10年前のMMORPGにタイムスリップして無双!!〜渡る世界はBOTだらけ〜
長編小説のはしくれです。いわゆるMMO墜落もの。
とりあえず読み切り登録(?)してみました。
「〈BOT〉だああああああああああああああああああああああああ!!!!」
この世界はとんでもないところだ。
〈BOT〉と呼ばれる機械操作された中身のない人間たち。
奴らが幅を利かせている。
ロボットだから、通称〈BOT〉。奴らは俺たち善良なプレイヤーを尻目に自然の恵み(ドロップアイテム)を荒稼ぎしていて、巨万であろう売却資金は、「RMT」、いわゆるリアルマネートレードとして、円(現金)にされているらしい。
善良な市民たちはいくらがんばっても、24時間休み無く働くロボットに勝つ事なんてできやしない。取り締まるべき法の網をかいくぐり活動する〈BOT〉たちが稼いだ資金は、今やこの世界の通貨の大部分を確保しているらしい。
〈BOT〉たちにより際限なく生産される通貨は加速度的にアベノミクスも真っ青な
インフレを引き起こしている。
接続人数が多くなるゴールデンタイムには、しょっちゅうログイン傷害が発生する。
ゲームに入れないだけならまだしも、パーティプレイ時にメンバーが突然ログアウトし、接続障害により帰ってこられなくなる、なんてのは日常茶飯事。それが回復を司る〈僧侶〉系の職業なら、それによりパーティが一気に壊滅、なんてこともこの世界ではよくあることなんである。
そもそもキャラクタースキルの多くが未実装、モンスターに至ってはすべてのスキルが未実装だから、けなげな魔法使いモンスターは杖でもって殴りかかって来るのみ。
MMORPGでおなじみのクエストに関しては、特定のダンジョンに入るためのものは良いとしても、それ以外は百円のガムを買うために丸一日労働させられるような効率の悪いものばかり。
そんなこんなで、話題を席巻している人気MMORPG、『ドラゴンサーガオンライン』はカオスに満ちあふれていた。
だけど、その悪評はプレイヤー側にもその責任が大いにある。
何せネットゲーム黎明期。ネトゲマナーなんてありやなしやという時代。
・ゲームを熱心に攻略してたら効率厨。
・戦わずにたまり場で友人達と話しかしていなかったらお座り厨。
・〈騎士〉を使っているだけで最強厨。
・BOSSモンスターばかり倒していたらBOSS厨。
クリックミスでほかのプレイヤーと戦っていたモンスターをちょっと攻撃してしまっただけで「横殴りやめろよ」と全体メッセージでDISられてしまう。
まぁ、結局ログインしているプレイヤー達の価値観がみんな違うから起こることなんだけど、ネトゲ黎明期はその「価値観の違いってあたりまえ」、ということが全然浸透していないのだ。
ついでにいえば、プレイヤーのリアル年齢も低かった。
大学生なら余裕で最長老レベル。
当時のプレイヤーには中学生はおろか小学生も多かったから、かまってもらってって当たり前な「真性かまってちゃん」が大乱立。そこかしこに「レベル上げ手伝って」とかわりがわる話しかけてくるキャラクターが居たものである。
まさにカオス。
こんな世界が、一体いつまで続くというのだろう。
しかし俺はその答えを知っている。
なぜなら、この世界は俺にとって10年前の世界だから。
1
夏草や兵どもが夢の跡
奥の細道
諸行無常の響きあり
盛者必衰の理をあらわす
平家物語
やっちまった感、というのをご存知だろうか。
軽いギャグのつもりで油断してたら大変なことになった、と思っちまうことである。
例えばうっかり出しっぱなしにしたままの牛乳を飲んじまったり、うっかりテスト前に徹夜でゲームしちまったり、うっかりツイッターで冷蔵庫に入った写真をアップしてしまったりで、
♪わかっちゃいるけど、やめられない止まらない。
後になって後悔したときの感じである。
“皆さん、おめでとうございます、『ドラゴンサーガオンライン』は本日にて10周年を迎えました!!”
そして俺は、ネットゲームに10年間を費やしてしまった。
画面上に流れる、本当は祝うべき運営からの全体メッセージを見て、なんだかそれこそ、
「やっちまったなぁ~」
なんて思ってしまったのだ。
いや、正直に言えばこの10年間、メチャクチャ楽しかった。
ゲームを通じてたくさんの仲間と知り合えたし、悲喜こもごも思い出はたくさんある。
でもなんかこう、周りのリアル友人たちが「結婚しました」とか「子供が生まれました」なんて連絡をぼちぼち送ってくるようになって、人生ネットゲームじゃなくて、もっとこう、違う生き方もあったじゃねーの? なんて思ってしまった次第なんである。
……いや、俺だって3回結婚したことがあるのだが。(ただしネトゲ内でのみ)
ううっ、また「やっちまった」哀しみがとめどなくあふれて来た……。
そもそもなんでみんなネカマなんだよ……。
「♪ピンポーン」
お、何だ宅急便か?
はぁーい。
「あまzonさんからお荷物のお届けでーす」
あらま。
もう夜の8時だってのに、ご苦労さまなことですな。
はいはい、サイン、と。
しかし、何か頼んだっけ。
この前注文した、『ドラサガ』世界大会のDVDとかかな。
確か付録の頭装備が超高性能なんだよなー。使えなかったら露店で売ればいいし。
うむしかし。DVD1枚入ってるだけにしては、ヤケにダンボール箱がでかい気がするけど……。
まぁ、あまzonならよくあることか。
ピリピリピリ。
ガムテープを引っぺがして、中を確認しよう。
ん、何か光ってる……。
お、おおおおおお?
な、なんか動いてる!
人? っそれも小さい!?
「こんにちは! ボクは幸運の天使、イングリッドです! 神の要請に応え、迷える人類に恩恵を与えるため、この世界に届けられました!」
え、ええええええええええええええ!?
ちっさい天使が、飛んでる!?
思わず安アパートの玄関で尻もちをつく俺。
「さて、ノブナガさん。貴方はいままでの人生の中で、何か後悔していることがありますね?」
え? 後悔?
何ですか急に。
「ボクは、それを救済しに来たのです!」
そんなこと、いきなり言われても。
あ。
……あー。
まぁ、確かに今しがた、ネットゲームに費やした10年間について何かアンニュイになってたとこですけど……。
「やりなおしを、要求しますか?」
はい?
「だから、やりなおしです。神々は、迷える子羊のため、時に奇蹟をたまわれます」
う、うん。
「貴方は、人生を、やり直したいですか?」
人生を、やり直す?
「そうです。愛を取り戻すのです」
……たとえば、あの時ネットゲームにハマらなかったら、みたいな。
フツーの会社に就職して、結婚して、清く明るい家庭を創る、みたいな。
「はい。その通り、人生をやり直したい、ですか?」
……今の自分とは違う人生。
ネットゲームとは違う人生。
「人間の可能性は、無限大です。毎日が無限大記念日ですが、失われた刻は戻ってきません。普通は。だけど、神のご加護があれば……」
……。
『ほら、あなた、今赤ちゃん、お腹蹴ったわよ』
『わたちはね、しょうらい、おとうさんの、およめさんになるの』
『パパ、ほら、バレンタインデーのチョコレート』
『おとうさん、おかあさん、今まで育ててくれてありがとう……』
そうだ。
俺は、人生をやり直したい。
10年前から、やり直したい。
“今とは違う人生を、送ってみたい”
「了解しました。それでは時をさかのぼりましょう。貴方の人生が、幸多からんことを……」
10年前から、人生をやり直す? この俺が?
