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6/7

1-6 終わってた

「シ、シズク……もう無理」

「馬鹿ムスビ! 死にたくなかったら止まらないの!」

「殺される前に、死ぬ……」

 運動不足馬鹿の手を引っ張って走る。

 頭の中はぐちゃぐちゃなのに、不思議と帰り道は覚えていられた。

「何なのよ、あれ。簡単に殺すとか、正気じゃないわよ」

「バッゲンさんの、知り合いみたい、だったけど」

「でもなんかいがみ合ってたわよ」

「仲違い、かねぇ……」

 止まってなんかいられない。いられないんだけど、ムスビは限界だ。

 どこか、隠れて休ませないと。

「すぐ休める所探すから、それまで」


「だいじょーぶ。永遠に休めるよー」


 頑張って、とは言えなかった。

 不気味な程無音で、当然のように狂人が待ち伏せていた。

 早い。早過ぎる。人が走って追いつける時間じゃない。

 これもチカラ……?

「何で……バッゲンさんは?」

「あんたらには関係ないなー」

 聞くまでもない。

 止められなかったんだ。負けちゃったんだ。

 呼吸の乱れが走ったせいか恐怖のせいか分からなくなる。

 人を殺すのを何とも思ってない存在が、ニヤッと笑って、

「無事に……決まってる、だろ」

 隣から声がした。

 聞き慣れた、知ったふうな上から目線のムカつく声がした。

 息も絶え絶えのくせに、人殺しに立ち向かう幼馴染が居た。

「根拠はあるのかなー?」

 水を差されて明らかに不機嫌そうな口調に、ムスビは真っすぐ女の人の後ろを指差して一言。


「そこにいるだろ」


 首がねじ切れるんじゃないかと思う勢いで女の人が後ろを振り返り、ムスビが私を押し倒して緩やかな坂を転がり落ちていく。

 ぐるぐると視界が回ったと思ったら、誰かに手を引かれていた。

「……うっわー。馬鹿だなー。普通こんな手に引っかかるかなー」

 上の方からゾッとする音が届いてくる。

 足が竦みそうになるのを、右手の温度を頼りに持ち堪える。

「あの子らも馬鹿だなー。そんなんで、逃げられると思ってんのかなー」

 我武者羅に追ってこないのが尚更不気味で、心臓が悲鳴を上げた。

「ど、どどどどうすんの!? 絶対怒ったよ、ブチ切れだよ!」

「そこの、そう。背の高い、草場に隠れよう」

 草むらに文字通り飛び込み屈んで進む。あれの視界から外れたっていうだけで落ち着いてきた。

「ぜぇ、はぁ、ふぅ。このまま隠れてやり過ごすのね?」

「まさか」

 答えるように、木々やら土砂やらが吹き荒れるのが見えた。

 大地に封印された邪神でも復活したのかと妄想したけど、現実はもっと空想だった。

「どっこかなー。どっこかなー」

 鼻歌混じりに自然破壊に勤しむ悪魔の姿が見える。

 腕を適当に振った先が扇状に薙ぎ払われ、残骸が轟音と共に降り注ぐ。

「な、なんなのよあれ……あんなチカラでたらめじゃない!」

「作戦会議だ」

 何故か動じないモヤシが何か言っていた。

「まず前提として、バッゲンさんは助けに来れない。安否不明の状況じゃあ算段に入れられない」

 作戦? あれを相手に?

「他の助けも望めない。元より立入禁止の森だ。冒険者はおろか一般人もいないはず」

 遊び半分に世界を壊せるような化物を相手に作戦?

「そして僕達だけであの人を止めるのは無理だ。交渉材料もないし、力ずくも論外だ」

 その通りだ勝てるわけがないならどうするって、

「だから、逃げの一手。これしかない。そのためにもシズク、君のチカラが必要だ」

 真っ白になった。

 こいつの頭みたいに真っ白になった。

「わ、私のチカラって、水を出すだけよ……?」

「チカラの出力は今更どうにもできない。でも使い方ならいくらでも工夫できる。今からいくつか教えるから、後は僕の指示通り動いてくれ」

 教えられたのは試せばできそうなことばかり。

 でも、だからこそ、

「ほ、本当にこんな方法で撒けるの?」

「おや珍しい。いつもの自信はどこにやったんだ?」

 いつ死んでもおかしくない状況なのに、こいつの余裕はどこから来るんだ……?

