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アネモネの庭園  作者: アリア
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02 白昼夢

左右に広がる大きな純白の羽は伸びをするようにゆらゆらと揺れていて、それは後ろの窓から射し込む斜陽に照らされて何とも言えない淡い光を放っていた。


その夢のような光景はまたたきをひとつすると跡形もなく消え去ってしまった。


「え...?」


消えた。

羽も、頭上にある天使の輪も。

あの一瞬の姿は幻だったのだろうか。


「どうしたの、狐につままれたような顔をして。」


初めて彼が声を発した。

ハーフなのだろうか、およそ日本人だとは思えない顔立ちは絵画のように繊細に見えて男にも女にも見えるような麗しい目鼻立ちだった。


「あなた、今のはーーーー。」


「今の?」


「ほら、羽根が...。」


そこまで言いかけて冬弥は口をつぐんだ。

何を言おうとしたのだ自分は。

瞬きをする前のたった一瞬に見えた輝く羽と天使の輪。

あれはきっと昼下がりの図書館が見せた幻なのだろう。

何故か頭が真っ白になって鳥のさえずり、外の運動部の声さえも遠くに聞こえた。


その時風が強く吹いた。

机の上に座っている彼の隣に積まれたたくさんの開きっぱなしの本たち。

強風に吹かれてページは勢いよくめくられ、それにあわせるようにカーテンも大きく舞った。


「顔色悪いよ、大丈夫?」


「え、ええ...。」


「君もよくここに来るの?」


菫色の瞳をした彼は君も、と言った。


「あなただったのね、よくここに来てるっていうのは。」


「君の場所をとっちゃったみたいだね、悪かったよ。」


青年は静かに瞼を閉じる。


「そんなことないわよ。」


なんだか心のうちを見透かされているようで落ち着かない。

冬弥は少し眉を寄せた。


「まぁそんなに怒らないでくれよ。

僕の名前は佐倉エル。この春からこの高校に転校してきた2年だよ。」


ああそうだ思い出した。

新学期になり新しいクラスに行くと自分のひとつ後ろの席はいつまでたっても空席のままだった。

なんでも転校生が同じクラスに編入してきたが体調不良で欠席なのだと担任が話していた。

新学期早々大変だなと他人事で考えてはいたがまさか目の前の青年が当人だとは思わなかった。


「あなた今日は体調不良じゃなかったの?」


「うーん、もう治っちゃった。」


サボりだ。

悪びれもなく飄々と言ってのけた彼にますます不信感は募る。

転校してきていきなり始業式をすっぽかすなんて。

なかなか度胸がある、褒めてはいない。


「不審者を見るみたいな目で見ないでよ。

朝は本当に体調が優れなかったんだ、でも学校は見ておきたくてね。僕のことはエルって呼んで。」


あまり表情が変わる方ではないが流石にこの時は顔に出ていたらしい。

冬弥は仕方なく目元を和らげた。


「冴木冬弥よ。あなたと同じ4組で出席番号はあなたと私で前後だわ。」


「とうや、珍しい名前だね!素敵な名前だ。

君と同じクラスだなんてついてるな。これからよろしくね、冬弥。」


恐ろしいほど眩しい笑顔を向けられてもなお冬弥は真顔のままであった。


何を考えているかわからない人が一番苦手である。

少なくとも佐倉エルと名乗った青年はまさにそれだった。


「とって喰ったりしないから安心して。

そうだ、これからこの学校のこと色々紹介してよ。」


そう言うとエルは机にたくさん広げていた読んでいたであろう本を片付け始めた。

こんなにたくさん、本当に読んでいたのだろうか。そう疑ってしまうほどの量が並べられている。

ジャンルは様々で文学から歴史、参考書や雑誌まで本当にまんべんなく、である。


「あなたも本が好きなの?」


冬弥がそう聞くと彼はゆっくりと振り向きニンマリと笑った。


「本は僕のすべてだよ。」


本棚を背景に微笑むエルは本当に絵になった。

その言葉からは嘘は感じられない、きっと本当に好きなのであろうと冬弥は納得した。

彼の菫色の瞳と視線が絡む。


「悪いけどこれからバイトへ行かなきゃならないの。よそを当たって。」


「それは失礼した。じゃあまた明日学校で。」


思いのほかすんなり引いたエルに驚いたが、こちらも生活がかかっているため転校生の学校案内のためにバイトを休むことはできない。


「ええ、また明日。」



エルを残し図書館を出た冬弥を迎えたのはやはり暖かい春の風だった。

自分が誰よりも早くに噂の転校生に会うとは思わなかった。しかもあれほどまでに眉目秀麗だとは。女子が放ってはおかないだろう。

異国の血が混ざっているせいか全体的に色素が薄い。

特にあの全てを見透かしていそうな紫色の瞳が冬弥は少し苦手だと思った。


そういえばあの羽は白昼夢だったのか。

最近バイトとテスト前の勉強で根を詰めすぎていたのかもしれない。

今日はバイトが終わったらゆっくり寝よう。



ぼんやりと考えながら帰りの道を急いだ冬弥を図書館の二階からまだ帰らないエルが見下ろしていた。


「おもしろいね。」


明日からの学校が楽しみでしょうがないように、エルはひとり呟いた。

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