3-22 ファンタスマ族の悲劇
若干、残酷な表現が入ります。
露店商をしてから数日、蒼溟は集められなかった残りの薬草や鉱石を採取しに森へと入っていく。
「うぅーーん。やっぱり、森の中は落ち着くなぁ。」
大きく伸びをして、森特有の空気を胸いっぱいに吸い込み、吐く。軽く準備運動をしてから蒼溟はシュンと一緒に森を駆け巡っていく。
数時間後―
目的の採取物を集めることができた蒼溟は、シュンと一緒にのんびりと森の中を散策していた時だった。
見知らぬレーヌ族が彼らの眼前に忽然と現れた。
〔 すまない!そこの同族とヒトよ、手を貸してくれっ!! 〕
その切羽詰まった様子とシュンの密談により、嘘は無いと判断した蒼溟は協力することに決めた。
見知らぬレーヌ族はシュンより僅かに年上らしく名前はライ。本来は、魔の森の外で暮らす部族のひとりで、ここには立ち入ったことは無いらしい。そんなライが蒼溟とシュンに助力を求め、移動しながら説明をしてくれた。
「それじゃあ、ファンタスマ族の者が森の外にいた謎の部隊により攫われた…ということですか?」
〔 攫われただけなら、俺たちだけでも救出する術はある。だけど、ヤツらの狙いは彼らの体内で生成される魔石だ! 〕
ファンタスマ族はその外見からも分かるように、他の種族とあまりにも生態が違い過ぎるために迫害の対象となっていた時期もある。
種族としての容姿特徴は真っ黒な肌に丸顔、鼻はなく、目の部分にはボンヤリと光る点が二つ。口らしき裂け目が一つ。人型をしている。全体に真っ黒だが、きちんと質感はある。
しかし、異邦人たちが持ち込んだ怪談話などの幽霊や魔物のゴーストに酷似していることから、その亜種ではないかと判断され、討伐対象とされていたのだ。そこに明確な根拠は存在していないが、忌避する理由としては十分である。
そんな彼らが迫害されていた裏の理由として、彼らは死亡すると魔物のように身体が解けてなくなり、その後に黒曜石のような魔石が残される。通常の魔石に黒色は存在しないし、含有する魔素も多量で希少な属性、しかも魔物と違って攻撃されることがほぼ無い。それらの理由から魔石欲しさに惨殺されてきたのだ。
現在では、協会から非人道的な行いにして矛盾撞着だとされ、保護対象に認定されている。
これにより各国でもファンタスマ族は保護対象とされているのだが、一部の上流階級から希少な宝石として裏市場で高額取り引きされている。その為、リスクの少ない高額商品として密やかに狩られているのが現状である。もちろん、これは違法行為だが一向に減少することはない。
「それにしても、どうやって森の中に進入できたのだろう?」
〔 進入したんじゃない。ファンタスマ族の子供たちを言葉巧みに騙して、森の外に出させたんだ。 〕
「その交渉はどうやって?」
〔 子供たちは好奇心旺盛な性質を持っているから。それを利用して興味を引きそうなもので近場に呼び寄せ、さらには脅しや疑いを抱かせた後に自ら森の外へと出てくるように仕向けたんだ。 〕
悔しそうな声で語るライに、シュンは無言で回復魔術を施す。
〔 俺たちの部族は、他所から迫害されたものや避難してきたものたちを一時的に保護し、必要と判断すれば、魔の森の住人になれるように手続きをする補助役だったんだ。 〕
今回の事件が発覚したのは、ひとりのファンタスマ族の少年が自らの命を賭けて、他の少年少女を逃がし、それを彼らが保護できたからである。
しかし、保護したファンタスマ族を狙ってレーヌ族たちの所にも謎の部隊は襲撃をしてきたのだ。当初は何とか撃退できたのだが、見たこともない武器により劣勢になり、ライと他数名が魔の森の同胞たちに助力を請いに出立した。
他のレーヌ族たちは死力を尽くして、彼らを守るために場所を移動して救出部隊が到着するまで徹底抗戦する構えである。
「でも、僕たちだけでどうにかなるのかな?」
〔 今は一人でもいいから助力が必要なんだ。それに、魔の森から誰か一人でも来たことをヤツらが知れば、少しの時間稼ぎにもなる。 〕
武力的には微々たるものだが蒼溟とシュンの登場により、後方より救出部隊が居ると思わせられれば良い。その間に他のレーヌ族により、本当の救出部隊が到着できればファンタスマ族の子供たちは助かるのだ。
話をしながらもそのスピードはかなり速く。ライの案内により、ファンタスマ族の子供たちが使用したであろう大きな倒木を渡る。谷を横断するような形の倒木は、幅は狭く、強度もかなり脆い。子供の体重だからこそ渡れたのであろう。そこを蒼溟は、気を練り、足元に展開することにより走破していく。
「あと、どれくらい?」
