呟きの裏側
あんまりSNSとか興味ないんだけど、友達がツイッターやろうよとか言い出したから、とりまアカウント作ってみた。葉池高二年の里奈だよ!フォロー宜しく☆ってプロフィールんとこに書いた。やがて友達がフォローしてくれて、タイムラインがみんなの呟きで埋まる楽しさを知った。ということで、私はすっかりツイッターにはまっちゃった。
ツイッター始めて一ヶ月過ぎた頃、初めて知らないやつにフォローされた。ミツキという名前で同じ葉池高の同じ二年って書いてあった。私がフォロバするとミツキはすぐフォロバしてきた。ミツキは、ツイートの頻度凄い高いの。まぁ授業中にもツイートしてるのか、日本史わけわかんないー!とか呟いてる。
そうそう、それでね、ミツキは「フォロバありがとー。里奈宜しくね!」って返してきたから、私も宜しくって返した。
ミツキは、すっごい女子力高かった。マジでびっくりした。ミツキは料理得意らしくて、毎日毎食自分で作ってるんだって。一回ミツキに親はご飯つくんないの?って聞いたら、共働きだからって言ってた。
あとミツキはネイルアートとかビーズとか細かい作業大好きで、できた作品の写真をよく撮ってた。私もネイル自分でしてみたくって、ミツキにアドバイス貰ったりしてた。
私にとってミツキはいつしか憧れのお姉さんになってた。同い年なのに、ミツキはほんと頭もいいみたいだし、なんか私だめだなぁってミツキと話す度に思い始めてた。ミツキは私にとって日に日に大事な親友になっていった。でも、ミツキは何度会おうと言っても、何度遊ぼう、ご飯を食べに行こうと言っても決してそれを叶えてくれることはなかった。だから私はもしかしたらミツキに嫌われてるのかもしれないなって思ってた。
ミツキはあんまり恋愛の話はしなかった。でもある日、私が彼氏と別れた事とか喋って、恋愛の話になった。ミツキは少しだけ教えてくれた。小さい頃からずっと片想いしてる人がいて、その人に好かれたくて努力して今の自分になったって。ミツキの話を聞いて私はミツキがほんとにすごいなぁって思った。でもミツキはそれを言うと、自嘲みたいなことを言ってきた。「本質的には昔と何も変わってないから、好きな人は顔も見てくれない」って。
「そんなことない!ミツキはネイルも料理も頑張ってるじゃん!ミツキの恋愛、私が協力する!ミツキの好きな人に、ミツキがすっごい頑張ってるって事言ったら、きっと相手も気にかけてくれるって!」
「もう望みないし、いいよ。片想いなんてもうやめようって何回も思ってるのに、まだ未練がましくなってるだけだし」
「想いを伝えるだけでもやってみようよ!ミツキは私の親友なんだから、最後まで協力するよ!」
そう言うと、ミツキは思いがけない言葉を返してきた。
「誰の事も本気で好きになったことのない里奈には、こんな気持ちわかんないよ」
これだけミツキのために協力しようと思ってるのに、ミツキは全然私の気持ちなんて分かってくれない。私は悲しさと怒りと憤りと色んなものが心の中で混じりあって、それを指先に込めて、携帯のボタンを押した。
「なんでそんなことわかるの」
「里奈の事学校で見てるから知ってるよ。すぐに男変えるじゃん。里奈にとって彼氏はお飾りなんでしょ!彼氏がいる自分っていうのが、楽しくて仕方ないんだ。だから、その人の事を想う気持ちなんて分かんない!性格じゃなくて顔や外見にしか興味ない!」
