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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第一章 胎動
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1-7 森の宮殿 ~学習編~

 森の宮殿の一角に、周りの整然とした風景から逸脱した場所があった。

「よっと、網はこれでよいかなぁ。こっちの方はスリールにあげよう。」

 綺麗に開かれた川魚をお手製の天日干し用の四角い棚へと並べる。その他にも、森で獲った獲物を燻製にしたものなどを手に、少年は調理場へと向かった。

「おはようございます。」

 朝食の準備に忙しそうにしていた割烹着を着たお化け。ファンタスマ族の女性であるスリールは、少年を見ると独特の笑顔で迎えた。

「おはよう、蒼溟。今日も元気そうだねぇ。」

 少年―蒼溟は、笑顔で返事を返すと手に持ったお手製の干物を渡す。

「今日は何を手伝いますか?」

「そうだねぇ、そこの芋の皮剥きをしてくれるかい。」

 スリールが指し示す場所には、色彩豊かな毛玉たちが皮むきをしていた。

「おはよう。」

 作業中の毛玉たちに挨拶をする。

毛玉たちはレーヌ族という種族で個々の名前はあるにはあるのだが、人の舌では発音できないものだった。彼らの種族間での会話は高音域に達しているようで、人の耳には音として捕らえることができないようだ。そして見かけからは想像が付かないが、彼らの知能は人族と比べて劣っているわけではない。

