8話 紫の国『ヴィオプラ』2
赤の領地と紫の領地を2つに分ける境界を表す、空高く聳え立つ巨大な塔を背に歩を進める。辺りには草原が広がっており時折吹く風がとても心地いい。このまま大の字になって横になりたいぐらいだ。
「……さっそく見つかったみたいね」
リヴァの視線は境界の塔へと向けられている。つられてそちらを見るが特に何があるわけでもない。先程までと何ら変わりない景色が広がっている。
「どうして塔との距離がまったく変わっていないのかしらね」
こちらの考えを見透かしたような、それでいて小馬鹿にするような目でこちらを見てくる。……べ、別に気づいてたし!ちょっと眠気のせいで頭が回ってなかっただけだし!
「あー、つまり、既に何かしらの妨害を受けていて前に進めていないと」
何も言い返せない悲しみを押し殺して話に乗る。しかし、眠気が増してきてやばい。なんだこれ。
「そういうこと。……ちょっと、大丈夫?普段より死んだ目をしてるわよ」
「一言余計だが……異常なほどに眠ぃ」
「ただの眠気だけでそんな死にそうな顔にはならないとおもうのだけれど」
と言われても、眠いものは眠いのだから仕方がない。これは冬の朝のぬくぬくの布団の中に匹敵する眠さだ。
「ーーー!」
リヴァが何か叫んでる気もするけど、眠いから仕方ないのだ。そう、眠いんだから。眠らなきゃ。
おやすみ。
ーーー・ーーー
「反対ですね」
開口一番に出てきた言葉は予想通りで、そして最も聞きたくなかった答えだった。
私の計画を遂行するには、どうしてもこいつを……アレフをぶちのめす(説得)するしかないのだが、どうしたものか。力ずくでもいいけれど、後でお父様に叱られてしまう。怒られるのは楽しくないから嫌だし……。
「何故お嬢様があんな連中と共に行動する必要があるのですか。もし散歩したいのであれば、このアレフがいつでもご一緒するというのに!!!」
「散歩したいんじゃないの。彼らと一緒に生きてみたいって言ってるの。こんな所に篭ってばっかりじゃつまらないわ」
2人が言い争っているのはクリムヴィル中央に位置する、赤の王とその一族や部下達の暮らす巨大な城の最上階、リヴァと赤の王が対峙した玉座の間。元は屋根があったのだが、今は吹き抜けとなっている。一度この城をほぼ崩壊させ瞬時に元に戻して見せた白髪の少女、リヴァが唯一直さずにそのまま放置していった部分である。彼女のことだ、きっとわざとなのだろう。彼女にこのことを訊ねれば、「私が勝ったということをしらしめるために」なんて言いそうだ。
「退屈ならば私がいつでも御相手して差し上げるというのに!なんでもいいですよ、なんなら模擬戦でもしましょうか?」
「貴方の中で私のイメージがどうなってるのかは知らないけれど、私は貴方にはまっっっっっっっっったく興味が無いの。私の相手になりたいのなら、そうね、『アルバ・ヴォルク』くらいは詠唱無しで使えるようになってくれないと」
「……それはつまり、王と同等の実力になれと?」
「どう捉えるかは貴方の自由よ。……そういうことで、お城にずっといるなんて嫌」
「しかし……」
アレフの困った顔は見慣れたものだけれど、今日はいつにも増して悲壮感が強い。そんなに私を留めたいのだろうか。昔から心配性なところはあったけれど、もう私だって子供ではない。そこまで強く止められると、逆になんとしてもあの黒髪白髪の2人について行きたいという願望が強くなってしまう。
「セシル。明確な理由を話してみよ。我とて頭ごなしに否定する気は毛頭ない。毛頭ないが明確な意思もなくその場の一時的な感情で行動することは時間の無駄である。我等の納得出来るような理由があれば、もしかしたら許可がおりるやもしれぬぞ」
それまで何も言わずにアレフとのやり取りを眺めていたお父様が口を開いた。しかも、否定の類ではない。
「……私は、私は外の世界を見てみたい。もっとたくさんの人と話してみたいし他の国はどんな所なのか、私は言葉でしか知らない!何故世界は広いのに赤の領地のこの狭いお城にしか居られないのか納得いかない。理由なんて簡単よ、私がそうしたいと思ったから!私の進む道は私自身で決める、他の人に、アレフにだって、とやかく言われる筋合いはないわ」
「……満足したら帰ってくるのだぞ」
「イクズィ王!?良いのですか!?」
「お父様、ありがとう!アレフ、またね!」
応えを聞いたと同時に体はもう動き出していた。さすがお父様、話がわかるわ。
「……いいのですか、セシル様は能力はすでに世界トップクラスといえど、まだ子供です」
「子供だからこそできる無茶というものもある。あの2人組が共に行動するならば命の危険はないだろう」
「見ず知らずの怪しげな人間に肩入れしすぎてはないでしょうか?しかも、片方に関してはよりにもよって白髪です」
「その白髪に我は為す術なく敗北しているのだ。大丈夫、奴らは信じるに値する」
赤の王の態度に、どれだけ言ったところで無意味であることを悟ったアレフは一礼した後その場を離れた。
どこぞの馬の骨とも知らぬ下等種族に我等の王は敗れ、敬愛する姫様はその下等種族の元へと向かってしまった。
きっと奴らはなにかしらの力によってお嬢様を惑わしているに違いない。でなければ、私の元を離れるはずがないのだ。
そう、そんなこと、あるはずがないのだ。
「今、助けに行きます」
ーーー・ーーー
「ヴィオプラはこの先、のはず、なのだけれど」
自身の有り余る魔力でその小さな背中に炎の翼を形成し城から猛スピードで紫の領地に入ったセシルは、もう少しで紫の領地の主要都市『ヴィオプラ』に着こうかというところまで来ていた。来ていたのだが、視線の先に広がっているのは読み聞かされていたヴィオプラの景色とは全く異なるものだった。
空間が、ねじ曲がっている。そう表現するしかない異様な風景。ありえない方向に曲がっており、しかし傷一つない建物や宙で2回転している木々。抽象画かと見間違えてしまいそうなその街並みを現実のものと理解するのに数分を要した。
「これは、なにがどうなっているの……?」
「やぁやぁ、セシル殿ではございませんか」
突如聞こえてきたのは軽い口調の男性の声。しかしこの声には心当たりがあった。
「紫の王?何処にいるの?」
「やー、私は目の前のヴィオプラに。能力で声をそっちに飛ばしてるんですがね。実は少し面倒なことになってしまって紫の領民全員を一時的に緑の領地に避難させているのですよ。その面倒なことの元凶をどうにかするのに手間取ってまして。少し手を貸していただければと」
「……まぁ、友好国の危機を見て見ぬふりは出来ないわ。どうすればいいのかしら」
「いやーありがたい。城の方まで来ていただければ合流出来ますので」
「分かったわ」
手短に返事して背中の炎翼をはためかせる。
ーーー・ーーー
『ルフト』
一言呟かれる度に街の建物は瓦礫と化していく。見境なく、それでいて確実に街は破壊されていく。
『ルフト』
等間隔で放たれるその見えざる刃は過ぎ去った空間をねじ曲げながら進んでいき触れた建物を一瞬にして崩壊させる。
『ルフト』
ただただ呟く。そこに在る感情はたった一つ。
「……紫の王、さっさと出てきなさい。簡単には殺さないけれど、確実に殺してあげるわ」
純粋な殺意。