「あんたね、今はそんなこと言ってる場合じゃ」

「いつも通りでいいさ」

 珍しく、優しい声色だった。

 できもしないくせに、気遣おうとしていた。

「僕をからかう時みたいに気負わずにやればいい。慣れてるだろう?」

 成程。それなら誰にも負けはしないと言い切れる。

 後はムスビを信じるだけだ。

「……ちゃんと指示しなさいよ?」

「当然だ。まだ読んでない本が何冊あると思ってる」

 ……信じていいんだろうか。


 ○


 楽しいなぁ。

 かくれんぼは楽しいなぁ。

「そこかなー」

 不自然に揺れる草場に狙いをすます。

 やっぱり潰す時は目の前でやらないと意味がない。

 じゃないと顔が見れないから。

 あのぐしゃぐしゃのみっともない顔が見たいから。

「君達は悪くないよー。ただー」

 わざと聞こえるように声をかける。怯えて震えて訳が分からないまま死んでもらうために、絶望の時間を十二分に味わってもらうために。

「運と都合と相手が悪かったんだよー」

「シズクっ!」

「分かってるわよ!」

 威勢のいい叫び声と共に、草むらから二つの影。

「分かれたって意味ないって、理解できないんかなぁ!?」

 どっちでもいい。順番は気にしない。

 狙いやすい右側を吹き飛ばした。

「はぁー?」

 けど、思ったような光景がない。

 まるで水を切ったような感触しかない。

 想像した顔がない。

 ない。

「何が悪いって?」

 残った片方には女の子が1人いた。

 いや1人じゃない。背中にもう1人、男の子を背負っている。確か男の子の方は体力が無さそうだった。

 それでサポートしてるつもりなんだろうか、逃げられると思ってるんだろうか。

 ああ、そんなのどうでいい。

 消えて欲しい。

 なのに。

 無くなって欲しいものが残ってる。

 はあ?

「はああああああああああああああああああああああああ!?」

 今度こそ消す。消し飛ばす。

 なのに。

 狙おうとする度に、

 バシャッ、と水がかかる。

 痛みなんかない。ないけど、集中できない。

 気にせず打ってもやっぱり当たらない。見当違いなものばっかり消えて、嫌なものが余計に浮彫になる。

「楽しくないなぁ……ホント」


 〇


 心臓の鼓動が全身を打っているのが実感できる。

 恐怖もあるし、集中しているのもある。

 でもちょびっとだけ、集中が勝ってる。

 理由はさっきの作戦会議とやらのおかげだろう。

『あの衝撃波は精度がよくない。これは確実』

『根拠は僕達が生きていることだ』

『君だったら、あの距離くらいだったら外さないだろう?』

 そんなの冷静に見てられるかと睨んだ。

『だからあれを当てようとすると相当集中するはずだ』

 向こうもそれが分かってるから乱発してるんだろうし、と付け加えて、

『嫌がらせをしよう』

『相手の視界を遮り続けるんだ。水だけじゃ不十分だろうから辺りの草木や土を巻き上げてくれ。同じ方法ばっかりじゃ慣れてくるから創意工夫を忘れずに』

 それだけじゃいつか追い詰められるんじゃと言うと。

『チカラは無限じゃない。あれだけのチカラだ、相当体力を使うはず。あの移動速度もチカラに依存したものだろうし、相手がへばればこっちの勝ち逃げだ』

(ムスビの言った通りだ)

 かと言って完全に攻撃を避けているわけじゃない。衝撃が肌や足裏からビリビリと伝わってくる。

 本当にギリギリなラインで避けてるんだ。その指示をしてるのが、

「右に避けろ!」

「っ!!」

「ちょこまかとさああああ」

 ムスビだ。私におぶられたまま背中から指示を出してくる。

 相手の一挙手一投足を見逃さずに観察し続け、癖を見抜き、そこから結果を導き出す、とかなんとか。

 難しいことは置いといて、取り合えずムスビはどこが危ないか分かるらしい。

 場所が変われば隠れる場所もまたできる。時間をかければいつか森を抜け人通りがあるところまで逃げられる。

 やれる。ムスビを信じていれば切り抜けられる!

