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アネモネの庭園  作者: アリア
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06 アイスドールは笑わない



傍から見ても異色すぎるこの組み合わせはたいそう他の生徒の目をひいた。

廊下走り抜け階段を駆け下りているその四人組に他の生徒達はぎょっとして振り返るがお構い無しに校内を突っ切って行く。

二階にある2年4組から購買まではそこそこ距離があったが走ればあっという間であった。


「すごい人だね。」


エルは驚いた様子で学ランの中からくぐもった声をあげた。


お昼時の購買はまさに戦場である。

この学校は給食や学食が無いため弁当を持ち寄るか行きに買っていくかこの購買で買うかの三択で、そう広くないつくりのため様々な生徒でごった返していた。


「おばちゃん!ツナマヨもう無いの!?」


「さっき売り切れたよ、諦めな。

焼きそばパンはあと三つだよーーー!!!」


「俺が買う!!!」


「私も買うわ!!」


並んでいるものはおにぎりやパン、ちょっとお菓子やカップ麺等々。

人気な商品からどんどん売り切れて行くので、その場は阿鼻叫喚に溢れていた。


「はやくしないと無くなっちゃう!突っ込むよ~!!」


財布を握りしめたあいはあっという間に人混みの中に消えてしまった。


「木下さん...なんてタフなんだ...」


黒田君はいまだに息を整えている。

もうすでに疲れているのだろう、これ以上あの人並みに揉まれるのを見るのも可哀想だった。


「黒田君、私とエルで行ってくるからここで待っていて。何か食べたい物はある?」


「いや、でも...」


「疲れているみたいだからね、遠慮しないで。」


顔は見えないがきっとエルはあの天使のような微笑みを浮かべているのだろう。なんだか楽しそうだ。


「あ、ありがとう。じゃあパンとおにぎりひとつずつ...。好き嫌いは無いから味は任せるよ。」


エルはこくりと頷くと冬弥に向き直った。


「行こうか。」


「ええ、揉みくちゃにされるから気をつけて。」


心配そうにしている黒田君が見守るなか、冬弥とエルも人混みの中へと吸い込まれていった。


「にしても冴木さんと佐倉くん、頼もしすぎる…。」


黒田君が一人でそうぼやいたのは誰も知らない。




冬弥は人混みを縫うように進んで行った。

これから買う人、買い終わって外に出ようとする人。

その人たちに流されることなく少しずつ購買員におばちゃんの所へと向かっていく。

商品は自分で取ってレジへ向かうのではなく、全ておばちゃんに伝えてその場で会計をし商品を渡されるという方式だった。


後ろを少し振り返れば冬弥の真後ろをついてくるエルの胸元が見える。

ちゃんと着いてこれているのなら問題は無さそうだ。


「エル、着いたわ。私が全部伝えるから何が食べたいか教えて。」


「じゃあそこのクリームパンとホットドッグ。

もうそんなに種類も残ってないから黒田君も同じもので良いんじゃないかな。」


耳元で囁いたエルに冬弥は頷くと購買員にそれを伝えようとする。


「すみま...」


突然体に強い衝撃が走った。

騒ぎながらやって来た男子生徒たちに気づいた時にはもう遅く、冬弥に気づかなかった彼らに弾き飛ばされてしまったのだ。


転ぶーーーーー。

私は咄嗟にそう思った。

しかし受け身の体勢をとる前に優しく抱きとめられる。


「え、アイスドール...」


冬弥を見た男子生徒は真っ青になりながら後ろにじりと下がった。

振り返らなくても後ろから抱きとめている人物がわかったため体がこわばる。

なんだこの状況は。

するとぶつかった衝撃で痛めた肩を彼はさすってくれた。


「謝るのが先なんじゃないかな。」


私の真上で聞き心地の良い低い声が響く。


「ああ?ふざけた格好しやがって、誰だてめ...」


冬弥を弾き飛ばし真っ青になっている生徒の隣りに明らかに柄の悪い男子生徒がずいと前に出てきた。


「女の子を突き飛ばしたんだから謝ったほうが良いと言ったんだ。聞こえなかったかい?」


嫌な予感がする。

エルはとうとう頭から学ランを外しそれをそのまま私の肩にかけ、にっこりと微笑んだ。


周りで見ていた女子生徒達は失神寸前といったところだろうか、多方面から声にならない声が上がった。


それにしても背後からの威圧感がすごい。

背が高いだけではない、この鉄壁のような笑顔には他人に有無を言わせない絶対的な力がある。

人を屈するそれは向こうにも伝わったようだった。


「噂の転校生かよ。お前..」


「冴木さん、だよね。俺の不注意でぶつかっちゃってごめんね。」


柄の悪い方はそれでもなお突っかかろうとしたがぶつかってきた本人は素直に謝ってくれた。


「平気よ、怪我も無いし。」


相変わらず無表情で伝えると彼は居心地が悪くなったのかもう一度謝り不良を引き連れて出ていってしまった。


さて。

冬弥とエルのまわりにはそこだけ綺麗に人がはけていて、一歩下がって囲むように生徒達が固唾を呑んで見守っていた。

せっかくの作戦が台無しになったことを冬弥は悟った。

とりあえず肩からその手を離してほしい。


すると購買員のおばちゃんが突然声を張り上げた。


「ほら!!青藍高校名物らんらんカレーパン!!追加分届いたよ!!早い者勝ち!!!」



昼休み始まって五分で売り切れてしまう超売れ筋商品らんらんカレーパン。

これの追加分が届いたと聞いた生徒達は一斉におばちゃん達の方を見た。


今しかない。

冬弥はエルの手をぐいと引くとそのまま人の間を風のように走り抜けた。


外で見ていた黒田君と買い物を終えたあいに合流して二人に後ろを見るように促す。

追ってくる女子生徒が多数いたため再び校内追いかけっこが始まってしまった。


「このまま屋上へいっくよ~!」


「ええ、また走るの!?」


「黒田君ごめんなさい、お昼ご飯を買い損ねてしまったの。」


「大丈夫、僕がちゃんと三人分買ってあるよ」


いつの間にかエルのもう片方の手にはビニール袋がぶら下がっていた。

そんな時間なんてどこにも無かったはずだ。

一体いつの間に...?


「いや~食べる時間無くなっちゃう~!」


あいはペースをさらに上げた。


「ま、まって木下さん...」


「最高だよ。」


エルは楽しそうに目を細める。

なにがだ。

恨めしそうに後ろを振り返るが本当に彼は楽しそうにカラカラと笑っていた。

本当になんて日なのだろうか。

冬弥は肩にかかったままの学ランを握りしめた。



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