これから、どんな人生が、待ち受けているのだろう。
天使さんの手のひらから出た青い光が、まばゆく俺を包んでゆく……。
第一章 ドラゴンサーガ・オンライン
「日本最大級のオンラインRPG」がウリの『ドラゴンサーガ』、通称『ドラサガ』あるいは『DO』は、さすがに最盛期よりも接続人数は減っているものの、まだまだMMORPGとして筆頭格を誇る人気作品である。もともと海外で発表された作品であったが、発表当初ダークファンタジーの世界観が主流だったMMORPG界にてかわいらしい2Dドット絵グラフィックのキャラクターが日本で大ウケし、あっという間にメジャータイトルへと登り詰めたのであった。
そういえば、課金サービス開始当初はすんごいカオスな世界だった。
運営がどう考えても見切り発車としか思えない状態で課金サービスを開始したこともあったけど、何よりネットゲームという概念がほとんど世の中に浸透していなかった時代のことである。パソコンに詳しいオタク層はもちろん、リアル小学生から主婦、年金暮らしのおじいちゃんがネットマナーもへったくれもなく入り交じって遊んでいた自由空間。横殴りがどうの、とかルート権がどうの、とか、崖撃ちはノーマナー、とか、今では笑ってしまうようなローカルルールの押し付け合いが横行していたものである。
防御型は死なないから卑怯、弓は遠距離攻撃だからずるい、なんて風潮もあったよな……。
一面に広がる草原の向こうには、見覚えのある大層な城門。天をつく塔がシンボルのフレデリック城がそびえ立っていて、そして足元には初心者御用達のスライム型モンスター、半透明のピンク色をしたポコリンが小さく飛び跳ねている。
……。
「はい! ノブナガさん。10年前の世界へタイムスリップしました!」
天使さん。
「はい」
これってゲームの世界ですよね。
「そのようですね」
現実世界じゃないですよね。
「リアルじゃないですね」
でも俺、どう見ても生身なんですけど。ほっぺたつねったら痛いし。
「わかりやすく言うと、10年前のゲームの世界にタイムスリップしてしまったようですね」
あ、あのね。俺はゲームに費やした10年をやり直したかったんです。
「だから、10年前のゲームの世界にご招待しました!(キリッ)」
……だ、だめだこいつ、早くなんとかしないと……。
そうじゃなくて、現実世界の空白の10年を何とかしたかったんだけど……。
「いやーしかし、見事なファンタジー世界ですなぁ」
聞いてないし。
そして天使がファンタジー世界に感心してどうする。
天使さん、ちなみに元に戻る方法は?
「?(ただ首をかしげる)」
いやだから、元に戻る方法。未来に戻る方法。
「ええと、時速140kmでデロリアンを走らせるとか……」
“四次元的に発想しなさい“” ……ってばっくとぅざふーちゃーか。
いや映画の話じゃなくて。
「すみません。ボク、人間界の映画に眼が無いもので……」
いやだからまじめに。
未・来・に・戻・る・方・法?
「わ・か・り・ま・せ・ん☆(・ω<)」
イラッ。
そして、えええええぇぇぇぇ……。
狼・狽。
そんなに堂々と宣言されても困るんですけど……。
しかし本当に、ゲームの中に入ってしまったのだろうか……?
生身の感覚は、ある。
辺りを見回してみる。
若草の匂いが鼻をくすぐる。
勇壮かつ華美なるフレデリック城が見える。ポコリンがいるってことは、初心者御用達のフレデリカ南フィールドだろうか。
「つねっ」
また、頬をつねってみる。少しだけ痛かった。
痛覚は、かなり緩和されているみたい……?
襟付きの作業着に、厚手の長ズボン。
様相から察するに、職業はどうやら、〈鍛冶屋〉(ブラックスミス)。はて、俺はその上位職の〈刀匠〉(ウェポンマスター)だったはずだが。
どういうことだってばよ……?
ん、何だ?
脳の中に直接……!?
〈それでは皆さん、正式サービス二カ月目となりましたドラゴンサーガオンライン、本日もどうぞお楽しみ下さい〉
◇
フレデリック城塞都市、フレデリカはゲーム中でもっとも多くのプレイヤーが足を運ぶ、『ドラサガ』最大の都市であり、まさに首都。街の中心にある噴水十字路から多くの露店商が立ち並び、プレイヤー同士の交流も活発だ。
城門の前には青い光の柱が立ち上っている。これがゲームと同じものであれば、場内へと続くワープポイントのはずだ。手をかざしてみたら、心地よい温もりがある。少し迷ったが、全身を投じてみると、やはりというか城内へと続く魔法装置だったようだ。
街中に入る。そして、確信した。
信じられないことだが、どうやら俺は10年前の正式サービス開始当初の『ドラゴンサーガオンライン』に「入って」しまったらしい。精神転送とタイムスリップが一緒に来ました、みたいな感じだろうか。辺りには、まだ転職前の初心者用職業、〈見習い〉状態のプレイヤーが多くを占め、たまに一次職である〈剣士〉や〈魔法使い〉を見かける程度で、上位職の〈騎士〉や〈魔導士〉はあまり居ない。いつもなら露天商で埋め尽くされるメインストリートも、まばらである。
まだ、サービスが始まってから日が浅いのだろうか。俺の姿が古代上位職の〈刀匠〉でないのは、おそらくこの職業が実装されていないためだろう。古代上位職は、確か正式サービス開始から六年くらい経ってから実装されていたはずだ。
「すみません、MP回復するのに時間がかかるので……」
「えー、なんだよー」
ん、何だ? 何かモメてるぞ?
一次職の〈礼拝者〉(アコライト)さんが〈剣士〉(ファイター)に難癖をつけられている。
「もう、いいよ。辻するならMPくらい用意しといてよ」
「ま、またどうぞよろしくお願いします……」
「もう来ないよ!」
うわ、ひどっ。
だ、大丈夫? 今の、ボランティアの辻ヒールだよね。
「あ、はい。でも〈礼拝者〉だとMP回復するのに時間がかかるみたいで……。〈僧侶〉に転職すればMP回復スキルが使えるんですけど……」
むむっ、かわいい。
「え?」
あ、いや何でもないです。でも今の〈剣士〉、ボランティアをもらう側なのにあんな悪態つくなんて、ひどいな。
「しょうがないです。ボクも好きでやってることなので……」
そっか。
「それじゃ、代わりと言っちゃなんですけど、〈ヒール〉!!」
お? 暖かい。
ヒールあり(がとう)。
あ、でもまたMP回復に時間かかっちゃうんじゃ……。
「いや、いいんです。まだまだ〈僧侶〉(プリースト)にはなれそうも無いので……」
あー……。
しかし懐かしいな。……辻ヒール。
そういや正式サービス直後って、自然回復するだけで30分とか時間がかかるから、こういうボランティア支援の人がいっぱい居たんだよな。数年後にはNPC回復システムが充実して、「辻ヒール」っていう文化そのものが死滅したんだけど。
当時さんざん叩かれたこのシステムだけど、10年後は回復に金がかかるモバイルゲームが流行するだなんて、だれが信じるだろうか。
って、あれ?
今気付いたけど、ほかの人も、『ドラサガ』世界に「入って」るのか!?
あの、〈礼拝者〉さん。
「はい?」
〈礼拝者〉さんも、『ドラサガ』世界に入っちゃったの?
