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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あだ名に追悼を込めて

作者: 高岩 唯丑

 私が自分の異常さを自覚したのは十一歳の頃。理由は覚えてないがクラスメイトの女の子を怒らせてしまい、激しく責られていた時だ。相手の娘は私が謝ろうとせず、ただ怯えて小さくなっていたのが気に食わなかったのだろう。掴みかかってきたのだ。私としてもそこまでされて、怒りを感じた。そこに当然のように殺意がわいて。

 気づくと私がその娘に馬乗りになっていた。

 そこからの記憶が一番鮮明に残っている。

 私はその娘の首を両手で絞めたのだ。

 とても高揚した。感じたことのない興奮。こぼれ出る笑み。

 その時、始まったのだ。



 まだ窓の外は明るくなりはじめたばかりだ。夢……なのかわからない、けどそれのせいで目が覚めた。辺りを見てみる。少しの明るさで何もないこの部屋はすべてが見えてしまう。何かに関心を、情熱を向けないのか。私の様に。今までの行いを思い起こし体の奥がジンッとする。

「いい気分だよ」

「ん……気分?」

 私の隣に裸で寝ていた女、カナがけだるそうに身体を起こして、微笑んだ。ショートの茶髪にナチュラルなメイク。スッピンでもいいじゃないかと思ってしまうほど、肌が白くて綺麗。自分のボサボサで真っ黒な髪や綺麗でも白くもない肌と比べると天と地ほどある。

「最近、私も、ずっと嫌だった事が無くなって……それに昨日の夜、最高だった、女同士も意外と」

「そうじゃないよ、今からの事を思うと、だよ」

 カナの頬をそっと撫でる。

「えっち、まだする気?」

「そんなもの、比べようもない……事」

 枕もとに置いてあったウエストポーチに手を入れる。

 ずっと抑えていた高揚を、興奮を表に出しながら、それを引き出しカナに突き付けた。

「な……に、モデルガン?」

「見ての通りリボルバーの拳銃、本物だよ」

「い、意味がわからない」

「意味か、報いってやつかな、悪い事してたら覚悟しておかないと、いつかこういう時がくる事をね」

 狭い部屋だ。意味がない。それをわかっていてもそうするのか。カナが逃げようと少しずつ距離をあけていく。

「待って……仕返し?」

「違うよ、私はただの快楽殺人者"銃弾"今は訳あって悪人しか殺さない」

 殺人を犯す、その瞬間が近づいて、つい余計な事を口走った。最近私のバックアップを申し出てくれた娘の怒った顔が浮かぶ。慎重な性格だから余計な事を喋ったとわかればそうなる。

「あくっ……悪人……仕方が、なかったんだ!」

 つい笑みがこぼれる。腰が砕けそうなほどジンジンとしてきた。

「私は……あなたがどういうつもりだったか知らない……ん、興味ないし」

 引き金を絞る。徐々に撃鉄が引き起こされ、気持ちも絶頂に達しそう。

「はぅ……もういいよね、イキそう」

 確実に当たるように距離を詰める。カナが壁に追い込まれペタンと座り込んだ。

「ちょっ、話しを」

「ばいばい」

 私は引き金を引いた。



「また同じ犯人でしょうか」

「……多分二件目と考えていいだろう」

 眉間を押さえながら前原班長は答える。朝から殺人現場はベテランにもキツイ。

「"銃弾"の殺人……また」

 つけられた戒名から犯人の通称は自然とそうなった。その人物の犯行。

 某所マンションの一室。刑事達の真ん中に全裸女性の射殺死体が横たわっている。私はその遺体に手を合わせた。若いのに、私と同じくらい。それに同じ女性だからよくわかる。亡くなってたって裸は嫌だ。なんでこんな。

「佐伯、被害者の身元は?」

 佐伯さんは自分のメモ帳を取り出して答える。

「名前は水貝佳奈、23歳、無職、ヤクザの下っ端である大橋洋介という男と恋愛関係にあり、薬の売買を手伝っていた模様です」

「その大橋洋介の所在は?」

 少し申し訳なさそうにしながら佐伯さんが答える。行方不明と。

「ナナ、大橋洋介の件、どう考える?」

 前原班長が私を試すように問う。新人の私にできるだけいろいろな事を経験の為に振る。それが前原班長のやり方だ。見当違いの答えなら矯正指導が行われる。そうやって刑事の考えを育てるという事らしい。緊張する。

「大橋洋介はもう"銃弾"に殺害されている可能性が高いと思います」

「なぜそう思う」

 前原班長の目が厳しくなる。見当違いだったか?

「水貝佳奈が"銃弾"に殺害されたのなら主犯に当たる大橋洋介も殺害するはずです」

「なぜ主犯も狙う?」

「前回の殺人と今回の殺人から悪事を行っている者に罰を下しているように思えるからです、手伝っていた人間を殺し主犯は殺さないのは不自然です、それに……」

「なんだ」

「これは勘ですが水貝佳奈はついでに殺されたような気がしてなりません」

 少し間をおいて前原班長が口を開く。

「勘は置いておくとして、悪くないな、皆もどうだ、違う線を考えた者はいるか」

 異論を唱えるものはいない。よかった。

「さてまずは大橋洋介の所在確認を最優先に」

 前原班長がその場の刑事達に喝を入れるように重い声を出す。

「行くぞ」

 男達は一斉にはいっと声をあげる。私も負けないように思いっきり声をあげた。



 私にとって殺人は生きるのに不可欠なのにそれだけでは生きれない。とても不自由だと思う。空腹に耐えつつアジトとして使っている廃墟に戻る。殺人をする時はいつも食事を忘れてしまう。高ぶって気づかない。正直、面倒くさい。

