04 バイオレットバイオレンス
冬弥とあいが教室へ入るともう殆どの生徒が着席している状態だった。
古賀先生は日誌を取りに一旦職員室へ向かったのでじきに教室へ戻ってくるだろう。
クラスメイトは驚いた様子で二人を見つめた。
そもそも模範生徒を絵に描いたような冬弥が本鈴が鳴ってもまだ着席していないこと自体珍しいのである。
冬弥が自分の席に向かう前に薄紫色の瞳と目が合った。
「おはよう、冬弥。」
渦中の青年は涼しい顔をしている。
その挨拶も意外だったのかクラスはどよめいた。
「冴木さん、知り合いなの?」
「どういう関係だ?」
などの声がさざ波のように広がっていく。その中であいだけが自分の席で鏡に向かって髪型を直していた。
「おはよう。」
冬弥がそう返すとエルは頬杖をつきながら目を細めた。
こちらの気も知らないで。
完全に八つ当たりではあるが、冬弥はそう思わずにはいられなかった。
朝からひどく疲れた気がする。
やっと席についたタイミングで古賀先生が遅れて教室へやってきた。
「いや~悪い悪い遅くなった。」
先生もよたよたと教卓の前に立つがその顔も若干くたびれているように見える。
「昨日話したと思うがこの4月から入ってきた転校生がいる。
佐倉、もう体調は大丈夫か。」
「はい、ご心配おかけしました。」
エルが儚い顔つきでそんなことを言えば教室からは黄色い声が上がる。
...キラーだ。
さすがにこの人昨日サボっていましたよ、なんてことは言わないが少しげんなりした。
「前に来て自己紹介してくれ。」
古賀先生はエルに場所を明け渡す。
エルはゆったりとした動作で腰を上げると冬弥を一瞥して横を通り抜け黒板の前に立った。
昨日は気づかなかったが、エルはなかなか背が高いようだった。
私が座っているせいもあるがそのスラリとした背丈は他の男子よりも幾分か高いように見受けられる。
それを見た女子達はまた悲鳴に近い声を上げた。
「初めまして、この春から青藍高校に通うことになりました佐倉エルです。
去年までロンドンにいましたが、父の仕事の関係でこちらで暮らすことになりました。
みなさんどうぞよろしく。」
教室は再びざわめきに溢れた。
女子は気が気でないようで皆落ち着きが無いし、男子は男子で羨望の眼差しを彼に向けている。
「佐倉は日本語がとても上手いが日本で暮らすのは初めてだ。みんな彼に協力するように。
何か質問のあるやつはいるか~。」
先生が問うとなんと男女構わずクラスの半数以上が手を挙げた。
授業中ではめったにお目にかかれない光景である。
よくもまあどうして他人のことなのにみんなここまで関心が持てるのだろうか。
「おまえら..」
「ロンドンってことはイギリスのハーフなの?」
「彼女いますか!?」
「部活入ったりする?」
「趣味はなんですか~?」
先生を遮りクラスメイトは我先にと質問を矢継ぎ早に飛ばしていく。
エルはそれでも嬉々としながらその質問ひとつひとつに砕けた様子で返し始めた。
「うん、母がイギリス人なんだ。父は日本人だよ。
親しいガールフレンドはさすがにいないかな、今まであまり興味が無かったから。
部活は今のところ入る予定は無いんだ、ごめんね。
あと趣味は読書。僕の日本語間違ってない?」
最後にそう締めくくると彼は少しはにかんだ。
優しく微笑みながら薄紫色の目を細める姿はさながら天使そのものである。
昨日会った時はこんな笑い方はしなかった、冬弥は直感的にそれが『被っている』ものだと察した。
冬弥がなんとなしにクラスを見渡せば生徒が絶句しているのがわかる。
「まぁそういうことだ。しばらくは冴木と黒田に佐倉のお目付け役を頼むつもりだからみんなあんまり佐倉を困らせないようにな。」
そう先生が言った瞬間クラスメイトの視線が私と黒田君との間を行き来する。
非常に居心地が悪い。
冬弥は眉を寄せた。
「黒田君は学級委員なのでわかりますが、私は関係...」
「僕も冬弥と黒田君にお願いしたいな。」
冬弥を真っ直ぐに見つめながらエルはニタリと笑う。
何を考えているのだこのエセ紳士。
春だというのに冬弥に言いようのない寒気が這い上がってくる。
しかし周りの反応を刺々しいものではなく、納得のそれだった。
「黒田君と冴木さんなら安心よね。」
「今ほど冴木さんになりたいと思ったことないわ...」
「馬鹿ねえ、あんたじゃ天地がひっくり返っても冬弥ちゃんにはなれないって。」
4組の女子達はあまりにものその差に頭を抱えた。
悲しいことに、冴木冬弥という人もまた文句無しに非の打ち所が無い人間だったのである。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
成績は皆より抜きん出ていて、冬弥が首を縦に振ることは無くても運動部にも入っていない彼女を助っ人として誘う部活が後を絶えない。
そして無表情だが人形のように整った顔に黒くしなやかな長い髪が彼女をより一層際立てていた。
学校一モテると言われているのは正反対の雰囲気を持つ柏木花蓮だが、冬弥はそれ以上に他の追随を許さないほどにできた人間だったのである。
かくしてエルの鶴の一声によりあっという間に冬弥は当分のあいだ彼の面倒を見ることが決まってしまった。