祈りの文言を大事にしなければならないとかいう決まりのせいで、僧侶の扱う魔術は外部回路を短くする代わりに総じて魔術の起動スペル(呪文)が長い。一番簡単な解毒の魔術でこれである。

 慣れないうちは何度カンペを見ながら呪文を唱えたことかわからない。


 俺様は二日酔いが直ったので、早速飲み物が欲しくなった。適当に床に転がっているビンを手でまさぐる。

 中身が入っていそうな重さの酒ビンを探す。これは明らかに軽いから空。これも空。これも空。これも空。

 7本目にしてようやく液体が入っているトプンという感触をビン越しに把握できた。それを引っ張って片手で持ち、慣れた動きでコルクに噛みつき、抜く。

 無用となったコルクをペッと吐き捨ててそのままワインビネガーをラッパ飲みした。胸元に液体が滴り落ちる感覚。


「っかーーー、うめぇ」


 俺様は一気にビン一本分のワインを飲み干すと、そのままビンを床に放り捨てる。ぞんざいに口元を拭い、ボロ布と大差ないカーテンを雑に開ける。

 あ、ちょっとビリッて音がした。まあ気にしない。俺様は寝ぼけ眼のまま大あくびをした。


「ああ、忘れてた。主よ、わたしたちを祝福し、また御恵みによって今……ついさっきいただいたこの食事を祝してください」


 俺様は紫色のシミができた服の前で両手を組み、神に祈りを捧げる。本来食前に捧げるべき聖句であるのだが、まあ他に誰かが見ているわけではないし別にいいだろう。

 朝酒がそもそも食事に含まれるのか疑問ではあるが、俺様はそういう細かいことは気にしないタチだ。


 しかし一応お仕事で協会に勤めている以上、あまりゆっくりもしていられない。まだ朝日が昇ったばかりの早朝の時間だが、俺様は即座に黒い修道服に着替えて外へ出た。

 長い冒険者稼業のおかげで、朝起きたばかりでも素早く装備の準備は行える。不潔を極めた部屋に似合わないほど綺麗に整えられた修道服をピシリと着こなし、折り畳み式の小型棍棒と大型ナイフと干し肉の欠片を腰に、アクセサリーは即死する攻撃を一度だけ無効化できるという強力なお守りを忍ばせ、回復薬は不要だがいざという時の為に万能薬をポケットに忍ばせる。最後に先程の竜のペンダントを首にかけて完成である。


 準備が整ったら俺様は、家というにはあまりにもボロい掘っ立て小屋を出た。ちなみにこの小屋は自作だ。遠くから見たら箱と変わらないボロ小屋だが、大きめに作ったので製作になんと2日もかかった。

 本来あまり長居するつもりはなかったので適当に作ったのだが、滞在期間が意外と伸びてしまったのと結構広い部屋なので居心地が意外と良かったのが災いして、補修をして本格的に住み始めている。今度暇があったら風呂も増設する予定だ。