「? 何の事ですか? キャクターなら、この〈礼拝者〉だけですけど」
〈礼拝者〉さんは、きょとんとしている。
あ、いや。変なこと聞いてごめんなさい。
「いえいえ」
あ、ついでと言っちゃ何なんですけど、今年って西暦何年でしたっけ。
「? 2003年ですけど」
あ、そうでしたそうでした。
……確かに、今日という世界は10年前の世界のようだ。
そしてこの世界では俺だけが生身(?)の人間で、他のプレイヤーは普通にゲームの外から普通にログインしているみたい。
っしかしこの世界の女性キャラクターはかわいいな……。
ポリゴンでキャラクターが創られたキャラクターが主流だった時代に、あえて2Dドット絵のかわいらしさを全面に押し出して、しかも一世を風靡した『ドラサガ』。
こうして実際に視覚化されても、〈礼拝者〉のかわいらしさは一片も損なわれていない。
ヨーコさん、かわいいですね。
「……え、えっ?」
あっ、いや! <礼拝者>がかわいいという意味で。
「あ、ああ……。急に何言い出すんですか! びっくりしたじゃないですか。かわいいだなんて、お父さんにも言われたこと無いのに!」
おおう、名作アニメの機動戦士エヴァンダムネタですな。
「えへへ、やっぱファーストヴァンダムはオリジンですよね」
かわいくて、オタク話術もいけるとは、このヨーコさん、なかなかやりおる。
ちなみに〈礼拝者〉さん、ヴァンダムだとどのシリーズが一番好き?
やっぱ「W」とか?
「んと、OVAでもおkですか?」
おk、おk。
「だったら「逆襲」もいいけど、やっぱ「0083」ですかね。あと個人的には「G」とか」
「G」いいよね! 邪道だってさんざんいわれたけど、いいものはいいもんね。
「まったくです! 偉い人にはそれが分からんのです!」
うむうむ。まったく、まったく。
「あ、そろそろ帰りますね。それじゃ、また~」
あ、おつ~(かれさま)。
「ピシュン」
お。
ヨーコさんが一条の光を残して消えてしまった。
たぶん、ログアウトしたってことなんだろう。
「ノブナガさん」
? 俺を呼ぶのは誰?
「なかなかかわいかったですね、あの<礼拝者>さん」
おお、天使さん!? いつの間に背後に!?
「いあいあ。ずっとここにいましたよ。霊体化してただけです」
ゲーム世界で霊体化って、どういうことだよ……。
「細かいことは気にしない気にしない。まぁ、そもそも天使というのは概念的な存在で、視覚化や受肉されている状態の方がイレギュラーなんですたい」
えと、つまり見えない時の方が普通の状態って事?
「まぁこの電子世界で「受肉」がどのような概念として構築されているかまでは分かりませんが」
概念……ね。
「世界観というのは、そういうものです。二次元であれ三次元であれ四次元であれ、そこに概念さえあれば、規模の大小にかかわらず<世界>は存在します」
……むむむ、よく分からん。
「ボクにも分かりません!」
な、なんと!?
「だから説明しているとおり、どうしてこの世界が存在するかはわからねーのですが、ボクたちはこの世界に存在しているので、この世界は「ある」って事ですね!」
……つまり今の境遇については考えるだけ無駄だと。
「いえーす!」
あ、そう。
「受肉は各概念世界と交信するための手段、いうなればただの可視化とお考えいただければよろしいかも」
……そうか、分かった(分からん)。
「しかし、あんなかわいらしい娘さんと和やかな会話を楽しむとは、ノブナガ殿もなかなかスミにおけませんな。しがない引きこもりのおたっきーだから、女性に免疫などないとおもってましたが」
うっさいよ天使。これでも俺はバツ3だからな。
「かっこいい(棒読み)」
ほっとけ。
「愛を司る天使としては、すてきな展開ですね。どうです、あの娘さんと恋仲になってみては」
それはない。
「なぜ即答……。恋はどんな世界でも神聖なものですよ?」
『ネカマは見た目が八割』って言葉、知ってるか?
この世界で性格のいい女の子っていうのはな、ぜんぶネカマなんだよ。
「つまり、中の人は男子だと?」
ウム。
「また暴論を……」
そういうものなの。だからネトゲのかわいい娘さんに深入りしちゃいけません。ネトゲ結婚したキャラの中身が男子だったときの残念な感じ、お前にはわからんだろう。
「……なんだかやけにリアリティのある言葉ですね」
……言うな。
「……そっとしておいてあげます」
あり(がとう)。
まぁ、そういうワケで、ネット世界で恋愛とか俺にはあり得ないの。
「でも外見がかわいければとりあえずおkじゃありません……?」
およそ天使の言葉とは思えんぞ。
「いやいや、こっち側の世界から見れば、中身が何であれ女性は女性ですから」
まぁいいや。とりあえずヨーコさんと明日8時に約束してるから、もう寝るぞ。
「結局声かけとるんかい」
違う違う。「どうしても今日のお礼がしたい」なんていうから、約束したの。
旅は道連れ、世は情けっていうだろ。
「はぁ……、まぁいいや。ボクはちょっと散歩でもしてきますね」
天使さんは城壁を越えて飛んで行ってしまった。
ううむ、飛んでても「散歩」なんだろうか、などと思案にふけりつつ俺はひとり、宿屋へと移動する。
街の中心地から少しはずれにある「ローゼンゴート」は遅いとはいえ戦闘してさえ居なければどんどん体力が回復する『ドラサガ』の世界においてはあまり人気のないシロモノ。だけど生身の俺にとっては別である。
風を防ぐ屋根と暖かい布団は何よりもありがたい。当然有料ではあるが、風呂もついているし何より自分だけのプライベート空間が得られるのもいい。
ベッドに入り、一日を振り返る。
自分だけが生身のネットゲーム世界、『ドラサガ』。
俺はこれから、どうなってしまうのだろう。
◇
朝。
といっても夜の概念がないからこの世界はずうっと昼間。
夜の景色を味わうなら、ずっと夜中のマップへ移動しなければならない。
宿屋の窓からメインストリートを覗く。俺以外の冒険者たちはまばら。さすがに学校や職場への支度で忙しいのだろう。
鏡を前に、自分の姿を見る。
〈刀匠〉(ウェポンマスター)であったはずの俺が、その下級職である〈鍛冶屋〉(ブラックスミス)になっている。
そして、気づいたのだが、今の俺はステータス画面を開けない。だから、今自分がどれくらいの強さであるかを視覚的に確認できない。だから、現在会得している固有スキルも知ることができない。何をしようにも、これにはちょっと困った。パソコンもないから、情報収集も出来ないし……。
そして暇だ。ヒマスギ。
とはいえ、ぼけっとしていてもらちが明かない。
ちょっと心もとないが、10年前の記憶を頼りに冒険に出てみよう。
武器屋と防具屋で最低限の装備を買いそろえる。MMORPGで店売り武器とは我ながら粗末ではあるが、ないよりはマシだ。
まず、初心者用マップ、フレデリカ南でのんびり弾んでいる〈ポコリン〉と叩いてみる。
とうっ。
えいっ。
はて、てごたえがない。
……結論から言うと、〈ポコリン〉は蒸発してしまった。
おかしい。〈ポコリン〉の断末魔は文字通り「ぽこりん♪」なんてキュートなものだったはずだが。注意深く同じく〈ポコリン〉狩りをしている他の冒険者を見てみたが、やはり「ぽこりん♪」なんてキュートに死んでいる。
ううむ、も一回叩いてみよう。
「ジュッ」
……ふむ。
やはり〈ポコリン〉は蒸発してしまった。どういうことだ。俺の攻撃力が高すぎる、って事なのか?
今度は指先ひとつで……。あたあッ!!
