4-8 不幸中の幸い ①
本日、2話目。
本日中に3話目も投稿予定 19時頃かな?
カルと他の監視役だった暗躍部隊の兵士が辿り着いた頃には、魔道術式はほぼ消えており僅かな痕跡のみとなっていた。
第二王女パシエンテの容態は保護した兵士の眼下で蒼溟が診ており、外傷の有無と簡単な方術による診察の結果、緊急処置の必要な状況ではないと判断をした。
その間にプリーハチは周囲に倒れていたサングィス国の護衛騎士たちを厳重に縛り上げ周囲の警戒にあたっている。
「ハチ、その転がっている愚か者共をラント国の兵士たちに引き渡せ。それと同時にこいつらの持参した荷物、書類を早急に精査しろ。」
「承知しました。精査の際には、ラント国の方の同席はいかがなさいますか?」
「構わんから同席してもらえ。私は今からリベルター殿と共にラント国宰相殿と対談をさせてもらう。」
「…護衛は?」
「いらん。」
カルのその答えにハチは苦虫を噛み潰したように顔を歪める。何かを進言しようとするハチを手で制止し「これ以上の混乱を私は望まない。」囁くような小さな声で発せられたその言葉を聞き、ハチはあえて表情を消す。
「仰せのままに。」
二人のやり取りを暗躍部隊の小隊長がジッと見つめる。
程なくして、フェリシダーが率いる姫百合部隊の小隊が到着する。
「蒼溟っ!パシエンテ様はご無事かっ!!」
蒼溟は、常に身に付けていたポシェット型の〔圧縮袋〕から外套を取り出しパシエンテに着せていた。
被せられていた頭部のマントから王女の顔色を確認したフェリシダーは安堵から目が潤み始めるが、安全地帯ではないことを思い出し、気を引き締める。
「簡単な診察を行った結果、外傷も内部の損傷も無いみたい。メディナさんの診察を受けてみない事には断言できないけど…。念のために、診察の際に魔力精査もしてもらって。」
パシエンテを大事に抱きかかえるフェリシダーにそう伝えると、蒼溟は消えてしまった術式の痕跡と残滓を調べるために移動する。
フェリシダーは姫と自分を中心に小隊を護衛隊形に展開し、迅速に城へと向かう。
それまで、周辺地域を警戒と調査していた王宮近衛騎士小隊はハチが縛り上げたサングィス国の兵士を受け取り、姫百合部隊と時間差を作った後に城へと向かった。
カルとハチはその小隊に混じるように城へ向かい、道中で先に捕縛した者たちを護送していた兵士と合流すると抵抗することなく彼らの監視下へと入る。
現場に残ったのは暗躍部隊と蒼溟のみ。
「蒼溟殿、あまり現場を荒らさないで下さいね。後、何か気付いたことがあったら些細なことでもお伝えください。」
「はい、わかりました。」
蒼溟は特に反論せずに隊員の言葉に従う。
魔道術式の痕跡に対しては、外円部から数十歩離れた後方から全体を眺めるだけに止め、周辺の遮蔽物や地面の方を熱心に確認していた。
「何か見つかりましたか?」
藪の下方を見ていた蒼溟に一人の隊員が声をかける。
容姿は特に整ってはいないが、不細工でもない。ごく平凡そうに見える顔立ちに人の良さそうな雰囲気を醸し出して、群集に紛れてしまうとすぐさま見失ってしまいそうなくらい特徴の薄い男だ。
彼は監視役として行動していたのだが、今回の騒動で行動をあらわにした為にしばらくは諜報活動を控えることになっている。
「う~…ん?あった。」
蒼溟は藪の奥の方にみえる窪みを発見するとその入口辺りを念入りに調べる。
「窪みですか?何かの動物の巣穴でしょうか?」
「多分、それを元に逃走した二人組みが潜伏していた場所だと思う。」
「…どうして、そう思うのですか。」
多分と言葉を濁しながらも確信している様子の蒼溟に隊員は僅かな疑心を抱く。
彼にとって蒼溟という少年は振って沸いたような不審な存在としか思えなかった。
