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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第一章 胎動
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1-4 しゃべる獣との遭遇

 日の出まえの(あさ)(もや)の中。小さな草食動物が巣穴からはい出し、食べものを探しに森の下草の中を警戒しながらも進んでいく。

 小鳥の鳴き声を聞きながら、木の上から一対の瞳が下を通り過ぎようとする草食動物をじっと狙いつづける。


「ピッピッ。チィチィッ。」


 小鳥の警戒する鳴き声よりも少し早く。木の上から一気に獲物である草食動物に襲いかかる黒い影。


「よっし。」


 捕らえた獲物を片手に一人の少年が下草からあらわれた。もう一方の手には、枝の先に鋭く尖らせた石をつた草でしばったお手製の武器を持っていた。


「後は、あっちに隠しておいた木の実とかも持っていかないと。」


 お手製の編みカゴと、どこかで捕まえた魚をつる草で作った縄で連ねたものを手にベースとしている泉へと戻って行った。



「みょ?みゅみゅーん。」


 泉の上をフヨフヨと漂っていた薄青色の球体生物が少年―蒼溟(そうめい)に気付いた。


「ただいまぁ、アオ。」


 おかえりなさい。と言わんばかりの鳴き声に答えて蒼溟は手にした獲物を保存食にするべく、加工作業の準備に取り掛かった。


「アオとこの泉に来て、五日目かぁ。」


 この五日間で分かったことは、この泉の周辺には危険な猛獣の類はいないらしいこと。それと、薄青色の球体生物であるアオに食べ物と睡眠が必要ないらしいこと。


「時折、泉や森の中を漂うのは何かを摂取するためなのだろうか?」


 木々がそれらを必要としないかわりに、日の光や水を欲するように。この球体生物も人や動物とは違ったものを摂取しているのかもしれない。


「でも、その背中?にあるトンボの羽みたいなのは必要なのかな?」


 目?らしき点の反対側にある四枚羽はよく見ると、球体の表面から生えているわけではなかった。数ミリの隙間があって触ることもできるのだが、それまた不思議な構造でもある。


「みょ~~~ん。」


 そんなことは知らないよぉ~ん。と言わんばかりの間の抜けた鳴き声を発しながらアオは再び、泉の水面上を漂い始めた。


「まぁ、いっか。本人に聞いたところで分かるはずもないからな。」


 僕だって、自分の身体に手足がついていることに対して説明しろ。と言われても答えようがないしなぁ。

 森で採取してきた材料を巧みに加工したりしながら、蒼溟は保存食にするため燻製(くんせい)の準備や石包丁で獲物をさばいていった。



◇ ◇ ◇



 夕暮れに包まれる森の泉のほとりで、火を囲みながら蒼溟はアオに話しかける。


「保存食もある程度は集まったかな。そろそろ、移動をしようか。」


 虫よけと獣よけのために調合した香草を火にくべて、竹によく似た節のある植物で作ったコップに沸かしたお湯とすりつぶした木の実を混ぜた飲み物をアオにもあげて一緒に飲む。


「それにしても、僕の生まれ育った村も不思議なところだったけど。この森も不思議なところだよなぁ。」


 自然に繁殖した森では、人など普通に暮らせない。何故なら、人の肌などは森の動物たちのように自然に適していないうえに地肌をさらしているのだから。


「猛毒のヘビなどにかまれても、毒草などを食べることはもちろん、接触しただけでも危険な植物とかもあれば、小さな切り傷からでも人は死因になる場合があるからなぁ。」


 それらに対して様々な対処方法を考案したり使用したりするのが人という生き物だ。でも、だからこそ人は集団で生活することを前提とする。仮に誰か一人がケガを負っても、他の誰かがその治療のために対処する。時には、あらたな薬草の実験となったりして様々な有効な対処方法を模索していくのだ。


「それなのに、この森はまるで誰かが管理しているみたいにきれいだ。」


 木々が密集して発育が悪くならないように、適度な空間が開けられている。それに、大きな木によって日光が遮られないように所々、伐採されているようにもみえる。


「下草も無尽蔵に生えているわけでもなく。よくよく見ると何かの統一性をもって整えられているように見えるからなぁ。」


 日差しが地面へと届くのなら、つる草や低木などが大木の間に密集しそうなのだが。それらも整然とした感じなのだ。地面にはコケ植物もむき出しの土もほどよくさらされている。