「遅かったですね」

「心配した? "猫"」

 パソコンの前で仁王立ちしている銀髪少女"猫"を茶化すように問いかけた。

「えぇ心配しましたよ、あなたがこれ以上勝手な行動しないかを」

「勝手? 私は自由な殺人鬼だよ、勝手も何もない」

 大きなため息をつきながら"猫"が椅子に腰掛け、睨む。幼い顔立ちに似合わない鋭い目がさらに怖い感じになる。私より少し小さいだけなのに何か重みがあった。

「約束を忘れたのですか」

 そう言って肘かけを少し強めに叩き右手に付けた二個のミサンガを揺らした。

「支援をするかわりに"猫"の指定する悪人しか殺さない」

「そうです」

 鋭い視線を私に向けてくる。とても怒っている目だ。

「私が指定したのは大橋洋介のみだったはずです……なぜ水貝佳奈まで殺害したのですか」

「彼女も覚醒剤を売っていた、立派な悪人だ」

「ちがうっ、彼女は無理矢理、手伝わされていたのかもしれないのですよ!」

 "猫"は拳を震えるほどに握りしめ、振り絞るように言う。

「真っ当に生きようとしていたかもしれない、今後の行動で見極めるつもりだったのに」

「ふふ、我慢出来なかったから」

 あの子はよかった。男なんかより女の子の方がいい。思い出すとあの時の興奮が顔に出てしまいそうだ。

「何笑ってるのですか……このヒトデナシ」

 殺されかねないほど睨まれている。まだまだ死にたくはないし、この待遇を無くすのはおしい。私は"猫"に擦り寄って頬を撫でる。

「怒らないで、私、捨てられたら困っちゃう」

「いつかあなたには裁きがあるはずです、それまではあなたにはいてもらわないと困ります」

 "猫"が私の手を払いのけ、立ち上がる。

「あなたの様なヒトデナシも……私のようなクズもこの国にはいらない」

 私に背中を向けて言葉を発する。どんな顔をしているかわからない。

「私が……変えるんだ」

 その背中が涙を我慢する様に少し震えた。



 "猫"に出された食事を食べ自室に戻る。衣食住はすべて"猫"に世話をしてもらっていた。お金も望めばある程度渡してくれる。それでも多くは望まない。だから部屋は何もなく無機質だった。一番奥に牢屋にあるようなパイプのベッドがあるだけ。ベッドに腰掛けカラダを倒す。

 殺人衝動を自覚した日、高揚が、興奮が覚めた時、私は愕然とした。他の子と私が違うという事を。私は同時に自覚した。酷く歪んでいるという事を。

 それでも初めての殺人はすぐだった。首を絞めただけであれだけの快楽になったんだから、続きをすればもっと。

 その予想は的中して、殺そうとした時、気持ち良さがどんどん強くなり、殺した瞬間はとても強烈な快楽が一気に全身に広がって。終ったあとはしばらく身体が痙攣して動けなかった。

 それからは殺人をしないと気が狂いそうなほどの欲求不満が襲ってきた。でも誰かを殺したあとは決まって歪みを自覚した。世界の摂理から大きく外れてしまっているという疎外感。どっちを選んでも苦しい。好きでこうなったわけじゃないのに。

「……助けて」

 私はいらない人間。死んだ方がいいのに怖くて、あの快楽がまたほしくて、自分を殺せない。生きてる価値が無いのに。



 いつの間にか寝てしまっていた。少しけだるく感じる身体を起こす。

「夕方……か」

 ちょっといい感じの夕方。ふとブラブラとしたくなり部屋から出た。

「ちょっと出かけてくるよ」

 私は"猫"に声をかけた。だがパソコンに夢中になってこちらには気づかない。正直お互いの所在を心配し合う仲ではない。

「まぁいいさ」

 飼っている猛獣にちゃんと首輪をつけてないのが悪い。

「猛獣って……カッコつけすぎ」

 自嘲気味に苦笑して私は外に出た。



 刑事課オフィス。まだ座りなれていない自分の席で聞き込み他時に取ったメモをまとめながら事件について考えていた。

 新たな"銃弾"の殺人が発覚した。大橋洋介が遺体で見つかったのだ。過去の殺人で検出された線条痕が今回も一致。そして犯人の物と思われる指紋や毛髪等が見つかった。ただし他の現場でも見つかっているため重要だが新しい証拠ではない。

「隠す気がまるで感じられない、でも周辺の防犯カメラにはそれらしき人物がまったく映っていない、目撃情報もまったく」

 運がとてもよく、たまたま姿をさらさずに済んでるのか。協力者が居て情報がもたらされているのか。都会ではないこの土地なら目撃情報だけ気をつければ逃げつづける事はできるかもしれないけど。ため息を付きながら私は座り治す。

「よう、ナナ、どうだ?」

「佐伯さん」

 私が挨拶のため立ち上がろうとすると佐伯さんが「そのままでいい」と制止した。座ったまま「お疲れ様です」とだけ言って質問に答える。

「だいたいまとめる事が出来ました」

「そうか……まずは考えもメモもその場で完成させられるようにならないとな」

「申し訳ありません……着いて行くのに必死で」

「ははっ、それが普通だ、でもちゃんとやっとかないと山の様な書類を書く時に泣きをみるぞ、書くものがいっぱいあるからな、覚悟しろぉ」

 佐伯さんは笑いながらそう言うが笑えない。それでもなんとか苦笑を捻り出した。

「ところで特別捜査本部は? なぜこの事件はできないんですか?」

「質問か……逆に聞こう、通常ならどうしたらできる?」

 特別捜査本部。実は良く知らない。漠然と大きな事件が起こったらだと思っていたけど、そんな単純なんだろうか。"銃弾"の事件では何かたらない?

「……通常は重大事件が起こったら、だと思います」

「置きにいった答えだな」

 佐伯さんがニヒヒと意地悪な笑みを浮かべる。間違いじゃないけど具体的でもなかった。すいません、少し恥ずかしく思いながらそう口にする。

「事件に大きいも小さいもつけたくないが基本的に小さい事件、泥棒とか、傷害とか、そういう事件、あとは殺人でも現行犯逮捕できた場合や犯人が明らかな場合は特別捜査本部はできない」

