1-4 準備は念入りに
我ながら不器用な生き方をしてるなぁ、とは自覚している。
やらなくていいことに首を突っ込んで、振り回して、吹っ飛ばしてる。
それでも最後は大団円なのは単衣に幸運なだけだろう。
周りの皆は僕のことを過大評価してヒーローだのなんだの言ってくるけどそれは間違いだ。
自分の我儘のために根拠もなく引っ掻き回す人間がヒーローであってたまるもんか。
寧ろ加害者と呼ばれるべきだろう。
でもそう呼ばれないのは前述通りラッキーなだけなのと、僕自身人に嫌われるのが怖いだけという自尊心によるところが大きい。
どうも。いい人ぶった自尊心の塊、バッゲンです。
なんて自己紹介ができるはずもなく、
「じゃあ改めまして。僕はバッゲン。ギルド職員として働いています」
身軽なまま、ありきたりな上っ面の挨拶しかできないのであった。
「シズクです! 今日はありがとうございます! それとよろしくお願いします!」
対照的になんと心に来る明るさだろうか。眩しすぎて眼球が潰れそうだ。
「ムスビです……。趣味は本、好きな食べ物は本、嫌いな行為は焚書です」
さらに対照的になんて僕よりなオーラの持ち主なんだ。あと好きな食べ物はきっと言い間違いだろう。
ただやっぱり僕と違うのは自分を隠してない、ということだ。
2人ともまだ子供だからそんな風に飾らない生き方ができるんだろうなぁ、とか羨むことで自家生産の闇に飲まれそうになったので急いで仕事へ意識を向ける。
「うん、よろしくね。ではでは森へ行く前に、君達が持ってきたものを確認させてくれるかな」
今回の調査は日帰りの予定だが短いからと甘く見てはいけない。
食料・装備・探索道具といった一般品は勿論の事、モンスター対策も必要だ。
モンスターが出ないなら後者はいらない、なんて考えてはいけない。
万が一、命に関わる場合を考えない冒険は死を意味する。
それが僕の持論だ。
「私はお弁当と汗拭き用の布と虫よけ薬と……」
シズクちゃんがリュックから取り出したるは冒険グッズというよりはピクニック一式だった。
うん、予想の範囲内かな。子供の考えなら寧ろ十分なくらいだ。足りない分は僕が用意すればいい。
「僕は、これです」
本。
ムスビ君は本を一冊取り出した。
さっきも本が好きだと言っていたから休憩中にでも読むつもりなんだろう。
…………。
え? 終わり?
「ム、ムスビ君? それで全部かい?」
「? そうだけど?」
不思議そうな顔で返されてしまった。なんだ、億が間違ってるのか?
「あんた、本当にそれだけ持ってきたの……」
シズクちゃんが呆れ顔で沈んでいる。彼女からしても信じ難い光景らしい。
僕としてもこんな軽装は認められない。ここは認識を改めてもらう必要がありそうだ。
「君は本一冊でどうやって森中を進むつもりだったのかな?」
少しキツイ言い方だっただろうか。でもこれも彼のため。もし次がある場合同じ失敗はして欲しくないんだ。
「どうって、この本を見れば一目瞭然だろう」
が、ムスビ君はびくともせず本のタイトルを指差した。
言われるがまま読むとそこには『バカでも分かる植物図鑑』とある。
「……ごめん。さっぱりだよ」
「ふむ。おかしいな」
おかしいのは君の思考回路だと思うんだけどなぁ。
「お兄さんはシズクと違ってバカに見えないんだが」
「ん? 今さらっとバカ呼ばわりされた?」
君達は仲がいいのか悪いのかさっぱりだよ。
「ではシズクでも分かるように説明すると、これがあれば食料、睡眠、モンスター対策まで賄えるのだ」
「ねぇ、やっぱりバカにした?」
シズクちゃんの追求をスルーし彼は本を開いて見せる。
内容はこの辺りの植物について絵付きで説明してある、よくある植物図鑑だった。
魔導書のような、それ自体がチカラを持つ特別品でもないようだが……。
「例えばこのシオシオツクシは今の季節によく生える植物だが、生で食べてもおいしいらしい」
シオシオツクシは萎れているの意ではなく、その絶妙な塩味が特徴的な野草だ。
フィルの森にも群生している。
「次にこっちの軍隊キノコは縄張りを巡回する動くキノコで、生は無理だが焼くと肉のようにジューシーだとかじゅるり」
「じゅるり」
依頼者2人がじゅるりっている。
つまり、ムスビ君は道中の野草やキノコを食べるつもりのようだ。
間違ってはいない。僕達調査員も現地調達をすることはある。彼のようにそれ頼りで準備はしないが。
『私はこれがいい!』
『それ猛毒だよ』
『じゃあこっち!』
『それ希少種だから食べちゃダメだよ』
『ならこれ!』
『それ寒い地域しか生息しないってか読もうよシズク』
シズクちゃんはともかく当のムスビ君は内容を理解しているようだし、食料については問題ない……かな?