正直、図星だった。顔も知らない人間にここまで感情を見透かされている事が怖くなった。同時に、悲しかった。親友だと一方的に思い込んでたけど、やっぱりむこうはそうは思ってなかったということ。ミツキは心まで綺麗だった。だけど、私は真っ黒だった。私はミツキみたいな綺麗な恋愛はしたことなかった。だからミツキが羨ましくて、妬んでしまった。
そんな自分がまた醜くて。私はミツキのアカウントをブロックした。ミツキとさよならすることにした。ついでにツイッターも、やらなくなってしまった。
そんな出来事から一ヶ月後、学校は夏休みに入った。私がバレー部の練習終わって帰ろうとした時、昇降口の水飲み場で休んでる森を発見した。
「オカマの森ちゃんー!ひっさしぶりー!元気元気ぃー?」
「久しぶりってクラス隣だろうが。第一オカマじゃねー」
野球部の森は幼稚園から高校までずっと一緒の友達である。昔は冒険心旺盛な私の後ろを怖がりの森がひょこひょこついてきてた。私はサッカーとか好きで、ほんと女っぽくなかった。対して森は女の子とおままごとするような、女の子みたいな男だった。小学校に入り、私が森を馬鹿にして、森がわんわん泣いて。そんな日も小学校高学年になると終了し、森とは挨拶程度しかしなくなった。
中高と森は野球部に入り、身長はにょきにょき伸びちゃって、私よりも10センチ以上は高いはず。昔の女々しさはどこへやら。今では女の子にもてもてだそうで。全く彼氏と別れた直後の私の視界には入って欲しくないヤツだ。
私はポニーテールにした髪を揺らしながら、森の側に寄ってみた。森のユニフォームはどろどろで、きったねー男と内心思った。
「岡田が今思ってる事当ててやろうか」
にやっと笑って振り向いた岡田が変な事を言ってきた。
「当ててみれば」
「きったねー男って思ってる」
「なんでわかった!」
「昔から、嫌な気分の時は眉間に三本皺が入るのが、男勝りな岡田里奈の特徴」
「誰が男勝りだ、誰が!今はとってもキュートガール略してトキガでーす」
「ワキガみたいだなそれ」
森の足に蹴りを一発入れた。
「暴力女マジこえー」と、森は笑いながら言った。
「そういや、岡田また男と別れたんだろ」
「なんでアンタが知ってんの」
「噂はかねがね聞いております」
「そういう森だって3組の美女・山岡さんと付き合ってると聞いたぞー」
「なんで知ってんだよ」
「噂はかねがね」
ひっひひと笑いながら、溜息をつく森を見た。森はスマホの画面を指で動かしながら、視線をこっちへ向けずに呟いた。
「俺はいいんだっつーの。お前とは違って一途な男なので」
「うっわー、リア充超うざー」
ぶつぶつ言いながら、ふと森のスマホ画面を見てみると、文字の入力画面が開かれてた。
「何それ」
「ツイッター」
「やってんの?森」
「ん、まぁ。『ただいま、幼馴染に絡まれてるなう』ってな」
「私もやってんだけど、フォローしてよ」
「なんでお前とツイッターしなきゃいけねーんだよ、パス」
嫌そうな顔でこっちを見たので、こっちも睨み返してやった。
「失礼なヤツ!まったくもー!」
はぁと溜息をついて、鞄を背負い直した時、ふと思い出した。あの事、森に聞いてみようかなって。
「あのさー、森って、うちの学年の子結構フォローしてる?」
「まぁそこまで多くはないけど。なんで?」
「ミツキって女の子知らない?」
「知らねぇな」
「そっかー」
「・・そのミツキがどうかしたのか?」
スマホを鞄に直して、森がこっちを向いた。
「ツイッターでさ、ついかっとなっちゃって喧嘩しちゃったんだよね。それ思い出してさ」
「・・・ふーん」
