1-1 楽園からの追放
息が切れていた。
どこまでも続く雑木林をひたすら進んでいく。
本当に終わりはあるのか? 同じ所をぐるぐる回ってるんじゃないか? そんな妄想すらしてしまう。
いや、もしかしたら本当にあるかもしれない。
この世界は理不尽だ。
理解できないことが起きても不思議はない。
「あと少しのはず、なんだが、はぁ」
男の大人なら大して疲れないかもしれない。
しかし残念なことに僕はまだ子供なわけで。
さらに言うなら外より家が好きなもやしっこなわけで。
日頃の運動不足のおかげですでにへろへろなのだった。
「ふぅ、ぜぇ、はぁ、ひぃ、あー」
そんな僕が何故こんな目にあってあるのか。
朦朧とする頭で遡ることで少しでも苦痛から逃れたいと思う。
☆
本は良い。
僕にないものを教えてくれる。
実際に役立つかはともかくとして、何かを得たという充足感を与えてくれる。
あと机ベッド枕など、積めば大抵の家具代わりになるところもポイントが高い。安定性? どぶにでも捨ててしまえ。
家は良い。
いや別に建造物的な意味ではない。
家は安心して本を読むことができる。
図書館だと近所のガキンチョが騒いで集中できない。
そう、ここは楽園だ。
生物として食料調達・風呂・排泄の際はどうしても出ていかなくてはならないが、それ以外はお断りだ。
僕は必要以上に部屋から出たくないし、静かな夜に本を読んで日中はできるだけ寝ていたい。
つまり、
「僕は寝る」
「寝るな!」
暖かいベットの上で、再び夢の世界へ旅立とうとした僕の頭頂部を理不尽な暴力が襲った。
「痛いな。君より馬鹿になったらどうするんだ」
「安心なさい。今より馬鹿になりようがないから」
人様の頭を叩いておいてこのいい様。幼なじみは何でも許される免罪符にならないんだが。
「ところでシズク。確認したいことがあるんだ」
「何よ」
不機嫌そうな態度を隠しもしないこいつの名はシズク。その凶暴性を除けば女の子として見れないこともないのだが、そんな日は未来永劫来ないだろう。
透き通った蒼い短髪に、スラッとした無駄のない肉付き。材料はいいくせにそれら全てを台なしにする狂喜がそこにある。
「どうしてこんな朝早くに君は僕の部屋にいるんだい?」
「早くないわよ、もう朝日が昇り始めてるじゃない。あと理由はこれよ」
暴虐武人がつきつけてきたのは一枚の羊皮紙。そこに書いてある1番上の文字を読んで僕は言ってやった。
「僕の朝は今からなんだ。それとそれはお断りだ」
さて起きたら何を読もうか? 人工フェニックスの研究資料は面白かったけど、あれを実用までもっていくにはまだまだ問題が、
「起きろモヤシ」
「冷た!?」
突如、顔面に冷水が襲い掛かってきた。
否応なしに跳ね起きるが加害者は桶のような入れ物を持っているわけではない。
ましてや部屋の屋根がないわけでもない。窓から見た空も雲一つないようだ。
とすると、
「シズク、人にチカラを使っちゃいけないって習わなかったかい?」
「モヤシだからいいのよ」
僕の名前はモヤシじゃなくてムスビだ。
確かに見た目は細くて背も低く、髪も白いボサボサだが両親から貰った大切な名前なのだ。
ここはひとつ本格的に文句を言ってやろうと思ったが、
「何よ」
「何でもないです」
一睨みで屈服させられてしまった。父さん母さんごめんなさい。でもこの幼馴染怖いんです。
加えると、悪びれもせず踏ん反り返る少女の手には拳大の水球が浮かんでいる。
これがチカラ。
僕達人が生まれながらに持っている原理不明とされる能力。
チカラの種類は人それぞれだが、大抵はシズクのように自然界にある何かを創り操るタイプが多い。
「ふっ、だが甘く見られたものだね。この程度の仕打ちで僕が話を聞くとでも?」
「聞かないと部屋中の本を水浸しにするわ」
「何でも言ってくれ」
ベッドの上で即座に正座へ移行する僕を一体誰が責められるだろう。
責められるべきはこの暴君だ。
「これが何かは分かるわよね」
偉そうに羊皮紙を再度見せ付けるシズクへ、僕は最大限譲歩し言ってやる。
「当然だろ。君は本当に馬鹿だなぁ」
「ジャスティス!」
言ってることとは真反対な行動により僕はベットの上から引きずり降ろされた。横暴以外の解決法を知らないのだろうか?