「わ、分かったよ。じゃあ次の睡眠は……」
「本は枕になる」
えー。
「今『えー』って思ったね?」
「い、いやー、あはは」
そんな硬い枕で寝たくないなぁというのが感想なんだけど、
「あーうん、まぁ君がいいならいいや。じゃあ最後にモンスター対策は?」
「本は武器になる」
本を振りかざし角の部分を打ち付けるようにスイングするムスビ君。
もはや何も言うまい。
頑張ろう。
「……ごめんなさい」
一回り下の女の子に謝られてしまった。
「頑張るよ……」
大きな不安を抱えつつ、僕は追加で必要なものをリストアップしていく。
……予定より2倍ほど多くなりそうだけど問題ない。
「最後に、お互いのチカラを確認しようか。僕のは手品みたいなものなんだけど」
言いながら僕はシズクちゃんが取り出したお弁当を拝借し、
「へ? はい!?」
「ほう」
消して見せた。
そして、
「はい、返すね」
「い? へふ!?」
「ふむ」
借りたお弁当をシズクちゃんの目の前に出現させた。
2人の反応がまるで違って楽しかったのは秘密にしておこう。
「も、ものを消すチカラなんですか?」
目を白黒させるシズクちゃん。んー、ちょっと違うんだよなぁ。
これは、
「触ったものを収納するチカラ、かい?」
心臓を矢で撃たれるとこんな感じなんだろうか。
早鐘を押さえつけ声の元を辿ると、そこには瞳をぎらつかせたナニカがいた。
「いやいや、シズクじゃないんだから誰でも想像つくさ。まずバッゲンさんの装備、これから探索に行くってのに完全手ぶらってのが変だし」
仰る通り、今僕は荷物を一つも抱えていない。だがそれは不必要なわけでも準備をしていないわけでもない。
「追加の荷物が増えるからまとめて持って来るのかと思ってたけど、武器すらないのはおかし過ぎる。で、その一見消えるチカラだ。どういった仕組みかはさっぱりだけど、冒険の道具は大半そこにあるんじゃないかな」
……やっぱりさっきの感覚は気のせいじゃなかったようだ。
受付嬢さんとの交渉時、子供とは思えない考察をさらっとやってのけていた。
いないわけではない。世の中は広く、外観年齢と中身が食い違っている人もいることはいる。
だがそれらは例外なく強者だ。途方もない修行か、天変地異クラスの天才でなければ無しえない。
この子がそこまでの強者でないことは受付嬢さんのチカラで証明済だ。
では、この子は何なんだ?
