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聖女の儀式

 ジークの魔法講義を終え、もやもやした気分のままめぐみは国王との謁見をすることになった。

 謁見の間にある玉座へ腰を下ろすのは、とても威厳のある美丈夫だ。セレイツとは違い、がっしりとした体つきで、強風が吹いてもびくともしないのではないかというような男性だ。


 めぐみはリリナに教えてもらった通り、国王の前で膝をついた。

 あまり優雅な動作にはならなかったけれど、間違っていなければそれでいいだろう。国王も何も言ってこなかったので、めぐみはほっと胸を撫で下ろした。


「そなたが聖女、めぐみか……。ふむ、異世界の乙女と言っても見た目は我々となんらかわりはないのだな。この度は、協力を感謝する」

「……はい」


 国王の許可を得て、めぐみは顔を上げた。

 部屋の両サイドには騎士が。国王の横にはセレイツが立っている。


「めぐみは、すぐにヒールを使うことも出来ましたから。とても優秀な聖女ですよ」

「ふむ。セレイツがそう言うのであれば、間違いないのであろう。楽しみだ」


 満足そうに頷く国王とセレイツ。

 国王と謁見なんて、いったいどんな話をするのだろうかとめぐみは不安でいっぱいだった。けれど、特に何事もなく終えることができた。

 しかし、国王からのそれは――見定められているような視線だった。




 ◇ ◇ ◇


『聖女の儀式ねぇ……』

「うん……。水浴びをするだけでいいらしいけど、緊張しちゃうね」

『面倒なことをするもんだな』


 夜になり、めぐみは寝室でメデュノアと2人で内緒の話をする。昼間だと人目につくため、ノアとゆっくり話をすることも出来ない。

 結局のところ、うさちゃん人形となっているメデュノアとはいったいなんなのか。本人に聞いていれば、『人間ではない』と言う微妙な返事が返ってくる。

 つまりは魔物ということだろうか? しかし、魔物も言葉を普通に喋れるとなると……別に倒さなくていいんじゃないかとめぐみは考える。

 むしろ、魔物が命乞いとかをしてきたら倒すのなんて無理だ。けれど、セレイツはそんなこと言っていなかったし、メデュノアが特殊な魔物という可能性もある。


「儀式の後に数日かけて準備をして、魔王を倒す旅に出るんだって。……憂鬱」

『何だ。魔王が怖いのか?』

「そりゃぁ、魔王だもん。怖くないわけじゃないけど……ノアは、魔王ってどんな存在か知ってる?」

『知らん』

「そっかぁ」


 あっけらかんと、何事もないようにメデュノアが言う。


『そうだ。おい、めぐみ』

「ん?」

『間違っても、簡単にリザレクションなんて使うなよ。めぐみの魔力量なら問題なく使えるだろうが、魔力を消費した状態で使ったら――死ぬぞ』

「……っ! う、うん。もちろん使わない……」


 急に真剣味をおびたメデュノアの声。

 それは、昼間教えられた魔法の使い方についてだ。めぐみは魔力が足りない状況で無理にリザレクションを使えば、死ぬ可能性がある。


 ――けど、もし、もしも。目の前でセレイツさんが死にそうだったら? 

 自分は本当に、リザレクションを唱えないという選択肢が出来るだろうか。

 めぐみにとっては、それだけが唯一の不安だった。目の前で人が傷ついてるのを見て、冷静でいられるとはとてもではないが思えない。


『……まぁいい。気を付けろ』


 不安そうに悩むめぐみに、メデュノアはあまりきつくは言わない。ぽんと、可愛いうさちゃん人形の手でめぐみの頭を撫でる。


 ――優しいなぁ。

 めぐみによって、うっかりうさちゃん人形に召喚されてしまったはずなのに。それについて文句をいったりするわけでもない。

 それどころか、メデュノアはめぐみを気遣っていろいろと教えてくれる。

 いつか恩返しが出来たらいいな。めぐみはそう思いながら眠りについた――。




 ◇ ◇ ◇


 しん、と。静かな神殿の中、めぐみは清らかな水に身を沈めて行く。

 聖女の儀式――というものが行われている真っ最中だ。


「大丈夫? あまり無理はしないようにね、めぐみ。辛くなったらすぐに言うんだよ」

「ありがとうございます、セレイツさん」


 めぐみが一人で入るのかと思っていた泉は、けれどセレイツと一緒だった。

 決して温かいというわけではないのに、嫌な顔ひとつしない。それどころか、めぐみを気遣うように優しく微笑んだ。


 神殿は、白を基調とした綺麗な建物だった。ところどころにあしらわれているのは、クリスタルだろうか。きらきらと光り、その場所が神聖であるということを引き立てていた。

 天井にはステンドグラスの窓があり、太陽の光が差し込んでくる。それが少し、心地よい。


 ちゃぷんと、めぐみの手が水を遊ぶ。


「……冷、うぅ」

「これじゃぁ、めぐみの体が冷えてしまうな」

「大丈夫。慣れれば、なんてことはないはずです」


 足首はよかったが、腰まで浸かるとやはり体が震えてしまう。これで頭まで潜らないといけないのだから、笑えない。

 しかし、こういうことは思い切りが大事だ。そう言い聞かせ、ざぷんと潜ろうとして――しかしその手は、セレイツにとられる。


「?」

「一緒に潜ろう。私に捕まっていて」


 言うやいなや、めぐみをを抱きしめるようにして、セレイツは水の中へと沈んでいく。ゆっくりと、けれど確実に全身が泉に浸かるように。めぐみも一緒に沈み落ちて――頭のてっぺんまで、体すべてが水の中に収まった。