「・・ミツキに、図星な事言われちゃってさー。里奈は本当は誰の事も好きになったこともないんだろ!って。頭に来たけど、言い返せなくてさ。そんな私がミツキの純愛を応援しようなんて甘かったよ。ミツキの事、怒らせちゃった・・。友達には戻れなくてもさ、一応謝っておきたいなって」
小さく流れた沈黙に『なんで私森にこんな話しちゃってんだろ』という感情が戻ってくる。
「まぁ、いいわ!じゃ、森、私帰る!ばいばーい」
「おう、お疲れ」
手を上げた森に手を上げて返した。真夏の日差しで肌がひりひりした。
次の日、バレー部の練習の休憩中、ツイッターやってる友達に昨日森と話した「ミツキ」の話をしてみた。彼女もそのミツキというアカウントをツイッターで見たことはないと言っていた。
「あーでもさ、確か3組の山岡さんってさ、名前、美月だよね」
そう言われて、どこかで納得がいった。確かに、山岡さん程のふわふわして、可愛くて綺麗な女の子は、あのミツキに違いないって。
「ねぇ、山岡さんって吹奏楽部だっけ?」
「そうそう・・。って今から行くの?」
「すぐ戻る!」
Tシャツにジャージのまま体育館を出た。階段を上って、音楽室に向かう。すると、トランペットを持った山岡さんがどこかへ歩いていくのが見えた。
慌てて追いかけると山岡さんは、昇降口に向かった。
「待って!」
走りすぎて声が出ない。汗が滲む。シャワー浴びたい。苛立ちを堪えて、昇降口のドアを開けた。
そこには山岡さんと喋ってる森がいた。山岡さんの爪にはいつか見た綺麗なネイルアートがあった。森は山岡さんに貰ったらしいカップケーキをむしゃむしゃと食べてた。
私は思わずカッとなった。なんなんだ、森のヤツ・・。知ってたなら、なんで教えてくれなかったんの。ミツキが、山岡さんだって、なんで言ってくれなかったの・・。泣きそうになりながら、森を睨むと、森はこっちに気付いた。
「岡田?」
「え?岡田さん?」
「森!アンタ、騙したの!?」
「・・はぁ?」
不思議そうに首を傾げた森のどろどろのユニフォームの胸元を両手でつかんだ。汗と泥の匂いが鼻をついた。
「こないだ、聞いたじゃん!ツイッターのミツキの話!」
「ああ」
「なんで、山岡さんだって、教えてくれなかったの!」
「あー・・・」
森は私から視線を反らして、山岡さんを見た。山岡さんを見ると、複雑そうな苦笑いを浮かべていた。
私は覚悟して、山岡さんの方を向いて、頭を下げた。
「その・・こないだは勝手なこと言って」
「待って、岡田さん、私は本当にミツキじゃないよ」
目を閉じて、頭を下げてたのに、その言葉に目を開けた。顔をあげると彼女はにこにこしてる。森はハァと溜息をついてる。一体何を言ってるんだ、この人は。
「だ、だって!ミツキのネイルしてるし!それ見たもん!」
「これは確かにミツキのネイルだよ。私がミツキから貰ったから」
そう言うと彼女は携帯を取り出して、操作をした。彼女は私に見知った画面を見せた。
「これが私のアカウント」
名前は「美月」で登録された。アイコンも、IDも違ってる。
「証拠がこれね」
彼女が見せたフォロワー欄には、見知ったミツキのアイコンがあった。つまり彼女は本当に「ミツキ」じゃなかったのだ。私の頭がゆっくりと落ちついてくると、彼女は楽器みたいな綺麗な声で話し始めた。
「私ね、本当は全然だめなの。外見は可愛いとか言って貰えるんだけど、頭もあんまりよくないし。料理もめちゃくちゃで。ネイルとかやってみたかったんだけど、信じられないくらい不器用で。そんな時ね、ミツキのアカウントに出会ったの。ミツキと仲良くなってね、暫くしてミツキにお願いされたんだ。『ミツキになってほしい』って」