「現行犯は分かりますが、明らかでも捕まってないなら」

「そう、犯人が明らかでも犯人逃走中だと捜査本部ができる、ちなみに不明な場合もだ」

「では"銃弾"の事件はなぜ……」

 今の話しからだと特別捜査本部ができてもおかしくないはず。頭が混乱してきた。

「捜査本部っていうのは県警が決め、県警の人間を送ってくる、でも今、うちの本部様は他に手一杯らしい」

「なっ、そんな理由で」

「人員調整中だそうだ」

 人が死んでるのにそんな。

「質問タイム終わり、それでだな、前原班長に何か言われたか?」

「え? なにも……というか会ってないです」

「そうか……連絡がつかんが……まぁいい、朝頃、前原班長に言われたんだが今日はナナを定時で帰してやれって」

「え……どうして」

「悪い意味じゃない、優しさだ」

「優しさ、ですか」

「そ、まだまだ守る対象で頼る相手と認識されていない」

 的確な指摘。そういう優しさを向けられるのは悔しい。

「そういう顔できるのは成長できる証だな」

「あっ……すみません」

 険しい顔。たぶんそんな顔だった。でも成長できる証と言われて幾分かマシになる。

「いいさ、噛み締めて帰れ」

 佐伯さんがオフィスの出口に向かって歩いていく。そのうち帰らないでくれって言われるようになってやろう。悔しいけどまだ私は女の子。まだ優しく大事にされる存在。



 この街は発展はしていないけど田舎でもない。悪い奴もそこそこいるけど治安は悪いと言えない。けど良いとも言えない。なんとも中途半端な、良く言えば普通の街。

 この街に"猫"が留まってる理由はなんだろ。世直しのつもりならもっと大都市でやった方が効果的に思える。そんな疑問を聞いたことがあったけど。

 銃弾はただ狙った人間を貫いてください。

 そう言われて終わりだった。

「まぁいいか」

 私も自分の不安定な精神について話していない。話す気もないし、隠し事なしで全部話されたら、こっちも話さなければならなくなる。これぐらいでちょうどいいか。

 考え事をしながら歩いていたら暗くなってきた。全く街を見ていない。逃走ルートとか殺人をしやすい所を常に探して把握しておけば、いろいろ役立つと思っていたけど。

「……無駄になった」

 これから見て廻る気になれず、帰ることにする。来た道を引き返すように戻ろうとしたその時、目の前に手を伸ばして驚いたように女の子が立っていた。

「……君、だぁれ?」

「けっ……けして怪しい者ではっ」

「怪しいよ」

 女の子は慌てながら持っていたビジネスバックに手を突っ込む。パンツスーツにポニーテールを揺らして、バックの中を引っ掻き回す。それを見てると、とてもおっちょこちょいに見えるが、声は芯がしっかりしてそうに聞こえる。子供っぽい顔つきに身長はそれなり。いろいろ観察しているとやっとの思いでバックから何かを取り出した。それを開いてこちらに向けてくる。

「警察ですっ、稲凪七重と申します」

 刑事だったのか。あまり嬉しくない相手と会ってしまった。

「ん? いななな?」

「いななぎ、ななえ、呼びづらいですよね、同僚からはナナって呼ばれてます」

「ふぅん、安直」

「えっ……そう言われても」

 シュンと小さくなるナナ。手帳を出すのに戸惑ってたし、まだ新人かも。そう思うと可愛く思えてくる。すこしからかってみたい。それから離れよう。

「じゃあ"な"が四つだからヨナナ」

「ヨナナって何ですか! 普通にナナでいいじゃないですかっ」

「いやよ、ヨナナ、ヨナナ」

 もぉっ変なあだ名つけないでくださいっ。そうヨナナが軽く怒って迫ってくる。私は早足くらいに走って逃げ出した。

「ヨナナが襲ってくる、捕まったらえっちな事されちゃうよ」

「ちょっ、変なこと大きい声で言わないでくださいっ」

「だってさっき後から抱き着こうとしてたよ」

「してません! 声をかけようとしただけですっ」

「ナンパ?」

「違います!」

 もぉっ、と言いながら追い掛けてくる。しつこいよ。ついて来るなんて。

「女の子一人で物騒って思ったから声かけようとしたんですよ!」

「物騒?」

 つい立ち止まって聞き返してしまう。

「知らないんですか? この近辺で起こってる殺人事件」

「あぁ、殺人か」

 自分が起こしてるのだから警戒もしていなかった。二人も殺した"銃弾"がここにいる。確かに物騒だ。ちょっと面白くて少し笑ってしまった。それを見たヨナナが不審そうな顔になる。

「何笑ってるんですか、本当に危ないですから」

「ふふ、ごめん、わかったよ」

「あなたは危機感に欠けてます、家までご一緒させてもらいます」

「送らせておいて礼もしない気か、ぐへへってする気?」

「そういうことばっかりですね……もぉ」

 ヨナナがため息をついた、と思ったら急にあっと声をあげる。

「すいません、かなり馴れ馴れしくしてしまって、初めて会ったのに」

「ふふ、気にしないよ」

「すごく自然に自分が出せた気がしました……まだ名前聞いてなかったですね」

「名前かぁ」

 何と言おうか。まさか銃弾なんて言えないし。私は考えながらゆっくり歩き始める。

「何ですか?」

「じゅうこ、柔らかい子で柔子」

 単純な名前だけど悪くない。

「あとは秘密よ」

 クスクス笑うとヨナナが不満そうな顔をこちらに向ける。

「意地悪ですねっ」

 少しだけ怒った顔をしてからヨナナは笑いはじめる。それから二人でしばらく笑ってしまった。



「もうこの辺でいいよ」

「あ、はい」

 寂しそうにヨナナが返事をする。いろいろ話して私も楽しかった。

「あの……もう少し話しませんか?」

 いいよ。そう答えてまたゆっくり歩きはじめる。

「実は私、正義感が強くてみんなに煙たがれて……子供の頃それで失敗したんですけど」

 ヨナナはへへと笑いながら続けた。

「その時の事がトラウマになって余計に正義感を加速させて……私はズレて歪んでしまってるんです、だから……同世代の友達がいないんです」

 トラウマ。その言葉が妙にひっかかる。それに歪みって。私にも覚えがあった。あの時からずっと割れた鏡みたいにズレて歪んで。

「歪んでる……私も……だよ」

「やっぱり似てる」

 でも全く似ていない。殺人鬼と刑事。快楽殺人と正義感。正反対……のはずなのに。なのに共感してしまう。同じ所に立って反対の方向を見つめてるような。

「友達に」

 二人で同じ事を言ってしまった。見つめ合って可笑しくなって。二人でまた笑った。

「さっそく携帯番号教えてください」

「いいよ」

 お互い愛用携帯を取り出す。ヨナナは最新のスマホ。私はガラケーだった。

「スマホじゃないんですか、今時ガラケーって」

「単純だから故障も少ないよ」

 確かにと苦笑しながら携帯の番号を表示した。それを私は自分の携帯に打ち込む。一度電話をかけて登録を終えた。

「これで登録数二件だよ」

 アドレス帳を開いて見せる。登録されてるのは"猫"とヨナナだけ。

「猫? あだ名ですか? それにヨナナって登録されてるっ」

「本名より面白いよ」

「そんなじゃあアドレス帳に変な名前ばっかりならんじゃいますよ」

 ヨナナはどうなの、ちょっと見せてよ。そう言いながら迫ろうとした。その時、ヨナナの携帯が鳴りはじめる。

「すいません」

 そう断って電話に出ると通話相手の声が聞こえてきた。聞き取れはしないけど相当慌てているみたいだ。それからすぐにヨナナが青くなってくる。

「すぐ……行きます」

 それだけ言うと電話を切って私に頭を下げた。

「すいません……もう行きます、気をつけて」

 私の返事を待たずに走って行ってしまった。

「何かあったか」

 走り去って行ったヨナナの背中を少しだけ見送るとアジトに向かって歩きだした。不思議な感覚だった。歪んでズレた私に友達ができるなんて。私が一人で立っていると思っていた背中に立ってる人がいるなんて。

「……なんで共感したんだっけ、なんで……こんなにあの子を、お互い歪んでるって思ってるから? それだけじゃあ」


 ナナエ痛いよ!

 悪い子は叩かれるの! お約束守れないのは悪い子!

 やめてナナエ! 私悪くないもん!

