side a Boring Boy
はてさて、一体全体どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
俺はそう思いながら目の前の人物を見る。
俺の目の前には、胸のでかい髪の長い女が座っていた。赤いドレスに綺麗なメイク、アップに上げた髪。それに余裕そうな表情――どこを取っても玄人としか思えない。まあ、俺もタキシードというそこそこ着飾られた格好をしているのだから、見た目だけで判断はできないが……。
俺は確かにスリルが欲しかった。だからといって、命を賭けた云々なんてものは望んじゃいない。
それでは、なぜこうなったのか?――それは一週間前にさかのぼる。
∞
俺は暇を持て余した普通の大学生だった。なにをしてもつまらなくて退屈だった。
バイトをしなければならないようなほど困窮していればバイトをすればいいだろうが、生憎バイトをしなくてはならないほど困窮しているわけではなく、理由もなくバイトをするほどの気力もなかった。合コンも参加しようとは思えなかった。
有り体に言えば日々を惰性的に過ごしていた。
俺が「それ」を見つけたのは、大学の掲示板だ。掲示板の情報は古くて遅いと思われがちだが、結構おいしい条件のバイトやかわいい娘の多い合コンや非合法サークルの情報がしれっと載っているのだとか。――あくまでも友人の受け売りだが。
その日も何気なく掲示板を眺めていた。すると、面白そうな貼り紙があった。
『私たちの実験を手伝いませんか? スリル満載のちょっとした実験です――
実験期間 二泊三日 時給 5万4000円~(別途交通費・褒賞付)』
普通に見れば怪しさ満載――むしろ、怪しいところしかないだろう。しかし俺は、退屈がいくらか紛れればいいと思って無視してしまった。実験と言っても創薬の人体実験程度だと思った。というよりも、それしか思いつかなかった。
俺は早速、書いてある電話番号へ電話し、実験に参加することになった。
約束された日――二日前に教えられた場所へ行くと、リムジンが止まっていた。
中からは壮年の老紳士といった風情の執事が出てきて、俺に乗るように促してきた。
ここまでくれば、さすがにおかしいと思うはずなのだが、その時の俺は、そんなこともあるのか程度しか考えていなかった。
リムジンの中はタクシーの中のようにシンプルで、何もなかった。そういえば窓はカーテンが閉まっていた。
その時、老執事は俺にコップを差し出し、飲むように進めてきた。中にはワインのようなものが入っていた。
「俺、まだ19なんすよ。アルコールはまだ飲めないっす」
「いいえ、これはワインではございません。葡萄ジュースです。フランス産の高級葡萄を使用したものになります」
さすがにそこまで言われて断れるほど、俺の肝は座っていない。俺は飲んでしまった。
最初は、ただただおいしかっただけだ。しかし、しばらくするととてつもない眠気に襲われた。眠り薬でも入っていたのだろう。
そうして俺は眠ってしまった。
∞
俺が目を覚ます、窓のない部屋にいた。
でも監禁と言って想像するような監獄のようなものではなく、高級ホテルのスイートルームのような高そうな部屋にいた。
『お困りのことがございましたら、こちらまでお電話ください』
と書かれた書き置きとともに、電話が枕元にあった。
早速困った俺は使うことにした。
「――斉藤卓也様でしょうか。今お目覚めになられましたか?」
「あっ、はい……」
「明日の十五時ごろにお呼びいたします。それまで部屋で待機してくださいますようお願いいたします。何かお困りのことがございましたら、こちらまでお電話くださいますようお願いいたします。絶対、部屋からは出ないでください――」
相手が言いたいことを言うだけで、結局俺の知りたいことは何一つわからなかった。それどころか疑問ばかり増えてしまった。
とりあえず外の様子を知ろうと思って、電話からの命令を無視して外に出ようと思ったが、ドアノブを回しても外に出られない。鍵がかかっているようだ。
今どうこう言っても何も変わらない。こうなると俺は呼ばれるまで待つしかなかった。――幸いにもテレビはあった、温泉もあった。さすがに携帯やパソコンなど外部と連絡を取れるものはなかったが。
俺がその間どう過ごしていたのかは知らなくてもいいだろう。人の楽しかった話ほど退屈でためにならず、つまらないものもこの世にはないと思う。