やっぱ蒸発した。
そこで、俺にある一つの仮説が浮かび上がった。
それは姿こそ下位職の〈鍛冶屋〉だけど、パラメータは現界前と変わらないんじゃないか、ということ。もし今俺のレベル1なら、店売り武器の斧くらいでは〈ポコリン〉を一撃で倒すことは出来ないし、そもそも〈鍛冶屋〉に転職することも出来ない。
だとしたら……。
狩り場を変えてみよう。
草原を越え砂漠を越え、着きましたるは、エジプトのピラミッド。
スケルトンやマミーといった不死系の敵が巣くう、中級者御用達のダンジョンだ。そこそこの強さの割にはメガ級のレアアイテムが落ちるため、人気の狩り場なのだが、今回はレア狙いではなく、あくまで腕試し。
さっそくダンジョンに入ってみて思ったのだが、明るい。
なぜか明るい。
確か王家の魂がさまよい侵入者を拒む、という設定だったはずだが、その割には通路のあちこちに煌々と松明が灯されている。ゲーム上では何の違和感もなかったけど、こうして実際に目の当たりにするとダンジョンというより、観光施設か何かのように感じる。親切設計というか、何というか。まぁ元(?)はエンタメなゲームだし。
ともあれこれなら存分にバトルを楽しめそう。
ほどなく人気の少ない2Fへとたどり着く。ここに登場する、スケルトンアーチャーに会いに来たのだ。
『ドラサガ』では大きく分けて相手の攻撃を躱すスピード型と最大HP重視のバイタリティ型があるのだが、そのうちスピード方の天敵なのがこのスケルトンアーチャーをはじめとする弓系のモンスターたち。特にサービス開始直後は弓系モンスターの攻撃力と命中率がデックス(器用さ)のみに依存されていたこともあって、中途半端なスピード型の回避率ではまったく歯が立たず、必然的に弓系モンスターが出現するマップは過疎る傾向があった。モンスターの強さと経験値などの見返りがまったくとれていなかったのである。
逆に自分の強さをはかるには手頃な存在。中級狩り場の敵なのに、少なくとも命中率だけは最強レベルの敵モンスターなのである。攻撃力は低いから、間違ってもDEADにはならんだろう。
お、いたいた、スケルトンアーチャー。
ハロー、がいこつさん。
わざとらしくモンスターの視界に入り、攻撃をこちらに仕向ける。ほどなく俺に気づいた骸骨の持つ弓が引き絞られ、矢が飛んでくる。
ところで偉大なスラッガーはボールの縫い目まで見えるとか、F1レーサーは時速300km/hでも道路に転がっている小石を避けられるとか、格闘ゲームの神様は小足見てから昇竜余裕でしたとか、世の中にはとんでもない動体視力の持ち主が居るという。
スケルトンアーチャーから弓が放たれた瞬間、そんなことを思い出した。
ゆったりしている。
弓が、遅れて、飛んでくるよ。
「ギッ!?」
骸骨の呻きが聞こえる。
わざわざ矢がこちらまで飛んでくるのを待つのもめんどうなので、骸骨射手に歩みながら、肩だけひねる。攻撃をやり過ごすと同時に、斧を逆水平にふるう。
気がつくと俺の斧の上には、骸骨の頭だけが乗っかっている。あわれ頸から下の骨胴体は、糸が切れた操り人形みたいにがらん、と崩れ去り、続いて斧上の頭蓋骨も砂となり消えてしまった。かたわらを見るとドロップアイテムのりんごが1個、ぽつんと落ちている。かじってみよう。意外とうまかった。
中級者向けのモンスターを、スキルを使うまでもなく倒してしまった。
……もしかして、俺つえー?
「いやぁノブナガさん、先ほどの戦闘、凄かったですね!」
うお? その声はイングリッドさん?
振り向くと、ふわふわ羽根をはばたかせた小さな天使が妙に興奮している。
「確か課金サービス開始直後のスケルトンアーチャーの95%回避値は255のはず。回避値はレベル+アジリティを基本として職業と装備補正で決まりますから、レベル上限とステータス上限が99のこの年代では、最高レベルでかつレアアイテムを駆使しないとその数値には届かないはずです。そのスケアチャの高い命中率をまったく苦にしないとは!」
あ、やっぱそう思う? 俺もそう思ってたんだわ。
「さすがですね! 回避補正が大きい〈暗殺者〉ならともかく、前衛職では最低レベルの〈鍛冶屋〉でこの回避性能! これでレアアイテムを手に入れたらどんな能力になるんでしょうか!?
……。
どうでもいいが、天使さん。
「はい、何でしょうか」
何か天使さん、ヤケにこの世界のシステムに詳しいですね?
「え?」
さっきの説明とかさ、自他共に認める『ドラサガ』廃人の俺よりも正確っぽいんだけど。いくら俺でも、10年前のクリーチャーの必要回避率とかそんなスラスラ出てこないぞ。
「そそそそうですか? 気のせいですよ」
……怪しい。
天使さん、俺に何か隠し事してるだろ。
「ウッ」
そもそもおかしいだろ。過去にさかのぼるはずが都合良く自分がプレイしてたネットゲームに次元旅行するなんてさ。
平行世界が数多あるんなら、俺が知ってる世界で、しかも廃人なこの世界に〈墜落〉する確率なんて、ほとんど計算できないんじゃないか?
……?
あれ天使さん?
いつも肩口あたりを飛んでいる天使さんの姿が見えない。
どこ行った?
もしかして自分に都合の悪いネタを振られたから逃げたとか……。
「ここです、勇者ノブナガ様」
後ろから天使さんの声がする。
振り向く。
居ない。
? どこだ?
「下です、勇者ノブナガ様」
下を見る。
天使さんが俺に後頭部を見せて座っている。
……天使さんが、つまり土下座をしている。
あ、あの。
何のつもりですか。
「ぶっちゃけ勇者様のこと、だましてましたー!!」
……。
清々しい告白ですね。
で、でもとりあえず土下座はやめて下さいね……。
「いや、これは土下座ではなく、座礼です」
いや知らんがな。
まぁいい。
で、俺をだましてたって、どういうこと?
あと勇者って何のことですか。
「いやー実はボク、勇者様の世界から数えて数年後の『ドラサガ』世界から来たんですけど」
ああ、それで?
「実は、あと数日後にこの世界が終わってしまうことになりまして」
終わるって、つまりゲームサービス終了ってこと?
「そうです、そうです。いやー有料サービスは終了しても基本プレイ無料&アイテム課金制度でまだまだこの世界、食いつなげると思ったんですけど、まさか有料課金キャンセルサービス終了とは! 運営がヤケに対人戦寄りのバランス調整をし始めた頃から雲行きが怪しいと思っていたんですが!」
……ははぁ。
あー、で、君の正体は?