少々、独特の認識はしているようではあるが。

 片言になってしまうが人の言葉を操り、人が作り出した様々な道具を複製することができる器用なことで有名な種族でもある。

「おはよッ。」

 小さな糸のような手を上手に動かしながら挨拶をする毛玉たちの親分。

この宮殿内にいるレーヌ族を束ねる長であるオレンジ色の毛玉は、蒼溟にきちんとした名前を名乗った後に略名としてダイと言った。

 蒼溟は毛玉たちと一緒に手際よく皮むきをしていく。

「蒼溟・・・これ・・・やる。」

 あらかた皮むきも終わり、毛玉たちと後片付けをしているとダイが作業台の上に何かを置いた。

「ダイ、これなに?」

 紫水晶のような鉱石を指差す。

「拾った。」

 簡潔明瞭なダイからの一言。

 レーヌ族の特徴とは言え、もう少し説明してくれると嬉しいなぁ。

 苦笑しながらも、お礼を言って受け取る。

「蒼溟、朝食ができたからアルシュ様を起こしてきておくれ。」

 スリールの依頼に返事をして、宮殿の主の部屋へと向かう。


 アルシュの居住区は、宮殿の片隅にひっそりと存在する。

 てっきり中央部分の5階建ての最上階に居るのかと思えば、そこは来賓を迎える場所で普段は寄り付きもしないらしい。

 彼女の言葉から人族には階級制度があるようで、彼らの王族の一部を迎え入れる際に使用するだけで、彼女自身はあまり好きな場所ではないようだ。

「おはようございます。・・・・アルシュ、起きてる?」

 扉をノックしてから少し待ち、中から応答が無いと気付いて、ゆっくりと開けた。

「ん~。・・・・・蒼溟・・・か?」

 室内にあるソファの上で人型になって座っていたアルシュの姿に苦笑してしまう。

 最初に見たときの凛々しい姿がウソだったかのように、寝ぼけているアルシュはとても可愛らしかった。

「おはよう、アルシュ。」

 ベッドの近くにあるサイドテーブルの上にある水差しからコップに水を入れて、アルシュに手渡す。彼女がそれを飲んでいる間に、蒼溟は手早く彼女の寝乱れた髪を整えていく。

「スリールが朝食の準備が出来たって。」

 水を飲み干して、ようやく眠気が取れたのか

「・・・そうだな、今日は外のテラスの方にするか。」

「それじゃあ、スリールに伝えてくるね。」

 綺麗に整えた髪を満足気に見てから、部屋を出て行こうとする蒼溟に

「お主も一緒にじゃぞ。」

 一応、念押しをする。それに笑顔で分かったと答えながら出て行く蒼溟の後に、レーヌ族たちが着替えの準備を始めていく。


◇ ◇ ◇


「蒼溟、ここには慣れてきたか?」

 朝食後のお茶を楽しんでいる最中にアルシュが聞いてきた。

「う~ん・・・気候とかには、慣れたかな。」

 ちょっと答えをはぐらかしてみた。

 当然のように、アルシュは呆れたような表情でため息混じりに

「日常生活や学習の方に関してだ。」

 予想通りの内容だが、僕はそれに対して明確に答えれなかった。

「・・・ほどほどかな?知らないことがあり過ぎるのと、疑問に感じるものが多すぎて何を調べて、何を知ればいいのか分からない。」

 これは正直な感想だ。

日常生活ひとつを取ってみても、道具の使い方はもちろん。それの俗称から略称、正式名称と呼び方が色々で混乱することもある。

その生活も、身分の階級差や稼ぎの収入でも違うし、男女差や年齢差、種族の違いによるものなど・・・・。

多種多様にわたり過ぎて途方にくれる。

「ふむ。・・・まぁ、ある意味この場所だからこそかのう。」

 アルシュの言葉の意味が分からずに首を傾げていると、苦笑した彼女は簡単に説明してくれた。

「この魔の森には、多種多様な種族が共存体制で暮らしておる。そのため、人族の蒼溟にとっては理解しがたい習慣や体質、それに知識や技術が溢れている。」

 確かに、身近にいるアオにダイなどは身体的特徴からしても僕とは違い過ぎる。

「人族では出来ないことも普通に日常生活の一部として存在していれば、逆に人族にしか出来ないことが存在しないこともある。」

 それは、スリールの調理方法などのことであろうか。

 彼女は特別な道具を使用しないで、物を加熱してみたり、冷凍したりすることができるのだ。そして、それはファンタスマ族だけの特徴ではないらしい。

「それ以外にも、人族たちとは寿命の違いから失われた技術なども有しておるからのう。」

「失われた知識は有していないの?」

 素朴な疑問だった。なんとなく、彼女の口調に若干の苦いものが含まれているように感じたからだ。

「・・・知識に関しては微妙じゃの。各々の価値観や種族間でのやり取りで如何様にも変化するものでもあるからのう。」

 それは宗教などの事を言っているのであろうか。

 確かに、人族の歴史で見れば生活地域によっては慣習も必要な知恵も違ってくる。

また、それらに触発されて自然発生した土着の宗教などを考慮すると「知識」の一言では言い表せない多岐分野になるだろう。

「人族の知識があまり無い・・・ということ?」

 魔の森に人族が入ることが許されていないのならば、当然のことのようにも思える。

「そうじゃのう。・・・これは、歴史的なものにもなるが、我らと人族との関係は一概に言い表すことが出来ない複雑なものじゃ。それ故に良きにしろ、悪しきにしろ、互いに歪んだ認識をしていることも多々ある。」

 少し顔をしかめながら、アルシュは言う。

「その認識の違いにより技術とは違い、知識については・・・特に歴史的解釈については人族と我らの間にかなりの齟齬が生じておる。これは互いに不利益を生じる問題でもあるが、容易に解決できるものでもない。」

 何かを堪えるように、そっと俯き加減になりながら瞳を閉じるアルシュ。

「まぁ、そうは言っても我らも人族も一枚岩ではないからのう。」

 それは、互いに関係を改善するための抜け道もあれば、悪化させる裏道も存在するということだろう。

「でも、そうすると僕の学習に終わりがないという意味に・・・。」

 情けない顔で訴えてみると、アルシュは人の悪い笑顔を浮かべて

「なんじゃ、お主。人生とは即ち、学ぶ道・・・という言葉を知らんのか。」

 そんな言葉、知りません!


