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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第三章 激動する状況
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3-25 保護者として

 小さな砦の内部に入って、ジンは元の世界のコンクリート家屋を連想した。


( 緊急用の要塞というよりも避暑地の別宅みたいな感じか? )


〔 お呼び立てして誠に申し訳ございません。ワシは森の外にて緩衝役を担っておるレーヌ族の長、ゴウと申します。 〕


「そうか。俺は異邦人にしてラント国に所属しているジン・デスティノという。」


 互いに自己紹介をした後はすぐに本題へと入る。


 ゴウの話を要約すると…

 魔の森に侵入しようとする人族の部隊と森の外周に住む多種族との間に幾つかの小競り合いが起こっていた。

 相手が探求者であれば争い事態が発生しない。彼らとの関係は持ちつ持たれつであり、素材と食料の交換や周辺の情報と万が一の救助活動など、互いに出来ること譲歩することを決めて交易をしているからだ。

 今回の相手は揃いの装備に統一された行動、編隊と明らかにどこかの国の軍隊であった。そんな彼らの行動は粗暴としか表しようがない数々の問題を起こし、時には犯罪行為すら行っていた。

 そんな相手に警戒と監視を行い、緩衝役のレーヌ族が交渉を行っていた時だった。多種族への殺生は行っていないと言っていた相手の陣内から傷だらけのファンタスマ族の少年が交渉役のレーヌ族に救いを求めてきたのだ。事情を知ったその交渉役は時間を稼ぎながら、他の子供たちを多種族たちの協力の下で救助し、保護。自らは英断をした少年を救うために敵陣内に最後まで残り続けて殺害された。


 後はお決まりの展開だ。

 口封じをするために動く小隊と状況報告に証拠隠滅をする小隊とに別れ、任務達成後に速やかな撤退をする。この際に軍隊としての熟練度と規律度により足並みが乱れる。

 口封じするはずの小隊が欲に囚われて時間をかけすぎてしまった為に言い逃れが出来なくなったのである。


「そうか。この報告はラント国の上層部にも伝えさせて頂く。この森は協会と女神の認可によりラント国が保護している地区だ。例え独断で行われた所業といわれようとも軍隊として動いたのだ。それなりの対処と今後の応対をさせて頂こう。」


 この世界での領土、領海の折衝問題は基本的にあり得ない。その大きな理由が女神の存在である。

 地球と違い、この世界はかなりの広さを持っており人族や多種族が把握している場所など全体の極僅かな部分でしかない。未開発地に何があり、どのような生物が生息しているのかはまだまだ謎が多い。

 さらには、狭い地域での領土侵犯などに対しての処罰は基本的に国同士で行うだけで女神は関与しないが、問いかければどちらの領域なのかは明確に提示されるのである。また、歴史的な要因からだと協会が秘蔵している古い書物などから一切の言い訳もごり押しも霧散させられる。

 これらのことから、他国を侵略するよりも新たに未開発地区を取り込んでいった方が国交的にも民衆的にも好意的であり、交易にも優位になる。領土侵犯などうま味が無いどころか下手をすれば国を潰されかねない愚策なのである。


〔 ありがたい。此度の争いで我らが部族は減りすぎてしもうたからのぅ。 〕


「いや。こちらこそ、対処が遅れてしまい誠に申し訳なかった。森の民の協力と尊い犠牲に大いなる感謝を述べさせて欲しい。」


 ジンの言葉にレーヌ族のゴウは好意的に受け止めた。

 ラント国の領土内とされているがこの森周辺は独自の独立体制をとっているのである。それを尊重している態度であるからこそゴウはジンに信頼を寄せることにした。


〔 その言葉だけで森の民も癒されるでしょう。今後も良き隣人たらんことを… 〕


「ありがとう御座います。隣人として良き関係を崩すことなく精進していきたいです。」


 ジンとゴウの対談は公式用の伝晶石により、両陣営の者たちに偽り無く伝えられる。これにより、この事件の第一交渉は終わった。


〔 さて、堅苦しい対談はここまでじゃ。ろくなもてなしも出来ぬが、ゆっくりと寛いでおくれ。 〕


「いや、屋根のある場所を提供してくれるだけでも十分ありがたい。ここの周辺一体の整地と周辺の警備はウチの連中にやらせるさ。他にも雑用があるようなら気軽に声をかけてやってくれ。」


