3-23 選定の儀
ライと共に砦内部に転移したシュンはこの部族をまとめる序列上位者に会っていた。
〔 初めまして、シュンと申します。現在は火急のため、ご挨拶は略称させて頂き、用件だけをお伝え致します。 〕
部族の長を務めるゴウはそれに頷く。
〔 此度の戦いを私の“選定の儀”とさせて頂きます。 〕
〔 なんじゃとっ!?しかし、我らにも職務がある。 〕
シュンの言葉にゴウは承諾をしぶる。
〔 そちらの優先すべき職務は“保護”と“選別”で御座いましょう?敵対勢力の“殲滅”ではないはずです。 〕
〔 しかし、このままじゃと“保護”の職務を全うさせることはできまい。 〕
〔 それに関しては、私の“選定の儀”の対象者が打開してくれるでしょう。こちらが求めるものは“保護”の職務を全うし、外の戦闘に一切の助力をしないことです。 〕
〔 あれだけの敵に対応できると? 〕
〔 私の“主”となられるお方ならば、可能と認識しております。 〕
シュンの言葉にゴウはしばし黙考するが、あっさりと決断をする。
〔 了承した。では、具体的な対応策をお聞かせ願おう。 〕
レーヌ族の掟の中に“職務を全うすること”というのがある。
これは“主”を得られなかったものたちが心の支えにする為のもので、レーヌ族の存在意義にも関わる重大な掟でもある。掟を破ったからといって、何か罰則があるわけではないのだが、そのレーヌ族は精神的に不安定になり、最後は憔悴して死に至ることになる。
その為に部族をまとめる長役は自分たちの“職務”を全うさせてやろうと、ありとあらゆる方法、手段を用いる。その中には仲間の命すら賭ける辺りがレーヌ族らしい。
“選定の儀”とはレーヌ族の者が己の“主”を見定めるために行うものである。その方法は千差万別で通常は主従関係になる両者によって決められる。さらにその判断基準は従者となるレーヌ族個人による。その“選定の儀”を邪魔することは同族の序列上位者でも禁忌とされている。
“職務全う”と“選定の儀”との優先順位は“主”至上主義であり、“主”の為ならば常識も規律も倫理観すら投げ捨てるレーヌ族であれば明白であろう。
そして、その情報は数秒で部族内のレーヌ族に伝わり、外に助力を求めにいった者たちすら手出しをしないことになってしまった。
◇ ◇ ◇
「くっくっくっ、楽勝な任務だよなぁ。」
「おいおい、一応だが作戦行動中だぞ。まぁ、“わたぼこり”連中がどれほど集まろうが俺たち人族に勝てるはずもないがな。」
「当たり前だろう。俺たち知恵ある人族様の最新装備に精鋭部隊と“わたぼこり”に動物だぜ。負ける方がどうかしているぜ。」
「それにしても“天然素材”をわざわざ守るなんてバカっすよねぇ。それとも低俗種族同士でなんか感じるものでもあるんすかねぇ?」
「さぁな、こんなゴーストもどき。俺様たちがその魔石を有効に使ってやるってんだ。素直にその身を差し出せばいいのによぉ。手間かけさせやがって。」
満身創痍の状態で囮にされているファンタスマ族の少年は薄れる意識の中で、傲慢な意見を言う人族たちに憤りを感じていた。自分たちの迂闊さも悔しいが、こんな奴らに同族やレーヌ族たちが理不尽に殺され、侮辱されているかと思うと死に切れなかった。
「はぁ~、さっさとチンケな砦を潰してずらかりてぇ~。」
「しゃあねぇだろう。小隊長さまが新装備の実験と自分の趣味に興じているんだからよぉ。」
ゲラゲラと笑う真っ黒な装いの隊員たちは、すっかり油断していた。新装備の想像以上の防御力と攻撃力、さらには格下の相手しかいないという驕りによって。
「そういえば、この間狩った“天然素材”はなかなか面白い反応をしていたぜ。」
「あぁ~アレか。そういえば、数はもう揃っているんだろう。」
「ん?軍の上層部に提出する分はすでに集まっているぜ。これは、俺たちの小遣い稼ぎのためさ。わざわざサングィスからダーイラ山脈を越えての遠征だからな。うま味がなけりゃあやってらんねぇぜ。」
「なるほど、納得。裏市場に流せば結構な稼ぎになるしな。ファンタスマ鉱石、別名は確か幽石だったか?」
「そうそう。上流階級のご婦人連中に人気の一品…」
言葉の途中で不意にその男は静止する。どうしたのかと思い、他の隊員が振り返った先には…ゆっくりと崩れ落ちていく男の姿だった。
「おいおい、なんだよ。任務中に突然、寝るなよ。起きろ!」
気絶したのだろうか。外見上に傷一つなく、弛緩した身体を起こすように蹴飛ばすが、反応は無い。そうしている内に他の連中も突然、倒れだした。
