11 それぞれの想い
「見ろよ、やっぱり彼女にするならああいう子が良いよな。」
「ほんとそれなんだよな、可愛いなぁ花蓮ちゃん…。」
50メートル走の順番待ちをしていたがやはり暇になるので生徒達は各々の会話に花を咲かせ盛り上がっている。
目線の先には柏木花蓮が立ち幅跳びに挑戦しているところだった。
小さな身長に可憐な容姿、まさに青藍高校のマドンナ的存在とも言える彼女と是非ともお付き合いしたいという男子諸君は後を絶たなかった。
「あ、飛んだぞ!可愛い!飛んでるところも可愛いぞ!見たかよ!」
隣の友人は興奮したように俺の背中を容赦なく叩く。
花蓮は運動は得意ではないのかあまり遠くへ飛べないようだったが、そこも庇護欲をかき立てる要因のひとつだった。
「ってーぞ。見たって…」
ふと彼女の隣に視線を移すと長い髪をひとつにくくった線の細い女子が立っている。
凛とした空気がこちらにも伝わってくるようだった。
思わず彼女の持つ空気感に圧倒されてしまい食い入るように見つめると、その瞬間彼女は羽でもはえているかのように自分の身長以上の距離を軽々と飛び抜いた。
「すっげ。俺より飛んでるぞアレ。」
友人も見入っていたのか感心したように目を細めている。
柏木花蓮も絶大な人気だが彼女とは全く違う類の、綺麗や可愛いでは足りない形容し難いものを持っているのが彼女冴木冬弥だった。
「アイスドールももうちょっと笑ってくれたらなー。」
「冴木さん、本当になんでもできるんだな。」
俺がこぼすように呟くと隣の友人は片眉を釣り上げた。
「おいおい、お前はアイスドールのほうがお好きか?」
そういうわけじゃないと否定しようとしたが先生に順番を呼ばれてしまったためその言葉はかき消されてしまった。
短距離が得意な自分にとって50メートル走は言わば見せ場である。
他の種目の順番待ちだったり計測し終わった女子もギャラリーでちらほら集まってきていた。
するとなんとあの柏木花蓮もいつも一緒にいる友達とこちらを眺めているのが見えた。
これは花蓮ちゃんにいい所を見せられるチャンスにほかならない。
いつも以上に気合が入り、スタートラインに両手を付けた。
パァンとピストルの乾いた音が校庭に響き渡りぐんと勢いよく飛び出した。
今日の自分は特に絶好調であり、同時に走る他の5人の生徒には目もくれず風を切っていく。
去年も1位だったので今年も楽勝だろうと余裕の顔で中盤あたりまで来たところで視界の端にちかちかと茶色いものが見えた。
それどころかその影はとうとう自分を追い抜いてしまい屈辱的にもその生徒の背中を見るハメになった。
あれは佐倉エルだ。
走る前柏木花蓮に気を取られすぎてまさか同じ走順だとは思いもしなかった。
しかもあいつは勉強が得意なのではなかっただろうか、こんなの全くもって予定外だ!
柏木花蓮を含む女子の黄色い悲鳴が遠くで聞こえた。
焦りが出たのかさらにもう一人に抜かれ記録も散々で俺は文字通り頭を抱え座り込んでしまった。
息を整えながら前を見れば佐倉は呼吸ひとつ乱さずに紫の目をこちらに向けていた。
しかし穏やかな顔つきであるにも関わらず何故かそれは冷ややかなものに感じられ背筋が凍る。
女子が散々王子さまだとか騒いでいたがこんな顔をするやつだっただろうか。
それよりもプライドに傷を付けられたことの方があまりにもショックで俺は黙ってその場を立ち去った。
割れんばかりの黄色い悲鳴が聞こえ、つられて顔を向ければやはりそこにはエルがいた。
立ち幅跳びが終わり、あいと次の種目へと移動している途中だったが冬弥は思わず足を止めた。
「はぁー!?あいつ運動もできるの!?やばい負けたかもしれない...。」
今朝ひとりで啖呵をきった件の話を気にして隣のあいはため息をついた。
いよいよ彼の弱点がわからなくなってきた。
先程屋上での出来事もそうだが本当に彼は謎だらけである。
あの後あいと黒田君が来たので何事も無かったかのように昼食をとったが、彼の目はやはりまるで全てを知っているかのように冬弥の心に刺さるようであった。
「なんでこんな普通の高校に来たのかしら。」
「それ冬弥も同じことが言えるからね?
オバケが出るーなんて言われてるおっきい図書館のためだけに青藍高校選んだのはどこのだれかな?」
「言わなくったってわかるでしょ。
それにあいもいるし私はここに来て良かったと思ってるわよ。」
それを聞いたあいは目尻をぎゅっと下げ勢いよく冬弥に抱きついた。
「ずっと一緒にいるからねーーーー!!!!」
よしよしとなだめながら冬弥は久しぶりに声を出して笑った。
「佐倉エルだっけか?あいつほんと気に食わねえな...。」
キャーキャーと騒ぐ女子の視線を独り占めしている渦中の人物に舌打ちをするのは吉原悠人だった。
噂の転校生といえばこの前斎藤と購買にいた所を女を庇って難癖つけてきたやつだ。
海外から来たために感覚がズレてるのかもしれないがあの出来事は記憶に新しかった。
「はるとー、記録つけ終わったから教室戻ろう。」
声をかけてきた斎藤祥大は同じサッカー部の友人でよくつるんでる奴の一人だった。
祥大は少し抜けてる奴であの日アイスドールに体当たりをかましたのもこいつである。
「あれ、あの時の転校生か。めちゃくちゃ速かったな。陸上部短距離の小野崎もいるのにあいつ抜かしたの?」
祥大は呑気にそんなことを抜かしているが小野崎はこの辺の地区では記録を保持してるほど速かったはずだ。
「腹でも壊して調子悪いんだろ。興味ねえ、戻るぞ。」
「はいはい。」
女子も男子も噂の転校生に釘付けになって騒がしくなっている中、少し離れたところでもまた騒いでいる女子がいた。
「あ、木下と冴木さんだ。」
名前を聞いた途端祥大がぶつかった時に眉一つ動かさなかった彼女が思い出される。
しかし確かにその身体は細く、危うく転ぶところだったのできっと痛かったのだろう。
あの転校生が受け止めなければ彼女は弾き飛ばされていたはずだ。
「可愛げのないやつだったな。」
「ぶつかった時は本当に血の気ひいたよ。悪いことしちゃったな。」
彼女たちの会話までは聞きとれなかったが、なにやら楽しそうに話している声は届いた。
すると突然木下が冴木に抱きつく。
「アイスドールにあんなのできるのこの学校で木下ぐらいだな。冴木さん怒らないのか?」
祥大の言葉に無言で様子を見ていると、冴木はなんと声を上げて笑ったではないか。
幻かと思い瞬きをしたがどうやら本当のことらしい、見たことの無い彼女の笑顔が脳裏に焼き付いた。
明日は吹雪になるのかもしれないと悠人は思った。
その後はもうエルが行くところ全てにギャラリーが集まる始末であったという。
読書好きで頭も良いということは知れ渡るところであったがそのイメージが強すぎてまさか運動神経抜群だとは皆思いもよらなかったのだろう。
エルは転校して来てから早二週間であっという間に学校の人気者になってしまったのである。
おまけに各部活から毎日のように勧誘が来るようになってしまった。
2年4組はいろんな意味で校内で一番騒がしいクラスとなり古賀先生が頭を悩ませていたのは誰も知らない。