 きゃっ! 何するの……


「いななぎ、ななえ」

 あの子の名前だ。私の始まりの出来事に巻き込んでしまった子。ヨナナはあの子だったんだ。そして私があの子を変えてしまった。トラウマを与えてしまった。

 それに……自分勝手だけど私を助けてくれるのはきっとあの子。

「会いたい」

 今別れたばかりだ。電話をかければすぐに。私は携帯を開く。電話をかけようとした。しかし、突然"猫"から電話。こんな時に。煩わしい思いに一瞬指が止まりながらも通話ボタンを押した。

「……なに」

「次に殺して貰う相手が決まりましたので」

「あ、あぁそう、だぁれ?」

「警察官の稲凪七重です」

「は?」

「わかります、聞き取りづらいですよね、いななぎ、ななえ、です」



 病院の廊下。静まり返っている場所。そこを吐きそうになるのを無視して走ってきた私は佐伯さんを見つけてほとんど叫んでいる様な声をあげた。

「前原班長が亡くなったって、本当なんですか!」

「あぁ」

 肯定の言葉と同時に体の力が抜けて崩れ落ちるように床へ座り込む。

「な……んで」

 手で顔を隠すように覆って佐伯さんが口を開く。

「拳銃で撃たれたんだ、その銃弾を無理言って一番に調べてもらったが」

 髪をグシャッと握りしめながら言葉の続きを言った。

「"銃弾"の線条痕と一致したと連絡があった」

「そんな……殺されるのは……悪人……だけじゃ、それとも」

「……それから"銃弾"の凶悪性と現役警察……」

「佐伯さんっ」

「なんだ」

「なんで、前原班長が悪人じゃないってはっきり言ってくれないんですか」

 佐伯さんは大きくため息をつく。

「考え方によっては悪人と呼べるかもしれない」

「なぜ、です?」

「詳しくは知らない、前原班長が東京の所轄にいた頃、ミスを犯した、そのミスで金子という夫婦が殺され、殺した犯人はその場で自殺、夫婦の娘は無事だったみたいだが結末としては最悪だ、それで前原班長はこっちに異動してきたらしい」

「そんな事で悪人なんて」

「とんでもないことだ、悪人と言える」

「そ……んな、うっ」

「とにかくだ、拳銃携行命令が出た……おい、聞いているか」

「うっぐっ……うぇっ」

 止めようとしても涙があふれてくる。どうして前原班長が。

「稲凪七重! しっかりしろ! それは犯人をあげた後だ!」

「うっ……う、は……い」

「前原班長は霊安室だ、挨拶に行ったら、署に戻る」

 佐伯さんに腕を持ち上げられ、立ち上がった。まだ体に何かが重くのしかかっているように感じる。涙もこぼれてしまいそうなほどあふれてくる。

「ここだ」

 目の前の扉が開かれる。

「さ……えき……さん、自分で……立てます」

 部屋の中は涙でほとんど見えない。言葉を出したら感情があふれてしまいそうで何も言えない。でもそれでもいい。警察官としてすべき事だけはできる。それだけで。

 敬礼。



「なんで……理由は」

「理由? 今までそんな物を気にしていなかったではありませんか」

 電話越しでも分かるほど"猫"の声に不信感が帯びた。

「水貝佳奈は何も気にせず殺したじゃないですか」

「水貝佳奈は更正の可能性があるからと殺そうとしなかったじゃないか」

 電話の先は無言になり電気の音みたいなのが耳障りに聞こえてくる。

「友達だったんだよ、昔の」

「……何、人間みたいな事を言ってるのですか」

 ヒトデナシ。殺人鬼。人間ではない何か。私はきっとそんなもの。殺す事が快楽でそれを抑えられなかった。好きでこうなった訳じゃないけど、それは言い訳で。でも。

「守りたいって思った、人間になれるチャンスなんだよ」

「ワガママで最低です、もうあなたはいりません」

 "猫"は少し間を開け、とても冷たい声で言った。別人に変わったように。

「すぐに"銃弾"は替わりをたてますので、あなただけ大事な人を奪われないなんて不公平ですから」

 電話が静かに切れる。少しの間、電話が切られたことに気づけなかった。言われた事が理解できなかった。

「ヨナナが……危ない」

 私は走り出していた。



 署の会議室に前原班の面々が佐伯さんを中心に集まっていた。

「ナナ、シャンとしろ」

 佐伯さんが私の背中を強く叩く。その通りだ。みんな前原班長が亡くなったと聞いてすぐに初動捜査に動いた。私だけが何もしていない。

「こんな時でもいつも通りだ、みんなも再度、心してくれ」

 全員の返事が重なる。私だって。

「はい!」

「よし、まずナナはまだ状況は知らないな?」

「聞いてません」

「わかった、前原はん……いや前原隆は鳥公園で十四時頃、拳銃で撃たれた、全員に言ったが線条痕が"銃弾"の物と一致した」

「前原、さん……は何をしてたんですか?」

 全員の顔を見渡す。誰もわからないといった感じだ。前原班長はたまに単独行動をする人だった。基本的になにも言わずにいなくなる。何となく聞けなくて何をしてるか知らない。今日もきっとそうだったのだ。

「それは考えてもしょうがない、聞き込みはどうだった」

 捜査員の一人が口を開く。

「通行人数名が黒髪セミロングの小柄な人物が走り去るところを目撃しています」

「目撃情報があったか」

「はい、それからその人物が向かった方角にあった防犯カメラに姿が映っていました、これがその映像の切り取りです」

 顔は見えないが目撃情報通りの人物が写った写真。今までまったく姿を見せることがなかったのに。やっと事件が進展する。ただ、それは嬉しいけど、なぜ今回は目撃情報があがる様な方法を選択したんだろう。どうしても必要な事だったから?