「……あー、もーいいや」

 カチリと、何かが切り替わったような気がした。

「目の前で見たかったけど、ムカつくし、生意気だし、苛つくし、問題ないよなああああああああああああああああああああああああああ」

 思わず立ち止まって振り向くと、見たことのない獣がいた。

 シルエットだけ見るとウサギを連想させるけど大きさが別物だ。

 四つん這いなのに私達の倍以上はある身の丈、乾いた土色の剛毛。

 巨体を支える両手両足も木の幹以上に太い。

 それが、

「引き潰せ!!」

「雑木林に逃げ込め!!」

 思考より先に身体が動いてくれた。

 進行方向を90度変え横合いの雑木林へと駆ける。

 謎の衝撃が私達を襲ったのはその直後だった。

 風が強い日転びそうになったことがあるけど、それは比じゃなかった。

 冗談じゃなく空中を一回転し、2人とも受け身も取れず地面に身体を打ち付ける。

「おっ、う、がはっ!?」

「いっつ……ムスビ!」

 聞いたことのない嗚咽に慌てて近づくと、俯せに落ちたのか表情は見えなかった。

 落下の衝撃で肺の空気が追い出されたんだ。身体を起こし息をしやすいようにさせる。

「あのウサギ、真っすぐ、私達に」

 突進。言葉で表すならそうなんだろう。でも普通の動物にあんな速度が出せるんだろうか。

 周囲の草木を見渡す。

 突進の余波で例外なく倒れ散らされていた。

 この程度の怪我で済んだのは奇跡だ。もし大木の1本でも倒れてきていたらそれで終わっていた。

 想像しただけで足が竦む。

「……シズク、また来るよ。目を逸らしちゃ駄目だ」

「駄目だよ」

「シズク、前を向くんだ」

「もう無理だよ。さっきのはたまたま避けれたから助かった、次も安全なんて保障できない」

「シズク!」

 このままじゃあ2人とも殺される。

 どっちも助かるような選択肢はない。

 なら、

 それなら私は、

「……でも安心してよ。ムスビだけは助けるから」

 無理して笑ってやったのに、この馬鹿は無駄に察しがいいらしい。

「……何言ってるんだ馬鹿野郎。ふざけてる場合じゃないんだぞ!」

 怒声を無視して顔を上げると獣が振り返ろうとしていた。

 その勢い故に止まるにも距離が必要だったんだろう。かなり遠くにいるが、あの速度なら一瞬だ。

「あっちの方向に逃げれば、とりあえずは森を抜けられる。街道まで行けば助けを呼んでもらえる」

 はず。

「なら君も」

「ごめん、もう動けない」

 嘘だ。後一発。目くらましするくらいのチカラは残ってる。囮になれる。

 ムスビを逃がすくらいの可能性は残ってる。

「あのさ、頑張って逃げてよ。痛くて苦しいだろうけどさ。逃げて生きてよ。お願いだよ」

「……駄目だ、諦めるな! こんなの認めないぞ、くそっ! 待ってくれ、考えるから思いつくから、方法を、方法を!!」

「これ、返すよ。ごめんね、こんなことになって」

 没収していた本をムスビに渡そうとしたら、怒鳴って振り払われた。

 仕方ないか。こうなったのも全部私のせいだ。嫌われて当然だ。

「私さ、ムスビに外の世界を知って欲しかったんだ。独りになって欲しくなかったんだ」

