4-1 これでも方術師
魔の森から戻ってきて半月が過ぎた頃。蒼溟は後宮専属方術師のメディシーナから薬剤調合室に呼び出された。
「こんにちは~、メディナさんは居ますか?」
「こんにちは、蒼溟さん。メディナ師匠なら奥にいますので、どうぞ入って下さい。」
弟子である見習い方術師に言われ、蒼溟は奥にある扉の方へいく。
ここは薬剤調合室としてあるが、実際はメディナ専用の調合室扱いとなっていて他の方術師たちは別の場所に勤務している。王城で勤務している者たちの治療行為などはそちらの方がメインとなっているが、その実は調合中のメディナが不気味だから…という誠しなやかな噂もある。
「うふっ、うふふふぅ…。この色、この匂い、この質…いいわぁ~、ホントに惚れ惚れしちゃ~う。」
扉を開けた先には魔女がいた。
思わず扉を閉めてしまう蒼溟に共感してくれる方術師はたくさんいるだろう。
なぜなら…恍惚とした表情をしながら深緑色の液体の入ったフラスコを眺め、クネクネを身悶える美女の姿に魅入れるヤツもそうはいないだろう。
蒼溟にいたっては、師匠の一人である茅を連想してしまい過去のトラウマから全速力で逃げ出したくなっていた。
「?蒼溟さん、どうしましたか?」
扉の前で固まっている蒼溟に弟子が声をかけるが無言。目の前で手をヒラヒラさせてみるが、焦点があっていないのか反応も無い。
「に、逃げなきゃ…」
そう呟くと蒼溟はきびすを返して逃げ出そうとするが、静かに開いていた扉の隙間から音も無く現われた白い手により襟首を掴まれ、中に引きずり込まれた。
「う、うわわっ。や、やめて、メディナさん!?」
「ウフフ、大丈夫、大丈夫ぅ~。きっと上手くいくはずだからぁ~、諦めて実験台になりなさぁ~い!」
扉の隙間から聞こえてくる不穏な会話に弟子は静かに扉を閉めて、三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)の精神でスルーすることに決めた。そして、何事も無かったかのように通常業務へと戻っていく。
― 数時間後。
奥の室内に何故か設置されている診療台の上で、半裸に剥かれ、疲労困憊な蒼溟がシーツを胸元に抱えながらシクシクと涙していた。
「ふむ。処方直後の発疹は無し…、検体への影響も微量…っと。」
逆に満足気で肌艶もよく、上気し頬をうっすらと赤く染めているメディナ。
様子を見に来た弟子は、お茶の時間を理由に室内へと突入したのだが、そこには…色情後のような妖しげな姿の二人がおり、一体なにをしていたのか聞くのがためらわれる雰囲気だった。
( 一般知識から見ると男女が逆転していませんか? )
生憎と男女の恋愛経験の無い自分では察することは出来ないと判断した弟子は、お茶と菓子をテーブルに置くとサッサと退室していった。
「あぁ、そうだ。パシエンテ様のことだが、蒼溟が予測したとおりみたいだったぞ。」
立ったままカルテを片手にお茶を飲みながら言う。その様子はすでに平静に戻っており、幾つかの資料を持ってテーブル席に座る。
「やっぱり。気の廻りから体内に異物が出来ているとは思っていたのですが…、取り除くことは可能ですか?」
村で体術を習った延長で気功術も習得させられた蒼溟は、初めて会ったときのパシエンテから妙な気の流れを感じたのだ。
「それなのだが…正直、難しい。検査に引っかからなかったのも他の病床とは違って、塊になっていないからだ。」
「流動体という事ですか?」
「そうとも言い切れない。パシエンテ様が人族にも関わらず、魔術行使が可能ということも今回の調査で初めてわかったのだが、どうやらその魔力の流れにも関わっているようでな。」
「身体的に異物が存在するわけではない…ということですか。」
「あぁ、その可能性はある。実際に魔術を使用する魔技師の中には重度の魔素にさらされたことが原因で、魔石に近い塊を体内で生成した例もあるからなぁ。」
「その塊の成分は、通常の魔鉱石と同様なのですか?」
「いや、ファンタスマ族の幽石ほどではないが、かなりの純度を誇る高品質だったと報告されている。まぁ、石自体はたいした大きさではなかったらしく、切除したら空中分解したらしいがな。」
「パシエンテ様もその症状に似ているということですか。」
「類似しているだけ…としか言えない。その魔技師は切除するまで半身不随の状態になっていたようだからな。パシエンテ様は虚弱体質のために病弱ではあるが、平素は普通に暮らせている。それに重度の魔素にさらされるような状況に陥ったこともない。」
様々な資料を読み漁り、幾つかのメモを取った用紙を蒼溟に手渡す。それを読みながら、蒼溟も村で教えてもらった薬学の中から類似した症例がなかったか、記憶を掘り起こす。
「う~ん…病気ではないけど、寄生というのは考えられますか?」
生物が他の生物について暮らす…これは、共生している場合であれば特に問題はないのだが、昆虫の世界のように宿主の身体を食い破って乗っ取る場合だとかなり問題だ。
「その場合だと、寄生するものの正体がまったくの未知の生物ということになる。」
「可能性は低いかぁ…。でも、あの流れは異物がある時に似ていると思うのだけれど…。」
首を傾げる蒼溟だが専門的な医学知識があるわけではないので、今後もメディナの方針に従い滋養のある薬湯を処方してもらうこととなった。
「まぁ、お陰で新しい治療方法を探すためのきっかけにはなったのだから。そこまで、しょぼくれることはないさ。医療行為は常に長期戦になるのものだ。パシエンテ様にはとりあえず、体力をつけて頑張ってもらうさ。」
あえて軽く言いながら蒼溟の頭を手荒に撫でるメディナの優しさに苦笑するしかなかった。まだまだ、力の無さを実感させられるが諦めるのは早すぎるだろうと思い直し、改めてメディナがそろえてくれた資料を読み直すことにした。
◇ ◇ ◇
― とある場所にて。
「それで師匠はなんの薬を作っていたのですか?」
「ん?体力増進…と言いつつ、何故か精力増強の効果が少々ついてしまった。」
「…それを実験したのですか?」
「実験してから発覚したのだが…。」
「「………。」」
お互いにそれ以上を聞くこともなければ、話すこともなかったとか。
色情: 男女間の情欲。性欲。色欲。
さて、蒼溟は喰われたのか、喰ったのか…それとも未遂だったのでしょうか?
皆様のご想像にお任せします(笑)