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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第三章 激動する状況
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3-5 竜の角落し ⑤

「そろそろ、いいですかぁ~?」

 本当の意味で、中立の立場にいる男性成獣のヒトの言葉で戦闘は再開される。


 実は、結界内に逃げた対象を攻撃するのはルールで禁止されていたのだ。

 それは蒼溟(そうめい)たちだけでなく、少年竜や青年竜たちにも適用されるもので、治療をかねた休憩時間なのだ。

 長期戦になることが前提のケンカ祭りなので、合間に食事や水分補給をするのである。

長時間の立てこもりは、立会人と治癒係を兼任する成獣たちが追い出しにかかる。


「それじゃあ、サウラさん。 行ってきま~す♪」


 先手を取られて混乱していた蒼溟もこの休憩時間ですっかり落ち着きを取り戻し、それどころかアクレオの助言のおかげで遊び心まで()いてきた様子。


「えっと…。 手出し無用という意味なのかしら?」

 戸惑うサウラは、チームとして参戦していいのか、迷ってしまった。


 すでに、今回の角落しは例年とまったく違う。

 受諾したギルド側も依頼した竜たちも例外的な要素で始まってしまっている。 この際、それに更なる例外要素が増えたところで一緒であろう。


 ケンカ祭り …すなわち、拳で語り合う異種間コミュニケーション!?


「まぁ、男の子ですしねぇ。 ちょっとしたヤンチャくらいは可愛いものか…。」


・・・という事で、サウラも結界内でハクたちと傍観することにした。



◇ ◇ ◇



 ジンから教わった魔術の使い方は…

一、まずは具体的な想像。

ニ、身体に流れる魔力を手に流す。

三、必ず出来ると信じて、放つ!!

以上だった。


「まずは、炎系の魔術を試してみよう。」


 炎の塊を思い浮かべ、身体に流れる気のようなものが手に集まるようにイメージする。


 気の扱いは村にいた頃に武術の一環として教わったが、魔力と一緒なのか、違うのか、よく分かっていなかったが… まぁ、大丈夫だろう。…多分。


 そんな事を考えている内に、掌がじんわりと熱くなってきた。


 上手くいきそう? いや、ジンの教えの通りに必ず出来ると信じて…


「いっけぇー!!」


 蒼溟の気合の入った声に、幼竜たちが身構える。

 だが、…突き出された手からは何も起こらなかった。


「あれ?」


「「「・・・・・・。」」」


「ば、ばかにしてんのかぁーーーーっ!!」


 首を傾げている蒼溟の姿に、警戒していた少年竜のひとりがきれた。

 人族を遥かに凌駕する身体能力を十全に駆使した跳躍により、一瞬で蒼溟の眼前に現れると、鋭い爪をむき出した右手で斜め上から下へと空気ごと身体を引き裂く勢いで打ち下ろす。


「蒼溟君ッ!!」


 サウラが悲鳴のように声を上げる。


 キンッ


 甲高い金属音が響く。


 蒼溟の思考は、なぜ魔術が発動しなかったのか… その考えに囚われたままであったが、彼が幼少時より学んだ武術の才は無意識に攻撃を手にした刀剣でいなし、最小限の動作で回避行動をとっていた。


「なんで、発動しなかったんだろう?」


 殺気の無い攻撃は、蒼溟にとって鍛錬を含んだ遊戯(ゆうぎ)と一緒。

 どれほど鋭利な牙や爪であろうと殺意がなければ、最後の一押し、一太刀に躊躇(ためら)いが(しょう)じる。その(わず)かな差が生死を分ける一線であることを蒼溟は知っている。


