6話 白髪
目の前で起こったことを整理しよう。
城が崩壊した。と思ったら復活した。以上。
ちょっと訳が分からないんだが。
この世界ではこんなの日常茶飯事なのだろうか?いやでも、隣で目を丸くしているセシルの反応を見るにそんな事はないのだろう。
「ちょっと。なに腑抜けた顔してるのよ」
呆然と城を見上げる俺達の背後から急に聞こえてきた声は、この世界唯一の知人のものだった。
「……リヴァ」
「あなた、そこのチビ姫に連れていかれたと思ったらこんな所に居たのね」
リヴァのその言葉に、それまで呆然としていたセシルも両手を上にあげながら応戦する。
「チビ姫って私のこと?燃やすわよ」
「あなたのお父様ですら私に一撃も当てることなく負けを認めたのよ。私に喧嘩を売るなんて1000年早いわ」
「嘘よ。お父様が負けるなんて有り得ないわ!」
「じゃあ上まで見に行けばいいんじゃないかしら?まだ息があるといいわね」
「……っ!」
その言葉を聞き、セシルは弾かれたように走り去ってしまった。
「……リヴァ。まさか本当に殺してないだろうな」
「本当に殺っていたのならこんな所に現れないで逃げてるわ」
「確かに」
言いながら内心安堵する。こいつなら平然とやりかねない。
「それより城が壊れたり直ったりしてたけど、あれってお前が何かしたのか?」
「お前じゃないわ、リヴァよ」
「……あれはリヴァがやったのか?」
「そんな事より、あなたにはやって欲しいことがあるの」
コイツには、人の話を聞きそれに応えるというコミュニケーションをとるにあたって最も重要な能力が欠如しているようだ。今にでも殴ってやりたいが、どうせまた魔法か何かで対処されるのがオチだろう。
それよりも問題なのは、『やって欲しいこと』という表現だ。内容を明確に話していないのだ。どう考えても怪しい。……怪しいのだが、断ったところでそれが通るわけない。
「言ってみろ」
「この世界について、色々教えて貰いなさい」
ーーー・ーーー
俺自身、この世界についての知識が乏し過ぎるしいい機会だとは思う。思うのだが、
「アルフ、まだなの?私早くお出かけしたいのだけれど」
「もう暫くお待ちを」
「ねぇ、あなたからも言ってやって。早くお外へ出たいって」
「お嬢様、それに話しかけてはいけません。病気になります」
「これは今私の物なのよ?そんな口をきいていいと思っているの?」
どうしてこうなった。
事の発端は数分前に遡る。
「この世界の事を教えてもらうって、誰に?」
「ここの脳筋赤ゴリラにでも習えばいいわ。話はつけておいたから」
「ちょっと待……」
言い終わらない内に白髪モヤシ、もといリヴァはお得意のワープで何処かへ姿を消してしまった。なんて一方的な。
「お前が王の仰られていた侵入者兼お客様だな?」
リヴァが消えたと同時に長身、赤髪の青年に話し掛けられた。確か、城に侵入した直後の追手の先頭にいたリーダー格(仮)だ。
そこからは簡単。
その青年、後にセシルとの会話で名前をアルフということが分かった彼に連れられセシルの待つ部屋へ。どうやら彼はセシルの世話係的なポジションらしい。
で、部屋に入った俺の姿を見るや否や、セシルが腕に抱きついてきた。そしたらアルフ激怒。それはもうお怒りのご様子だった。……こいつはアレか?ロリコンってやつなのか?それともただの過保護な執事的な何かなのか?