「あ、でも勇者様世界で言うところの天使には違いないです。正確には、この世界の信仰が生み出した神の権化、あるいは御使いです」
◇
明くる日の朝。
イングリッドさんとともに、フレデリカ大通りを歩く。プレイヤーたちが開く自由露店の数は、日に日に増えている。売られている物はガラクタやら、レアやら玉石混淆。完全にネットの風聞で相場がコロコロ変わるから、ゲーム内で有効な物であっても、驚くほど安く売られていたり、あるいはその逆だったり、特にサービス開始直後のこの世界ではカオスで溢れているようだ。
とはいえ、通りは賑わいを見せている。
……しかし、数年後だったのか。サービス終了。
早いような、遅いような。
いや、予想はしてたけど、思ったより早かったんだな。
そりゃま、俺のいた10年後のころですでに、『ドラサガ』やってる奴はゲーマーとしてマイノリティ扱いだったからなぁ。
「それでノブナガ様、考えてもらえましたか? 勇者としてこの世界を救うという話」
イングリッドさんが、脳天気な顔で俺に語りかける。
この天使さんは俺に、10数年後その生涯を閉じるこの世界の未来を救う、勇者になれと言っているのだ。
「勇者ですよ勇者! どきどきしませんか!?」
天使イングリッドはなぜか目を輝かせている。
いや、興味が無い訳じゃないけど、「何で俺がそんなことしなきゃいけないんだ」って思いもある。そもそも俺、ネトゲに10年費やしたことについて、めっちゃアンニュイな人なんやし。
「いやいやいや勇者様。たとえそうであっても勇者様が何年も費やしたこの世界が消えてなくなるんですよ? なんだかさみしいと思いませんか?」
この世界が、終わる。
そりゃさみしいけど……。
「でしょでしょ? だったら冒険でしょでしょ?」
いやでも、そもそも俺に勇者になって何のメリットがあるんだよ。
「そ、そんな。神から選ばれし最高の殊勲である勇者にメリットを求めるなんて!」
いや求めるだろ……。そもそも勇者譚ってのは悲劇が定番じゃないか。
「うっΣ」
アーサー王しかり、クー・フーリンしかり。
「ええと、神の恩赦をもって元の世界に帰れるとか……?」
恩赦って俺、そもそも悪いコトなんてしてないぞ……。それに勇者にならないと元の世界に帰れないなんて、それじゃ脅迫じゃないか……。しかもこの世界に無理矢理連れて来てる時点で誘拐みたいなもんだろ。
まぁ俺、そもそも捨て子だから元の世界にあんまり未練とかないのも事実なんだけど。
◇
■ヨーコ
・職業:〈礼拝者〉
・性別:女(?)
・メインスキル:ヒール
・パーソナルスキル:リアルラック
・補足:ゲーム初心者の〈僧侶〉見習い。博愛の精神にあふれ気立てよく、ディープなオタク話も難なくこなす良い子ちゃん。何か秘密があるんじゃないかといううわさ。
ヨーコちゃんとはフレデリカ城下町のシンボルである中央噴水前で待ち合わせ。
リアル世界でいえばハチ公とかモヤイ像、アルタ前みたいなもんだろうか。『ドラサガ』における定番の待ち合わせ場所である。
そろそろ時間だ。
お、向こうからやってくるのはヨーコちゃんかな?
……はて。
ヨーコちゃんが大風呂敷を背負ってやってきた。
ヨ、ヨーコちゃん、その風呂敷に入ってる物、何?
「うぬ? おいもですけど」
お、おいも?
「はい! これあげます」
え、全部俺にくれんの?
「ふふふ。ピンチの時にはこのおいもを食べてくださいね。これならもし私のMPが尽きてもへっちゃらなのです」
……なるほど、このおいもはもしもの時の回復アイテムってわけね。
試しに一個食ってみよう。
お、甘い。ちゃんとした安奈芋の味じゃないですか。
「私、ちゃんと調べて来たんですよ! 重量効率が一番いいのはおいもだって!」
で、でもこれ重いんだけど……。これじゃ重量制限にひっかかってスキル仕様不可
になっちゃうんだけど……。
「あ、そうか!」
うむ。
「それじゃ私が持ちます!」
……いや、仮にも魔法職のヨーコちゃんがスキル使用不可になっちゃもっとまずいでしょ……。つうかこのおいも、結構お金かかったと思うんだけど、どうしたの?
「あ、はい! この前うっかりモンスタートランプが出たので、それ換金してきました!」
へぇー、レア出たんだ。
モンスタートランプとは、各モンスターの能力がトランプに納められたアイテムで、ほぼ全てのモンスターに実装されている『ドラサガ』界の代表的なレアアイテムである。モノによっては一般プレイヤーの数カ月分、ボス系のトランプなら通常のプレイヤーでは手が届かないような額がつくものもある。
ボストランプか……。俺でも2、3枚しか持ってなかったなぁ。
【さすがの廃人ですね、勇者ノブナガ様】
……脳に直接話しかけないでね、天使イングリッドさん(イライラ)。
「? 何か言いました?」
あ、なんでもないよ、ヨーコちゃん。
そういえば何のトランプが出たの?
「あ、 【蛾のさなぎ】トランプです。MHP+50、MMP+50とか地味な効果なんですけど、需要があるみたいで」
え、それってメガ級のレアじゃん! お金持ちだ!
「え、そうなんですか。10万くらいで売っちゃいましたけど……」
な、なんと……。
そうか、この時代だと研究とか進んでないから高値付いてないのか……。
ヨーコちゃん。
「はい?」
そのトランプ、絶対高値付くから買い戻しておくといいよ。MMPがプラスされるトランプは、(この先も)ほとんど無いはずだから。
「うぬ、そうなんですか?」
多分、ね。
じゃ、狩りに行こうか。
「はいぃ~」
◇
「そういえば、ノブナガさんはどうして〈鍛冶屋〉さんを選んだんですか? 戦闘型……ですよね?」
『ドラサガ』の前衛職は三種類。一般的なイメージで序列を付けるなら〈鍛冶屋〉は最下位だから、そんな職業を選ぶのは偏屈物というか、あまのじゃくというか、言ってみれば「変な人」なんである。なんでわざわざそんな弱い職業を使うの? という感じ。
ちなみにこの時点で実装されている職業は六種類。
〈騎士〉は現時点で騎乗スキルを使える唯一の職業で、この世界でもっともオーソドックスな能力をほこる前衛職。最大HPの高さと防御力、使いやすい範囲攻撃など全体的にかなり優遇されており、十年間通して不評の嵐だったキャラクターの仕様変更でもほとんど影響を受けなかった、まさにエリート職業。
〈暗殺者〉はその名の通り一対一の戦闘では無類の強さをほこる……、はずの僕が最初にゲーム中で選んだ職業である。
暗殺武器を得意とし、回避に大きな優遇が得られるなど、ぼっちに優しいソロプレイ御用達のスキルが特徴であるが、裏を返せばパーティプレイに向いていないということでもある。孤高の戦士という風情で見た目はかなりカッコ良いのだが、大勢の敵を相手にするのも向いておらず、したがってEXPも稼ぎにくい。というかそもそもボス級の強い敵はかなり倒しにくいという不遇職で、そのため大型アップデートの度に復権がウワサされるのだが、いつも結局決まって最弱という悲しき職業である。
〈僧侶〉はその名の通り回復要員。回復を使える職業は後にいろいろ実装されるのだが、結局〈僧侶〉が回復役としてナンバーワンなのは変わらない、〈騎士〉とならぶ優遇職だと言える。ただし不死以外の戦闘は苦手としている。
〈魔導士〉は魔法使い。範囲大魔法は長きにわたって『ドラサガ』最強の攻撃力を誇っていたのだが、各職がさらに上位職の〈三次職〉が実装されてからは、自慢の攻撃力が普遍的になってしまい、ただの撃たれ弱い人になってしまう。
〈狩人〉は弓による遠距離攻撃が得意な職業で、使いやすい攻撃スキルがそろった優遇職である。低レベルから大きな攻撃力を得られるので、育成がとてもしやすいのも魅力だが、力が無いので弓矢を含めた重量制限に常に悩まされることと、打たれ弱いのが弱点。
〈鍛冶屋〉がなぜ〈商人〉の上位職なのかはさっぱり分からないが、露店を開いたりアイテムの売買にボーナスがつくなど各プレイヤーがほぼ必ず1キャラは用意している必須職である。斧や棍棒を使った直接攻撃もあなどれない威力を秘めていて、とにかくバランスがいいのが特徴だ。
そして俺は〈鍛冶屋〉。もともとその上位職である〈刀匠〉だったはずが、まだ実装されていないからか〈鍛冶屋〉に身をやつしている。
……なんてヨーコちゃんに説明してもしょうがない。
いや、俺の見立てだと〈鍛冶屋〉って結構強そうなんだよね。
「そうなんですか?」
実際、〈鍛冶屋〉は強い。
まず得意武器が斧と棍棒の二種類で、かつどちらの武器も同じスキルで強化できるこ
さらにMPを犠牲に武器の力を最大限に引き出す〈オーバーゲイナー〉が「常にその武器で与えられる最大レベルの攻撃力を引き出す」、というゲームシステム上ちょっと壊れ気味のぶっとび性能で、これから先々のアップデートの下方修正にも影響されない。
本当は俺も、もともとセカンドキャラとして使ってたんだけど。
「そういえば、今日はレベル上げ手伝ってくれるって話でしたけど、ノブナガさんはいつもどこで狩りしてるんですか? なんだかレベル高そうですけど……」
レベル上げだが、ゲームの肉体だからか、眠ることは出来てもまったく腹は減らないし、精神的な疲れもまったく感じない。敵の攻撃を受けたときの痛みはあるけど。
この時代の『ドラサガ』はイベントもほとんどが未実装で、ぶっちゃけ狩りくらいしかすることがないのは事実。
んと、まぁ俺は地道に狩り、してるから。
「ははぁ、すごいですねー! 私、ソロだとどうしても戦闘が辛くて……」
ヨーコちゃんは、本当にすごい! というテンションである。「廃人乙」とか言われなくて本当に良かった。素直ないい子だ。
彼女のような子がネカマだなんて……。世の中は悲しいことだらけだ。
◇
「それじゃ、今日はどうしますか? 頑張って支援します!」
そうだねー、それじゃ非公平で、ヨーコちゃんのレベル上げにいこうか!