「どうした、ナナ」

「気になることがありました」

「今回の犯行で目撃情報があがった事か」

「はい」

「確かに不自然さはある、わざと見つかった様な」

 でも、人物像の手がかりがこれしかない。今はすがるしか。

「ここで考えてても始まらん、目撃情報を信じて話しを進める」

 一瞬、話しが途切れた所に前原班、最年長の渡来さんが手をあげる。

「佐伯さん、ちょっといいですか?」

 控えめでも声を上げれば皆が注目した。自分はリーダーよりサポートが得意だからといつも一歩さがって全体を見渡してフォローする。そんな縁の下の力持ちだ。

「何でしょう?」

「実は……一件目の被害者の情報で前原さんに口止めされていた事があります」

 その言葉に一瞬ざわつく。

「一件目……遺留品をネットで売りさばいていたが一年くらい前にそれが発覚し、退職となった元警察官、杉山鉄郎ですね」

 少し嫌な気分になりながら私は補足をする。猟奇マニア等が遺留品の本物を欲しがるため高額で取引される。そのため、現役の警察官が書類を偽造したり改ざんしたりして持って行ってしまうのだ。一件目の被害者もそんな犯行を繰り返して、それが発覚。退職していた。警察官にあるまじき行為。

「口止め……ですか、何を?」

「十年前、杉山鉄郎は前原さんの直属の上司だったようです」

 佐伯さんが少し考える素振りをして口を開く。

「口止めするような事に思えないですが、理由は聞きました?」

「教えてもらえませんでした」

「そう……ですか」

 前原班長は何を隠していたんだろう。秘密で単独行動したり、捜査情報の口止めしたり。悪い事に関わっていた可能性が頭をよぎる。

「新しい情報は他にないか?」

 ほとんどが申し訳なさそうに首を横に振る。目撃情報、それと前原班長と杉山鉄郎の関係性だけが新しくわかっただけだ。

「やっと……特別捜査本部がうちの署にできる」

「これで大規模な情報収集ができますね」

 私は希望が見えた気がして少し嬉しくなる。ただ、みんなの顔色は複雑だった。

「ナナは知らないんだったな」

「え?」

「捜査本部は県警から人が来て所轄と県警でペアを組む事になる」

 連携をとるのが難しくなりそうだけど。

「それぐらいなら私は」

「……対等に扱われると思うか?」

「え? 協力して捜査にあたるんじゃないんですか?」

 佐伯さんが少し苦笑して難しい顔になる。

「悪いと案内兼運転係として扱ってくる」

「ましてや僕たちの手で解決なんて……主導権はあちらですから」

 佐伯さんの言葉を渡来さんが引き継いでそう締めくくった。

「そんな、同じ目的なのに」

「でもな、俺達にも意地がある」

 全員を見渡して力強く言葉を続ける佐伯さん。

「捜査本部が出来るまでに解決してやろう」



「ヨナナッ、なんで電話に出ない!」

 何度も電話をかけているけど呼出し音だけが鳴りつづけるだけ。もうすでに誰かに襲われて逃げてる最中じゃないよね。

「警察署に行けば」

 でもいきなり行って会わせてくれって言ってもきっと無理だよ。

「自首して……ヨナナにしか喋らないって黙ってれば」

 腰に付けたウェストポーチの中の拳銃が急に重い様な気がした。こんなにも重い物だったかな。私はこんなにも重いものを持ってたんだ。

「行こう」



「佐伯さん!」

 会議室を出て捜査に向かおうとしていた前原班の前に慌てふためく制服警官があらわれた。かなり焦っているように見える。

「稲凪七重さんという捜査員がこの班にいると聞いたのですがっ」

「え? 私ですけど……」

「あっ、よかった、一緒に来てもらえますかっ」

 返事も聞かずに連れていこうとする制服警官を佐伯さんが止めにかかった。

「おいっ、まて、事情を話せ、事情を」

「あっ、申し訳ありません!」

 慌てた表情をしていた制服警官が立ち止まり神妙な顔付きになる。

「"銃弾"と名乗る女が自首してきました、稲凪七重にしか喋らないと言っています」



 取調室。すごく無機質で冷たい所だと思う。机があって向かい合うようにイスが置かれていて。霊安室にすごく似ている様に感じるのは少し前に入ったからかな。あの時と同じぐらいの喪失感が今、広がって手足の先が痺れてしまいそう。

「柔子」

「ヨナナ」

 友達になった女の子が並べられたイスの奥側に座っていた。犯罪者だと名乗って。

「よかった」

 柔子はとても安心した顔になる。

「ヨナナは命を狙われているよ、気をつけて、それが言いたかったんだよ」

「どう……いう」

「私の協力者がヨナナを殺せって、それで断ったら別の人間に殺させるって」

「違う」

 そんな話どうでもいい。そんな事より。

「あなたが……"銃弾"なの?」

「ごめん……そうだよ」

 そう言って力無く笑う柔子。この子が殺したんだ。みんなを。あの所持していた本物の拳銃で。そして前原班長を。

「これが私の歪みだよ」

 歪み。柔子が言いにくそうに言葉を続ける。

「その歪みにヨナナを巻き込んだ」

「巻き込んだ?」

「ヨナナが言っていたトラウマの原因……私なんだよ」

「え?」


 横入りはいけないんだよ!

 ナナエうるさいよ

 先生とお約束したでしょ!

 忘れたよ、そんなの

 なんでいつもそうなの! サクラ!


「佳川……桜?」

「そうだよ」

 私の首を絞めた子。嬉しそうな笑顔で。いや嬉しそうなんて爽やかな物じゃなくて。もっと怖い笑顔だった。その顔がずっと悪い人と重なって。

「あの時から、やり直すよ」

 桜が立ち上がって近寄ってくる。そして、私の首に手を絡ませてそのまま壁に押し付けられた。桜のあの時の笑顔が重なって見える。怖い。

「や……めて」

「私も乗り越えるよ、だからヨナナも」

 首に絡まった手に力が入る。でもその瞬間、桜がビクッと震え、手を緩めた。それを何度も繰り返す。戦っているの?

「おい! 何してる!」

 そう怒鳴り声をあげながら外から様子を見ていた佐伯さんが飛び込んできた。助かった。早く助けて。でも……それじゃあ、あの時と一緒?

「佐伯さん! 待って……ください」

「それでいいよ、自分で払いのけないと」

 そうだ。払いのけるんだ。あの時の怖い笑顔も一緒に。今。

「離して!」

 力一杯、桜の体を突き放した。悪い人に張り付いていたあの笑顔も一緒に。重なって見えるあの笑顔を見たくないから犯罪者を捕まえるなんて、もうそんな事はしない。苦しむ人の笑顔のために。

「佳川桜、あなたを逮捕します」



「何だったんだ」

 佐伯さんが今の桜と私のやり取りを見て複雑な、どう反応していいか分からないといった顔になっていた。周りから見れば意味不明。でも私達には重要な事だった。

「痛い、机に激突したよ」

 桜がよろよろと立ち上がるのを支える。ここで本当の事は言えなくても言い訳はしておかないと桜の罪がさらに重くなっちゃう。

「佐伯さん、今の事は無かった事にしてもらえませんか、佳川桜の先ほどの行動は抵抗したとか危害を加えようとした訳ではありません」

「うぅん、しかしなぁ」

「お願いします」

 私は頭を下げる。私のためにしてくれた行動で桜が悪く思われるのは嫌だ。

「……事情が飲み込めないが、俺の早とちりとしておこう」

 そう言って怖い顔になり桜を睨みつける。

「運がよかったな、行動には気をつけろ、俺の部下に危害を加えるなら容赦しない」

「わかったよ」

 少し空気がぴりっとした。私は二人の間に入るように立ってから桜を奥の席へ誘導して座らせる。

「取調べを始めるぞ」

 出入口側のイスに佐伯さんが少し乱暴に座るのを見て私はその隣に立つ。気持ちが一新されたような気分がする。さっきの騒ぎから気持ちが楽になった。取調べは張り詰めた真剣な気持ちでいるべきなのに。桜はそんな表情をしている。