 悪ガキが秘密基地を作って遊ぶ感覚に似ている。割とお気に入りのお家なのである。


 村の外れの掘っ立て小屋から、教会までにはちょっと距離がある。その間、朝早くから仕事を始めている熱心な農家の人たちとたくさんすれ違う。

 すでに村に滞在して3年だ。名前は知らずとも知らない顔はお互いいない。すれ違うたびに全員に声をかけていく。


「こんちわー。今日も早いですねー」


「おー? おー神父さん。お互い様ですなー。今日も主の恵みに感謝をー」


「あれ、おじさんもお仕事ですか? 腰痛めたとか言ってませんでしたっけ?」


「神父さん、おはようございますわ。いやなに、まだまだ若いもんには負けねぇですよってからに。バカ息子に仕事を教えてやらにゃならんのですわー」


「あ! 神父さんまた朝からお酒飲んでるでしょう!? ダメって言ったじゃないですかお酒はほどほどにって!」


「あ、い、いや、それはそうなんだけどね。いやー、君の親父さんが仕入れるお酒が美味しくてねー。さすが何でも屋、いい仕事してるよー。アハハハ」


 すれ違う人それぞれに体の調子を聞いたり、時には冗談を交えて話しかけながら俺様は教会へと向かう。

 まだまだ少し肌寒い早朝に白い息が霧散する。


 この村に設置されている教会はとてもショボい。

 一応誰が見ても教会と言える見た目になっているが、大きさとボロさ加減は俺様が作った掘っ立て小屋と大差ない。


 だがこれもまあ仕方ない。ぎりぎり町と言えるほどの規模がない小さな村だ。

 寒村と言えるほど寂れてはいないが、人の増加は見込めないような辺鄙な土地なのだ。王都から見て国境の端近くにあるような村なんて普通こんなもんだ。

 そしてそんな小さな村にある教会が立派な拵えになってるわけがないのは当然と言えよう。予算が降りるかどうかすらぎりぎりの辺境なのだ。教会があっただけ儲けものと言えよう。

 俺様は埃だけには気を付けつつ、蝶番のさび付いた扉をぎぎぃと開けて中に入った。


 中には誰もいない。そもそもこの教会には俺様一人しか勤めていない。なので俺様は、とりあえず教会の中央で神に祈りを捧げてから今日の仕事にとりかかろうとする。

 仕事と言ってもやることなんてない。こんな辺境の地に信者を増やすノルマなんてものもないし、寄付だって誰も期待しちゃいない。最低限の管理と、月に一回のミサの際に聖句を唱えることと、万が一魔物の群れが村に襲ってきたときなんかの避難所として使えれば他は問題ない。

 なので普段やる事と言ったら、掃除くらいのものだった。


 というわけで教会内を掃き清める。と言っても自分のボロ小屋すら碌に掃除していない男やもめ(・・・)がやる掃除なんて適当なもんだ。目立つ範囲の埃を箒で掃き散らかして、椅子と説教用の机だけ雑巾でぱっぱと払って終わりである。

 そして姿勢だけは立派に決めて神に再度祈りを捧げる。


「我が主よ。主の敬虔なる信徒は本日のもまた立派に勤めを果たしました。これからも天からみそなわしていただけることを切に祈ります」


 ようやく日が昇ってきたというこの段階で、すでに俺様は主神に今日も仕事やってやったぞという報告をする。はい、仕事終わり。

 ここからはお楽しみタイムだ。俺様は教会中央正面の一段上の場所にある説教台の前にいき、その下からある物を取り出す。


 そこには今朝自室に散らかっていた酒用のビンとまるっきり同じ形のビンが押し込められるように隠されていた。

 俺様はその中から空瓶を避けて中身の入っているビンを探す。コルクが閉まっている新品のビンを手に取ると、少しだけ顔を顰めた。


「しまったな、またそろそろ酒が切れそうだ。家のもなくなってきたし、また樽ごと仕入れなきゃなぁ……」


 ぼんやりと呟きながら、これまた隠していた小さな椅子を引っ張り出して説教台をテーブル代わりに一人で酒宴を始めた。

 酒のつまみは朝こっそり仕込んでいた干し肉である。それをナイフで一枚ずつ切り分けながらワインに口をつける。


「っかーっ、うめぇ。俺、このために生きてるって気がするなぁ」


 自分で言うのもなんだがとんでもない惨状だと思う。誰もいない教会のど真ん中で酒をかっくらうおっさん一歩手前の老け顔男。

 だがやめられない。酒が切れると手元が狂うのだ。もはや酒は俺の血液に等しい。

 そんな風にいつもの一日が始まった。


 その後、人が誰も来ないのをいいことに酒を飲み、突っ伏して昼寝をし、上機嫌に鼻歌を歌ったりなんかしていた。田舎の教会には月一のミサと査察官の監察があるときくらいしか人なんて来ない。

 俺様個人に対するお客さんなんかが来ることもあるが、そんなことは稀で滅多にない。


 なので自堕落を極めるが如く自由気ままにしていたところ、なんとそのごく稀に現れるお客さんが来てしまった。

 そろそろ昼当たりなので、どこで食事をしようか、酔っぱらってるのがバレたらさすがに面子が立たないからいつもの変装しなきゃなぁと考えていたところ、ぎぎっという鈍い音がして教会の扉が開いたのだ。