尊敬する王家の方々やその忠臣たちが少年を受け入れているからこそ、表面上は平静を保っているが、その内心はいまだに真偽を見極めている最中なのである。そんな時に、大切な王家の姫様が攫われ、その現場に執拗に残り続ける少年の姿は証拠を隠滅する共犯者のひとりに見えて仕方が無かった。
蒼溟はそんな隊員の内心に気付くことなく自らの考えを言う。
「色々と不自然すぎるから。王族が常に住む城ではないけど、パシエンテ様は療養も兼ねて長期滞在をしていると聞いているから、そんな城から姫様ひとりだけを攫うなんて通常は不可能だと思う。」
不可能といいながらも出来ないことも無いだろうとも考える。
いかに大丈夫だと思う警護体制でも所詮はヒトの考えだ。必ずどこかに隙は生じるし、誤認識もありえる。
だけど、それは通常時なら…という注釈も付く。
カルやハチには申し訳ないが、サングィス国はラント国にとって嫌な客でしかない。そんな彼らが使節団として複数人滞在している時に警護を怠るだろうか。
人望の無い王族や邪まな考えしかない貴族たちなら警護する騎士や兵士たちも怠惰になるだろうけど、ここの王侯貴族はクセの強い性質ではあるけど部下としてはほどほどに働きやすい上司でもある。
蒼溟が出入りしている“魔工術式研究会”にも貴族やその子息が僅かに参加しているが彼らは研究所内では特に権力を振りかざすことはしない。( ただし、礼儀作法に関しては口やかましかったりする )きちんと、使いどころをわきまえている様子なのだ。
「城内での内通者がいるとも思えないし、居たとしても後宮の警備関連は近衛騎士たちの中でも特殊な命令系統になっている様子。それにサングィス国の人たちは嫌われているから命令が無くても、その動向を注目されていたはずなのに…。」
「蒼溟殿なら、可能ですか?」
言外に、後宮内や城内を出入りすることの出来る部外者である貴方が手引きをすれば実現できる犯行だと語る隊員。
隊員の言葉に蒼溟は静かに目線を合わせる。
互いに表面上は平静を保っているが、その目は笑いもせずに冷徹に相手を観察する。
「理論上、可能です。」
その言葉に隊員と蒼溟の間に緊迫した雰囲気が漂い始める。
「内容をお聞きしても?」
「かまいません。前提条件としては、隠密にではなく強硬手段ですが…」
二人の会話に他の隊員たちも素知らぬ態度を装いながらも聞き耳をたてる。
蒼溟の語る強硬手段としては、後宮内に出入りできる自分がパシエンテの位置を探り、サングィス国兵に伝える。可能ならば、城外へと最短ルート、もしくは警護が比較的緩いルートを逃走用として確保し、待機させる。
次にパシエンテを攫うのに適した場所へ誘導し、意識を刈り取る。
後宮からサングィス国兵の待機場所までの足止めとしてレーヌ族のシュンによる固有魔術の転移で自分が作ったイタズラ用と対動物用の迎撃グッズを使用する。
合流後にパシエンテを隠し、自分は一路国外へ囮として逃走。
サングィス国兵は部隊を分割し、一部はパシエンテを隠しながら国外へ、その他はカルとハチと共に行動し、余剰員があるのなら問題行動を起こし国外追放扱いにて逃亡する。
国外もしくは、国境付近に至った辺りで、現場に残されていた魔道術式を展開し目的を果たすと同時にパシエンテを解放し自分たちは国元へと戻る。
その後の罪人扱いは自分にかけ、共犯者の疑いはカルとハチに負わせる。サングィス国としては第六王子を中心とした犯行集団の責任とし、カルの命を差し出すことにより事件自体をうやむやにする。
「理論上ではこの方法が可能です。実際に行動するには幾つかの問題点もあります。」
一つ目は、犯行に及ぶ動機がない。
二つ目は、イタズラ用を協同開発した第一王女、レイルとお互いの状況や位置を把握するための装備品を身に付けていること。これは自分では取り外すことが出来ないうえに、リベルターが随時確認することが可能。
