3-27 親バカならぬ、爺バカ
本日、2回目の投稿です。
魔の森での悲しい事件からおよそ一週間が過ぎ、ジンと蒼溟は首都ルジアーダに戻っていた。表面上は平穏な日々に対して、ジンの心中は複雑で、あの後に蒼溟と対話しようと思いつつも出来ないでいた。
「そこの熟成を遥かに超えて、腐りかけの爺。今日は飲みに行くぞ。」
あまりにもうっとうしいジンの態度に、インテグリダーが嫌味も込めて誘うが反論なし。その態度に深いため息をつきつつも見捨てないあたり、インテグリダーもお人好しである。
◇ ◇ ◇
夕刻、国営商店街の成人指定区域にある特殊な酒場「まどいの場」にジンとインテグリダーが入っていく。
「あぁら~、インテグリダー様。お久しぶりぃ~。今日は何の集いに参加しにいらしたのかしらぁ~。」
筋肉質なごつい身体に綺麗に施されたお化粧、明らかに成人男性と思われるのに女性物のドレスを身にまとう接客係…本人いわく綺麗な装いが好きなだけらしい…に案内されて奥まった席につく。
「なんというか…突っ込みどころ満載だな。インテグリダー、集いって何に参加してんだ?」
とりあえず、注文した品物が出てくるまで気になったことを聞いてみる。
「ん?それはもちろん「獣耳同好会」と「可愛いは正義である!」の二つだが。」
蒼溟の後宮内に提供されていた着ぐるみ作成者たちへ支援をしていた連中の一人だったらしい。どうりで、王妃二人が関わっているにしても資金や資材などが潤沢すぎると思っていたが、腹黒宰相まで関わっているのなら納得だ。
何せ、高給取り筆頭三人組みなのだから個人での資金援助はもちろんのこと、彼らに従事する連中も多数いるのであろう。
「何をやっているのだか…。」
ジンの呆れたような言葉に普段の飄々とした態度から一変したインテグリダーが噛み付いていく。
「貴様こそ何を言っているのだ!? あのモフモフを合法的に堪能できる獣耳を有する獣人族たちのありがたさ!!さらに可愛らしい子供であれば見ているだけでも和んでしまう愛らしさ!!獣自身では嫌がっていても察することがなかなか難しいが、彼らなら的確に教えてくれるのだぞっ!!」
熱弁するインテグリダーをドン引きしながらジンは思い出す。
( そう言えば、コイツが宰相を務める際に権威や金などの一般的な欲求には一切、興味が無いと断言していた割に、献身的に仕事するから誤解されていたが…真面目なヤツではなく、変態紳士的なヤツだったよなぁ。 )
ちなみに、インテグリダーの愛国心の基になっているのは人族以外の者たちが穏やかに暮らせられる上に、愛でることが出来るからである。
「宰相なんて副職はそうそうに引退して、同好の士と共にモフモフランドを立ち上げたいというのに…あのバカ王のヤツが邪魔するから。」
「いやいや。本職が脇に追いやられすぎだろう。」
ジンの突っ込みを完全に無視して、それからしばらくインテグリダーによる獣耳と幼児の正しい愛で方の講習会が行われてしまった。
「オレ ニ ロリコン ト ケモノ シュミ ハ ナイ …」
ジンがぐったりと机に倒れながら壊れかけていると、この場に相応しくない人物が現われた。
「おっ?珍しい組み合わせで飲みに来ているんだなぁ。」
この国の王様と護衛の騎士がラフな格好で登場したのである。
「む?バカ王がこんな所にまで現われるのではない。」
「いやいや、王城以上に厳戒態勢な商店街なのだから、いいだろう。それよりもどうせだから相席させてもらうぞ。」
二人の許可無く席につくと、さっさと注文をしてしまう。
それから注文した品物と飲み物が出されるとしばらく食事に熱中する。
「おい、護衛騎士が何を普通に飲んでやがる。」
「アルコールは摂取していませんよ?」
「いや、あきらかに酒だと思いますよ。」
「まぁまぁ。コイツは一応、非番だから。勤務外なんだし、いいだろう。」
「それでも護衛対象に引っ付いているなら控えるべきだろうが。」
「そんなぁ~、皆さんが楽しそうに飲んでいるのに一人だけのけ者なんて殺生なぁ~。」
「ふんっ。ケモノ耳も付いていない野郎が言っても可愛くもなんともないですね。」
「インテグリダーの基準はそこか?」
「さすが、宰相様。ぶれないですねぇ。」
「まぁ、楽しけりゃいいじゃないか。いざとなったら、周辺に居るのから店員まで王城関係者なのだから。」
「ちっ、見張られて王妃さま達に報告されちまえ。」
「うわ!?ジンが黒い。」
「大丈夫ですよ、ジン。すでに報告義務を商店街の全ての店舗に課してありますから。」
「……それは、不審者などに対してだよな?」
「バカ王を筆頭に問題児を幾人か…ですが、なにか?」
「くぅ~。騎士よ、コイツらを不敬罪でひっ捕らえてくれ~。」