「後悔してるって顔じゃねぇな、"銃弾"、ふざけてるのか」

「ふふ、今、気分がいいんだよ」

「ちっ、まぁいい」

 少し言葉が途切れた。区切りの様にも思える間の後、佐伯さんは言葉を続ける。

「まず確認だ、お前は杉山鉄郎、水貝佳奈、大橋洋介、前原隆を所持していた拳銃を使用して……」

「ん?」

 言葉を遮って桜が声をあげた。不思議そうな表情で私の方を見つめる。

「どうしましたか?」

「あの拳銃で殺したのは水貝佳奈とその彼氏だけだよ」

「おい、いい加減な事言うな、お前の毛髪と指紋の照合すればすぐ分かるぞ」

「いい加減も何も本当の事だよ」

 二人だけ? そんな嘘つく意味がない。自首は私に危険を知らせるためだけとして、なら全員殺してないって言えばいい。二人が言い争いをする中、色々な事が頭を巡る。

「これは四件目の現場付近の防犯カメラ映像を切り取った写真だ」

 佐伯さんが写真を取り出して机に叩きつける様に乗せる。さっきも見た写真だ。背格好は桜にしか見えない。その写真に桜が右手を伸ばした。

「……あぁぁっ」

「おぉっ、ナナ、急にどうした? ビックリしたぞ」

 もしかしたらそうかもしれない。取調室に入って桜を見た時に気づけたはずなのに。

「ねぇ、桜、アドレス帳にあった猫って仲間の事?」

「うん、仲間というか協力者だよ」

「なっ、仲間? どういう事だ、ナナ」

 仲間でも協力者でもどっちでもいい。そんな事より。

「猫って名前は桜が勝手につけた? 本人がそう名乗った?」

「おい、ナナ? なん……」

「佐伯さんっ、ちょっと、黙ってて、もらえますかっ」

「へ、は……はい」

 改めて桜に向き直る。

「どうなの? 桜」

「あ……あぁ、名乗ってたよ」

 桜はチラチラと佐伯さんの方を見ながら答えた。大事なのに。真剣さが足らない。

「桜、ちゃんと答えて」

「え……あ、うん、猫って名乗ったよ」

 自分から名乗ったのなら可能性はある。なら。

「あの拳銃はいつどうやって入手した?」

「"猫"からもらったよ……いつだったかは、ちょっと覚えてない」

「なんで覚えてないの!」

 大事な事なのに。つい高まって机を叩いてしまう。

「ナ……ナナ、一回落ち着いて」

「佐伯さんは黙っててください!」

「はっ、はい……すいません」

 いちいち中断するのが煩わしい。欲しい情報さっさと揃えて考えをまとめたい。桜はまたよそ見してるし。

「よそ見しない! 聞き方を変える、拳銃をもらったのは出会ってすぐ? ある程度時間が経ってから?」

 佐伯さんの方を見ていた桜がビクッとしながら答える。

「はいっ、出会ってしばらく経ってからです」

 やっぱりタイムラグがある。確実ではないにしろ可能性は高くなった。あとは証拠。会えば本人からたぶん採れる。でも時間が経過しすぎればアウトだ。

「ナナ、さっきからどうしたんだ」

「時間がありません、早急に確認しないといけない事がありますが」

 絶対とは言えない。でも迷ってこれ以上時間をロスする訳にいかない。

「私達は騙されていたんです、"銃弾"はもう一人います」



 お墓が広がる墓地。昼近い朝にその一つのお墓の前で手を合わせている人物がいた。その人物はお祈りが終わったのか、目を開けて遠くの方を見つめた。

「報告は終わりましたか?」

 私が声をかけると表情を変えずに「まぁ」とだけ言った。

「お話がありまして、お邪魔しています、私は警察の稲凪七重と言います」

 スーツの内ポケットから出した警察手帳を控えめに示してすぐ元の場所にしまう。

「なんとお呼びすればいいでしょう、金子優里さん? それとも"猫"さん?」

「どちらでも好きな方で」

 優里はため息を一つ挟み言葉を続けた。

「やっぱりこうなりましたか」

「やっぱりとは?」

「……"銃弾"があなたの殺害を拒絶した時点で狙い通りではなくなりましたから」

 力無く微笑む優里。抵抗しようと意思は感じられない。ここが最終目的だったんだ。

「狙いというと"銃弾"が射殺される事ですか?」

「その辺もお見通しですか、私、全然ダメですね」

 自嘲するように優里が笑うと「聞かせてください」とだけ言った。

「三人を殺害し現役警察官もさらに殺害ですから捜査員が拳銃を携行する可能性は極めて高い、だから四件目の時に変装をして目撃され、事前に調べておいた防犯カメラにも写った、その後"銃弾"に警察官を襲わせる、四件目の犯人つまり一連の連続殺人犯と思われる人物が襲って来れば発砲もありえる」

「新人のあなたなら拳銃を使わずに上手く立ち回って解決する、なんて事はできないと思ったのですが」

「私と"銃弾"が偶然にも同級生だったおかげです」

 多分この偶然が無ければ優里の計画通りになっていたと思う。私はまだ未熟だ。

「ところで本題は別にあるのではないですか?」

「はい……杉山鉄郎と前原隆を殺害したのはあなたですね」

「……やはりその話ですか、では証拠は?」

「杉山鉄郎の事件から話しましょう、彼はダイイングメッセージを残していました」

「ダイイングメッセージ?」

「はい、彼の携帯にはメールの下書きが保存されていました、保存された時間は死亡推定時刻付近、絶命する直前に残したんでしょう、内容は"銀髪少女"とだけ本文に書いてありました」

 優里が自分の髪に触る。

「でもそのメッセージはすぐに捜査線上から消えてしまいました、残されていた毛髪は黒でその髪は次の現場にもありましたから、それと前原隆が関係ないと判断したためです」

「そんな事を」

「正直、不思議に思いましたよ、そんな断言していいのかと」

 そのあと私は前原さんをすごいと思ってしまった。三件連続同一人物の黒い毛髪が見つかってここまで見越していたのかと。

「実際その断言は間違っていました、あなたが身代わりにするために仲間へ誘った"銃弾"の毛髪を置いていたからです」

「……なるほど」

「ところで前原隆がなぜ銀髪少女は関係ないと言い切ったんでしょう」

 私はスマホを取り出しブックマークしてあったニュースのページを起動する。

「警察の方にもネットの方にも詳しい情報がなぜかないんですが」

 ネットは概要が分かる程度。警察のデータベースにはそれに加えて捜査員の名前が載ってるくらいだった。不備にも程がある。

「私の知ってる情報からの推測ですが、十年前、金子夫妻が殺害された事件、前原隆と杉山鉄郎はこの事件の捜査に関わっていた、そして前原隆がミスを犯し異動になる、そして現在、杉山鉄郎は殺害され、携帯には死ぬ直前に残した銀髪少女という文字、前原隆はそれであなたの犯行を疑った、動機もあり銀髪はあなたの特徴と一致する、それで庇うためか自分で確かめたくて銀髪少女は関係ないと公言した」