 こいつはずっと引きこもってた。

 引きこもって独りだった。

 独りで本を読んでた。

 心配だったんだ、恐かったんだ。

 独りのこいつは凄く希薄で透明で。

 いつか人知られず消えちゃうじゃないかって。

 そうなる前に、強引に外へ連れ出した。

 外の世界に興味を持ってくれれば、そんな考えだったけどムスビは予想以上に活発的だった。

 ムスビは独りにならない。きっかけさえあれば誰とでも繋がれる。

 それだけ分かれば十分だった。満足で安心できた。

「それだけ、だったんだけどなぁ」

 さっきの軌道から少し逸れて、往復する形で化物が襲ってくる。

 あれが進路を変えられないギリギリまで待つ。ムスビだけは絶対に逃がす。

 迷いを振り切り手をかざせ。

 恐怖を糧に勇気を振り絞れ。

「逃げろっ!! シズク!!」

「やーだよ」

 最後は笑顔で、

 なけなしのチカラを込めて、

 意識が飛びかけ、


 轟音が私を飲み込んだ。


 ……。

 ……あれ?

 死んだにしては痛くない。ん? 死んだから痛くないのか?

 一瞬だったらこんなものなんだろうか。

 ムスビは逃げてくれただろうか。

 混乱と困惑の海を揺蕩い続け数秒経った後、流石におかしいことに気付いた。

 身体が浮いている? いや、抱きかかえられている?

 現実に焦点を合わせようと目を開けると、


「おう。朝ぶり」


 筋肉達磨の腕の中にいた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!?!?」

「命の恩人に対してその反応はどうかと思うなぁ」

 今度こそ意識を手放しそうになったけどギリギリの所で掴みなおす。

 うう、朝……? ああ、なんかギルドで聞いたような、

「筋肉、おじさん?」

「そうだよ筋肉のおじさんだ。そっちはどうだ?」

 促された方を向くと、ムスビが見覚えのあるお兄さんに抱えられていた。

「無事、とは言えないけど……。うん、安静にしてれば大丈夫かな」

「なら問題ないな」

 あの人も今日の朝ギルドで会ったばっかりの人だ。

 何で私達は助かっているのか。

 何でこの人達は助けにこれたのか。

 前者についてはすぐに分かった。

(さっきまで居た場所から、動いてる……?)

 突進の爪痕が離れた所に見える。さっきまで私達がいた所だ。

 あの一瞬でここまで移動したってこと……?

「また」

 呟く程度だったはずなのに、私は聞き逃さなかった。逃がせなかった。

「またまたまたまたまた邪魔が入った何だよ誰だよお前ら何しに来たんだよどけよそのガキ共をミンチにするんだ引き潰すんだ」

 化物を引き連れた悪意が私達の前に立ちはだかる。

 私には一度立ち向かうだけで精一杯の悪意。

「ぶつぶつとうざったいな」

 けど。

「黙ってろって言われないか?」

 筋肉おじさんの挑発に対し最早言葉はなく、猛獣が三度襲ってくる。

 おじさんは私を降ろして一言。

「ちょっと行ってくる」

 理解できなかった。

 イメージできなかった。

 この人はどこへ行くつもりなのか。

 まさかアレに立ち向かう気なのか?

