7話 紫の国『ヴィオプラ』1
「貴女、白い髪なのに魔法が使えるのね。素敵」
セシルが目を輝かせながらリヴァを見上げる。相変わらず俺の右腕からは離れてくれないが。まだ若干不安が残っているのかもしれない。
「邪魔なのがくっついてきたわね。家の空気が淀むわ」
一方こいつは、何故こんなにコミュニケーションが下手なんだ。魔法の能力とコミュニケーション能力は反比例すんのか。
「貴女、人と会話するのが下手なの?」
こんな小さい子にさえ同じようなこと思われてるし。
「今、私のこと小さいって思った?」
「いや全く」
なんでだよ。ホントに心の中読めるのかよ。
「私は彼と二人でお話をしたいの。帰っていいわよ。ここは赤の領地だから迷子にならずにお城へ戻れるわ」
「や。私はこの黒髪を気に入ってるの」
「黒髪て」
「だめよ、それは私の黒髪よ」
「いやお前もかい」
俺にだって○○という名前があるというのに。
……は?
「どうしたの、変な顔して」
リヴァがセシルの相手をするのを止めてこちらに視線を投げかけてきた。セシルもつられてこちらを見上げる。
「俺の名前って、何だっけ……?」
我ながら意味のわからない質問だ。それを知ってるであろう人物はこの場にただ一人、俺だけなのに。
「思い出せないってことかしら」
「全く」
「なるほど……」
リヴァは目を細め何かを思考し始めた。思い出す方法だろうか。コイツのせいでこうなったのだからどうにかしてもらわないと今後生活していく上で困る。自己紹介すらろくに出来なくなる。
「貴方、自分の名前を忘れてしまったの?」
セシルがこちらを見上げ、綺麗な紅色の髪を垂らし首を傾げる。
「自分でも信じられないけどな。どんなに思い出そうとしてもだめだ」
「へぇ……まるで紫の王みたいね」
「それってどういう
「もしかしたら」そう言ってリヴァが話を遮った。
「既にこの世界に順応しかけているのかもしれないわね」
その言葉に、俺とセシルの二人で首を傾ける。何を言いたいのか分からない。
その様子を見たリヴァは溜息を一つつき話を続ける。
「つまり、この世界に合わせて思考回路や記憶が改変されてるかもしれないの」
「名前も関係あるのか」
「この世界の名前とあなたの名前が大幅に違うのであれば、あり得るわ」
「……否定出来ない」
自分の名前が何なのかは思い出せないが、もし元の世界で周りにリヴァやらセシルなんて名前の人がいたら違和感があるだろう。
「それよ」
「どれだよ」
リヴァが人差し指を立て、急にこちらを指してきた。
「普通、こんなすぐに納得できる話じゃないの。こちらの世界に転移させた時もすぐに私の話を信用していたじゃない」
何も言えなかった。急に異世界に連れてこられたことも、その後すぐ城に忍び込んで追われたことも、なんの疑問もなくそういうものだと受け入れてしまっていた。
「普通、こういう状況になったら慌てふためくものだと思うわ。恐らくここまで記憶や常識が改ざんされてしまった状態だと、元の世界に戻ることは簡単な事じゃない」
「ッざけんな。お前が勝手に俺をこっち側に呼んだんだろうが。なに人事のようにに話進めてんだ」
「そう熱くならないで。簡単な事じゃないってだけ。私の能力だと呼ぶのは簡単なのだけれど、逆は中々骨が折れる作業なの」
「例えるなら、入るのは簡単なのに中々抜けられないペットボトルを使った魚用罠のような感じね」という独特な説明を付け加えてきた。いやわかり易いけども。
「さっきから何訳の分からない会話をしているの?私を置いてきぼりにすると燃やすわよ」
いつの間にやら部屋の椅子に腰掛けていたセシルが頬を膨らませながら俺たちを睨む。正直忘れてた。