〔 そうして頂けるとありがたい。 〕


「なに、持ちつ持たれつだ。それよりも、先の争いをレーヌ族の“選定の儀”と認定したそうだが…。」


〔 それに関しては、シュン殿に聞かれるがよろしかろう。あちらの部屋を使われるがいい。しばらくの間はヒト払いさせるゆえに。 〕


 ゴウの気遣いに感謝を述べて、ジンは問題のシュンを呼ぶ。


〔 分かりました。それでは、私の務めは他のものに任せてきますので、しばしお時間を下さい。数分後にそちらに伺います。 〕


 場所を移動したジンは、ソファーの上にだらしなく座る。ほどなくして、お茶の準備をしたシュンが室内に現れる。


「前置きなどは全て省くぞ。まず確認しておきたい事は、お前の“主”は蒼溟なのか。」


 疑問ではなく、確信をもった問いかけに対してシュンは嬉しそうに答える。


〔 はい♪ 蒼溟さまは私の“主”にして、数多のレーヌ族の“主上”に相応しきお方で御座います。 〕


「ん? シュンだけの主ではないのか?」


〔 兼ねてもいる…と申し上げたほうが理解しやすいでしょう。アオ様…いえ、インフィニティ様との相互リンクに耐え、さらにシンクロ率は最高値。因習を知らない異邦人というのも我らにとっては好都合。主のみにお仕えできる環境というのはなかなか御座いません♪ 〕


「なにやら、えらいベタ褒めだなぁ。そもそもレーヌ族は主と定めたものにしか仕えないだろうが…。」


〔 何時の世もどのような御仁でも、絶ちようのない絆というものは御座います。 〕


「だが、他のレーヌ族たちの“主上”になるのもおかしいだろう。確か仕える“主”は個々によって違うと聞いているが。」


〔 “主上”の地位は昔から在りましたよ。ただ、それに相応しきお方がおられなかっただけです。 〕


「むぅ…、それはまぁいいか。結局のところはレーヌ族の問題だしな。では、一番気になっていることを聞くが…蒼溟はどうした、どうなったんだ?」


 ジンの曖昧な問いかけに対してシュンはしばし熟考する。


〔 蒼溟さまが今まで魔術を使うことが出来なかったことを知っていましたか? 〕


「使わない…ではなくてか?」


〔 そうです。ご本人の意思の面もありますが、蒼溟さまは魔術の必要性を感じなかったと同時に使うことが出来なかったのです。 〕


「だが、蒼溟は異邦人だ。俺たちとは違う世界だったかもしれないが、魔力の循環なども俺は感知していたぞ。それなのに、使えなかったというのか?」


〔 はい。そもそも魔術を行使する際に必要とされる前提条件をご存知でしょうか? 〕


「魔術の前提条件といえば、魔力と明確なイメージ、そして確固たる意思だ。その三つが揃えば威力の強弱はあるが、必ず発動する。」


〔 そうですね。一般的にはそのような感じですが、厳密にいえば確固たる意思とは本能的なものも含まれているのです。 〕


「ん?よく分からんなぁ~。確かに本能もあるだろうが、そのほとんどは認識などされないだろう。必要だと思うからこそ使う。蒼溟が使えなかったのはその必要性を感じていなかったからじゃないのか?」


〔 アオ様からお聞きしたのですが、蒼溟さまは以前住んでおられた場所でかなりの高等教育と同時に情操教育も受けておられたようです。その際に本能とも言うべき衝動や感情の揺れさえも抑制する訓練を受けられていた様子で… 〕


「本能の抑制訓練ねぇ…。自制心が強くなるとかじゃないのか?それで魔術が使えなくなるっていうのは、無理がありすぎないか?」


〔 自制心ならば、魔術は使えます。蒼溟さまは確かに喜怒哀楽といった感情面を損なっている様子は見受けられませんでした。ですが、本能的な部分でいえば欠損とまではいかないにしても封じられている様子は度々見受けられましたよ。 〕