若干の不安が残るものの、どうやらこの二人が俺にこの世界のことを教えてくれることになっているようだ。知らない間にどんどん話が進んでいて若干ついていけないがそういうことらしい。
「セシル様、それから手を離してください。腐りますよ」
「さっきから五月蝿いわね。燃やすわよ」
「それは勘弁」
現在、俺達は支度を終え3人で城下町のクリムヴィルを歩いていた。この世界の勉強として、赤の勢力の中心街であるこの街を案内しながら色々と教えてくれるそうだ。
これだけならリヴァがやってくれればよかったものを。何故他人に任せたのだろうか。面倒臭いからというのは……充分に考えられる。
「これが武器屋で、その隣が魔導書店」
流石は異世界。RPGや漫画などでしか見たことのないような建物が幾つもある。
「あれが見張り台で、こっちは魔導固定砲台」
勢力間で戦争でもしているのだろうか、色々と物騒な感じの建物も多い気がする。
「あれが果物屋で、これが……」
セシルが足を止めたのは肉屋らしき建物の前だった。店頭には様々な種類の肉の他に揚げ物なども置いてある。
「……アルフ」
「ダメです」
「ケチ」
お子様とロリコン執事のやり取りはどうでもいいとして、店の表示や街ゆく人の会話を聞く限り大抵の言葉は理解できることが分かった。いやまぁリヴァとかと会話が出来ている時点でそれは判明していた事だが、一応これで安心した。
あとはこの世界のみに存在する固有名詞さえ覚えれば大丈夫だろう。
ーーー・ーーー
「……質問が二つある」
「何かしら?」
街の中を少し歩いた頃、ふと疑問に思ったことを訊ねてみた。
「まず、俺はなんでこんな格好をしているんだ?」
今、俺はリヴァに連れられこの街にワープしてきた時のように頭をスッポリと覆うフード付きのローブを着せられている。正直暑い。
「そして二つ目。なんでわざわざ外を出歩くんだ?この世界のことを教えてくれるなら、城の中でもよかったんじゃ」
「……その二つの質問はどちらも同じ理由、というか、同じ原因、というか」
……?セシルの返答は歯切れが悪く、何を言いたいのか分からない。逆に気になってくるんだが。
「おい黒いの。アレがその理由であり原因であるものだ」
黒いのって俺のことか?釈然としないままアルフの指さす先へと視線を向ける。
「2500!」「3000!」「5000だ!」
なにやらオークションのようなものが開かれており、人だかりが出来ている。その中心には、鎖によって手足を拘束された複数の白い髪の女性がいた。
「なんだ、あれ」
「あれを見せるために連れてきた。……あれは、この世界の汚点、とでも表現しようか」
アレフがその集団を見ながら応える。その目はどこか汚物を見るような、そんな印象が強い。
その言葉を聞きながら、リヴァの言葉を思い出した。
『この世界、白い髪の人間って私一人なのよ』
居るじゃないか。今、俺達の目の前に。
「……あの人達って、どうして」
「人扱いしない方が賢明だ。そこら中の人間から気味悪がられ、最悪燃やされるぞ」
あぁ。予想がついてきた。何故リヴァがこの街に来た時フードを被っていたのか。髪色を隠していたのか。
「どうしてそんなに嫌われてるっていうか、物扱いされているというか……」
「例えば。君は目の前に不快害虫が現れたとしよう。それと共存し、分かり合い、平等に生きようと一瞬でも思うか?思わないだろう。すぐさまそれを殺すか、目の前から撤去しようとするだろう」
「……害虫と同等ってことを言いたいのか?」
「少し違う。まだそれを利用しようとしているだけましだろう、と。色を持たず、異類異形な奴らを殺さず、生かして使ってやっている」
まるで当然のように、淡々とアルフは語る。
「さっきの、この世界の汚点ってのは……」
「あの白髪共を指している」
初めは、あの人身売買している奴らを指しているとばかり思っていた。……リヴァが俺をこの世界に連れてきたくなった理由も、ほんの少し。1ミリくらいなら分かった気がする。
この世界は腐っている。
「俺がフードを被っているのも、それと同じ理由か?」
「近いが、それも少し違う。君は恐らく、100年に一度周期的に現われる新勢力と考えられる。そんな危険人物が勢力圏内にいると市民に知られたら混乱が生じるだろう。王の命令でなければわざわざ外出させるものか。私とお嬢様が君の付き添いをしているのは、貴様の監視の意味も込められている。なにか怪しい動きをした瞬間炭になることを念頭に置いておくことだ」
なんだ、新勢力って。
いや。今はそんな事どうでもいい。
「リヴァ。このクソみてぇな場所から出してくれ」
「社会科見学は済んだのかしら」
「あぁ、堪能させてもらった」
「なっ……!?一体何処から!」
突如、俺達の目の前に出現した白髪の少女、リヴァを見てアルフが驚きの声を上げる。
俺自身、本当にリヴァが現れたことに内心凄く驚いている。理屈は分からない。だが、確実にそこに現れると感じた。
「お二人共、案内ご苦労様」
リヴァはセシルとアルフ、二人の顔を交互に見て、俺の手を取る。
少しの間が空き、クリムヴィルの広場から、今朝見た景色……リヴァの家へと視界に入る景色が変わった。
「リヴァ、今度はお前に色々と教えてもらいたいんだが」
ゆっくりと向き直……ろうとしてなにか右腕に違和感を感じる。
「えぇ、そのつもり……だったのだけれど」
リヴァの視線も俺の右腕に注がれている。そちらを見ると
「あなた、凄い魔法を使うのね」
セシルが抱きつくような形でくっつていていた。