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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第三章 激動する状況
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3-26 ファンタスマ族の送り歌

 捕虜となった人族の兵士を拘束し、逃亡防止策としてカプセル型魔工術式「痺れた足では歩けません」と「滑るぞ、転べ」を使用しておいた。


「このカプセルの魔工術式は凄いですねぇ~。」


 周辺の村から臨時お手伝い要員として来た獣人族のおっちゃんが目をキラキラさせながら見つめている。

 自称・発明家のおっちゃんは任意の部位のみ、特に足首から下だけを痺れさせている「痺れた足では歩けません」を感心した様子で眺めている。痺れ薬による麻痺だと全身に回ってしまって尋問をすることが出来なくなってしまう。だからといって、少量では意味が無い。

 その問題点をこのカプセルは解決してしまっているのである。しかも、捕虜を正座させておくとさらに持続時間が倍増し、血流が滞ることにより起こるうっ血などの症状は微妙に回復させるという、ある意味では最高の拷問具でもある。


「でも、これだと手は自由になりませんか?」

「そこは、従来の拘束具で補っておけば良いのでは?」

「なるほど、あくまでも『逃走』に対してのみの対策道具なのですねぇ~。」

「すげぇよな。やっぱり、国営商店街の商品ともなると面白いうえに使い勝手がいいんだなぁ~。」

「ツンツン…ツンツン…グサッ♪」

「「「「(ぎぃやあああぁぁぁ~~~!?そこの獣!足を触るんじゃねぇーーー!!!)」」」」


 痺れている足を無情にも木の棒でつつかれて、声も出せずに悶絶する捕虜。


それを遠くから見ていたファンタスマ族の少年がソロリと近づき指先を踏みつける。さらに悶絶する捕虜の兵士たち。その少年に続くように、今まで追われていた少年少女は無言で兵士たちの足を踏んだり、蹴ったりを各兵士に一通り行った後は大人しく傷ついた少年の側に集った。


「「「………」」」

 その様子を無言で見守る他の獣人族の村人たち。


( なぁ、あれって。アイツらなりのけじめってやつかな? )

( 多分、そうじゃないかねぇ。あの子らも自分たちの軽率な行動が原因だとは理解している様子だしねぇ…。 )

( それにしては軽くねぇか?あんな奴ら、拳で思いっきり殴ってもいいと思うぞ? )

( それが出来るような子たちなら、ファンタスマ族になっていないだろうよ…。 )

( でもよぉ~。あんだけ理不尽な目にあったのだから、多少の報復行為はしてもいいとオレは思うぜ…。 )

( さぁね。心優しいからファンタスマ族になったのか、それとも逆なのか…女神さまのみが知ることさ。ほら、私らは私らでやれることをしようかね。 )

( あぁ、そうだな。 )


 ファンタスマ族の少年少女を森へ返すための準備を続ける。


 そんな中で蒼溟は、様々な軟膏や飲み薬を囮扱いされていたファンタスマ族の少年にほどこしていくが状態はかんばしくない。


( くっ、これでは… )


 表情は平静を装いながらも蒼溟は心の中で葛藤していた。

 自分の知識と技術を総動員させても、この少年が助からないことを逆に気付かされてしまったのだ。いま出来ることといえば、少しでも痛みを和らげてあげる事だけである。


「グイ兄ちゃん、ごめんなさい。」

「い、痛いの痛いのとんでけぇ。」

「人族のお兄さん。グイ兄、村までもちそう…?」

「うぅ、ひぃっく。グイ兄も…い、一緒に帰るのぉ。」


 傷ついた少年の周りに居るファンタスマ族の少年少女がそれぞれに言ってくるが、蒼溟はそれに返事をすることが出来なかった。

 彼らも心のどこかで理解しているのであろう。誰一人とて、「治るの?」とはたずねてはこない。それが余計に蒼溟を無口にさせるのであった。


 それから間もなく、魔の森のレーヌ族たちがファンタスマ族の少年少女を彼らの村へと連れて行った。だが、傷ついた少年は村に戻り、間もなく息を引き取った。


「本当に、お莫迦な子達だねぇ。でも、よく頑張ったよ。」


 ファンタスマ族はその姿から察するように涙を流すことができない。それでも、村人たちが少年の死を哀しみ、生きて帰ってきた子供たちの無事な姿に喜んでいるのは雰囲気だけでなく、よく分かった。


 少年の亡骸を特殊な布地でいたわるように包み込み。村人たちが一言二言、お別れの言葉をかけていく。


「さぁ、皆のものよ。現世を生き、駆け抜けたものに労いと来世への幸福を祈り、送ろうではないか…。」


 村のまとめ役がそう声をかけると、布に包まれた少年を村の中心にある広場へと横たわらせる。その下には不思議な魔術式が描かれていた。


 ファンタスマ族の鎮魂歌は不思議な韻と共に優しく、ゆっくりと合唱される。


 それは、共に過ごした日々を感謝する言葉。 死に逝くものへのいたわりと安らぎを諭す言葉。 次の生への激励の言葉。 様々な想いと共に皆が優しく力強く謡い、魔術を起動させる。


 少年の亡骸を中心に魔術式が起動され、淡い燐光と共にその輪郭がぼやけていく。

 幻想的でありながら、どこか物悲しく、尊厳な雰囲気と共に空へと消えていった。残されたのは、少年を包んでいた特殊な布地と幾つかの黒曜石のように輝く魔石だけだった。


「ジン殿にレーヌ族の方々、それに蒼溟殿。このたびは、多大なる尽力を頂き誠にありがとう御座います。」

 まとめ役の言葉にそれぞれが答えるが、蒼溟は思わず俯いてしまう。


「蒼溟殿には、これを…。あの者が最後に、礼代わりとして残したものです。」


 まとめ役が蒼溟の手を取り、握らせたものは先ほどの儀式で残った亡き少年の遺品ともいえるもの。黒曜石というよりも夜空を閉じ込めたような不思議な輝きを内包した魔石であった。


「ッ!? これは大事なものなのでしょう。」


「えぇ…。死した後に、何も残せないファンタスマ族だからこそ、こういったモノで生きた証とするのです。皮肉にもそれが命を狙われる原因ともなっておりますがね。」


「そんな大事なものを僕に…。」


「はい。それが、あの者の遺志ですから。遺志なき者の魔石は空虚なものです。奴らが手にしたものはおそらく、空虚な黒石。」


 ファンタスマ族は生殖行為を行わない。インフィニティと同じように、発生により増えていく種族である。その核となっているのが、魔石だとされる。

 本人たちもよく理解していないが、人間のように色欲に狂い、犯すような過ちは起こらない。何故か雌雄の区別は存在する。


「それに遺志ある核石は、渡したいと想った者にしか持つことが出来ない。本来はそのように出来ているものなのですよ。」


 そこまで言われれば、蒼溟も断るわけにはいかない。


「分かりました。ありがとうございます。」


 深く頭を下げて、手にした夜空色の魔石を大事に包み込む蒼溟であった。



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