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第七話

 教授やこの学園都市に何らかの権力をもつ有力者が彼ら特待生の後見人、つまり何かあった時に責任を取る保証人として、付くことが義務付けられてはいたが、本人の受ける入学試験は簡単な面接のみでスムーズに入学できた。

 しかしこうして入学できても、その者の能力に成果が認められなかった場合、即刻退学あるいは生徒としての籍を抜かれ、被検体として研究室に所属することとなる。ブルーシーも結果が出ない今の状態がもう少し長く続けば、それがわが身に降りかかる事態だということは充分に承知していた。

 難しい顔をしてその場に立ち尽くしているブルーシーに、教授は仕方なさそうに言った。

「ブルーシー、そんなにオペラのことが気になるかね?」

「……え? あ、はい」

 複雑な気持ちを抱えてうつむく彼女に笑って教授は言った。

「分かったよ。それなら後で彼に会わせてあげよう。だが、オペラのことは他言無用だよ。いいね? ……さあ、今は仕事を手伝ってくれ」

「はい!」

 オペラに会える!

 自分でも驚くほど心が躍り、ブルーシーは明るく返事をしていた。


 この学園都市・ロージーンは、その名の通り、都市がまるごとひとつ学校として機能していた。

 すべてが美しく舗装された規則正しいこの都市は、学校関連の施設以外では、ショッピングモール、スーパーマーケット、映画館などのわずかな娯楽施設、そこで働く人々のためのアパートメント、そして不測の事態に備えて治安を守る警察組織の施設などで成り立っていた。

 政府直轄のこの学校に子供を通わせたいと願う親はたくさんいるだろう。

 事実ここ通う生徒のほとんどは幼い頃から英才教育を受けた良家の令息令嬢、IQ170越えの選ばれた天才児たちなのである。この学校を無事卒業できたなら政府の中枢で働くことができる。将来は約束されたも同然、と言われる所以である。

 そして、ブルーシー・ローゼンは、ESP開発という特殊技能の訓練を受けるために、この学校に入学を許された特待生だ。

 ESP開発。

 それは人の持つ、まだ科学では解明されていない神秘の力。キエル教授などはその力を遺伝子レベルで研究し、将来、医療に役立てることはできないかと日々、試行錯誤を繰り返していた。

 しかし、それだけだろうか、と時にブルーシーは懐疑的になることがある。ESP開発の授業は、ひとクラス単位で受ける他の一般教養や専門分野の授業とは違い、教官と生徒との二人きりの個人授業となる。そこで行われる授業はその生徒の能力によってそれぞれ異なるのだが、内容を他で話してはならない決まりになっていた。入学の際、秘密厳守を主とした何枚もの契約書にサインさせられた記憶がブルーシーにはあった。

 何か隠したいことでもあるのだろうか。

 例えば、それぞれの能力を訓練によって引き出し、磨き上げ、そして……国のために働く便利な人間兵器を造るためであるとか……。

 そこまで考えて、すぐにブルーシーは首を横に振った。今、実際にブルーシーが受けているESP開発の授業は、人間兵器などというレベルでは到底なく、授業というよりはセラピーでも受けているような感じだった。精神を整え、閉ざしがちな心を解放する。安定した精神力を得られ初めて、能力を思うままにコントロールすることができるのだ、と。

 しかし、ブルーシーはいくら講義されても上手く出来なかった。ESPという能力のおかげで彼女はここにいられるのだが、それはブルーシーを苦しめるもろ刃の剣でもあった。

 彼女は十四の歳からこの学園都市にいる。それまでは辺境の田舎町にある酒場兼宿屋で暮らしていた。母親はブルーシーを産んですぐ友人である酒場の女主人に、少しの間、この子を預かって欲しいと頼み、そしてそのまま戻らなかった。

 女主人は義務としてブルーシーを育てたが、愛しはしなかった。彼女が就学の歳になっても目の障害を理由に学校には通わせず、自分の店で下働きをさせた。

 ブルーシーが毎朝、店の外の掃除をしていると、同じ年頃の子供たちが友達とはしゃぎながら学校に通う姿をよく見かけた。

 どうして、自分は学校に行ってはいけないのだろう?

 ブルーシーにとってそれは素朴な疑問だった。それを女主人に問いかけてみると、彼女は怒ってこう言った。お前のような者にそんな資格があると思っているのか。そしてひどく顔をぶたれた。泣いて謝っても許してもらえなかった。

 翌朝もブルーシーは晴れ上がった顔で店の外の掃除をしていた。今朝も子供たちが明るい笑い声を上げながら学校へと通って行く。いつしか彼女はその声を絶望的な気持ちで聞くようになった。

 そんな生活に転機が訪れたのは、彼女が十四歳の誕生日を迎える少し前。

 身長も伸び、大人の身体に近づいてきたブルーシーを酒場にやってくる野卑な常連客やよそ者の宿泊客が、奇妙な目つきで眺めるようになってきた。今までは幼いブルーシーをからかって面白がっていた客たちが違う目の色を見せるようになってきたことに、薄々ブルーシーも感づいてはいた。

「あんな気味の悪い小娘のどこがいいんだかね」

 ある晩のこと、そんな女主人のあきれたような声で、ブルーシーは起こされた。声は店から聞こえてくる。彼女は店の奥にある物置き部屋で寝起きしていたため、店での話し声は筒抜けだった。

 とうに店は閉めたはずなのに。不審に思ったブルーシーは音を立てないよう寝台を降りて部屋のドアを少し開けた。そっと店の様子を伺うと、そこにはブルーシーに背中を向ける形でカウンターの席に座った男の後ろ姿があった。その男はカウンターを挟んで正面に立つ女主人と何事か熱心に話しをしている。


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