1-3 受付嬢の約束
ギルドの受付嬢を始めてから3年。色んな人達を見てきた。
その日食べるものもなく必死な人。
難関クエストに意気揚々と向かう人。
噂程度の宝を求めて目を輝かす人。
クエストを達成できた人もいれば命からがら帰って来た人もいた。
千差万別、十人十色。
冒険者の数だけ物語があると心底思い知らされる日々だった。
そんな荒くれさん達の相手をするのは大変で、報酬をちょろまかすわ、暴れるわ、吐くわ、正直辞めたいなぁと思うこともある。
それでも今続けていられるのは、幸運にも冒険者さん達が無事とは言えなくともちゃんと帰ってきてくれるからだ。
ただいまー、と言ってもらえると安心するからだ。
見送った背中が二度と帰ってこないなんて、想像しただけでゾッとする。
だから私は無理なクエストは絶対に許可しない。何回かそれで冒険者さんと喧嘩して大騒ぎしたこともあるけれど、最後には分かってもらえたし、やっぱり譲るつもりはない。
そんなわけで今日も今日とてクエストカウンターに座って冒険者を待っていたわけだけども、
突如として難客が立ち塞がった。
「すいませーん。このクエストを受けたいんですけどー」
元気な声をくれるのは見た目13か14才くらいの女の子。
透き通った蒼い髪と細い手足が目に眩く羨ましい。
その隣にいるのは同い年くらいの男の子。
女の子とは対照的に気だるげな雰囲気を隠しもせず、そのボサボサな白髪のせいもあって枯れてしまってるようにも見える。
うん。どー見ても、冒険者じゃない。
「えーっと、一応確認しますけど。君達がクエストを受けるんですか?」
「? そうです」
「えーっと」
営業スマイルは崩さないけど心中は断るプランを構築し始めていた。
こんな小さな子供達がクエストを受けに来たから追い返す、というわけではない。
世の中広いもので、子供みたいな見た目をしていても並みの冒険者を超える冒険者も確かにいる。
結局は適応適所。クエストに見合った強さがあれば文句はない。
だがこの子達は正真正銘ただの子供だ。
武器も防具も持たず、お昼ごはんくらいしか入ってなさそうなリュックを背負い、身に纏うのは村人さんが着てる簡素な衣服。
完全に村人Aと村人Bだ。
ピクニックにでも行きそうな2人組だけど、行先は現在キワモノ扱いされてるフィルの森調査?
絶対駄目だ。
「ごめんなさい。このクエストは年齢制限があって」
「え? ギルドの人に同伴してもらえば大丈夫なんじゃないんですか?」
むっ、意外とクエスト内容を見てるみたい。確かにこのクエストはギルド調査員との同伴を認めれば受注できる特殊クエストだ。状況が不明な環境での仕事という危険度と、何もないだろうという楽観の間で揺れた結果この形式になったんだけど、正直私は気味悪く思っている。
明らかな異常が起きてるのに、1週間大勢で張り込んで原因解明も解決もしない問題? そんなの今まで見たことも聞いたこともない。
ということで、若いお2人さんにはさっさとお帰り願おう。
「書類上はそうなんですが、君達は冒険者じゃないですね? このクエストは見た目より危険なクエストなので、せめて自衛できるくらいの技術がないと許可できないんです」
嘘だけど。
「そんな! 私達自分の身くらい守れます!」
「無理です」
問答無用で否定したからか女の子が露骨に不機嫌そうな顔をするけど仕方ない。
根拠を示して諦めてもらおう。
「私のチカラは力量の数値化。君達がどれくらいの強さか私には数字で分かるんです」
「ふむ」
そこで今まで無言だった男の子が興味あり気に反応した。さっきまで死んだ魚みたいな目をしてたのに、クエスト自体には興味ないんだろうか……?