「え? でもそれじゃノブナガさんのお手伝いにはならないんじゃ……。それに非公平は申し訳ないです」
パーティ編成には2種類ある。経験値を平等に振り分ける公平パーティと、モンスターを倒したキャラクターだけが経験値を得る非公平パーティだ。
「ああいや、なんだか俺のパーティ設定、壊れてるみたいで公平できないんだ」
……パーティ設定が出来ないなんてMMORPGとしてあるまじきバグだとは思うが、サービス開始当初の『ドラサガ』ならよくある話である。
まぁ俺のはウソなんだけど。
……さすがにシステム画面が開けないってのは不自然だもんな。
「そ、そうですか。でも非公平だと私、攻撃性能無いから経験値稼げませんけど……」
大丈夫、大丈夫。俺にナイスアイディアがあるから。
「ほほうむ」
それじゃ、この葉っぱ持ってレッツゴー、ワープドア!
「葉っぱ?」
◇
「こ、こここここここってどこですか!? なんか怖い音楽が流れてるんですけど!」
あー、ここね。ここはグランドクロス城だよ。
「ぐ、ぐぐぐぐぐらんどくろす城!?」
そそ。廃人御用達の最高レベル狩り場。
この先もモンスターの配置変更が来たりでいろいろ変わるけど、10年後も高レベル狩り場として人気なんだよなぁ。
「? 何かいいましたか?」
ううん、独り言。
それじゃ、レベル上げにいこうか。そこの扉の中がカタコンベだから。
「はぁ……」
グランドクロス城の東門を入るとそこは〈カタコンベ〉。いわゆる墓場で、不死系最強クラスのモンスターが現れる聖職者にとってはおいしい狩り場。特に〈僧侶〉スキルのターンアンデッドや〈セイントフィールド〉があれば、高HPをほこる不死族を相手にしても、おいしくEXPやドロップアイテムをいただくことができる。
「あの……あからさまに強そうなモンスターが居るんですけど」
ああ、〈リッチー〉ね。一次職のプレイヤーは目を合わせただけでDEADするから気をつけて。
「え、えええええええええええ!?」
大丈夫大丈夫。モンスタースキルはまだ未実装だから。
「な、なんだ驚かさないでくださいよ」
まぁでもさわられただけで死ぬから気をつけてね。あのモンスター、たぶん一撃で3000くらいのダメージが来るから。
「わ、わたしのHP、56しかないんですけど……」
ま、この橋の上に居れば大丈夫。モンスターはここに出てこれないから。
「そっか、それでここからヒール砲で倒すんですね!」
確かに不死系のモンスターには回復魔法のヒールでダメージを与えることができる。だけど今回はそんなまどろっこしいことはしない。
ノーノー。この枝葉持って。
「? 〈リザレクションの枝葉〉ですか? もしかしてノブナガさんが死んだ時の保険とか?」
違う違う。枝葉を〈リッチー〉に使うの。やってみて。
「はぁ、それでは」
ぴちょん。
情けない音と平然としてる〈リッチー〉、がそこにおわします。
「これは……、失敗……ですか?」
うむす。どんどん葉っぱ使って。
「え、でもこれってすごーくお値段高いんじゃ。おいもなんか目じゃないくらい」
ああ、大丈夫大丈夫。回避率20%アップの幽霊トランプ買い占めで相場操作してただけだから。10年間の相場眼使えば、MMO初心者であふれるこの世界でひと儲けなんて簡単簡単。
「? どういうことです?」
いや今のは冗談。実は僕だけが知っている秘密の草刈り場があるんだ。そこに行けば数分ごとに〈リザレクションの枝葉〉が摘み放題ってワケ(嘘)。
「ははぁ」
それにNPCに店売りしても対してお金にならないから、遠慮無く使って。
「それでは……、あ」
? どうしたの?
「鎧、戦闘用にするの忘れてました。HPアップする鎧に替えますね」
お、いいアイテムもってるじゃん。
「へへ。それじゃ着替えますね」
うむ。
……?
その時、俺は我が目を疑った。
目の前で、〈礼拝者〉さんが、着替えだした。
ままま真正面から躊躇な修道衣を脱ぎ捨て、戦闘用の胸当てを装備しようとしている!
「どうしましたか? パソコンの調子が悪いとか?」
ドギマギしている僕に、ヨーコさんが不思議そうに振り返る。
そ、そうか。ゲーム越しならダブルクリック一つで着替えられるけど、リアル世界の俺には生着替えに見えるって事か!?
ヨーコちゃん、意外と着やせするんだな……、控えめながらなかなか……。
そして白……。
じゃなくて。
いかん! これは見ちゃいかん!
……。
だけど、ちょっとだけなら……。
少しだけ振り返ると、下着肩ひもとちょっぴり鎖骨が見えた。
おおおお……。
でももう見るのやめとこう……。
◇
〈リザレクションの枝葉〉を使ったリッチーの即死確率は8%といったところ。一匹倒せば5~60%は経験値が上がるから、それなりにローリスクハイリターンなレベル上げができるはずだ。
ヨーコちゃんが橋下の〈リッチー〉に〈リザレクションの枝葉〉を使う。
大ぶりな葉っぱが彼女の手のひらからこぼれ、ひらひらひらと舞い落ちる。ただ風に舞っているようで、ゆっくりと〈リッチー〉の元へ降りてゆく奇蹟のはっぱは、骸骨の顔をした魔法使いの頭上で四散し、淡い光を放ちながら、慈悲の神の祝福で彼を包む。
成功だ。
魂だろうか。人のような濃縮された空気。そんな「何か」が、ぼわっと骸骨の身体から天上へ抜けてゆく。「何か」が抜けた骸骨の身体は崩れ落ち、床に落ちるそばから灰となって、地下墓地の薄暗闇に消えてしまう。
〈リッチー〉の経験値なら二、三匹でどんどんレベルがあがるあがる。しかも橋下には常時三~四匹は〈リッチー〉がうろついているから、モンスターの少なさに困ることもない。ヨーコちゃんのスキルレベルは20くらいだろうから、百匹ほど倒せば転職レベルになるはずだ。
しかし、レベルが四回ほどあがったところで、ヨーコちゃんの手が止まった。
? どうしたの、休憩?