 逃げよう。

 そう伝える間もなく筋肉おじさんは腕を上げ、


 瞬後、猛獣の胴体に拳を埋めていた。


「うへぇ?」

 誰の言葉だったのかは分からない。

 ただ一つ確かなのは人が、生身で、化物と渡り合っているという事実だ。

 私の頭くらい切り裂けそうな爪を拳で弾き顔面に一撃。

 怯んだところにもう一撃。

 落石事故でも起きたかのような音撃を響かせる筋肉おじさんに、あの化物が初めて後退する。

 でも逃がさない。

 人並外れた跳躍にも木々を足場に追い縋り肉薄し追撃する。

 さっきまでの攻守がひっくり返っていた。

 女の人も焦っているのか私達には目もやらず戦闘を凝視している。

「こ、の。筋肉お化けが! それで人間のつもりなんかなー!!」

「失礼なねーちゃんだな。おじさんショックでこむら返りそうだ」

 散々苦しめられたけど、今だけはあの人と同意見だ。

 獣の相手はおじさんに任せ、ムスビとお兄さんの所まで逃げる。

「ムスビ、あの、えっと、あー」

 色々決心してあんなことを言っちゃった手前まともに顔を合わせられない。

「お説教は後でしてやるから、覚悟しとけ」

 ムスビは俯いている私に辛辣に言い捨てると一転、お兄さんに頭を下げた。

「ありがとうございます。おかげで馬鹿が命拾いしました」

「いやいや、お礼ならギルドのお姉さんに言うといい」

 キョトンとする私達を見て、お兄さんは笑って付け加える。

「僕達に君達の様子を見に行くよう依頼したのは、彼女だからね」

 お姉さんの困り顔が思い浮かんだ。

 無性に会いたくて、謝りたくなった。

「……シズク、一緒に怒られようか」

「うん、うん……」

 涙が零れそうになるのを我慢していると、不意に身体が揺れた。

 はっ、と顔を上げると、おじさんが岩みたいな拳を地面に埋めていた。獣が間一髪で避けたらしい。

「で、あれは?」

 そう。あの化物は何なんだ?

 いったいどこにいた?

 あの人はどうやってあの化物を手懐けてるんだ?

 落ち着いてくると疑問の泡がふつふつと沸いてくる。

 その泡を、

「カラカラビット」

 いつの間にか地面に座り込んだ幼馴染が割る。

「砂漠地帯の特に乾いた地帯に生息する大型生物。主に単体で縄張りを作る。劣悪な環境で生きる獰猛な生物と渡り歩く内に強靭な四肢を獲得。近接戦においてはその地形を変えかねない剛腕で戦い、地上は圧倒的な走力で追い縋り、手の届かない範囲は跳躍で迎撃する」

 生物図鑑を読むような口調が謎を解いていく。

 未知が既知に変わる。

「しかし乾燥地帯に特化した進化を選んだためか、それ以外の環境では適応できず十分に活動できない」

 両者の戦闘はいつの間にか止まり、ムスビの語りがその場に広がっていく。

 何のチカラもない男の子が急所を暴く。

「ずっといたんだろ」

 視えなかったものが顕になる。


「お姉さんのチカラは対象の姿、発する音といった外部が受け取る知覚情報を消すチカラ。最初はカラカラビットを消したまま、まるで自分が強力なチカラを使っているように見せて絶望させて殺そうとしたけど、途中からは痺れを切らして突進させたってところかな。カラカラビットだけなら僕達に追いつけるからね。あと、姿が視えたのってやむを得ずでしょ? チカラの制限だと推察するんだけどどうかな?」