「え・・?」
「『自分は料理もネイルも好きだけど、それに見合う外見じゃない。バレたらキモいって思われるから、影武者になってくれないか?』って。『その代わり、自分の作ったネイルもあげるし、お菓子作りも教える』って」
「でも・・そんなの、今みたいに見せたら・・」
「すぐ気付かれちゃうよね。でも、案外皆気付かないもんだよ」
苦笑いする彼女にはっとして、彼女の肩に触れた。
「じゃ、じゃあ、本当のミツキは誰なの?」
彼女はちらりと昇降口の時計を見た。
「あー、ごめん、岡田さん。もう、パート練習始まっちゃう。私部活に戻るね。後は、ミツキと二人で話して」
「え?」
「ばいばい!」
彼女は、ミツキのネイルを光らせるかのように手を振った。私が立ち竦んでいると、後ろから砂が擦れる音がした。森が数歩歩いて、非常階段の一段に腰を下ろした。そして、自分の隣に座れと言ってるかのように、とんとんと段差を叩く。渋々、森の隣に座った。
森はさっき山岡さんから貰ったカップケーキを一口千切って私に渡してきた。
「食ってみろ」
「・・は?・・あー・・じゃあ、頂きます」
口に放りこむと、何故かシャリシャリとした感触、チョコの甘さ、べとべとした感じが口の中に広がった。正直全然おいしくない。
「な・・にこれ・・」
「山岡の料理は時に人を死に追い込む破壊力を持ってるから・・。これは、他のヤバいシリーズに比べたらまだだいぶマシ」
口直しに森が渡してきたペットボトルのお茶を一口飲んだ。あれ、これ間接キスじゃない?とかどうでもいいことを考えたけど、まぁいっかってなった。
「ミツキは、俺なんだ」
舌先に残るざらざらとした不快感を感じてると、森がそう呟いた。私は、ゆっくりと森の方を見た。
「は・・?」
「ネイルは・・じ、自分でやってんじゃねぇぞ。その、近所のねーちゃんが・・ってお前知ってるっけ?マンションの俺の部屋の隣に住んでる田中さんちのねーちゃん」
小学生の頃の記憶がうっすらと蘇る。確かに森の隣には、私達より十歳ほど年上のお姉さんがいた。
「あー、あの人?」
「あの人今ネイルアートやっててよ。昔からビーズとかもあの人が好きで、一緒にやらせてもらっててさ、気付いたら俺の方がハマっちゃって、ネイルもあの人に教えてもらったんだ。料理は・・知ってんだろ、お前」
「そうだ・・森の両親、共働きじゃん・・」
なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだろう。森とミツキとの共通点は確かにあったのに。
「お前がツイッター始めた頃に、フォロー申請したは良かったんだけどよ、ツイッターにめちゃめちゃ趣味の話とか書いてたし、俺だって言いだせなくなって・・。お前だってミツキの事完全に女だと思い込んでたし。だから山岡に協力してもらってた・・。そしたらなんか俺が山岡の彼氏だの訳の分からない噂が回って・・。山岡のヤツ、他校に彼氏いるっつーの」
「え?」
「そもそも山岡に料理教える事になったのも、山岡が男の子の好きそうなお弁当を彼氏に作りたい!とか言い出したからだしな」
気まずさから沈黙が生まれて、じんわりと二人分のスペースに満ちていく。私はなんていうべきなんだろうか。そもそも私はミツキに謝りにきたのだ。逆ギレというか、無神経なこと言ってごめんなさいって。・・・・ん?あれ?つまりは?