「どこかの国の自然保護区域と言われても納得できるくらいなのに、人影もそれらしい気配も感じない。それとも、僕が気付かないだけなのだろうか?」


 村でそれなりに技術などを習得したと思っていたが、タメ息を一つ。


「結局は井戸の中のカワズ…かなぁ。大海を知らず、世界を知らず…まだまだ未熟者ってことかぁ~。」


 木々の間から見える空を見上げながら、あおむけに倒れこむ。


「…(ひいらぎ)、村の外は学んだ以上に不思議がいっぱいだよ。」


 帰る方法も見つからない住み慣れた村にいるはずの親友の姿を思い浮かべながら、蒼溟は思索にふけりながら、その内に眠っていた。



◇ ◇ ◇



 いつものように、日の出まえに起床した少年はこり固まった身体をほぐすように、軽く柔軟などをする。


「さてと、考えたところで答えなんてある筈もないのだから。行動あるのみ!」


 とりあえずベースと使用していた泉のそばに作ったかまどなどを片付けることにした。まずは木の燃えカスや灰を土と混ぜる。そこの上にさらに水をかけてかまどとして配置していた石を崩して、平らにしておく。


「よし、火の始末はこれで完了かな。あとはトイレ代りにした場所も片づけなきゃな。」


 泉から少し離れた森の中に地面を掘って作った簡易トイレ。一応、使うたびに落ち葉などを入れていた。その中に小枝や落ち葉、それに再利用できそうにない竹?の容器を砕いたものに太めの枯れた枝をいれて土を軽くかぶせる。さらに水を少量かけて、穴をふさがない程度の石を置いておく。


「う~ん。これで大丈夫かな?枯れ葉と水分で発酵して土にかえると思うし、促進させるための空気も入るようにしたし、石が置いてあれば誰かが間違って踏んでも下までいかないだろう。」


「みゅ?」


 確認のために、もう一度後始末したところ見る。その様子を不思議そうに見つめながら、僕の後をフヨフヨとアオが付いてくる。

 泉から流れる小川で手を洗い。どこに向かうかを考える。


「目安となるものも、目的地もないからなぁ。」


 人影などを見つけていれば、彼らの住まう地をとりあえずの目的地とできるのだが、昨晩考えたように気配すらない。

 保存食に、使えそうな小道具。それらを動物の皮などを使った手製の袋に入れていく。最後に昨晩のうちに作っておいた白湯の入った水筒数本を取り出しやすいところに入れて、手には狩りにつかっていた武器を持つ。


 出発の準備を完了させて、アオを見つめながら言う。


「そうなると、今まで不思議に感じていたものを追ってみるか。」


「みゅみょ?」


 見つめられて照れるように若干赤色が交る薄青色の球体生物だった。



◇ ◇ ◇



 この不思議な森で人影などの気配を感じたことは無かったが、不思議な視線は何度か感じていた。それは、動物たちの視線のようでありながらも異なるものだった。


「あの視線も気になるけど、ホントにとらえどころの分からないものなんだよなぁ。」


 狩りの最中でも感じて、一度だけその視線の先に行ってみたがそれらしき姿も痕跡もなかったのである。


「そうなると。時々、遠くから感じていた不思議な気配の方に行ってみようか。」


 こちらは多分、大型の動物だと思われる。それというのも、とらえどころの無い視線の主とは違ってハッキリとした気配があったからだ。ただ、肉食獣のようにぎらついた感じも敵意もなかったから放置していたのだ。


「そういえば、あの気配。あの泉のそばをベースにしていた二日目くらいに結構近くまで来ていたっけなぁ。」


 その時は日が出始めの朝靄の中だったので襲われた時に対処しようと、ちょっと警戒していたのだ。僕にとっても大切な水場だったけど、他の周辺動物たちにとっても貴重な場所のはずだ。

 普通の野生動物なら多少は警戒して近づいてこないだろうけども、相手が肉食獣の場合は逆にキケンだ。水を飲みきた草食動物などを襲う絶好の場所になるからだ。


「でも、結局はこちらを観察するような視線だけで、姿も見せなかったからなぁ。」


 思い出してみると何故襲われなかったのか不思議でもある。薄青色の球体生物―アオを話し相手に獣道を進んでいく。僕の一方的な話しかけに時折、あいづちをするような鳴き声を発してくれるアオに感謝しつつ、周りを警戒しながらゆっくりと進んでいく。


「みゅ、みゅみゅ。」


 しばらく歩いているとアオが僕を呼ぶように鳴き声を発しながら、獣道をゆっくりとそれていった。僕はそれに抵抗することなく、アオが先導するにまかせて周囲を警戒しながらもついて行く。