「スンマセン、王様。現在は非番中のため、職務放棄させて頂きま~す。」
「うわ、さっき庇ってやったのにアッサリ裏切りやがった!」
「人望の無さが浮き彫りにされたな、バカ王。」
「あ、勤務中は対応させてもらいますので、給金の査定に影響させないで下さいね。」
腹もふくれ、ほどよく酔いもまわって男たちはバカな雑談を楽しむ。
「それで?ジンとインテグリダーはどうしたんだ。」
ふいにエスタが問いかける。それに対してジンは酒の入ったコップを手に俯き、インテグリダーは白けた目線をくれてやりながら、ジンのわき腹を突っつく。
「…蒼溟のことだよ。この間の事件から雰囲気が激変しているだろう?」
「はぁ~、まったく。お子様からようやく若者になっただけでしょう。」
ジンとインテグリダーの言葉に王であるエスタシオンも最近の蒼溟の姿を思い出す。
確かに最初に会った時と雰囲気が変わっていたが、あの年頃の少年であれば特に不思議だとは思わない。異邦人たちの言葉にも「男子三日会わざれば刮目して見よ」というのがある。だから、ジンにとっても不思議なことではないと思うのだが。
「まぁ、確かに。今までオスとして見てもらえなかったのが、ようやくオスだと認識してもらえたっていう感じだからなぁ。」
後宮で女性陣のオモチャとなっていた蒼溟だが、魔の森から戻ってきて認識が変わった様子。以前は着ぐるみを着せて、等身大ぬいぐるみとして抱きついたり、添い寝しようとしたり、と平然と行っていたのだ。今は、パシエンテも恥らって無闇に抱きつこうとはしていなし、着ぐるみを着せようとすることもしない。逆に執事の服装や貴族の礼服などを着せたがるようにはなっていた。
「それはそうだが…、アイツは異邦人なんだぞ。人の生死が身近にあった環境で育ったわけではないんだ。下手したら、親しいものたちの死を初めて体験したのかもしれない。」
「誰しも通る道かと思いますけど。」
「確かに。蒼溟のヤツもようやく年相応の欲求などを感じるようになったのかもしれん。」
騎士とエスタの言葉にジンは恨みがましい視線を送るが、逆に二人は何をそんなに心配しているのかが分からない。
「年相応の欲求なら、後宮に出入りしている間にエスタの娘たちと恋仲になったりしてなぁ。」
「ふむ。それなら、それで構わんがな。」
意趣返しとして嫌味を言うが、親バカなエスタにしては珍しく落ち着いて答える。
「マジに蒼溟を王族に加える気か?」
「まぁ、そうなっても構わんと思ったからこそ、後宮に出入りさせることにしたのだからな。それに下手な連中に取られるくらいなら有望な人材として取り込んだ方が王としても親としても両得だ。」
以外にもしっかりとした考えを言われ、ジンは唸る。
「まぁ、ようするに…ジンは親バカを超えた、爺バカっと言うところでしょう。」
すました表情で酒を飲みながらインテグリダーが言う。
「俺の何処が爺バカだ!」
「フッ。実の息子が反抗期のときに吊るし上げた挙句に二人して暴走して、奥方であるフィラン殿と侍女であるサカエ殿に折檻をされた奴がよく言いますね。」
「むぐぐぐぅ…」
「更に、蒼溟に対するジンの態度はまさに孫に骨抜きにされた祖父そのもの!!」
「…一応、義理とはいえ親子だ。ジジイではないやい。」
「年齢的にはあっているだろう。過保護すぎると孫に嫌われるぞ、じじい。」
「ぐぅ、エスタまで。…素直なヤツが突然に変わると何事かと心配になるだろう?」
「それこそ、杞憂だろう。大人の言うことをそのままに聞いていた子供から、自分の考えや本能的な欲求から行動するようになっただけだろうに。」
「そうですね。蒼溟殿の年頃なら、反抗期になったのかもしれませんね。」
騎士の言葉にジンは目を見開き、「蒼溟が?でも…いやいや。しかし…」とブツブツといい始めるのを見ていた三人。
「これは確かに爺バカ。」
「アホだ、アホ。まったく、蒼溟の成長を喜んでやればいいのに、グダグダとうっとうしいヤツだ。それに孫娘ならともかく、男だぞ。ケモノ耳もないのに…。」
「宰相様、何もかもケモノ耳に繋げるのはやめられた方がよろしいのでは?」
結局は、蒼溟がようやく年相応になったという結論になり、その後はそれぞれクダクダな雑談をしていくのであった。
▲あとがき
蒼溟は「行動する際には視野を広く」と躾けられていたので、今回の襲撃に対しても「相手にも深い事情があるかもしれない」と考えていたのです。
結局は「相手の判断できない事情よりも自分にとって大切なことを優先する」という普通の判断をしただけ。
それにともない、スパルタ教育の弊害で自分の欲求を極限まで押し殺していた癖が抜け始めた…というのが真相です。
まぁ、大人にとって扱いやすいお子様から成長しただけですね。
もう一つ、本日の夕方頃に投稿予定です。