「?例えば?」


〔 そうですねぇ。分かりやすそうな例えなら…アルシュ様たちとの混浴の際に欲情を抱くよりも先に意識を落とされたり、狩猟が趣味でありながら攻撃衝動が希薄であったり、後は気配、雰囲気とでもいいましょうか、それが大きく異なりませんでしたか? 〕


「う~ん(疑)混浴に関しては初心な少年に羞恥のまえに欲情しろ…というのは無理な話だろう。狩猟に関してもゲーム感覚なら攻撃衝動が薄れるのもあり得そうだが…。雰囲気に関しては確かに先ほど見た蒼溟と数時間前とは大きく違うが…初めて同族に近い人族をそれも戦場で殺したんだ。内心で大きな変化が起こっていても不思議ではない。」


〔 困りましたね。本能の説明がここまで難しいとは…。私としてはその内心の大きな変化こそ、本能だと言いたいのですが…納得されないですよね。 〕


「そりゃあなぁ。同族殺しを本能です…と言われても困るわなぁ。」


〔 むぅ~、同族殺しを行ったから本能というわけでは無いのですが…。 〕


 互いに上手く説明が出来ずに堂々巡りになりそうになった為に、押さえるべき要点を確認することにした。


「要するに、シュンとしては蒼溟が抑制されていた本能を開放し、魔術が使用できるようになったから“主”に相応しいと判断したのか?」


〔 “主”の素質のひとつとして…ですね。今までの蒼溟さまは誰かに調整された生きた人形のように感じていました。抑圧され、それを受け入れていたのを漸く解放し、個人の本質を開放され始めた。 〕


「抑圧…されていた割にレイルと一緒にイタズラグッズをよく作っていたがな。」


〔 …まぁ、抑圧しきれなかった部分ということで。 〕


「それを受け入れていた割に、妙な反骨精神を出していなかったか?」


〔 されていましたか? 〕


「アクレオから聞いたが、母親の伝言に対してドス黒いオーラを醸し出していたり、竜の角落しではサウラの助力を断っていたり、姫百合部隊との初遭遇時での夕食にあえて昆虫料理を出していただろう。」


〔 ……そう言われてしまっては、私たちレーヌ族の本能からの判断としか説明できなくなってしまいます。 〕


「そのほうが分かりやすいし、納得できるんじゃねぇか?」


〔 そいうものですか? 〕


「ああ。結局のところ、主として仕えたいかどうかは従者の気持ちと状況次第だからな。それで蒼溟の雰囲気が変わってしまったのは初の同族殺しと魔術行使によるものと判断していいのか?」


〔 同族殺しについては微妙ですね。魔術行使の方が大きな心境変化だと思います。 〕


「殺しに関してはさほど影響がなかった…ということか?」


〔 まったくとは言いませんが、狩猟を趣味としている辺りから独特の覚悟のようなものはされている様子でしたから。 〕


「むぅ、そう言われると納得できそうで、できん。ここら辺は本人に直接聞いてみるしかないか。」


〔 そうですねぇ。後は私の方で気付いたことといえば、以外にも命令しなれている様子でしたね。従っていて迷いなく行動できる良い指示の仕方です。 〕


「指示というか、無愛想というか。まぁ、お前さんには最適な感じであった…ということでいいか。」


 ふむ。抑圧された教育方法をされた経験があるのなら頭ごなしに怒鳴りつけたり、意見を真っ向から否定したりするのは止めた方がいいか。温厚そうな様子で結構、反骨精神を見せていたからなぁ。まずは蒼溟の主張を聞いたうえで、訂正すべきこと、認めても良いところをきちんと指摘していってやるのが最善かねぇ~?


 魔術が使用できるようになったことは褒めてやった方がいいのか?それとも取り扱いに注意するように言った方がいいのか?…くっ、悩むぜっ!!



 ジンが新人パパのように教育方針で悩んでいる傍らで、シュンは主となった蒼溟のために後処理の準備を進めていくのであった。


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