3-21 行商してみました♪
羊な蒼溟が方術師であるメディシーナにドナドナされた数日後。
「それで蒼溟は、魔の森へ薬草採取に行かされるのか。」
フェリシダーの言葉に頷く蒼溟。
本日の姿はデフォルトされた竜種…に丸呑みされた感じである。口の部分に顔を出しているのだが、ポッチャリとしたお腹とお尻にシッポ。手も着ぐるみに覆われているが、高性能な魔工術式により細やかな作業も可能という技術の無駄使いがされている。
「ぽふぽふ~ぅ♪」
柔らかい生地にクッション並みに詰め込まれた綿により、下手なぬいぐるみよりも抱き心地の良い蒼溟のお腹辺りをギュッと抱きしめながらパシエンテは今日もご満悦である。
あの日から姫百合部隊の人たちと一緒に後宮へ出入りしている蒼溟だが、その姿は常に着ぐるみとなってしまっていた。
パシエンテが気に入ったのもあるが、二人の王妃と侍女たちが制作意欲を刺激されて次々と新作を準備するからである。さらには、国営商店街にある「獣耳同好会」と「可愛いは正義である!」の特殊な嗜好の趣味人たちなどによる密かな支援もあったりする。
「まぁ、薬湯の味をマシなものにしようというのもあるけど、薬効を改善する意味もあるかな?」
虚弱体質の要因が分からないとされるパシエンテだが、蒼溟は気になる部分があるのだ。それをメディナに伝えたところ、幾つかの調査結果と他の事例を探してみる事となった。
「ありがとうございます。でも、無理はしないで下さいね。味なんて健康維持のためなら幾らでも我慢できる範囲なのですから。」
蒼溟に抱きつきながらパシエンテは少し心配になる。
魔の森は女神さまの加護を受けた地である。許可なきモノが入ることが出来ない地ではあるけど…女神さまから見て無害であっても、ヒトから見ると有害であったりするものは割と多い。
「心配してくれて、ありがとう。大丈夫だよ、アルシュ達も居るからね。」
「森の主さまのお名前を呼べるなんて。蒼溟兄さまは不思議な方ですよね。」
パシエンテの言葉にちょっと背中がむず痒くなる。王族の一員となり、レイルと同じくらいの年齢ということでパシエンテから兄と呼ばれるようになった。さらには何故か蒼溟に対してかなりの甘えん坊になるのだ。
(本当の妹みたいで、可愛いなぁ。そういえば、柊の妹の芽衣ちゃんは元気にしているかな?)
「アルシュといえば、蒼溟。ちゃんと連絡を取っているのか?」
フェリシダーが確かめてくる。
以前、親友であるアルシュから特殊な伝晶石を使ってまで聞かされたグチを思い出して問いかけてみる。
「?手紙は送っているよ。」
初プレゼントをした以降にアオやシュンを経由して週一くらいの割り合いで近況報告みたいのを送っている。アオに頼めば直接会話することも可能だが、そこまでの必要性を蒼溟が感じていないため、手紙のみとなったのだ。
「文通からって…。まぁ、奥手なアルシュには丁度いいのかしら?」
フェリシダーの言葉に蒼溟は首を傾げる。蒼溟にとってアルシュは村の住人たちのように家族のような身内的な感じしかなく、恋愛対象としてみていないのだ。
「でも、久々の狩猟だから楽しみ♪」
「本当に野生児よねぇ~。」
「くすくす、蒼溟兄さまが楽しそうで良かった。」
この時は思いもしなかったのだ。
ちょっと魔の森で薬草や鉱石を採ってくるだけ…そう思っていたのだが、出発前に渡された入手品目一覧表と名付けられた数ページにわたるリストを手渡されるまで。
「行商ですか…(汗)」そう呟く羽目に陥るとは…。
◇ ◇ ◇
「蒼溟―!こっちの商品はどれくらい準備しておくんだぁ?」
「それは十ダースくらい。あ、これはどうしよう?」