お茶をこくこくと飲む森に聞いてみた。
「ん?」
「何だよ」
「森って長年片想いしてる人がいるってこと?」
森は真っ赤になって、お茶を吹きだしそうになっていたので、
「こっち向いて噴くな!あ、あっち向け!」と指を差した。森はなんとかお茶を飲みこむ事に成功した。
私はにやにやしながら、森に問い詰めた。
「山岡さんが彼女じゃないってことは、森には別に好きな人がいるってわけだー。それも超純愛で片想いしてる人が。で、その人に告白したの?」
「・・・・・・・・・・・してないけど」
「ん?なんかわけわかんなくなってきた。森がミツキってことは、森が好きなのは女の子ってことでしょ」
「ホモになった記憶はねぇよ」
「その女の子のために料理とかネイルとか頑張ったの?」
「それは趣味だって」
頭ん中がぐちゃぐちゃになってきた私のために、森は溜息混じりに教えてくれた。
「料理とかビーズとかは元々好きだった、ガキの頃から。女の子っぽい遊び好きだったし」
「そうだね」
「でも、俺の好きな人ってのはそれが嫌らしくて、小学生の時に告白したんだが、女っぽい男に興味はない!と振られた。で、中学から何か男っぽいことしようと思って野球部に入って、まぁ野球にはのめり込んでるな今も。身体つきも以前のひょろひょろよりもがっしりしてきてると思うし」
「まぁ、昔に比べたらがっしりしてるよね」
「と、俺なりに頑張ってはみたが、相手は俺の事なんてすっかり忘れてるし、適当な男漁りして彼氏をホイホイ変えるし」
「・・・ん?」
「ツイッターで話しかけたら女と間違われて最終的に」
「『ミツキは、私の親友だから!』ってなんだっつーんだ!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
森は何を思ったか、お茶のペットボトルを逆さにして私にぶっかけてきた。おかげでTシャツがずぶ濡れだし、なんか森にもかかってるし意味分かんない。
「何すんのよ、このバッ」
「俺は」
濡れた手が、ぎゅっと私の肩を掴んだ。昔より、ずっとおっきくなった手だった。前を見ると、昔見たような真っ赤な顔した森が、少しだけ昔の面影を残して、見つめてくる。その瞬間、森の、ミツキの好きな人は、私の一番近くにいたって知った。
「今でも料理とかネイルとか女っぽいこと好きだけど、
お前の事、やっぱ諦めきれてないから、今後は親友以上の関係がいいんですけど!」
夏の暑さのせいか、こいつの顔面が赤いせいか、それとも肩を掴んだ手が熱いせいか。私の顔までみるみる熱が上がって真っ赤になってくる。口からは、言葉にならない声がもごもごと溢れて、ぐるぐると頭ん中を回った。
「もう望みないから、諦めたとか、言ってなかった・・・っけ・・・」
「お前が、話ややこしくしたのが悪いんだろ!」
「私みたいにほんとに人の事好きになった事ない女は嫌なんじゃないの」
「ほ、本気で惚れさせる!」
「ぶっ、な、何言ってんの!意味分かんない!」
思わず噴き出して、お腹を抱えて笑いだしてしまった。森は膝を抱えて、恥ずかしそうに俯いている。
気付いたら森はずっと遠くの人になってしまったってどこかで思ってた。あの頃の森と私はもういないんだって。でも森は、ずっとずっと私の事を見てくれたんだなって思うと、じんわりと胸の底が熱くなる、不思議な感覚に襲われた。
大きな図体の癖して、小さくまるまってる森の肩をちょんちょんと叩くと、日に焼けた顔がさっき以上に赤くなってる気がした。
「とりあえず、森君」
「・・んだよ」
「親友からの関係から始めませんか?」
ぱぁっと顔を上げた森がこくりと頷いた。私も思い出した、森の特徴。笑うと口元にえくぼができること。
立ちあがって階段を下りる。森も続いて降りてくる。
「っていうかさ、なんでお茶かけたのよ」
「・・恥ずかしくて暑くなってきたから、熱中症防止」
「何それ意味分かんないし」
振り返って、森を見上げる。揺れたスカートは濡れてるせいか少し重たい。
「ねぇ、森」
「あ?」
「森ってさ、山岡さんにフォローされる前から『ミツキ』だったの?」
「そうだけど」
「なんで、ミツキなの?」
「森の字は木が三つだから」
「だから三つ木か!」
真っ赤な顔して練習に戻る森の後ろ姿は、昔の森とは全然違う。でも、あの日私のそばにいた森と中身はあんまり変わってない。変わらないものの温かさを夏の太陽の下で感じた。
それに。
「あんまり、嫌じゃないかも」
森の汗と汚れた泥の混じった匂いは、前嗅いだ時よりいい匂いな気がした。