「はっ?なんだ、何が起きている。」
ピクリともしない同僚たちの姿に異変を感じるも、何が起きているのかサッパリ分からない。周囲を見回しても敵と思える存在が見当たらない。
「チッ!視野分割・索敵広大・自動防御、全て起動。」
新装備に搭載された自動索敵感知の範囲を広げ、現状を速やかに確認していく。その中に周囲の状態確認もあるのだが、そこで男は仲間が既に息絶えていることに気付いた。
「ちっくしょう!“わたぼこり”野郎どもの仕業か!?」
敵が表示されないことから遠距離からの転移、刺殺後に撤退をしていったと思ったのだ。しかし、それが間違えであったことを男はその身で知ることとなる。
「水球・凍結」
その声に振り向けば、フルフェイスの薄暗い視界の中で一人の少年がこちらに向かって手を突き出している。その姿が歪み始め、驚きで声を出そうとするが口内に水らしきものが入り、呼吸ともども出来なかった。
ヘルメット内だけに充満した水により、男は陸地にいながら窒息死するはめになる。しかもソレを促進させるために水を口内に入った分も含めて凍結されたのである。
通常であれば、即死するようなものではなかったはずである。あまり知られてはいないが人族も魔術が行使できないだけで、魔力自体は存在する。そのために魔力抵抗という本能の防衛機構として無意識に使っているのだが、彼らの常識では“体質”扱いになっている。
その魔力抵抗から水球に頭部を閉じ込められても水中にある酸素をかろうじて吸収し、異邦人たちの常識よりもはるかに長い時間生きていられるはずなのである。
(なぜ?俺たち精鋭部隊は魔力に対しての抵抗値が高い連中ばかりのはず、なの、に…)
薄れ行く意識の中で男が抵抗できたのは、僅かな思考のみ。他の仲間に連絡をしようと考えるどころか、指一本動かすことすら出来ずに、男は静かに崩れ落ちた。
「魔術が存在していても、人体の構造は似たようなものかな。」
蒼溟は男たちに対して冷徹な眼差しを向けながら呟く。
「だ、だれ…だ。」
ファンタスマ族の少年は霞む視界の中で、さきほどの様子を見つめていた。
人族の連中は気付かなかったようだが、蒼溟は気配を消して、ゆっくりとこちらに近づき、囁き程度の音量で魔術を行使したのだ。その際に感じた魔力の質、量、精密さに少年は寒気がした。
「もう少し我慢して。すぐにレーヌ族の者たちが君を迎えにくるから。」
「おマエ…は、ひと族、じゃ、な、いの…か。」
「僕は異邦人と呼ばれるもの…(らしい?)」
「な、なかま…は」
「君の友達は既にレーヌ族たちにより、保護されているよ。後のことは心配しなくていい。ここにいる害獣は討伐してしまうから。」
その言葉に場違いにも少年は心配をしてしまう。
人族のような姿の少年、魔術を行使したことから違うとは分かった。しかし、これだけの人族を相手に一人で対処しようとするのはあまりにも無謀に思えたのだ。
こちらの援軍がいるかの問いも見当違いな答えが返ってきたし、実は現状を認識していないのでは?と疑ってしまう。
「大丈夫」
そんなファンタスマ族の少年の心を察したのだろうか。
異邦人の少年は戦場には似つかわしくない優しい微笑みを向けてくる。そして、囮となっていた少年の周囲にレーヌ族たちが次々に転移してくると、すぐに次の転移準備に取り掛かる。
〔 異邦人の少年よ、我らが同胞のシュン殿から伝言だ。「御心のままに行動して下さい。後のことは一切、お任せ下さい。」との事だ。 〕
「分かりました。そちらの少年が予想よりも衰弱しているのでコレを使って下さい。処方についてはシュンに聞いて頂ければ大丈夫だと思います。」
蒼溟は腰につけていたポーチ型の圧縮袋から回復薬と傷薬を手渡す。それをレーヌ族の一人が大事に受け取り、全員でファンタスマ族の少年ともども転移を行った。
幾人かの人族とレーヌ族たちの亡骸が横たわる地に蒼溟、ひとりだけが残された。
「さぁ、欲深い獣を狩ろう。傲慢な思考には冷徹な理を…、安易な自己犠牲には不条理な現実を…、心無き殻の器に想いを…。」
自らに言い聞かせるように囁く蒼溟。
しかし、その顔に浮かぶ表情はなんとも例えがたい心情を表すかのように不気味である。冷酷な…と表現するには、愉悦が滲み。狂喜と評するには静謐な雰囲気を醸し出している。
そんな蒼溟にようやく、人族の部隊たちが気付き始める。
「さぁ、命を賭けた“狩猟”を始めよう。」