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三題噺

三題噺『モノローグ』『フライパン』『エレベーター』

作者: 宵闇

お題は悪くないんや……、料理人が悪いんや……。

空は青い。曇っていても、雲の上には晴天が広がっている。夜には深い藍色のカーテンがかかり、星の模様が人々の空想を膨らませる。


その空想は物語となり、神話となり、最後には人々の掌に、当たり前となって還ってくる。


俺はどうしてそんな当たり前すら見逃していたのだろう。今と言う現実から少し目線を外してみれば、世界はこんなにも美しいというのに……。


俺は感傷的な気持ちを胸に、後ろを振り返った。


そこには、鏡に移された全裸の男性がフライパンを片手に立っていた。


そこで俺は気づいた。現実から目を外したのは外でもない、この現実を直視できなかったからだ、という理由に。


このエレベーターに閉じ込められて、何度目の溜息だろう。あぁ、溜息濃度が上がっていく。既に120%は越えているだろう。言い換えれば、このエレベーターを漂う空気は既に一度俺の体内に入っているということだ。ふふふ、俺を取り巻く空気は、既に俺に汚された空気ということか……。


なんだか気分が高揚してきた。気持ちがいいので後ろを振り返ってみた。


全裸の男が頬を紅潮させて立っていた。街頭アンケートで99%の人から不審者に見えると言われてもおかしくない佇まいだ。俺なんだが。


俺は大げさに空を仰ぎ見る。青色でも灰色でも藍色でもなく、俺の全身を余すことなく、クッキリと世界に現像させている蛍光灯がそこにあった。


今まさにこのエレベーターは1つのスタジオだ。姿見はカメラ、蛍光灯はライト、モデルは勿論、俺だ。


それを意識して後ろを振り返る。


変態だった。自分で言うのもおかしいが、良い肉体だと思う。なのでなおさら変態チックだ。見返り美人ならぬ見返り変態だ。見返りというより二度見だが。二度見変態。いい響きだ。


さすがにこのようなことを繰り返していれば、少しは現実を直視する余裕が生まれる。


俺は中井久二。とある私立学園で教師をやっている。今日限りでやっていた、に変わるかもしれないが。


現在進行形で、全裸で、フライパン片手に、エレベーターに閉じ込められている。


事の発端は30分ほどさかのぼる。


俺はいつも通り、残業もそこそこに帰宅した。家では美味しい料理を作ってくれる妻が待っていてくれるはずだった。


しかし、マンションのエレベーターに乗り、自分の部屋の前に着いて気づいた。電気がついていないことに。


恐る恐るドアを開け、中に入ると、妻がリビングで仁王立ちしていた。


無言で睨みつけられ、俺は妻の前で全裸土下座の準備をした。


変に誤解しないでほしい。俺達夫婦の間柄は特別変なわけではない。特殊な性癖があるわけではない。


これは我が家のルールのようなものなのだ。どちらかが怒っている素振りを見せたら、素直に相手の話を聞く、というルールだ。ちなみに、全裸になったのは、……そういうことだ。


妻は言った。


「これは何かしら?」


手に持っているのは、俺が女生徒と仲良くVピースしている写真だ。俺の机の上に置いてあったのを発見したのだろう。


「あ、あぁ。それは生徒が卒業する記念にとったものでな。昨日郵便ポストに入ってた」


なるべく落ち着いて弁明すると、妻は笑いながら言った。


「じゃあ、なんで封筒に切手が貼ってないの? これ、この子がうちの住所知ってるっていうことよね」


「いや、住所は教えてあったんだが、まさか直接投函するとはなぁ。アハハ」


笑って誤魔化したが、妻は笑っていない。


「ちょっと、お仕置き必要よね?」


そういって、妻はSM用の鞭を取り出した。


「いや、それは一回やってお互いきついからやめようって話になっただろ」


「なに言ってるのよ、あなた」


妻がようやく笑った。


「きつくなかったら、お仕置きにならないじゃない」




そして今にいたる。


俺はフライパンを盾にしながら逃げ、玄関先まで追い詰められた。外に一歩出ると、ドアは残酷な音と共に錠をかけられ、インターフォン越しに冷静に話し合い、話し合いの結果、一階のポストから郵便物を取ってくれば、チャラにしてくれることになった。


そこまでなら良かった。幸い、このマンションは空き部屋が多く、隣人に会うことは滅多にない。


急いでエレベーターに乗り込み、任務を全うしようとした矢先に、ガコンと揺れ、アラームと共に止まった。


そこまで回想した俺は、目の前の外部連絡ボタンを睨む。


今の俺にとっては、核爆弾の発射スイッチも同然だ。しかし、押さなくては事態はより悪化する。


俺は、身体から湧き出る汗をふるい、ボタンに手を合わせた。


時が止まっているようだ。これがゾーンなのだろうか。ゆっくりと、指先に力を込める。


固い、硬い、堅い、そして重い。突き指しそうだ。


こんなボタンがあって良いのだろうか。このボタンさえなければ、俺は一生ここで過ごせる、そんな気さえした。


筋肉が躍動する。慎重に、慎重に。


ピッと、軽い音と共に、重苦しい壁は崩れた。


そして俺は、エレベーターの管理会社の社員に言う。


「助けてください、エレベーターに閉じ込められました」


カメラが動く音が聞こえ、俺はおもむろにそちらを向いた。


恥部を隠すモノがないかと辺りを見渡すと、とっておきのものがそこにあった。


左手に握られたフライパンが、俺の最後の希望だった。

エレベーターじゃなくてエスカレーターだったら積んでました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白い展開で……吸い込まれてしまいました [一言] エスカレーターだったら……若干気になりますww
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