11話 名前を選択してください
「結局、町はきれいなままね」
セシルが紫の国―ヴィオプラというらしい―に入って開口一番につぶやいたのがこれだった。
「えぇ、リヴァ様が破壊したのはあくまで夢の世界の町なので」
どうやらこの白髪は町を破壊したらしい。何してんだこいつ。
「あれは仕方ないのよ。自分の……所有物?を殺されたらあぁなるわ」
「おいなんで俺を見ながら言うんだ。俺夢の中で殺されたのかよ。しかも所有物て」
「うるさいわね」
本当にうっとおしそうに手を払われると悲しくなる。
「にしては、かなりの荒れようだったけれど?なんだかんだ愛着はあるのね」
「余計なこと言わなくていいの。またやりあいたいのかしら」
「否定しないのね」
セシルの一言で黙ってしまう。いや所有物ってところは否定してほしいんだが。悪い気はしないけど。
「にしても、相変わらずここの人は素顔をみせないのね」
セシルの言葉に、改めて辺りを見回す。その言葉通り、自分たち以外の道行く人々は皆仮面や被り物などで顔を覆っている。まるで仮装パーティーの会場に紛れ込んでしまったかのようだ。
「そういう文化なので」
そう答える紫王もまた、大きな虎のような怪物の被り物をかぶっている。……本物ではないと思うが、まさかな。
「貴方、普段は人前に出ないんじゃなかったかしら」
「いや、さすがに誤ってセシル様に私自ら魔法をかけてしまったとなれば出て来ざるを得ないので。ついでにリヴァ様も」
「ついでというのが気に入らないのだけれど、まぁ赤ゴリラと違って様付けしているから許してあげるわ」
何様だ。
リヴァ達が目を覚まして以来、紫王はセシルだけでなくリヴァにも様をつけてくるようになった。彼曰く、己の位を明確にするためらしい。急にこうもへこへこされると気味が悪い。
「さて、城につきました。中へどうぞ」
紫王は紫の国の中央広場に位置する城の前に到着すると、その姿を消した。
「どうする?」
「行くに決まっているじゃない。もとはといえばあなたのために来たようなものなのよ」
「そうだった」
あの紫王も、以前は名前がない状態だったらしい。なにか、自分の名前を思い出すきっかけでもつかめればいいのだが。
意を決し、眼前に聳える巨大な扉を押した。
―――・―――
「黒髪のあなたも名前が思い出せないと」
城に入ってすぐに案内されたのは円形のテーブルとそれを囲むように椅子が設置されている部屋だった。作戦会議なんかをしたら様になるかもしれない。
「だから、あんた紫王さんも同じような状況だったって聞いて来たんですけど」
「んー、私の場合は新勢力としていつの間にかこの世界に出現した身なので、元々の名前なんてないってのが正しいんですよ。だから私はそのことに違和感は抱きませんでしたしどうにかしようとも思いませんでした。赤の王、セシル様のお父様であるイクズィ王に名を貰ってからはそれで通してはいますが」
どうやら根本から境遇が違うようだ。こちらはリヴァに無理やりこの世界に連れてこられたらしいが、紫王はなにかの拍子にこの世界に出現する新戦力とやらであるが故のこと。
「つかえないわね。戦闘では単体では小細工しかできないのにこういうところでも何もできないのね」
セシルの毒にも「申し訳ないですー」と全く思っていなさげなテンションで応じるのみだった。もう話せることはないらしい。
それより一つ、気になったことがあった。
「セシル、お前今何歳?」
「何よ急に。まだ12だけれど」
……どういうことだろうか。紫王は今の赤王に名前をもらったと言っていた。しかし紫の出現は確か100年前のはずだ。ならば赤王は少なくとも100年以上生きているものだと思っていた。もしそれが正しければその娘であるセシルもまたかなり年を取っている、と考えたのだが。
「でも、紫王さんは赤王さんから名前をもらったんだろ?年齢どうなってるんだ」
「そうか、そういう知識もないのね」
セシルはまるで新生物を見るような眼をしている。いやまぁ新勢力ですけど。
「それぞれの勢力の王は年を取らないのよ。ある種の魔法なのかしらね」
セシルに代わって説明してくれたのはリヴァだった。
だがまぁ、それならセシルと赤王さんがの年が大きく離れているのも納得できる。
「いやでも待て。それじゃぁいつかセシルは父親より先によぼよぼのおばあさんになるのか?」
「まぁそうね。ただ、もしもお父様が王位を私に継承してくれたなら、その時の私の年齢で時が止まるわ」
「現に黄王は二代目だし」と続ける。どうやら前例がいるらしい。
「じゃぁ紫王さんも?」
「私は……250前後だったかな。私は元は赤の住人だったのが急に紫の王になってしまったわけ。その時に大半の記憶も持ってかれたんだけどね」
「そんなことより」
リヴァが手を叩きこちらの注意を引いてきた。話を遮られた紫王は「そんなことって。これまたきついですね」と気にした様子もなくぼやいている。
「貴方の名前をどうするか、さっさと決めてしまいましょう」
―――・―――
紫王の城を後にした俺たちはリヴァお得意の瞬間移動的な何かでリヴァの家まで戻ってきた。名前に関することは一切聞けなかったが、その代わりにこの世界のことをまたすこし知れたからよしとしよう。
「本当にあなたは面白い魔法を使うのね。こんなの見たことないわ」
セシルは二度目のワープでも興味津々の様子だ。
「私の有り余る才能の賜物ね」
こっちはこっちでどうしてこう……。
「さて、さっそくあなたの仮の名前を決めたいのだけれど、なにか希望とかってあるかしら」
「いや、希望をするような知識も記憶もないし適当に決めてくれ」
こっちでの名前はどんなのが普通なのかもわからないし迂闊に決めて変なものにしてしまっては困るし。
「あると」
そう呟いたのはセシルだった。
「え、あ、それ俺の名前の案か。急に何を言ったのかと思った」
「せっかく考えたのに、失礼な言い草ね」
「いいじゃない、アルト」
「え、もう採用?そんなにあっけなく決めていいんもんか?」
セシルはすでに「私が名付け親ね」と嬉しそうに足をパタパタとさせており、リヴァに至っては椅子に腰かけその態度でこの話題はおわったと伝えてきている。
どうやらこの世界での俺の名前は、一生このまま『アルト』でいくらしい。異様にしっくり来ているし別にいいか。