〔 もうしばらく行く!…皆、無事でいてくれ 〕
◇ ◇ ◇
そこに辿り着いた時に見た光景を僕は忘れないと思う。
全身真っ黒なライダースーツ?にフルフェイスのヘルメットを身にまとった人族と思われる集団に蹂躙される小さな砦。崖の傾斜と谷を使った小さな石造りの砦の前で、小さなレーヌ族たちが必死に奮闘していた。
集団になったところで身体の小さなレーヌ族では人族に対抗できない。そのために彼らが行っていた戦法は孤軍奮闘だった。レーヌ族固有能力である転移を使用して、迎撃用の罠やアイテムで応戦しているのだ。
ある者は元々仕掛けていた落とし穴を絶妙なタイミングで起動したり、足を止めるために剣山のようなものを投擲したり、爆破アイテムを使用している。
ある者たちは人よりも大きな岩を転移により上空に出現させて落石を起こしたり、可燃性のものを同様に浴びせ火を放ったり、敵の進攻前に大きな倒木を出現させている。
砦付近には彼らレーヌ族と懇意の種族なのであろう動物たちと共に、魔術により攻撃を防御したり、傷を負ったものを簡易方術で治したり、その身を犠牲に被爆している者たちもいる。
そのどれもが守るためだけに自らの身を省みず、ただひたすらに敵の応戦をしている。彼らの小さな亡骸が戦場のあちらこちらに晒され、敵兵たちの足により蹂躙されていた。
「……ヒドイ」
蒼溟は戦場を観察して気付いた。
レーヌ族が必死に攻撃ではなく転移により、何かを成そうとしている場所。そこには、傷だらけのファンタスマ族の少年が両手足を木の杭で打ちぬかれ、荒縄により縛り上げられていたのだ。しかも死なない程度に微妙な応急手当もされている少年を囮として、近づいてきたレーヌ族を踏み潰している奴らもいる。
レーヌ族もそれは視認しているであろう。それでも、彼らは砦を死守しながらも囮となった少年を助けるための行動を辞めようとはしない。
そんな彼らの姿に蒼溟は無償に泣きたくなる。それと同時に顔も分からない人族の部隊に言い知れぬ憤りを感じた。
「シュン。温存していた迎撃用アイテムと保存していた攻撃アイテムを使用して砦を確実に確保、保守して。その間に外の奴らを討伐する。」
〔 蒼溟さま、試作品も使用して宜しいのでしょうか? 〕
「構わない。砦の安全確保が出来次第に負傷者を収容、さらに治療を開始。」
〔 特殊結界を使用されますか? 〕
「僕を除いた負傷者とレーヌ族たちを収容後、砦から距離を開けて発動して。」
〔 畏まりました。戦力は蒼溟さま、お一人で宜しいのですね。 〕
シュンの確認に蒼溟は静かに頷く。
〔 なっ!?これだけの敵兵を一人でなんて無理だ! 〕
そのやり取りを見ていたライが驚き止めようとするが、シュンに何かを言われて黙るしかなかった。
「それでは、数分後に少年の周りを確保する。彼を収容後に結界を展開して。」
その言葉にシュンとライは〔 了解 〕と返答すると同時に転移をする。
一人残された蒼溟は深呼吸を行い、気持ちを落ち着ける。感情が高ぶったままでは戦いの際に致命的な失敗をしてしまうことがある。敵の討伐はついでであり、本命は囮となった少年の確保とレーヌ族の犠牲を減らすことだ。可能な限り、失敗はしたくない。
これが防衛戦としての戦いならば、蒼溟はここまでの憤りは感じなかっただろう。
冷たいようだが、蒼溟は狩猟を通して常に生死を感じていた。守るために生き抜くために、それ以上の意志と想いのために生き物は命を賭けるときがある。それに善悪など存在しないと蒼溟は思っている。
だが、今回のこの戦いで人族の兵士たちはあきらかにレーヌ族たちを蹂躙することを楽しんでいるのだ。
決死の覚悟で向かってくるレーヌ族を硬いブーツで蹴飛ばしてみたり、わざと落とし穴に落ちて這い上がるついでに握りつぶしたり、負傷し瀕死のレーヌ族を砦付近の仲間の中に投げ入れるなどの行為を自分たちの仲間と笑いながらする。
表情の見えないフルフェイスヘルメットをしているにも関わらず、彼らの行動や所作から装備品などによる優位からの愉悦感がみてとれるのだ。
― 嬲り殺し(なぶりごろし)
人族の部隊の行為を表すなら、この言葉しかないであろう。
蒼溟の中で、何かが蠢き出す。
普段は奥深くに留まり、まどろんでいるソレ。存在自体は認識していても、ソレも蒼溟も表に出ることの必要性を感じていなかった。それが今、両者の想いを受けて表に出ようとしている。
もし、今の蒼溟を…彼を知る者たちが見たならば、目を疑ったことであろう。
普段の蒼溟とはかけ離れた、冷徹な眼差しと冷酷な笑みを浮かべるその表情を…。強者の威圧とも言うべきその雰囲気を…。
まるで別人のようなその姿に驚き、諌めるものは…いない。