◇ ◇ ◇



「みゅ~ん。」


 森の切れ目なのか、強い日差しの中へと嬉しそうに飛び込むアオの姿を見ながら、僕は目が慣れるまでその場で少し立ち止まっていた。

 目が光りに慣れて、ゆっくりとアオの後を追って行く。そこは森の中に出来たちょっとした草原だった。所々、突き出た岩の姿がまたなんとも言えない良い風景だった。


「へぇ、草が青々としげっていて綺麗だなぁ。」


 僕は草原に足を踏み入れる。ふくらはぎの半ばくらいまでの草たけがサワサワと地肌を撫でていてちょっとくすぐったい。


 アオは僕の姿を確認するとさらに奥の岩場の方へと進んでいった。


「どこに行くんだよ。」


 呼びかける僕に早く早くと言わんばかりに岩の上で跳ねて見せる薄青色の球体生物。その姿がなんとも微笑ましくて僕は知らず知らずのうちに微笑んでいた。

 アオは僕の背丈くらいの岩に乗りながら、そばに来るのを待っていてくれた。


「みゅ、みゅ。」


 見上げる僕に、あっちの方を見て!と言わんばかりに鳴く。そして、僕はその岩からさらに奥へと進むと・・・。


「うわぁ~。」


 幾つもの大きな岩が突き出した不思議な景観の中、岩と岩の間には色彩豊かな花々。岩の下部には緑の苔も生えている。そして、その中の中央付近に平たく滑らかな感じの岩の上にソレは居た。


「・・・・綺麗・・・。」


 まるで自然の玉座に横たわるように白い毛並みの獣が一匹、こちらを静かに見ていた。

 僕は呆けたようにその獣の姿に見とれていた。明らかに肉食獣で、大きな狼のような姿にも関わらず。その視線は、不思議と落ち着きと貫録を感じた。


「・・・村の御神木のようだ。」


 その神秘的でありながらも、どこか包み込むような雰囲気に僕は祖父の社の近くにあった御神木を思い出していた。

 樹木にも関わらず、その御神木の周りには水が張り巡らされていて慈愛に満ちた雰囲気でいつも緑の葉をゆるくなびかせていた。風のない日でも不思議と葉は揺れて、そばにいるととっても落ち着く、村の子供たちにとっても大切な場所だった。


「我を樹木と同列に表現するとはな。」


 純白の獣が呆れを含んだ声でつぶやいた。


「あっ、すみません!!でも、とっても綺麗で大切な御神木なんですよ。」


 僕は慌てて謝りながらも反論する。すると純白の獣は面白そうにしながら


「ふむ。・・・まぁ、神木という事とその言葉で許してしんぜよう。」


 鷹揚(おうよう)に答える。その言葉に「ありがとうございます」と答えながらも途中で気付いた。

 あれ?動物って、人の言葉を話す生き物だったけ?


「・・・・・・・・あれ?」


 戸惑う僕の姿に、純白の獣はしばらくじっと見つめていたが。


「・・・ぷッ、くっくっくっ。あーはっはっはっ。」


 我慢しきれないとばかりに爆笑しはじめた。人であれば、お腹をかかえて笑い転げているくらいの勢いで、とっても楽しそうに笑う純白の獣を僕は見つめるしかできなかった。


「みゅ、みゅぅ~~ん。」


 そこに、今まで静かにしていたアオがちょっと抗議するかのような鳴き声で純白の獣の笑いを止めようとする。


「ふはッ。・・・・いやいや、すまない。ついな。」


 笑いをどうにか納めて純白の獣は薄青色の球体生物に謝罪をする。


 え~と。とりあえず、双方の意志の疎通はできるようです。

現実逃避する思考に僕はついつい乗ってしまう程に現状についていけなかった。


「だがな、獣がしゃべっているにも関わらず普通に受け答えする者がいるとは。さすがの我も思わなかったぞ。しかも、気付くのが遅いし・・・ぷくくくッ。」


 楽しそうに言う純白の獣に、同意するように答えるアオ。


「みゅ~ん。みゅ、みゃみゃみゃ。」


 さらに何かを説明したのか、純白の獣は目を細め僕を見つる。その間にもアオによる説明―僕には鳴き声にしか聞こえない―を聞きながら、あいづちを打つ。


「ほほぉ~。そなたがそこまで言う者か、コヤツは・・・。」


 興味をひかれたのか、純白の獣はゆっくりと立ち上がると僕のそばへと近づいてきた。

 僕は拒否する理由もないので、その場にまっすぐに立ったままにしていた。


「ふむふむ。」


 僕を見つめながら、ゆっくりと周りを歩く。僕も改めて純白の獣を観察する。

 腰くらいの高さに見える背筋の毛並みは艶々としていて綺麗に整えられている。ふんわりと漂ってきたニオイに獣臭(けものしゅう)らしさは微塵もなく、とってもいいニオイがした。


「・・・・お主、その服はいつ洗った?汗臭いぞ。」


 逆に僕の方が臭かったようです、すみません。


「一応、上着とかは水洗いしたけど。・・・・そんなに汗臭いですか?」


 鼻筋にシワを寄せて、嫌そうな顔をしながら純白の獣は容赦なく一言。


「とっても、クサイッ!・・・むぅ、我慢できん。ちょっと、ついて来い!!」


 そう言うとサッと身をひるがし、寝そべっていた岩を越えて森へと入っていく。僕がちゅうちょしていると、アオが後押しするように呼びかける。


「・・・みょ?みゅみゅん。」


 その様子に心決めて、アオと共に純白の獣の後について行った。



カワズはカエルの事で、ことわざです。

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