三つ目は、装備品とは別に常時、監視が行われていること。
「強硬手段の最初の段階で犯行計画を疑われていると思いますね。」
蒼溟の言葉に隊員たちは納得してしまう。
「それに、不自然だったのは何故、彼らはここで魔道術式を行ったのでしょうか。それに共犯である可能性が高い二人組みとサングィス国兵の仲たがいに、抵抗した様子のないパシエンテ様の状態。さらには、常に控えていたはずの女性騎士たちを出し抜いた方法。どれも実行するには難しいと思うのです。」
「確かにそうですね。正直、私は貴方を…蒼溟殿を疑っています。」
隊員の言葉に蒼溟は静かに頷く。それは、自分が逆の立場なら疑うのは当然だと思っているからだ。
「逆にここまで考えられるのなら実行した際のデメリットも気付いているはずです。それらを了承できる動機というのが想像できない。仮にあったとしても、疑われていることを承知の上で下級兵士である我々に答える誠意に、私は無為な疑心を抱き続けるほど愚か者にはなりたくないですね。不躾な態度をとり、申し訳ありませんでした。」
そこまで言うと隊員は素直に蒼溟に謝罪する。
「謝罪しなくても大丈夫ですよ。仕事上の特質もあるでしょうが、同じ立場なら僕も疑います。ただ、疑心により残された痕跡を誤認識する方が危険です。」
「そうですね。二人組みも共犯者と認識していますが、実際には違うのかもしれない。」
「ええ、もしかすると彼らの犯行計画を知った第三者による介入の結果かもしれません。」
二人の言葉に他の隊員たちも改めて気を引き締めなおす。
現場検証のための魔技師たちが到着するとその小隊長に今までの推移を暗躍部隊の隊員が説明していく。
「それにしても、よくこんな場所を見つけましたね。」
藪の中を暗躍部隊と魔技師たちがさらに調べると奥の方は結構広く、うつぶせになると外からは完全に見えなくなってしまうことが分かった。
「この術式がどういうものなのかは、まったく想像できないけど。ここまで複雑なものをすぐには展開できないと思う。そうなると、事前に準備をしていたはず。」
「事前準備を確認後、潜伏し目的を果たす。…その目的が何なのかは、捕らえたサングィス国兵を尋問しなければ分からないが、仲間とは言いがたくなりますね。」
「だが、それなら手近な建物の内部でもよかったのでは?」
魔技師の一人が会話に参加してくる。
「それも考えたけど、ここは国営商店街があるからなのか、街中を結構な人数で騎士や兵士にその家族が隅々まで移動するでしょう。」
「あぁ、なるほど。国外のヒトは少なく、顔見知りが多い。そんな環境で国外のヒトが建物の中に引き篭もっているのは不自然だな。」
「そうですね。観光にしろ、商売目的にしろ、引き篭もっているはずがないですからね。」
「あとは、単なる勘かな?村で遊んでいたときに、動物の巣穴とかを利用してワナを仕掛けたり隠れたりしていたから。」
「他に気付いたことや見つけたもの、疑問に思ったことはないか?」
魔技師の言葉に蒼溟は少し考える。
「これ以上は思いつかないかなぁ。後は、カルやハチがどこまで関わっていたのか…とかぐらいかな?」
「関与しているのではないのですか?」
「それにしては、外にいるタイミングが悪すぎる気がする。それに最初に遭遇したサングィス国兵は二人の姿に驚いていたから、外に出ていることを知らなかったのでは?」
「ふむ。これ以上は憶測しか出てこないか。」
「そうだね。」
「それでは、蒼溟殿。そろそろ、城へと行きましょうか。」
「はい、宜しくお願いします。」
隊員たちとのわだかまりは解けたが、事件関与の疑いは正式に晴れたわけではない。そのための任意同行ではあるが、暗躍部隊や魔技師の隊員たちは蒼溟が関与している可能性は無いと思った。