口ぶりもどこか学者然としていて年相応とは思えず、かと言って子供がよくする大人ぶった感じもしない。
「力量を数字で見れると? それは何を基準に上下を決めてるんだ?」
意外と鋭いツッコミにたじろぎかけるけど問題ない。今までだってされた質問だ。……子供にされたことはなかったけど。
「え、ええ。基準はゴブリンを10としてます。ゴブリンより強ければ10より大きい数字が出ますし、弱ければその逆で、そちらの女の子は5です」
「5……、私は5……」
腕前に自信があったのかもしれないけど、正直自信過剰としか言えない。せいぜい年相応少し上くらいだ。
ゴブリンだって侮るなかれ。弱い個体でも人を殴り殺すくらいできる。
そういった怖さを知らずにクエストを受けようとしてる時点で不合格だ。
「数字はどこに出るんだい?」
物怖じせずに男の子が質問してくるが、これはもっともな疑問だろう。
「私の視界です」
と言うと大抵『じゃあ証明できないじゃないか』と返されるのが流れなんだけど、
「では、数値の証明をするには実戦結果と照らし合わせるのが早いか」
……何だこの子。まるで私の先を進んで会話をしてるみたいで、正直やりにくい。
それに、私のチカラを聞いてからの雰囲気は何だ? ギラギラとしてるというか、興味が向いたものに対する食いつきが凄い。
「僕の数値は見えてるのかい?」
「あ、はい。今から……」
このチカラは一度に一対象しか使えないので、女の子を解除してから男の子に対象を移し、
度肝を抜いた。
「ま、-50……?」
低過ぎて。
「ふむ。お姉さんのチカラは本物だ信用しよう」
え。君は彼女の5倍弱いと認めてるの……? それはそれでかわいそうというかなんというか……。
「な、じゃあ私達じゃあ基準以下ってこと……? でも、そんなのお姉さんの言い様でいくらでも」
「シズク」
私にとって女の子の反応は慣れたものなんだけど、男の子はそれを許さなかった。
「このお姉さんは嘘を言ってないよ」
「……何で分かるのよ」
自分の味方をしてくれないからか女の子の不機嫌さが増していくけど男の子は気にもせず、
「嘘を吐く必要がないからだ。問答無用に帰れと言えばいいのにこうしてチカラの詳細を語ってまで駄目な理由を説明してくれた。僕達の力量じゃあ危険だと教えることで、この後勝手に森へ行くのも忠告してくれてるんだぞ? ここまで真摯に対応してくれてる人にそんな物言いは駄目だ」
図星だった。
私の思惑をペラペラ語られ、かばわれているはずなのに寒気がする。
見た目少年のボサボサ頭の中で何を考え見据えているんだ……?
「はっ! だ、駄目ですよ! 懐柔して言いくるめようたってそうはいきませんから!」
「お姉さんは予想できないことを言うから面白いな」
何を考えてるか分からない人に面白いと評価されることがこれ程恐ろしいとは思いもしなかった。
「う、うー。でも、でも、それでも私は……」
女の子は俯き今にも泣きだしそうだけど、ここは心をファイヤーウルフにして認めない。
「許可してあげたらいいんじゃないですか?」
と決心した私に、余計な横槍が入った。
誰だ誰だ空気も受付嬢心も読めない馬鹿はと顔を向けると、
「バッゲンさん」
笑顔を浮かべてやってくるのは20代前半の男性。
身にまとうのはギルド職員の証である公認調査服だ。
同僚女性に見た目はパッとしないと評されながらも人望を絶やさない人。
その理由はこのお人好しさにある。
何故かこの人、他人の厄介ごとに首をつっこみたがるのだ。
普通は迷惑そのものなんだけど、その知識・力量・人柄でさらっと解決してしまうスーパーマンだ。
「いや、申し訳ない。盗み聞きするつもりはなかったんですが、つい」
本当に申し訳なさそうに黒い短髪を掻くものだから私も強く出られない。色々卑怯なのだ、この人。
「むぅ。いくらバッゲンさんのお願いでも駄目です。この子達の力量じゃあゴブリン1匹でゲームオーバーなんですよ」
だが私は引くつもりなんて毛頭ない。……ほら見なさい。余計な希望を与えるから女の子の目がキラキラしちゃってるじゃない。対する男の子の目はまた死んでるけど。
「ええ。なので僕が同伴しましょう」
「い、いいんですか!?」
「バッゲンさん!」
ほら出たこれだ。やってくれる。
私のイライラビームを浴びしどろもどろになるギルド職員さんだけど、こうなるのは分かってたのか反論は用意してたようで、
「いや、傍から見るだけでも何やら事情があるのは分かりますし、どうせ僕ももう一度例の森に行きたいと思ってましたし」
言外に、思春期少年少女の暴走を未然に防ぐため安全にガス抜きさせましょうと提案されてるんだけど、私はそもそも行くこと自体に反対なのだ。
というかこの人は自分が同伴し何かあったとき責任を取るのは自分だと理解してるんだろうか?