◇ ◇ ◇


 蒼溟をひとしきり、からかって気分を変えると少年はスリールたちの元へと逃げていってしまった。

「アルシュ様もおヒトが悪いですね。」

 執事姿のファンタスマ族の男性が空になったカップに紅茶を注ぐ。

 それを一口飲んでから、アルシュはゆっくりと

「ハーディは、蒼溟をどう見る。」

 ハーディ・ファンタスマは主の問いを少し吟味しながら慎重に答える。

「・・・彼がこちらに来てからすでにふた月は立ちますが・・・良い子だと思いますよ。」

「・・・良い子・・・か。」

 感情の読めない表情でアルシュは呟く。

その様子を視界に入れながら、ハーディは続ける。

「えぇ、下働きの者たちからも信頼を得ているようではありますが・・・。」

 その後の言葉を続けることに躊躇うそぶりに、アルシュは興味をひかれた。

 彼女がハーディにあえて訊ねたのは彼がかつて人族に仕えていたことがあるためだ。

ハーディ自身はその頃の事をあまり話したがらないが、ファンタスマ族の中でも彼はかなりの年長者で、魔の森に住まう一族の中でも特殊な経歴をもっているものでもある。

「どうした、何か気になることでもあるのか。」

 アルシュの問いかけに、ハーディは一切の表情を消して答えた。

「彼は、あまりにも良い子過ぎるように思えます。」

「なんじゃ、良い子ではいかんのか?」

 彼が何を言い淀んでいるのかが、理解できないでいると

「いえ、良い子であるのは悪いことではありませんが、人としては異常かと思いまして。」

 その答えに、納得した。

 蒼溟は、人族の少年だ。

人族とは、我らとは違い脆弱な肉体だが同時に強靭な者たちでもある。その原動力の一つに欲望が存在する。これは、生き物であれば誰しもが持ちえるものではあるが、人族はその望みが強すぎる種族でもあるだ。

「人族にしては、欲が薄いのか。」

「それだけではなく、私たちと比べても、でしょうね。」

 その答えに何が異常なのかが良く分かる気がする。

 魔の森に住む種族たちは基本的に自給自足を主として自然と共に暮らすことを選んだものたちばかりだ。その為、天災や弱肉強食といった食物連鎖に対して謙虚に受け入れる精神が自然と培われているのだ。

 我ら獣にとって当然のことではあるが、だからと言ってそれを容易く享受するつもりもない。生き物である限り、その生が尽きる瞬間まで足掻くものだ。

 ハーディの言葉は、その当然の欲求すら蒼溟には無いのではないかということだ。

「それは・・・確かに異常じゃのう。」

 思索しながら、ハーディと共に少年が走り去った方向を見つめていた。


◇ ◇ ◇


 その日の夜。

 蒼溟は、アルシュの好意で自由に出入り出来る許可を貰った書庫で本を読んでいた。

「ふむ。勉強嫌いかと思えば、そうでもなさそうじゃの。」

 獣の姿のアルシュがゆっくりと室内に入ってきながら言った。

「アルシュ、珍しいね。」

 ここ最近は、人型でいることの方が多かった彼女の久しぶりの純白の毛並みに自然と笑みがこぼれる。

 人型のアルシュも好きだが、蒼溟としては気高い凛とした雰囲気を纏ったまま自然に溶け込むような純白の獣姿の方が好みだった。

「近々、人族のものが来訪する予定じゃからの。少しばかり、森の中を視察してきたのじゃ。」

 人族の来訪?

 不思議そうに首を傾げる蒼溟に、器用に苦笑しながら

「この森とて、無闇に人族を排除しているわけではない。」

 アルシュの言葉に余計に混乱してしまう。

「何か、基準でもあるの?」

 僕の問いにアルシュは丁寧に説明してくれた。

「きちんとした基準は我らにも分からぬ。一言で表すなら、女神に認められし者かの。」

 女神の加護により守られた森。

 僕の生まれ育った村ではあまり考えられないくらい身近な存在であるらしい女神。

 書物の中でも、その存在は幾度となく書き記されているが、実際にその姿を見たものはいないらしい。

「我が知るかぎりでは、人族の王族。多人数を率いる立場にある者で、我らに直接的な害を及ばさない者たちが多いの。」

 記憶を探っているのか、虚空を見つめながらアルシュは言う。

「へぇ~。それじゃあ、今回来る人も王族なの。」

 僕が興味を示すと、人の悪そうな笑みを浮かべながら

「なんじゃ、興味があるのか?」

 それに素直に頷くとさらに笑みを深めながら、アルシュはしばし考える仕草をする。

「・・・・ふぅむ。・・・・来てからのお楽しみにしておこうかの。」

 何やら、悪巧みを思いついた様子で楽しそうにしっぽを振りながら、部屋を出て行くアルシュ。

 なんだろう、自分で墓穴を掘った気がする。

 ため息をつきながら、読書を再開する蒼溟であった。


学習という程、学んでいる様子がないなぁ。

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