 瞬間、俺様は風より早く動く。


 説教台の上に置かれたビンをまとめて引っ掴み下の酒ビン入れへ一瞬で並べて入れる。椅子は重心を狙って上手く蹴りつけ、音もなく滑るように柱の陰の死角にスライド。

 ナイフは慣れた手つきで素早く袖口に押し込んで隠したが、干し肉はそのまま置いておく。説教台のあるここは入口より一段高くなっているので、この場所ならぎりぎり干し肉は見えない。


 俺様はさも「先ほどまで磨き掃除していました」と言わんばかりの仕草で雑巾を隠す素振りだけして説教台の前に堂々と立つ。顔には張り付けた笑顔。

 狭い村なので三年も住んでいれば全員と顔見知りになれる。誰が来たのかわかって俺様は仕事のとき専用の張り付けた笑顔で応対をした。


「これは村長さん、どうかなさいましたか? また魔物でも発生しましたか?」


「ああ、すまんのゲフェン神父様。ちょっと野暮用なんじゃが……」


 腰の曲がった村長をにこやかに迎え入れながら、こっそり机の上の干し肉を千切って食べれないか挑戦していたのだが、村長の困った顔と「野暮用」という言葉で嫌な予感が満載になる。

 笑顔のまま内心で顔を顰める。村長がこういう顔をしているときはだいたいアイツが原因なんだ。


 立ち話は老人の体に良くない。なので近くの横長の席を進めて、自分もそちらに座り直す。

 話の続きを促すと村長は世間話をするように話し出した。


「まあ、ゲフェン神父様も知っての通りですが、私の家は一番東の小高い丘の上にあって、遠くの景色まで良く見えるんじゃ」


「ええ、そうですね」


 俺様は営業スマイルを崩さずに頷く。

 それなりに距離はあるが、ここは魔王領に最も近い村である。村から東へ延々と歩いていけば黄金大迷宮に差し掛かり、そのまま魔王領に入ることができる。俺様たちのパーティーも昔一泊だけしてここを通り過ぎた記憶がある。

 ちなみに、その魔王領とこの村のちょうど中間あたりに、あのバカが家を建てている。


「まあ、だから早く起きた日にゃ朝日を拝みながらのんびりするのが日課なんじゃが、その……レンさんのおうちがのぉ」


「……また何かあったんですか?」


 やっぱりあのバカまた何かしたのかと内心毒づきながらも村長への応対は丁寧に行う。少しだけ困った表情を作って話の先を促した。


「いや、大したことないんじゃ。前みたいに巨大な鳥が空を飛び回ってたり、一面が火の海になってたりはしとらんから……でもなぁ、なんか不思議なもんがあってな」


「不思議なもの、ですか?」


 俺様は紳士スマイルをしながら首を傾げた。

 レンのバカはなぜか突拍子もないことをやらかす。この前も巨大なミノタウロスを家の近所に召喚したらしく、それを見た狩人が腰を抜かして帰ってきたばっかりだった。

 しかし不思議なもの、という表現は気になった。直接的被害を出しそうなモンスターなら不思議とか言わずにそのまま「またモンスターが攻めてきたかもしれん!」と騒ぎ立てそうなものなのに、一体何があったのか。


「そうじゃ。レンさんの畑があるところらへんがなぜか黒一色になっておったんじゃ。最初は見間違いかと思ったんじゃが、どうにもそうじゃないようでな。目の良い若者に見てもらったんじゃが、それが妙で……」


「妙、と言いますと?」 


「それが、じゃな……」


 村長は白いヒゲを撫でながら、困ったように首を傾げた。何と言えばいいのかわからない、と言った感じだ。


「その……黒くなった地面に、大量のドクロが描かれたいたようなんじゃ。それがどうにも気味悪くてのぉ……」


「ドクロ、ですか……」


 俺様は困ったような笑顔を取り繕いながら、内心で「あのアホ勇者またなんか変な事しただろ!」と盛大に罵倒していた。

次話「神父、説教する」


週一くらいのペースで更新したいと思います。いろいろ勝手ばかりで申し訳ありませんです……。

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