普段は気が抜けたように振舞っているのに、不意にスイッチが入る。
そのギャップが、落差が、無性に気になるけど、
「正解だよムスビ君。僕のチカラはモノの収納。ある程度の重量・体積まで異空間へ自由に出し入れできるんだ」
「異空間! ふむふむふむぅ!」
異空間、という単語にムスビ君のレーダーが過敏に反応してるようだけど、残念ながら僕もよくわかっていない。何故なら送ったものがどこへ行ってるのか僕もさっぱりなのだから。
少なくともそこが危険な場所ではないこと、他の誰も手出しできないこと、時間の流れが止まっていること、以上が今までの経験で知り得たことだ。
そのようにムスビ君に説明し終えると、おいて行かれていたシズクちゃんが立ち上がり、
「次は私! 私のチカラは水を出すことだよ!」
言葉通り、シズクちゃんの両手から人の頭くらいの水球が生まれる。
年相応ちょい大きいくらいのチカラだろうか。特に珍しいチカラではないが探索で水を使えるのは大きい。良いチカラだと思う。
「うん。ありがとうシズクちゃん。いざという時はよろしくね」
お世辞のつもりで言った言葉でもシズクちゃんはお日様みたいな笑顔で答えてくれた。ああ、眩しい。
そして、
「ムスビ君のチカラ、教えてくれるかい?」
先ほどの異質さの答えがそこにある気がして、僕は急かす様に聞いてしまい、
「ああ、僕はチカラがないんだ」
自分の舌を噛み切ってやろうかと思った。
「あ、えっと」
シズクちゃんが気を使ったように言葉を探そうとするけど僕の自己嫌悪は止まらない。
何故僕はこんなに軽率なのか。こんな人間がヒーローだと? 笑わせるな。
チカラ。それは誰にでもあるように思われているが、実際は極少数持たない人も存在する。
学者の間では『チカラが無いのではなく、発現できない又はできていても観測できないだけ』というのが定説のようだが、僕達の生活圏ではそんなことどうでもいい。
他のことでも同様だが、皆ができる当然を出来ない者が少数いたら、
周囲は彼らをどう扱うだろうか?
ムスビ君の談ではないが誰でも分かる。待っているのは排斥と暴力だ。
過去の実例ではチカラが無い子供に対し、チカラが出るまで虐待した親がいた。
気の狂った研究者に実験材料として文字通りバラバラにされた人もいた。
野山に捨てられモンスターに殺された人もいた。
今の彼がどういった扱いを受けているのかは分からないが、チカラを持つシズクちゃんが一緒にいるところを見ると迫害や暴力を受け続けているようには思えない。
さっきの発言からもチカラがないことを特別気にしているようには思えない。
だが、彼が何も感じていない証明にはならない。
寧ろ過去の古傷を呼び起こした可能性の方が大きい。
そんな彼の前で僕は何をした?
これ見よがしにチカラを使い、あまつさえトラウマをほじくり返した。
これは一体、どこの屑だ?
「すまない、申し訳ない……!」
謝って済むとは思ってない。
しかし僕には他に示す方法がない。
なんという愚か者か。
「いや、そんな風に捉えてもらわなくていいし、僕は気にしてないので謝ってもらう必要すらないんだが」
違う、違うんだ。
僕は彼の異質さをチカラによるものだと愚考した。
自分の好奇心から問い質したんだ。
今なら彼の異質さの源が分かる。
自分が持たないチカラに対し、興味を持っていただけなんだろう。
知らないものに対し、知りたいと思っただけなんだろう。
普通、自分を苦しめたモノに対し理解なんてしたいと思えるだろうか?
嫌な思い出を蘇らせるモノを知り尽くしたいと思えるだろうか?
彼は向き合っている。
自分を苦しめるモノと立ち向かい、食い尽くそうとしている。
その態度があの異質さに繋がっているんだ。
チカラがないからとふさぎ込むこともなく。
間違った生き方に走ることもなく。
足りないと罵られようと、『これだけ知ってるぞ』と胸を張る生き方を選んだ。
これが強さでなければ、なんだというのか。
どこの誰が彼を弱いなどと評せるんだ。
正直、僕は彼を見下していた。
やる気はなく、準備も適当で、女の子よりも弱い。
そんな理由で僕は子供な彼を心中で見下していたんだ。
だから謝りたかった。
自尊心と自己嫌悪の間で僕は頭を下げ続け、
「お兄さんは、良い人だな」
耳を疑った。
「僕に頭を下げる人なんて、今までいなかった」
なんだこれは。
「謝るなんてこと、されたこともなかった」
やめてくれ。僕は悪い大人なんだ。
「なぁシズク」
「んー?」
呼ばれた少女の生返事は、2人だからこそ通じるんだろう。
2人が築き上げた思い出に根付くものだ。
僕では理解しえない。
しえないが、
「外も、案外悪くないな」
「だっから、何度も言ったでしょうに」
今日、この2人の思い出になることを光栄に思いつつ、
死んでも2人を守ると心に誓った。
それくらいできなきゃ、僕はヒーローどころか人にすらなれないから。
1-5へ続く