「ごめんなさいね、お子様には分からない話をしてしまって」
お子様、の部分を強調しながらリヴァが応える。喧嘩腰でしか会話出来ないのかコイツ。
「黒髪、自分の名前を忘れてしまったんでしょう?さっきも言ったけれど、出現初期の紫の王と似たような状態じゃないかしら」
「それ、さっきから気になってた話だ。その紫の王様も自分の名前が分からないのか?」
「今はもう別の名前で過しているけれど、元の名前は思い出せずじまいだったみたい」
「……リヴァ」
名前の主の方を向くと、既にその続きを察しているかのように二人分のフード付きローブを準備していた。
「紫の領地、行くんでしょう?」
「話が早くて助かる」
ローブの片方を受け取る。
「私も行く。行きたい」
「だめよ。貴女はあの執事的な男に無断でこっちに来てしまった。このままだと私は姫の誘拐犯扱いよ。被害者はこっちなのにいい迷惑」
椅子の上に立ち上がり付いてくる気満々だったセシルだったが、リヴァにバッサリと切り捨てられ、「……仕方ないわね。これ以上は自分勝手が過ぎるもの」と、溜息と共に肩を落としながらポツリと呟いた。
「妙に聞き分けがいいんだな。姫様って生き物はもっと我儘なものだと思ってた」
「自分勝手に行動しすぎると後々面倒だってことを学んでいるの」
姫様も楽ではないようだ。
「これ。お守り代わりに持ってきなさい」
セシルは自分の服に付いていた紅い宝石が輝くブローチを外し俺の服の襟元に付けると、「アレフを説得したら紫の領地まで会いに行くわ」という言葉とともに家をあとにした。
ーーー・ーーー
「……最後までよく分からない娘だったな」
フードを深く被り髪色を完全に隠した、一見不審者のような状態で赤の領土であるクリムヴィルの通りを歩いていく。こちらの格好を怪しむ人はいれど、話しかけてくるような素振りはない。わざわざ自分から厄介事に巻き込まれる必要はないし、賢明な判断だろう。
「あの娘、恐らく赤の王の同等程度の能力は持ってるわ」
マジかよ。
「さぁ、そろそろ栄えている地域を抜けて紫の領地との境目が見えてくる頃よ」
「急ぎすぎだろ。いきなり向こうの領地へ行って大丈夫なのか?」
紫から真っ先に連想されるものが毒だから心配でしかない。足を踏み入れた瞬間毒まみれで即死とか嫌すぎる。
「大丈夫、問題ないわ。紫の勢力の特徴は未だに不明な点が多いのだけれど、赤の王も何度か足を運んでるらしいし。アレが生きて帰ってこられたのなら、私に出来ないはずがない」
なんつー自信だろうか。今は少し心強いが。
「まぁ、密入国だから見つかったらアウトだけれど」
ダメダメじゃねぇかどっから出てきてんだその自信。
「白髪と黒髪よ?正式に入国しようとしたところで上手くいかない」
「……それもそうだな」
この世界において、黒髪も白髪も普通ではない異質の存在である。黒髪の俺はまだ立ち位置がよく分かっていないが、白髪の人達に関してはその境遇を目の当たりにした。というかさせられた。……思い出したら腹たってきた。取り敢えずあのアレフとかいうロリコン執事ぶん殴らねぇと。
「あれが境界であることを表す塔よ」
クリムヴィルの賑わっていた広場を抜け、少しずつ建築物よりも草木の方が面積を占めだした頃、遠くに赤紫色の塔が見えてきた。かなりの大きさだ。
「立派なもんだな」
「あれの横を素通りすると燃やされるわ」
「物騒なもんだな」
「だから」リヴァは俺の手を取り、
塔の向こう側まで、つまりは紫の領地までワープした。
「相変わらず意味わかんねぇ」
「そういう違和感を忘れない事ね。さぁ、行きましょう」
紫の領地『ヴィオプラ』編