 渡来さんに口止めをしたのも同じ理由だと思う。杉山と自分の関係が明らかになれば十年前の事件が浮上してしまうかもしれない。

「そしてあなたは杉山鉄郎を殺害したあと、その殺害に使った拳銃を"銃弾"に渡した」

 これで説明はできた。ただ優里が犯人だという確固たる証拠がまだ見つかっていないのが痛いところだ。反論する様子がない事に少しホッとしつつ話しを続ける。

「次に前原隆の事件について話しましょう」

 スマホをしまいながら次の話しに移ろうとすると優里が険しい顔になっていた。ほとんど抵抗もなく犯行を認めているように思えたけど。その視線に気づき優里の顔が緩む。

「申し訳ありません、少し……考え事をしていました、続きをお願いします」

「大丈夫ですか?」

「はい、もう少しお手柔らかにお願いしたいですが」

「ははっ、それは難しいですね」

「そうですか、残念です」

 優里が微笑みを見せる。さっき表情は気になりつつ、話しを続けた。

「前原隆はあなたにコンタクトをとったんじゃないかと思います、それで鳥公園で待ち合わせた、そこに変装したあなたが現れて前原隆は殺害される、その時、周辺にいた通行人が銃声を聞いています、それに加えて銃声後に走り去る人物、その目撃情報に一致する人物が防犯カメラに写っています」

 防犯カメラの切り抜き写真を取り出し見せる。

「多分ですが"銃弾"には睡眠薬を飲ませ寝てる間に拳銃を使って、こっそり返したんでしょう、硝煙反応検査をさせてください、それで証明ができるはずです」

 優里が考える素振りを見せる。

「ダイイングメッセージの件もそうですが、私であると証明できるのですか?」

 やっぱりそうなってしまった。私の未熟さが招いた結果。

「残念ながら、銀髪少女をあなたと証明する証拠はまだ見つかってません、でも……前原隆殺害は証明します、私達が解決してみせる」

 そこだけは譲れない。そのために。

「その前に気になっていたんですけど、ミサンガってなんで二つも?」

「……これですか」

 優里は寂しそうな視線をミサンガに送り、大事そうに触る。

「母の形見です、もともと私が作った物を母が、母が作った物を私がそれぞれ付けていましたが母が亡くなった時に母が付けていたミサンガを貰ったのです」

「なるほど……それで片方だけ血痕らしき染みと結び目が二つあるんですね」

「……えぇ、切らないと外せなくて、子供の時の私は外す事なんて考えていなかった」

 予想通りだった。でも少し悲しい。優里が辛そうな表情でミサンガを触る。大事な場面でさえ外せなかった大事な形見を。

「これを見てください」

 持っていた切り抜き写真を見えるように掲げる。

「あの場にいたのはあなたです」

 そこに写っていた人物の手首には綺麗な形のミサンガと痛々しい血の染みがついた……子供が一生懸命作った特徴的で優しい形状をしたミサンガが巻かれていた。



 力無く笑う優里。こんなにも無抵抗で反論もほとんどしないのはやっぱり。そう思った瞬間、優里の顔に陰が見えた。右手が見えなくなる。隠してあった物を取り出そうとしたらしかった。やっぱりここに来たのは報告だけじゃなかった。

「佐伯さん!」

 私の声と同時かそれより早く、佐伯さんが優里の後ろに姿を現しナイフを持った手をつかみ取る。

「二人の所に……行かせてっ!」

 優里は自殺をしようとしたのだ。ジタバタと抵抗してもこんな小柄な女の子が成人男性の拘束から逃れられる訳がない。

「ナナの予想通りだったなっ」

「はい」

 復讐をはたして両親の墓に報告、それから自ら命を絶つ。すべてそれを実行するための時間稼ぎだったんだ。警察官のミスのせいで一人の人生が、いやもっとたくさんの人生が変わってしまった。

「申し訳ありません」

 私はほとんど無意識に頭を下げていた。どうしようもなく申し訳なくて。私が頭を下げても何も慰めになんてならないのはわかってる。それでも。

「おい、ナナ」

「……止めてください」

「でも」

「止めてください! ……あなたはわかっていない」

「どういう事?」

「ミスをした事に逆恨みして復讐した訳じゃないのです!」

 動機が違う。じゃあ警察に残っている情報の少なさは何か隠しているから?

「あなたなら今頭を過ぎったのではないですか? 警察が真実を隠蔽したという事を」

「どういう事だ?」

 驚いて佐伯さんの拘束が解けた。ナイフだけ使えないように拾い上げる。優里はそのまま話しを続けた。

「最初から話していきます、事件のあと病院に入院していた私に前原隆が訪ねてきました、私は混乱していて前原隆はそばにいてくれました、素直に嬉しかった」

 優里は遠い思い出を少しの笑顔で語った。

「それから度々、前原隆は病室に来て、退院してもそれは続きました、それからある程度打ち解けてきたあと、私は施設、前原隆は仕事で遠くにという事になったのです」

 前原さんがミスを理由に異動になった所だ。

「それでさよならではありませんでした、頻繁に連絡をくれて、たまに会いにも来てくれました、それが八年程続いたんです」

「八年……すごいですね」

「そしてもうすぐ高校生にという時に前原隆がこっちの全寮制高校を紹介してくれて、こっちに来ました、一年程前です」

 優里の表情が一転して暗くなる。

「色々な準備もあって一度こちらに来たときです、前原隆は懺悔を私にしたのです、杉山鉄郎が警察官を辞めた事がきっかけみたいで」

「ミスを犯してしまった事ですか?」

「いえもっと酷い懺悔です……あの事件の犯人は何件も強盗殺人をしていたのにまったく証拠も残さず、捜査は難航していたそうです、それで前原隆はある作戦を立てた、プロファイリングをして予測した次の犯行現場候補に張り込みをするというものです」

「十年前……警察にはまだプロファイリング専門ってのはそんなにいなかったような」

 昔の事を思いだそうと佐伯さんは頭を叩く。そんなふうに思いだそうとしないと出てこない位の物だったんだ。とても良い作戦とは言えない。

「ただ、だいたいの日時と場所は当たっていて、不審な人物を発見し住宅、当時の私の家ですが、侵入するところを目撃したらしいのです、それが杉山鉄郎と前原隆だったようです」