天地が逆になった世界で真剣にそう考えていると、幼なじみ系暴君は石ころを見るような目で僕を見下ろし、
「馬鹿なムスビ君に教えてあげるわ。これはギルドで紹介された依頼書よ」
「……」
ギルドとは、要はお仕事斡旋所だ。
具体的な職に就いていない浮浪者(冒険者)へ、雑草むしりからモンスター退治まで幅広い仕事を紹介している。
そしてこの羊皮紙はギルドが正式に発行した依頼書だ。依頼書に書いてある仕事を達成しギルドに報告すれば報酬を受けとることができる。
と、ここまで口頭で吠えてもよかったが今度は眼球をもっていかれそうなので止めておく。
「そして依頼内容はこうよ」
シズク曰く、やることは簡単。
村はずれにあるフィルの森という大きな森の生態調査だ。
いつもは低級モンスターがそこそこいるくらいの危険度だが、
「モンスターが、1体もいない?」
首肯するシズクを確認し、僕はモンスターの前提を思い出す。
本来モンスターは時間と共に自然発生し、時間と共に消滅する。
他に消える要因としてはモンスターの縄張り争いで数が減るか、冒険者が各々の目的で狩りをしたかだ。
だが今回の場合前者はない。もしそうなら勝ち残った種族が闊歩しているはずだ。
そうでないとすると、
「森に張り込んで素材や経験値を独占したがる輩がいるのかね」
「だとギルドも考えてたみたいだけど、先行調査の結果好き勝手する冒険者はいなかったらしいわ」
ほう、それはそれは。
「先行調査と言ったな。じゃあ当たりはついてるんだろ?」
「それがね、ギルドが7日間網を張って探索したんだけど、モンスターがいない以外の異常は見つけられなかったの」
「……ギルドの調査員が張ってたにも関わらず原因は分からないと」
面白い。
「興味が出てきたでしょ」
む、なんだその愉快そうな顔は。まるで僕が君の手の平の上で弄ばれてるみたいじゃないか。
「ふむ、そうは言うが。このクエスト受注制限があるじゃないか」
ギルドが紹介する仕事には命に関わるものも多い。中には無謀な受注者もおり、そういった輩を減らすためにも年齢・技量などを敷居にして制限するのだ。
今回は年齢制限。僕達では2歳足りない。
というかそもそも、ただの村人の僕達等がクエストを受けることは滅多にない。
せいぜい仕事がないときの暇潰しレベルだ。
「ムスビって変なところで抜けてるわよね。すぐ下に『ギルドからの随伴者を認める場合、その限りではない』って書いてあるでしょ」
確かに、そんな文言が書いてはある。が、ギルドの調査員と一緒では好き勝手動けないではないか。
「ギルドが同伴じゃ動きが制限される。最悪森林浴で半日が終わるのでは?」
「それならそれで良いじゃない。引きこもりのモヤシには丁度いいわよ」
なんだ、そのやる気のなさは?
まぁクエスト内容からするに調査だから原因究明しなければ報酬が貰えないわけではないんだろうが。
「気味が悪いな。何が目的なんだ」
「何でもいいでしょ。さっさと着替えなさいな」
探りを入れてもあしらわれるばかりか主導権も握られたままとは、僕も甘く見られたものだ。
どれ、ちょいと男の子の危なさというのを教えてあげるとしよう。
「シズク、いい加減僕だっておこ」
「これなんかよく濡れそうね」
「さぁ着替えたよ行こう行こう今すぐ行こうここじゃないどこかへ!」
笑いたければ笑うがいい。大切なものの為ならプライドなどゴブリンにくれてやるわ。
「じゃあまずはギルドに行ってクエストを正式に受注するわよ」
「あいあいさー」
何故かえらく上機嫌になったシズクに連行される形で、僕は楽園を後にしたのだった。
1ー2へ続く