「ん?あぁ、趣味人連中からのヤツかぁ…いいんじゃね?売っちまえー♪」
魔の森へはジンと蒼溟の二人だけで来ることになった。お手伝いとしてシュンも協力してくれているが、何故かアオは「やることがあるから」と言って、現在は別行動中。
久々にアルシュと直接会い、楽しい談話をしたり露天風呂を堪能したり寛いだ。翌日にファンタスマ族の村へ資金稼ぎも含めた露店を設置している最中である。
「それにしてもだ。入手リストだけを押し付けて資金は現地調達して来いって…どれだけ横暴なんだ、アイツら…。」
ジンの愚痴に苦笑するしかない蒼溟。
「まぁ、その代わり売り物をくれたんだから…。」
「微妙なラインナップの商品だがな…。コレ、絶対に趣味の延長で作っておきながらいらなくなった物ばかりだろう。」
ジンの視線の先には手製のぬいぐるみや布袋などはマシな方で、奇妙なお面や大きすぎる女性用の服。音に反応して踊り狂うマネキンもどきに所有者以外が開けようとすると喰いつきにくる宝箱…etc
一応、まともな物として調理器具や農機具に家具、食器や日持ちするお菓子などがある。
「あははは…資金調達というけど、ここはお金をほとんど使わないですから。どちらかというと、物々交換による入手品目調達かな?」
「まぁ~な。入手困難な物ならともかく、こっちじゃあ普通に採れる薬草類を簡単に手に入れつつ、多種多様な品目も網羅する算段だからなぁ。でも、この商品のラインナップは微妙だろう?俺ならこのマネキンもどきなんて絶対にいらねぇぞ。」
露店の片隅に飾ってみたマネキンもどきはジンと蒼溟の会話に反応しているのか、元気に踊り狂っている。その奇妙な物体にファンタスマ族の子供だけでなく、獣人などの子供たちまで興味津々に眺めている。
「えっと…客寄せには最適?」
「逆に客が逃げるわ!」
そんな会話をしながらも商品を並べていく内に、好奇心を刺激された村人たちが集まってくる。そんな彼らに事情と交換を持ちかけるとお菓子欲しさに子供たちが真っ先に簡単な薬草を採取して持ち込んでくれた。
「ねえねえ、この薬草だろう?量はこれくらいでいい?」
「うん、ありがとう。じゃあ、このお菓子袋三つと交換だね。飴玉もおまけで付けておくから、皆で仲良く食べて。」
「やったぁ!ありがとう~♪」
蒼溟が子供たちの対応をしている頃、
「おう、兄さん。これはどうやって使うんだぁ。」
「この農機具は選別に使うやつだな。」
「こいつの選別もできんのか?」
「あ~、それならこっちの方が使いやすいぞ。後、メンテナンス用にこの器具も付けておいてやる。」
「おぉ!!気前がいいじゃねえか。それならこっちもコイツとコイツに…ついでだ!コレもやるわ。」
「いいねぇ~。じゃあ、非売品だがこの装飾品もやるよ。奥さんにでも贈ってやれ。」
「へぇ~、いいのかい?これは装備品としても使えるやつだろう。」
「まっ、今後もご贔屓に…つうことでな。」
「わはははは、ありがたい。じゃあ、商談成立だな!」
「ああ、毎度ありぃ~♪」
ジンは大人たち相手に大口取引を成立させていた。
その応対を見て、更に他の大人たちも色々な特産品や拾得物を提供してくれるために入手リストの品目類はもちろんのこと、それ以外の貴重な品々も順調に集まっていく。
ちなみに踊り狂うマネキンもどきとお面は村の長が面白そうという理由で購入していった。
後日、村の共同畑に設置されたマネキンもどきは畑を荒らす獣避けとして大活躍するのだが、奇妙なお面を付けたマネキンもどきが踊り狂いながら畑の外周を走り回り、それに追いかけられた獣たちの様子を見た子供たちが悪夢にうなされたという(笑)