13話 青
「ね。リヴァを待っている間なにもせず過ごすのもなんだし、もう少しこの辺りを散歩してみない?」
蹴られた足の痛みが未だにひかず若干涙目の俺に対し、もうすっかりいつもの調子に戻ったセシルは今にも走り出さんとする様子でこちらを見ている。足は痛いが、確かにずっと家に籠ってリヴァの帰りを待つのは退屈だ。
「元々散歩する予定だったしな。行こうか」
言うが早いか、セシルに手を引かれ更に木々の生い茂る森の中へと進んで行く。
が、結局進んでも見えてくるのは木、木、木。大きく景色が変わることはない。
セシルも暇を持て余して不機嫌になっていないだろうか。そう思い顔色を窺ったが、そこにあるのは真剣な、それでいて少しの笑みを浮かべた顔で周囲に視線をめぐらせている。まさに戦闘狂の姿だった。
「……ね、アルト。ちょっとしゃがんで」
アルトという言葉が自分を指していることを理解するのに一瞬の間があった。
その言葉の意味に気づき、咄嗟にみを屈める。
自分の頭上スレスレを、高温のなにかが経過した感覚。
少し遅れ、周囲から轟音。
「何がどうしたってんだ」
「ごめんなさい、アルト。ちょっと面倒なことにつき合わせることになりそう」
あたりを見回すと、自分たちを中心に360度焼け焦げた木々が広がっていた。しかし、その中にぽつぽつと異物が紛れている。
人一人入れそうな球体だ。それも全方位に水を纏っている。
「本当にやらしい。リヴァが私たちから離れた瞬間に構ってくるなんて」
「なんだあれ」
「この世界で最も汚らしい種族よ」
「……白髪の人たちのことか?」
「優しいのね。私はあの考え方に賛同できていない異端者だから、そんな怖い目しないで。アレは青の勢力の奴ら」
青だから水を扱うのか。よくわからない紫と比べればシンプルでわかりやすいじゃないか。
「で、だ。どうする?」
「そうね。どうやってここまで追ってこられたのかはわからないけれど、国へ帰すわけにはいかないし……」
「てか、そもそもなんで青の勢力の人らが俺たちをつけてるんだよ」
「それは勿論、赤と青はこの世界が誕生してからずっと対立しているほどに最悪の関係だからよ」
つまり、数百年は対立しているわけだ。となると、襲われたのは俺たちというよりもセシルだろうか。しかしその青の勢力さん達に動きはない。どうやら突然のセシルによる攻撃を防ぎきれなかった人もいたらしい。よく見るとあちこちに倒れている人影がある。もし青に動きがあればセシルがその人達を炭にすることができる、いうなれば何人もの人質がいるということだ。事実、セシルは水の球体と倒れこむ人両方へ手をかざしている。
「甘い」
いきなり背後から声が聞こえた。かと思えば、首になにかがあてがわれる。何が当てられているのかは考えたくない。
背後の人物がどんな人間なのか全く見えないが、セシルの表情からあまりよろしくない方のようだ。
「……それから手を放しなさい」
「それは貴方の態度次第。まずは貴方が手を下ろすべきでは?」
背後の人物の言葉に、セシルは悔しそうな顔で両手を地面へ向けた。個人的には「それ」扱いされたことが気になったがそんなことを言っている余裕はない。
「えーと、どちら様?」
「口を開くことは許可していない。……この髪色、まさか、ね」
「忠告しておくわ。それ、うちのアレフを一方的に打ちのめすくらいの力はあるわよ」
「あんなゴミムシに勝てるくらい、どうということない」
「そのゴミムシと同格くらいの力しかない虫螻は誰かしらね」
仲の悪さがよくわかる。しかし、どうしたものか。うまいこと背後の人間を無力化する方法が……あるじゃないか。
思いついた時にはすでに体が動いていた。
「甘い。全身の力の動きで何をしたいのか筒抜け。これがあのゴミムシを圧倒なんて、にわかには信じられない」
一気に体を反転させ背後の相手に対し右腕を放った。が、相手に到達する寸前に地面から生えてきた氷柱に防がれてしまった。
「……セシル、この人強いんじゃ」
「そりゃ、そこらへんに転がっているのとはわけが違うわ。それ、青の王の右腕よ」
そりゃあ適わねぇわけだ。しかし、手も足も出ないとはこのことか。どうしたもんか……。
「あぁ、触れないと能力が使えないのか」
「……!待ちなさ
セシルが焦った顔で右手に炎剣を創り一気に距離を詰めてきた。
「あと一歩だった。愚鈍」
両腕が、取れた。