万が一を無意味に背負う理由があるんだろうか?
お人好しもここまでくると考え物だ。
「お兄さんは、フィルの森に行ったことがあるのかい?」
お人好し馬鹿野郎と視線で会話してると男の子から質問が飛んできた。
死んでいた目が探求心とはまた違う、見定めるものに変わっている。
この子はスイッチが入ると人が変わるタイプみたいだけど、正直慣れる気がしない。
「……ええ。仕事柄頻繁に行ってますし、前回の調査員の1人として参加してました」
「ふむ、お姉さん。お兄さんの数値は?」
その目で問われると不思議と逃げられない。本来ペラペラと語っていいものではないんだけど、バッゲンさんも男の子の異質さをかぎ取ったようで首肯する。
「……75って、この前は60でしたのに。何か業物でも見つけてきたんですか?」
「はっはっは。雑用がてら頻繁にフィールドワークをしてますので、そのせいでしょう」
75という数字に私と女の子が目を見張る。女の子はその差に、私はその上がり方に少し驚いた。
前回バッゲンさんの数値を見たのは1週間前だったから、その間に15も上がったことになる。
普通ならこんな上がり方はしない、とまでは言わないものの少し急だ。
ただ私のチカラは身体能力・技巧・装備品・チカラの強さを総合的に見たものだ。
なので強力な武器を装備したりすると一気に跳ね上がることはある。
雑用とか言いながら、何か良いものでも見つけたのかもしれない。
「で、どうでしょう。僕からもお願いということでここは。丁度小柄なお手伝いさんが欲しかったんです」
言い訳が下手なお人好し。自分から貧乏くじを引きたがるというか、喜んで問題を引き受けるというか。
ま、まぁ? 嫌いではないですけど?
「お姉さん! 私からもお願いします! このクエストを受けさせてください! ちょっとムスビも頭下げなさいよ!」
「……このお兄さんが来てくれるなら僕は不要じゃないかな? 僕-50だし。平均思いっきり下げてるからやっぱり帰」
「つべこべ言うと?」
「土下座も辞さないかな」
女の子が背負っている荷物袋から本を取り出すと男の子はあっさり膝を折った。
どんな事情があるのか知らないが、この少年少女の力関係を垣間見た気がした。
ともあれ。
数的不利の中、安全にガス抜きできるという案も確かに魅力的で、他に適任もないという状況で私の決断は、
「はあーーーー。分かりました分かりました。今回は折れましょう。二人ともバッゲンさんに感謝して下さい」
仕方なく。真に仕方なくクエスト用紙に許可を意味する印を押した。
「ありがとうお姉さん、バッゲンさん!」
「どうも」
両極端な表情を浮かべる子供達を見てうんうんと頷くバッゲンさん。後で落とし前はつけてもらおう。
それと、私もただで折れてやるつもりはない。
「あと一つ条件があります」
何だ何だと構える女の子と、分かってそうな男の子を目に焼き付け、
私は願った。
「絶対に。絶対に元気で帰ってきて下さい。そう、約束して下さい」
ポカンとした女の子が花開くように笑顔を作り、
「うん! 約束するよ!」
見透かした男の子も、
「するよ」
心底しょうがなさそうに頷いてくれた。
ここまで折れたんだ。これくらいの条件、受けてもらわないと割に合わない。
「よし、決まりだね。ギルド同伴者として2人の装備を確認するから、あの空いてるテーブルへ行こうか」
早速バッゲンさんが2人を引率してくれる。
わいわいはしゃぐ女の子の声を聞きながら、私は男の子の後ろ姿を追いかけていた。
さっきも言ったが、力量っていうのは身体能力・技巧・装備品・チカラの強さを総合したものだ。
それ以外は要素に含まれない。
もし、あの不気味というか異質さも含むとしたら、
「あの子、いくつなんだろう」
視界の端に男の子のめんどくさそうな顔を残しつつ、私は次の希望者を待つのだった。
1-4へ続く