 小さな手を握りしめる優里。そこに懺悔するような事が起こったんだ。

「その時、何人もの被害者が出てるのに犯人の目星も付けらず警察はあとがなかった、非難も相当だったのでしょう、あとからいくらでも事実は作れるからと杉山鉄郎は犯人が確実に殺人を犯してから現行犯で逮捕すると命令し、前原隆もそれに従った」

「……なんてやり方だ」

「被害者を見殺しになんて」

 なんて酷い。でも確かに警察官が殺人を現認すれば言い逃れなんて出来なくなる一番の証拠。それでも目の前の命を見殺しにしていい理由にならない。

「杉山鉄郎も上からそう命令されたようですが、そんなの関係ない、あの二人が私の家族を壊した原因と言ってもいい、命令だろうと正義に則って動けばお母さんもお父さんも死ななくてすんだのに、許せなかった」

 優里が小さな肩を震わせながら嗚咽を漏らす。本当に優里の言う通りだった。警察官は正義の味方のはずなのに、目の前で人が死ぬのを黙って見てるなんて。

「それでも……あなたの行為は悪い事です」

 酷いことをされた、だからって人を殺していいなんてそんなの通らないんだ。

「署に行きましょう」

 私は優里の背中に手を当て歩くように促す。すると優里が私の手を両手で握ってきた。

「……ナナエさん、あなたなら託せる」

 握られた手の中に固い物を感じる。何かの小さなケースらしかった。

「杉山鉄郎と前原隆を殺す前に録音した証言です」

 そのケースを見ると半透明で中にSDカードが見える。

「死ぬ前にマスコミに送り、私の復讐は完結するはずでした」

「警察が真犯人に気づかなかった上、不祥事が明るみになる計画」

「えぇそれが私の計画……そのSDカード有効に使ってほしいです」

「わかりました」

 この中の証言を公表すれば警察の隠した物を引っ張り出せる。私はケースをしっかりと握りしめた。



 録音された証言は確かに杉山鉄郎と前原隆の物だった。前原隆は作戦立案が自分である事、どんな作戦であったか、そして例え命令であっても罪もない人達を見殺しにした事への後悔と自責の言葉が録音されていた。杉山鉄郎の証言は最悪だった。すべて警察上層部の命令で前原隆に対しても自分の意思で命令した訳ではないと。警察に残っている情報が少な過ぎるのも恐らくは上層部が市民を見殺しにするような命令を出したことを隠すためだ。

 私はこの証言をマスコミに流した。そこからは記者達のプロ根性に任せる事にした。そっちの方が上手く真実をあぶり出せると思うから。それにどうせ保身しか考えていない連中の当たり障りのない謝罪が長々と続くだけだ。そんなの見たくない。

 "銃弾"事件は桜と優里の証言からアジトとして使っていた廃墟に捜査が入った。睡眠薬に変装の道具などなど見つかった。ただ録音された証言の中に優里の声も入っていて殺害時の銃声も録音されていたため優里の犯行で確定。アジトの捜査はほとんどついでだった。

 ちなみに二人の判決はまだ確定してないけど。優里は少年法があり数年、刑務所に入ると思う。桜の方はこの事件より前に殺人を何度も犯していた。だからきっと死刑だ。



 半年後。とあるテナントの二階。私は荷解きをしていた。

「あらかた出来たかな」

 今日から新天地だ。土地は移動してないけど職場を変えた。

「おぉ、ここか」

「勝手に入って来ないでください」

「そう言うなよ」

 ははっ、と笑いながら佐伯さんが入口から入ってくる。まぁ来るもの拒まずでこれからやって行くのだから慣れないと。それに刑事とは仲良くしておいて損はない。

「心配だから見に来たんだ、ナナが警察辞めてから会ってなかったからな」

「そういえば……そうですね」

 マスコミに録音データを流してから、辞令があった。聞いたこともない名前の島の交番勤務。明らかな嫌がらせだった。警察にも呆れはてていたから辞めてやったんだ。

「すまんな、守れなかった」

 私はニヒヒと笑ってみせる。

「私、こっちの方が向いてます、書類仕事も嫌だし、だから気にしないでください」

「……そうか」

 佐伯さんは少し苦笑してからニヒヒと笑う。

「それで今日は頼まれてた情報持ってきた」

「そう……ですか」

 辞めるときに頼んでおいた事。いつになるかわからないけど早くなると覚悟してた。

「佳川桜の死刑が執行された」

「……やっぱり早かったですね」

 桜は凶悪犯だった。全国を放浪しながら殺人をしていたのだから。私は気づいていなかった。ある日、突然学校に来なくなってそのまま忘れていた。

「友達……だったんだよな、会いには行ったのか?」

「一回だけ、もう会いに来なくていいって……言われました」

 私の心を見透かされてたのかな。

「正直ホッとしました、同級生で再会して友達になって、でも殺人犯って分かった途端、全部消えてしまいました、気持ちというか、そんなものが」

「そうか」

「死んじゃったって聞いても何も沸いて来ない……私、薄情者ですね」

「薄情じゃないさ、追悼の方法は人それぞれ、泣くのも泣かないのも、仕事でも」

「……ありがとうございます」

 仕事が追悼か。これから頑張らないと。だからまず第一歩。

「仕事頑張ります、ここなら佐伯さんのスケベな視線に悩まされる事ないですしっ」

「なっ、何言ってんだっ、俺はお前を女なんて思ったことねぇよ!」

「あっ、セクハラですよ、それ」

 ニヒヒと笑ってボイスレコーダーをつまんで見せる。

「ちなみに録音しちゃいました」

「は? 録音?」

「今の時代、女性がセクハラって言ったらセクハラになるんです、セクハラ裁判なんておこされたら判決関係なく今の仕事続けられなくなりますよっ、怖い怖い」

「ちょっおまっ」

「これからいろいろ優遇してくださいね、佐伯刑事」

 刑事の人脈はあって損はない。佐伯刑事には悪いけど離さない。ボイスレコーダーに軽く口付けして投げキッス。ついでにウィンク。

「ヨナナ探偵事務所をよろしく」

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― 新着の感想 ―
[一言] 先が気になってグイグイ引き込まれる作品でした。 主人公と桜、あの地点からのそれぞれの人生と、そして転換、ナナエが乗り越えていく姿がしっかりとふみこんでジャンプするみたいで爽快でした。 たくま…
[良い点] 初めに殺人鬼目線で語られているところが目を引きました。殺人鬼の歪みとそこから感じる自分は人とは違うという孤独……しかし、収まらない欲求――それら全ての悲痛な叫びは、彼女のその後の行動、そし…
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