「いや、なんか、簡単にレベルが上がりすぎて……」
あ、つまんなかった……?
「違うんです! すごく楽しいんですけど、なんだか申し訳ない気持ちになってきて」
あー、そうか。でも他に人もいないし、別にノーマナーってわけじゃないと思うけど……。
「うーん、なんていうか、〈礼拝者〉は〈礼拝者〉らしくレベル上げたいかも……。なんて思って」
ああ、そうか。回復役をやりたいから、〈僧侶〉を目指してるんだもんね。この前も辻ヒールしてたし。
「ごめんなさい、よくして貰ってるのに、変にワガママで」
いや、わかるよ。
「え?」
最短攻略するだけがゲームじゃないしね。自分のペースでまったり楽しむのも、ネトゲのプレイスタイルだし。
「はい! ありがとうございます!」
うむ、いい娘だなぁ。(当たり前だけど)見た目もかわいいし、これでネカマじゃなかったらワンチャンあるんだけどなぁ。
「それじゃ、帰りましょうか」
あ、うん。そうだね。
吊り橋を二人して歩く。城外への扉まで、少しだけモンスター出現ゾーンを歩かないとなので、注意深く周囲を見渡して足を踏み出す。
よし、大丈夫……だ。出口はすぐそこ。
その時、俺はまがまがしい、並々ならぬ違和感を感じ取った。
これは……。
ヨーコちゃん後ろ!?
「はい?」
ぼ、ボスキャラだ!
◇
辺りの空気が重くなる。
人骨の首輪に禍々しい三つ頸の獣骨杖。彼にまとわりついただけで空気は腐敗し、その?気に触れた低級虫は魔蛆虫へと変質し、冒険者の血を啜ろうと這いずりまわる。
地下墓地のボスキャラ、「ロードリッチー」。冒険者たちの死骸を集めては自らの傀儡へと変える、神の冒涜をも恐れぬ空想世界のマッドサイエンティストである。
『ドラサガ』の世界でいうボスモンスターは、各マップ決められた時間ごとに一体のみ、もしくはそれに準ずる数体のみが現れ、プレイヤーを窮地に陥れる。
しかもこの年代のボスモンスターはあえてプレイヤーたちに高い壁をと用意したのか、あるいはモンスタースキルの未実装分を補おうとしたのか、どう考えても通常のプレイスタイルでは倒せないような高い攻撃力と体力が自慢で、この「ロードリッチー」も例外ではない。
逃げろ!
「ロードリッチー」が最初ターゲットにしたのはヨーコちゃん。
俺は跳躍する。
回転斧、【黒旋風】は唯一の片手装備品。攻撃力こそ最低レベルだが、モンスタートランプの付与限界が4と全ての武器の中で最大であり、しかも投擲や二刀流も可能な超優良装備である。
10年後の俺も愛用していた武器。
ヨーコちゃんの背中越しからその【黒旋風】を投擲する。
「ギッ?」
BOSSモンスターは甘くない。スケルトンアーチャーを一撃で葬った攻撃も、「蚊に刺された程度」といった風情である。そりゃそうだ。【黒旋風】のポテンシャルは『ドラサガ』世界でトップクラスであるが、それは精錬やトランプ付与などで強化してこその話。
現状ではただのレベル1武器である。
だが、奴は俺に振り向いた。
……タゲ取り成功。
MMORPGのモンスターのほとんどは、攻撃を与えたプレイヤーを優先的に狙うという性質がある。
よく考えてみれば変な話だが、その性質を利用して前衛がモンスターのターゲットとなるためにまず機先を制して攻撃をこちらに向ける行動。それがいわゆる「タゲ取り」である。
……ヨーコちゃん、今のうちに扉まで急いで!
地下墓地を抜ける扉までは10メートルほど。僕がリッチーの攻撃を少しだけ引きつければ、なんとか逃げ出せるはずだ。
「〈祝福〉(ブレス)!!」
ヨーコちゃんが逃げながら僕に神々の〈祝福〉スキルを使う。
俺の周りだけ空気が暖かくなる。これで各種ステータスがアップされたはずだ。
サンキュ、ヨーコちゃん!
BOSSの攻撃に備え、盾を構えたまま落下する。
幸いながら、相手は本来は魔法攻撃を得意とするロードリッチーだ。
高ATKではあるだろうが、直接攻撃系のBOSSモンスターよりはマシなはず。
攻撃を受ける。ずっしりと重い。
だがそれを受けた反動で飛び退き、少し間合いを離す。
出口も今の反動で近くなった。
よし、少し息を吐いて〈ロードリッチー〉を背中越しに見る。
いけると思った。
「キャアアアアアア!」
しかしその時、ヨーコちゃんの叫び声が地下墓地にこだました。
〈リッチー〉が3体!?
しまった。
スキルは未実装だけど、取り巻き召喚はサービス開始から実装済みか!?
くそ!
〈リッチー〉の群れに【黒旋風】を投擲する。
俺は、〈ロードリッチー〉と数体の〈リッチー〉挟まれている。
◇
ピラミッドのお膝元、砂漠の市街地、【カイロ】の宿屋にて。
宿屋の娘さんが、俺に尋ねる。
「かしこまりました、ご宿泊ですね。それでは、セーブしますか?」
セーブ?
うーむ、よくわからないけど、とりあえずセーブはするにこしたことはないのか?
ゲームだとセーブしておけばDEADしてもセーブポイントに戻れるけど……。
イングリッドさん、居る?
「はぁい、何でしょうか?」
このセーブってさ、意味あるの?
「どういう意味ですか?」
どうもこうも、俺だけがこの世界で生身なんだろ?
「そうです、そうです」
ゲームだとDEADしてもデスペナルティでEXP減少とセーブポイントへ死に戻り転送されるくらいだと思うんだけど。
「イッツ、トゥルー。イッツ、トゥルー」
だからこの世界では、正直DEADしても時間を浪費する以外のペナルティはないんだよね。EXPペナルティに関しては結局稼ぎ直せばいいわけだし。
「ふむふむ」
……だけど。
「だけど?」
だけど俺には、「死の恐怖」がちゃんとあるんだよね。自分を喪失することへの不安というか、本能というか。
それで聞きたいんだけど、俺がDEADしたらどうなるの?
「……それは、ふぐのどくですね」
……?
な、何を言ってるのかわからねーのですが。
「ふぐのどくは、食べて死んだ人が居て初めて、【食べたら死ぬ魚】として記憶されるワケじゃないですか」
ほほう。
「つまり、ノブナガさんが実際にDEADしてみるまでわかりません!」
……えー。
それってつまり、DEADしたらそれこそ本当に俺の存在自体が消失しちゃう可能性もあるってこと?
「だってこの世界では、ノブナガさんこそ原初の一人なんですから。詳しいことはやってみないとわかりませんっ。いよっ『ドラサガ』界の、アダムとイブ!」
いや俺一人しか居ないし。それにバツ3だし。
◇
“こんなところで死んでたまるかよ!”
何も倒す必要はない。
生き残れば俺の勝ち。
緊急時にと用意していた最高級の体力回復ポーション 、ホワイトポーションでを全身に浴びながら、スキルをコールする。
【マネーシュート】!
通貨に宿る情念を魔力化して敵を打ち抜く【マネーシュート】。
スキルレベルMAXで攻撃力1000%。スキルディレイ無しの攻撃術。
金のコインが光の弾丸と化して〈リッチー〉たちを打ち抜く。
からのっ、【ハンマークエイク】!