 泉の中に何かあるのだろうかと思っていたのだが、特に何もない。魚などがいるわけでもなく、底の方に草が生えている様子も無い。

 けれどこの泉は、綺麗に澄んだ水で、枯れることはないらしい。不思議な泉だ……。


 30秒間くらい、潜っただろうか。セレイツがめぐみを横抱きにして、泉から上がる。

 あまり長い時間ではなかったことに安堵したのもつかの間で、めぐみは恥ずかしさに顔を赤くする。セレイツはめぐみを横抱きにしたまま、ゆっくりと歩いていった。

 泉の周りには儀式を見守る大勢の人。その中には、国王の姿もある。そしてその横にいるのは、神殿長だ。

 このありがたいお言葉を聞き、今日の儀式は終わる。


 ――って、着替えられないの?


 神殿長が一歩前へ出て、めぐみとセレイツの前へ立つ。すぐにセレイツが膝をつく形をとったので、めぐみもそれにならう。

 めぐみは話が長くないといいなと片隅で思いながら、神殿長の言葉に耳を傾ける。


「この地に舞い降りた聖女よ、神殿はそれを大いに喜び、その祝福を守ることを此処に誓おう」


 ――…………。神殿長の言葉に、思わず絶句してしまった。舞い降りてないし。強制召喚されたんですし。


「みなも知っている通り、この地には魔物、魔王が存在し……日々、私たちを恐怖へと陥れる。それを救ってくださるのは、ここにいる勇者と、聖女である」


 神殿長が声を高らかに上げ、宣言をする。

 どっと歓声が起こり、めぐみを中心に拍手の渦が襲う。喜んでもらえてるのはとても嬉しいとは思うが、その分のしかかってくるプレッシャーがめぐみにはとても重たい。

 セレイツは平然とした顔をし、真っすぐに前を見ている。やはり王子というだけあり、様々な儀式や公の場になれているのだろう。


「……めぐみ、立てる?」

「え? あ、はい」


 それから数分で神殿長の話は終わり、セレイツがゆっくりとめぐみの手をとった。気遣うように、優しく手を添える。「寒いよね、あと少しだから」と、自分も冷えているはずなのにめぐみを気にかける。


「この後、神殿からの祝福がある。軽く頭を下げて」

「わかりました」


 めぐみはセレイツにならい、ゆっくりと頭を下げる。

 すると、温かい魔法の光が辺りに降り注いだ。


 ――これが、神殿からの祝福なのだろうか。

 不思議な気分だなとめぐみは思う。しかし幸いなことに、濡れていた服や髪が魔法によって乾いていた。風邪をひいてしまうのではと思っていたので、これはありがたいとめぐみは思う。

 魔法の光全身を包みこみ、そのまま溶けるように消えていった。

 思わず「綺麗」と呟けば、セレイツが楽しそうに笑った。「可愛いね」とイケメン顔で微笑むものだから、耐性があまりないめぐみの心臓にとても悪い。


「神殿からの祝福は、無事に勇者と聖女に与えられた。――よって、2人の婚約が成立したものとする」

「――え?」


 今、神殿長は何て言ったのか。

 めぐみの口から小さな疑問が漏れる。婚約、と。確かに、神殿長はそう言った。それはめぐみの耳にしっかりと届いており、間違いは無いと思う。


 ――というか、婚約なんてセレイツさんに申し訳ないと思う以外にないよ……。

 聖女だから、特別措置なのだろうか。でなければ、一般の女子高生であるめぐみが王子の婚約者になるわけがないのだから。

 そもそも、日本人のめぐみにとって恋愛結婚以外は考えられないのだ。もちろん、セレイツのような素敵な人と恋人になれたら幸せだろうとは思うけれど。


 ――とりあえず、すぐにこのよくわからない婚約を取りやめてもらわないと。


「セレイツさん……」

「うん?」


 顔を上げてセレイツさんを見れば、優しく微笑まれた。

 儀式などに不慣れなめぐみを気遣ってくれていることは、もちろん嬉しい。けれど、今のめぐみはそれどころではないのだ。

 婚約に関することを訂正して欲しいと、セレイツに伝えようとした。


 しかし、次の瞬間。

 めぐみはセレイツに口づけられた――……。

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