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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第三章 激動する状況
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閑話04 それでも好きだよ

3-26 ファンタスマ族の送り歌 の直後、魔の森の宮殿にて。

 渡り通路の中ほどで柱にもたれながら、ボンヤリと夜空を眺める蒼溟をファンタスマ族の執事、ハーディが日課の見回り中に見つけた。

 時はすでに深夜を越え、明け方前といっても差し支えのない時間帯であり、防寒用に上着を羽織ってはいるものの身体が冷え切るには十分な気温である。


( 昼間の出来事が余程、精神的に辛かったのでしょうか… )


燭台(しょくだい)を片手に心配するハーディは声をかけるか迷った。


( 落ち着いているようですし、まずは見回りを先に済ませてしまいましょう。 )


 辛い出来事の直後は色々と情緒不安定になるものである。そんな時に、話しかけられるのは自らの精神を落ち着ける妨げになることもあるから、無言で寄り添うくらいが丁度良いとハーディは思っていた。

 静かにその場を離れ、用事を済ませた後にも蒼溟が居るようであったら、声をかけることにしようと思いつつ見回りを続けることにした。



…数十分後



「蒼溟さま。よろしければ、お飲みになりませんか?」


 ハーディは保温瓶に入れてきたホットミルクを簡易コップに注ぐと一つを蒼溟に手渡し、自分もゆっくりと口に含む。


「ありがとう。」


 蒼溟はコップを受け取ると、少し口につける。


「これ、お酒が入っている?」

「少量ですが、入れてありますよ。身体が中から温まりますでしょう?」

「うん。」

 二人はゆっくりと飲みながら、夜空を眺める。


「…(いや)になられましたか?」


 あえて“なにを”とは言わずに、ハーディは静かにきく。

 その問いに蒼溟は夜空を見詰めながら、熟考する。


「そうでもないよ。今回の出来事も人族のことも…この世界に、自分のことも厭うつもりはないかな?」


「それでは…。何を思い悩んでおられるのですか?」


「悩んでいる…というよりも、不思議だなぁと思って。」


 蒼溟は自分の考えをまとめながら、ポツリポツリと語る。

 人族の欲の深さを嫌悪しつつも、その感情も欲求も理解できる。暮らしを豊かにしたい、褒めて欲しい、認めて受け入れて欲しい。そんな想いは人族に限らずに誰もがもつ普通の感情と欲求だ。それを否定してしまっては集団生活も技術や文化の発展も無くなってしまう。

 それに欲求だけでなく、そこからヒトを思いやる気持ちやイヤだった体験を無くしたいと思う気持ちも湧き上がってくる。


「生きるって大変だなぁと思っても、死にたいとは思えない。」


「それは普通の感情ですよ。」


「うん。だけどね、今までの僕はそれすらも考えも思いもしなかった。」


 人に限らず、生き物は生まれると同時にいつかは死ぬさだめである。それを理解しながらも、少しでも生きながらえる為に抗うのだ。

 蒼溟は村での教育と体験により、抗う気持ちが徐々に希薄になってしまっていた自分を自覚できていなかった。ただ、知識により抗えない絶対的な定めならば受け入れるのが当然だろうと諦めに近い思いを抱いていた。

 それは諦観を抱く年寄りのようで、若い者たちに邪魔者扱いをされて(ないがし)ろにされるくらいならば、早く逝ってしまいたいと願う考えに似ている。


「でも、僕はあの少年を救いたかった。欲望に駆られて命を弄んだ彼らを許せなかった。」


 命を奪うことは簡単である。だけど、その命を救うことは難しい。

 薬学と同時に人体などの構造も学んだ蒼溟にとって、この言葉ほど重いものはない。

生まれながらにして、障害を持った子供の辛さや事故や怪我により一生癒えない心の傷を抱える人など。

知識を学んでもなお、救えないものがいかに多いか。それを知っているからこそ、弄ぶ行為に強い怒りを感じた。


「それが、不思議なのですか?」


「それでも、僕はヒトを好きだと思えるのが不思議だと思う。」


 ハーディはその言葉にそっと息を吐く。

 強い憎しみにより相手を否定し、拒絶するのは容易く、当然の感情である。それに囚われ続ければ、いずれは自らも許せなくなり自滅していく。

 蒼溟はそうならない自分を不思議に思っているようであるが、ハーディにとっては生来の優しさ故だろうと推測した。


「蒼溟さま。それは、不思議でも何でもありませんよ。誰しもが感じ、そして赦し、受け入れられるからこそ、ヒトは生きていけるのです。」


「僕は彼らを赦したの?」


「えぇ、憎み切れないのがその証で御座いましょう。」


 ハーディの言葉に蒼溟はそっと微笑んだ。その表情にハーディも微笑み貸しながら、心の中で願う。


( どうか、この少年の素直な心が失われることがありませんように… )


 二人は夜が明けていく空を静かに眺め続けた。


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