武器から放たれた衝撃魔によって対象の魔力禍に陥らせる〈鍛冶屋〉の数少ない範囲攻撃。地面を伝わった衝撃が、前方の〈リッチー〉たちの体勢を崩す。
確率70%のスタン攻撃である。BOSS属性を持つ〈ロードリッチー〉には状態異常攻撃は効かないものの、取り巻きである〈リッチー〉たちには十分な効果がある。
ヨーコちゃん! 外に出るよ!!
路は拓けた。
スタンしている〈リッチー〉の側を、体勢を低くしてすり抜ける。
いける!
……このままワープホールへ転がり込め!
【接続障害をお知らせいたします】
ん?
【現在、海底洞窟、カタコンベ、死霊の街、マウナケア火山でMAPの行き来に障害が発生しております】
なんだ?
【該当の地域でプレイされている方は、ただちにログアウトし、セーブポイントへ戻ってください】
【緊急メンテナンスを実施します】
そしてワープホールが、消えた。
◇
うおお。
悪名高き初期『ドラサガ』名物「緊急メンテナンス」。
月額課金スタイルのネトゲである『ドラサガ』なのに、実際は月の三分の一がプレイ障害でメンテナンスの嵐だったとかなんとか。あまりに酷いときは経験値や「ドロップ倍増の補填があるけれど、だからといって課金したお金は戻ってこない。俺の記憶だと、その補填でプレイ無料チケットが配布されたのはほんの数回だったはず。まぁ無料チケットはBOTの温床だから軽々しく配布できないって話もあるんだけど。
しかし「ログアウトしろ」と言われても、俺はステータス画面を開けないから、そんなことできない。
そもそもこの世界に現界している俺にとっては、そもそもログアウトという概念自体がないし。
というわけで、唯一の逃げ道だったワープホールは閉じて、背後には〈リッチー〉の群れ。
囲まれている。近づいてきた。
そして骸骨たちの手刀が俺に振り下ろされる。
これは、死ぬ、か?
くそ、こんなところで死んでたまるか……。
やべ、これ走馬燈じゃん。
初めて〈ドラサガ〉をプレイした時の思い出。
初心者装備のまま、どこまでいけるか世界をただ一人駆け抜けた思い出。
巨大芋虫が巣くう山脈。
死人が前世の記憶を頼りに労働し続ける呪いの廃坑。
イクラだと思ったら爆発する海底洞窟。
見えないスピードの赤蠅に貫かれた王族の迷宮。
狼から逃げ惑った大砂漠。
見知らぬプレイヤーに話しかけて、やがて友達になった思い出。
プレイヤーだと思って話しかけたら、〈BOT〉だった思い出。
メンテナンスが明けても、ログイン障害で全然INできなかった思い出。
5000分の1の確率のレアを追って、来る日も来る日もスケルトンを狩り続けた思い出。
ネトゲで初恋したときの思い出。
ひと気の少ない宿屋の裏庭を、ふたりだけの秘密基地にした思い出。
欲しいアイテムを探して、幾つもの露店を回り続けた思い出。
初めてギルドを作ったときの思い出。
対人戦でボコられた時の思い出。
仲間たちとギルド対抗戦に挑んだ思い出。
ネカマの彼女に、リアルで会おうと誘った思い出。
度重なるスキルの仕様変更に悶絶した思い出。
……スキル?
そういえば、俺はどうやってて、スキルを使っているんだ?。
俺は生身だから、キーボードのスキルショートカットなんてない。
〈マネーシュート〉も〈ハンマークエイク〉もただ、何となく使えてしまった。
それは10年間を『ドラサガ』に捧げた記憶。
そうだ、俺の名前は、何だった?
雨にも負けず 風にも負けず
バグやログイン障害にも負けず
丈夫なVITを持ち
欲をかき レアを探し
ノーマナーに怒り
ねたみそねみ
1日にカップ麺4個とたまに野菜を食べ
あらゆることを自分を中心に考え
ネットをよく見聞きし相場を調べ
日々の転売を忘れず
フレデリカ城下の片隅でギルドを開き
東に病気の友あれば
励ましのメールを送り
西に疲れたギルメンあれば
行って代理転売を請け負い
南に〈僧侶〉の居ないパーティあれば
行ってサブ垢の回復要員を出してやり
北に喧嘩や炎上があれば
行って仲裁をし
友の引退には涙を流し
恋人の真実にはおろおろとし
だけどこの世界では誰からも知られ
ふりむかれ
恐れられ
仰ぎ見られ
あこがれ
たそがれ
そうだ
仮想大陸を飛び回る
広くて狭い世界のちっぽけな勇者
【刀匠】(ウェポンマスター)ノブナガだ!!
「ちがあつくなる」
コールスキル、【ブーストウェポン】!!
発動時に周囲3セル以内の対象をノックバックさせ、基本ATKを、〈ブースト〉系最高の300%引き上げる。
コールスキル【超限界突破】!!
武器への探求を極めた【刀匠】がその知識によりその限界性能を200%引き上げる。
コールスキル【マネーバーサク】!!
『ドラサガ』のインフレ問題に終止符をうつべく運営が投じた、悪名高きぶっ壊れスキルで、1.000.000Gを消費して貨幣の神様に祈祷することで10分間、基本攻撃力を400%引き上げる。
300×200×400=2400%!!
【黒旋風】が熱を帯び、赤く赤く光っている。
いや赤く光っているのは武器だけじゃない。
俺の身体も赤黒く。血が溶岩になったみたいだ。
負ける気がしない。
実際、雑魚〈リッチー〉はひと薙ぎで骨塊へと変わる。
そうか、強化パッチをくり返した10年後のお前らから比べれば、HPはたったの100分の1。
〈ロードリッチー〉お前もだ。
せめて【鍛冶屋】の奥義で葬ってやろう。
【マネーシュート】!!
2400%×1000%。
もうわけがわからんか。
灼熱のオーラをまとった無数のコインが、【黒旋風】を取り巻き、竜巻の螺旋を描いて〈ロードリッチー〉の半身をうがつ
◇
「今日はありがとうございました! ノブナガさん、強いんですね! 私がお手伝いすることなんて、全然なかったです」
え、ヨーコちゃん、ログアウトしてなかったんだ?
「はい! 支援しようと思ったんですけど、MPが切れてて……」
あ、そっか。
「でもノブナガさん、何で【蝶の翼】使わなかったんですか? 無理しなくてもとりあえずセーブポイントに帰れたのに」
……ハッ。
「もしかして、アイテムの存在忘れてたとか……」
や、ややややだなぁ……!
俺が【蝶】でセーブポイント帰ったらヨーコちゃんがDEADしちゃうだろ!
「さっき、ボク、ログアウトしたと思ってたってゆってました」
ウッ。
「ふふふ」
むむ、かなわないな……。
「でも、ノブナガさんて、本当に【チート】級の強さなんですね!」
うん、【チート】……?
「あ、すみません、気分を悪くされたのならごめんなさい」
【チート】。
非合法なデータの改竄で強力なキャラクターやアイテムを創造すること。
あるいは、そのキャラクターそのもの。
その存在は、たった一人でもMMORPGの世界観を壊しかねない。見つかったらグレーゾーンもクソもなく、見つかったら問答無用でアカウント剥奪。いわゆる【垢バン】の対象となる、MMORPG最悪の不正行為だ。
そうか、俺はそう見えるのか。
しかしチートだなんて、もし俺が運営から【垢バン】されたらどうするんだよw
「あはは。本当に縁起でもありませんね」