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アネモネの庭園  作者: アリア
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05 真昼間の逃走劇



全くもってついてないの一言に限る。

もう決まったことに対してうだうだ考えるのは好きではないが、もう少しどうにかならなかったのだろうかと思わずにはいられなかった。


午前中の授業では冬弥はだんまりを決め込んでいた。

この嵐のような転校生とこれからどう付き合って行くべきなのか、授業中だというのにノートを走る手が頻繁に止まってしまう。

昼休みを告げるチャイムに再びため息をついた。


「にしてもほんとすごい見物客だね~!

見世物じゃないっての、みんなお腹すいてないのかな?」


トイレから戻ってくると4組の教室の前にはものすごい人だかりができていて教室に再び入ることが難しい状況だった。

あいは感嘆の声を上げながらいつの間にか冬弥の後ろに立っている。

朝の騒ぎを考えると自分達の食事の時間を削ってでも見に来たいのだろう。

もはやエルは歩く噂となっていて、学年クラス男女関係なしに人が2年4組の前に押し寄せていた。


当の本人は学級委員の黒田君となにやら話し込んでいるが、駆けつけてきた生徒が名前を呼ぶ度にニコリと笑みを返すためその場の熱は上がる一方であった。


「あ、冬弥!お昼を黒田君と一緒に食べようと思うんだけど冬弥と木下さんもどうかな?

そのついでにいろいろ教えてもらいたいんだ。」


エルは人混みの中からすぐに冬弥を見つけると顔を上げて二人を呼ぶ。

群衆は皆一様に二人を顧みた。

視線の先には青藍のアイスドールと呼ばれている天才冴木冬弥とその幼馴染で有名な派手ギャル体力馬鹿木下あいが並んでいる。

ちぐはぐな二人の取り合わせは有名だったのでこのラインナップに群衆はまるでモーゼの十戒のように道を開けた。


今日一日に何度同じ思いをするのだろうか。

表情こそ変わらないが、その好奇の視線に晒されるのはやはり良い気はしなかった。


開けられた道を通り教室へ入るとやっとの思いでエルと黒田君に合流した。


「この学校には食堂が無いから学食は無いんだけど購買はあるんだ。今日はそこを案内しようと思うんだけど冴木さんはどう思う?」


黒田君は非常に真面目で思いやりのある人物である。学級委員を担っているだけあって責任感も強いが人にそれを強要しようとしないところが彼の美徳であった。


「...わかったわ。でもこの状況で行ったら購買は大混乱にならないかしら。」


「走るとか??」


「それは危ないかなぁ…。」


「じゃあ学ランを頭から被るよ。」


「「「え?」」」


混乱を懸念した冬弥にあいと黒田君がたしかにとうなるとエルはとんでもないことを言ってのけた。


「僕の見た目が珍しくてみんなに紛れることは難しいみたいだからね。とりあえずこの髪と顔を隠せればいいでしょ。」


エルはおもむろに上着を脱ぐと白いカーディガンとワイシャツだけの姿になった。

それを見ていたのか教室の外からは黄色い悲鳴が聞こえる。


「なかなか無茶なこと考えるのね。

でも教室から出るまでに見つかってしまうわよ。」


冬弥は至極真っ当なことを呟く。

そもそもこれだけの人が教室の外にいる以上それを突破して購買に行くのも難しかった。


「それならベランダから出て隣の教室から出よう。」


これまた珍妙な案を黒田君は提案してみせた。

各教室には外に出られるベランダがついているが同じ階の教室は外のベランダで横並びに繋がっているような構造である。

外に出て隣の教室からの脱出を試みるというなんとも大胆な案を彼は思いついたのだ。


「じゃあ隣のクラスの友達に掛け合ってベランダの鍵開けておいてもらうね!」


そう言うとあいはスマホを取り出してすでにカチカチと文字を打ち込み始めている。

そんな大胆に隣の教室にベランダから乗り込むのも初めてだが、いつもはあいと二人で昼食をとっているため四人という人数で購買まで行くのも冬弥にとっては初めてのことだった。

こんなこと本当に上手くいくのだろうか。


「友達に確認とれたよ~、鍵はもうあいてるし隣のクラスさっきまでの授業が体育だったからそのまま購買とかお昼行ってる人も多いらしくて人も少ないって!チャンスだね!」


なんだかスパイごっこみたいとあいは嬉しそうにストレッチをしている。

どう考えても気合い入りすぎているがここまでお膳立てしてもらった以上実行するほかない。

クラスメイトもハラハラとした様子で見ているがこの作戦が聞こえていた人たちは大方協力してくれるのか、できるだけ教室のドアを閉めて中の様子が外からは伺えないようにしてくれていた。


「ありがとう木下さん。三人ともごめんねせっかくのお昼休みを。」


エルは少しだけ眉尻を下げると申し訳なさそうに三人に詫びた。

しおらしいところもあるのか、と私は彼を見上げる。


「あいでいいよ。さあいっくよー!」


あいのその声を合図にエルは学ランを被る。

被ってしまえば、『学ランを被っている背の高い変な生徒』にしか見えない。

それでもじゅうぶん注目を集めてしまうがそれがエル本人だとわかるよりましだろう。


四人は一気にベランダへと雪崩出ると隣の教室へ向かった。

あいの言う通り鍵はすでにあいており冬弥が先陣を切って入ると、あいの友人以外の何も知らされていない数人の生徒はギョッとしたように突然入ってきた四人に驚いていた。

しかしここでもたついて騒ぎになったら元も子もない。


「突然入ってきてごめんなさい、すぐに出ていきます。」


冬弥は教室内を駆け抜けながら驚かせてしまった生徒に詫びた。

その後ろを三人も走りながら着いてくる。


「アイスドールが...喋った…」


誰かがそんなことを呟いたが気にしている場合ではない。

四人は教室の前のドアから見事脱出に成功した。

この教室の前にはさすがに人は集まっていないが後ろを振り返ればまだ4組の前には大勢の人がいる。


「結局走るんだね…。」


黒田君は眼鏡を押し上げながら既に息が上がっているようだった。

申し訳ないが少し我慢してもらわないといけないらしい、このまま一気に購買まで駆け抜けた方が賢明だろう。

体力の有り余っているあいが黒田君を激励しながら文字通り背中を押してあげている。


「エル、足元に気をつけて。」


学ランを被ったまま器用に走っているエルに向かってそう言うと彼は少しだけ学ランから顔を出した。


「名前、やっと呼んでくれたね。」


あの薄紫の瞳が弧を描く。

しかしその時は不思議と決して居心地の悪いものではなかった。




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