 パチパチ。

 乾いた拍手が女の人から鳴る。

「頭いいねー、坊や。正解正解だいせーかい。あたしも大概だけど、君も立派に異常だねー」

「付け加えると、そのカラカラビット、もう死んでるんでしょ?」

「……っ」

 女の人が停止した。同時にウサギの動きも止まる。

「え、え? 死んでるって、生きてるじゃない」

「死体を操ってるんだよ」

 想像できない単語ばかりが出てきて理解が追いつかない。

 でもこの馬鹿は待ってくれない。

「人工のフェニックスが造られたって本で読んだけど、本当だったんだね。天然物と違って完璧に生き返らず、死体を人の意識で動かすってのとも一致する」

 女の人は黙ったままだ。

 でもひきつった表情が全てを肯定していた。

「つまり、君達はこの別嬪さんが操るカラカラビットの死体に襲われてたわけかい? だが、無駄に手がこんでるというか必要性が見えないというか」

 お兄さんはこの会話だけで理解できたらしい。当事者の私はもうお腹いっぱいだ。

 それは筋肉おじさんも同じのようで、つるつる頭を掻いている。

「細かいことはいい。結局どうすればいいんだ」

「適当にあしらって」

「……うん?」

「よろしくー」

 女の人の絶叫と共にウサギが再度動き出す。

 でもそれは戦うというより暴走に近い。腕を振り回して自然破壊する様は子供の癇癪のようだ。

「相手が死体じゃ勝ち目なんてないんじゃないかい?」

 相変わらず冷静なお兄さんが腕を組んだまま首を傾げている。

 おじさんの心配ははなからしてないみたいだ。

「もう終わってるよ」

 そしてそのお兄さんよりも力を抜いて、ムスビは欠伸をしやがった。

「カラカラビットは乾燥地帯で生き抜くために特化した生き物だ。貴重な水分を確実に摂取するため、その体表、体毛は極小の穴が無数に空いている」

 不意に、ウサギの動きが鈍くなる。ムスビの言葉が縛っていくようだった。

「過剰なんだよその特性。この地域では」

 鈍くなるに収まらず、腕が上がらなくなる。あれだけ脅威だった腕力が無力化される。

「しかもシズクのチカラをどれだけ浴びた? もう全身どころか細胞組織に至るまで水浸しだろう?」

 遂には膝をつき、

「まともに動けるもんなら動いてみろ」

 今度こそ、化物は停止した。

 助かった……?

 本当の本当に助かった?

 どっ、と忘れていた疲労が溢れ出し雑草の上に座り込んでしまう。しばらく立てそうにない。

「あーあ、ここまでかー」

 女の人がさっきまでの殺意が嘘のように空っぽな呟きを零し、もう動かない獣の腹を撫でる。

「やっぱ駄目だなーあたし。何やらせてもさー。失敗ばっかだなー」

 こんな独り言止めさせればいいのに、止められない。

 今ならおじさん達で押さえつけられる。

 なのにできない。

 誰もしようと思えない。

 不気味な生き物を見るように、怪訝な表情で動こうとしない。

「でもまーいっか」

 くるっとこちらを振り向いた女の人は笑っていた。

 死んだ獣を背にして笑っていた。

 とても綺麗な笑顔で、

「こんな終わった世界、この手で終わらせてやろうと思ったけど」

 とても空っぽな笑顔だったから、


「勝手にくたばってろよ。あたしも勝手にくたばるからさ」


 獣の剛腕が動いていた。

 腕だけはその矜持を持って動かしたのか。

 でもその暴力は私達に向けられたものなんかじゃなく、

 笑う女の人の首を狙うもので、

 不思議とゆっくり動く世界の中で、

 誰もが動こうとした時には手遅れのはずで、

「あ?」

 きっと疑問を最初に感じたのは女の人だ。

 茫然としている私達がいつまでも見えてるんだから当然だと思う。

 どうしてまだ生きてるのか。

 その答えは背後にあった。

「……」

 言葉もなく固まる。

 固まる。そう、獣は固まっていた。

 正確には、氷結していた。

 過剰に吸った水が冷えて固まり足掻くこともできない程拘束されていた。

 何故? どうして?

 か細い声に答えたのは、最早懐かしさすら覚えるあの人だった。


「状況がさっぱりなんだけど、皆無事かな?」


 服は所々擦り切れて、あちこちに切り傷を残していた。

 イケメンが台無しだった。

 そんな彼は1匹のオオカミを連れていた。出発の時には連れていなかったはずなのに。

 オオカミは雪のように白く、足元の雑草に霜が降りている。

 口元の牙は氷のようで、道中見つけたものと瓜二つだった。

 そう、このオオカミだ。

 このオオカミがウサギを凍らした。

 ……現状を見る分には以上が事実だ。もう分からん。追いつけない。

「う」

 なのに、


「うわああああああああああああああああああああんびええええええええええええええええええん!!」


 女の人、号泣。

 大の大人が号泣。

 意外な程綺麗で透明な涙がポロポロ零れている。

 ……いやいや、何ですかこの状況。泣きたいのはこっちなんですよ。

「「「「…………」」」」

 ムスビ、機能停止。

 筋肉おじさん、唖然。

 お兄さん、困惑。

 私、挫折。

 その場の全員がいっぱいいっぱいだった。

 誰でもいいから押し付けたくなった。

 結果、約2名を除く意見が無意識化の元妥結。

 4本の人差し指が一点を差し、


「「「「泣かしたー」」」」

「僕っ!?」


 遅れてきたヒーローに全部押しつけることにしましたとさ。

 めでたしめで……たくはないよなぁ、これ。

 どうすんの?


 1-7へ続く



たぶん次で終わります。

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