俺が呼ばれたのは午後三時――十五時ジャストだった。
唐突にドアが開き、古き良きメイドのような女性が俺に着替えるように、とタキシード一式を渡してきた。
訳は分からなかったが、とりあえず着替えることにした。
服のサイズは俺にぴったりだった。ここまで来ると気持ち悪いとしか言いようがなかった。
その後、俺はまたも葡萄ジュース――おそらく睡眠薬入りを手渡された。もちろん、俺は意図せずして眠ることとなった。
目が覚めると、今度は楽屋の控室のような場所にいた。俺は見世物にでもなったのだろうか? よく分からなかった。
目の前には生意気そうなお嬢様がいらっしゃた。
「私は貴方に賭けましたのよ。負けたら許しませんからね――」
「お、おい――。今の話どういうことだよ。賭け事がどうのこうのって……」
ちょっと待ってくれ。俺自身が賭け事の対象になってるなんて聞いてないぞ。
「あら、聞いてませんでしたの? 貴方は今からゲームをするんですの。とりあえず勝ってくださればいいのですわ」
「――つまり、俺はゲームで勝てばいいと、そういうことだな?」
「えぇ、わかってくださいましたか」
「ところで、何をやるんだ?」
「そんなの、その時にならないとわかる訳ないじゃない。馬鹿なの?」
馬鹿とか言うな。そんなルールの方がよっぽどわかる訳がない。
「もう、時間ですわ。早く行きなさい」
お嬢様に促されて俺はドアをくぐった。
ドアをくぐると、胸のでかい赤いドレスの女が座っていた。不覚にもちょっと見とれてしまった。
「――えー、今から賭けを始めます。放送の指示に合わせて二人はじゃんけんをしてください。ギャンブラーは賭け終わりましたでしょうか? では、今から始めさせていただきます」
――こんなにも唐突に始まるのかよ。ありえねえ。
「えっと、では始めましょうか?」
赤いドレスの女が言ったことにより、始まった。
じゃんけんの三番勝負だった。
先に二勝した方の勝ち。とても単純なルールだ。
「ではいっきまーす。最初はグー、じゃぁんけぇん――」
放送の声が聞こえた。
「――ぽんっ!」
俺はグーだった。相手はチョキ、まずは俺の一勝だ。
「結構強いですね」
「そんなことねえよ」
少し心に余裕が出てきた。
しかし、そんな余裕はすぐに砕けた。
二回戦は彼女が勝ったのだ。
「お前、強いな」
「お互い様ですよ」
どうやら緊張しているのは俺だけのようだ。
「後、一回ですね」
「あ、あぁ……」
「ちょっと、雑談しません?」
彼女からの誘いは突然だった。
「実は私、病気の弟がいるんです」
「それが何なんだ……」
「両親はもういないんです。父親は大量の借金をこさえて自殺しました。母親はそんな父親に愛想を尽かして、愛人とともに家を出ていきました。私と弟は夜逃げ同然で家を出て、二人で暮らしていました」
突然過去の話をされても困る。俺にどうしろというのだ?
「――その弟は病気で心臓移植が必要なんです。だから、私がお金を稼がなくてはいけないんです」
「――つまり、俺にわざと負けてくれと?」
「い、いいえ、――そんなつもりじゃ……」
この女、俺よりも少し年上だと思っていたが、案外同じかそれよりも下ぐらいだろう。何となく、話し方や所作でそう思っただけだが――。
「――なぁ、お前はこのゲームに負けたらどうなるかわかってるのか?」
「え、えぇ……。多分、負けた方は処分されます。勝ったといって解放されるとも限りませんが――」
やはり、ただのゲームではなかったか――。薄々気づいてはいたが、実際に知らされると辛い。
これなら、つまらない日常の方が何千倍もよかった。俺は心の底から後悔した。
わざと相手を勝たせようか――。
俺の心は揺れに揺れた。
その時、無慈悲にも放送の声が響き渡り、俺の思考は現実へと戻された。
「もういいですか? 御情け頂戴の話。――飽きました。三回戦いっきまーす!」
勝てるか負けるかわかんない。そもそも相手に情けを描けるような余裕はない。
ここから出ることができたら、平凡な日常を望もう。掲示板の怪しい情報になんかには二度とのらないだろう。
「じゃぁーんけぇーん――」
赤いドレスの女は心配そうな目でこっちを見る。
こうなったら一か八かいくしかない!
「ぽんっ!」
俺は決意を込めて、手を前に突き出した。