「こしゃくなっ!」


「どいてっ! 稲妻を(いだ)きし、荒ぶる風よ… 我の眼前の敵をなぎ払えー。 風雷ッ!」


 渾身の一撃をかわされ、体制を崩した少年竜の後方から、青年竜がすかさず魔術を放つ。

 巻き込まれないように瞬時に防御結界と回避をする少年竜との連携に一切の無駄はなく、なおかつ蒼溟の退路の一部を絶っている。


 それに対して、蒼溟は回避する動作をすることもなく。視線を迫り来る風に向けた。


「すぅー、はぁ~~… セィッ!」


 慌てることなく、深呼吸をひとつする。そして、裂帛(れっぱく)の気合を入れて刀剣を抜き放つ。

 それは、完全な居合い抜きであった。抜き手も見えぬほどの速度は、蒼溟の身体の輪郭を陽炎のように揺らめき、他の者たちの目からは身体を僅かに揺すった程度にしか見えなかった。


 スパッ


 そんな音が… 幻聴が聞こえてきそうなほどに、目に見えぬ刃が巨大な力を有する暴風を斜めに綺麗に切り裂き、その先に居た青年竜を襲う。


「くぅ~~~ッ」


 愛らしい姿をしていてもヒルシュロークは立派な竜種。

生半可な攻撃では皮膚どころか、その毛並みにすら傷をつけることが出来ない。それにも関らず、蒼溟の攻撃は白色系の毛並みを血の赤色に染めるほどの深手を負わせていた。


「なっ?! おい、大丈夫か。」


 すぐ傍にいた他の青年竜が傷ついた彼を庇うように前面に立ち、心配そうに声をかける。


「だ、大丈夫。 でも、気をつけろ。奴の攻撃は防御壁を通り抜ける。」


 その言葉に、他の幼竜たちも警戒する。

 人族はもちろんの事、他の種族であってもやすやすと傷を負うことは無いと思っていた過信を目の前で覆されたのだ。


「油断するな。見た目以上にできる…。」


 そう言いながら、彼らは頭に上った血を落ち着かせ始めた。


 その間に傷を負った青年竜は結界内に運び込まれ、すぐさま治療を受ける。

派手に血が流れた割に、綺麗に切られた傷口はすでにピッタリと閉じていた。竜種の高い自己治癒能力もあわさり、ものの数分で彼は結界内から戻ってきた。


「ここは連携して、心してかかろう。」


 幼竜たちは頷き、数の優位を生かして蒼溟を遠巻きに囲い込む。


 その間、蒼溟は密かに幾つかの魔術を試していたが、そのどれもが発現しなかった。その内に、自分に出来ること、出来ないことを理解し始めた。


「円陣、第一の策。 …かかれっ!」


 青年竜の合図に、少年竜のヒトリが己の周りに防御魔術を施し、そのまま体当たりするように錐揉み状態で蒼溟に突っ込んでいく。

 その対角線上にいた青年竜のヒトリは、自らの爪に炎をまとわせて、少年竜より数秒遅れるようにして蒼溟に向かって行った。


 正面からは、少年竜が迫り、その少し上空からは炎を宿らせた青年竜の爪が後方より襲いかかってくる。それらを蒼溟は極自然に把握していた。


 彼らのように破壊力をもった炎や氷などの魔術を使用することが自分に出来ないと悟った蒼溟は、自分が出来ること… かつて村で教わった気功術を中心に駆使することを決める。


まずは、己の治癒力や身体能力を高める内気功、それに伴い己の武器に気を遠し切れ味を増すために外気功などを行使する。さらには、自らの足元に気を集め発動と同時に爆発的な移動を可能とする瞬間移動を実行する。


「・・・ッ!!」


 無言で突っ込んでくる少年竜をまずは、第一の瞬間移動で斜め上の前方に避ける。

 すかさず、青年竜が僅かな軌道修正で追いつき、背後からなぎ払う。それを今度は、そのまま前方に向かった状態で第二の瞬間移動でかわすと同時に空中で前方宙返りをして方向転換をすると第三の瞬間移動を実行… 青年竜に肉薄すると相手と同時に刃を交え、そのまま両者ともすれ違う。


 そして、幼竜たちと共に空中戦へと突入するのだった。


「…凄い。 まるで空間内すべてが彼の足場であり、支配化にあるみたい…。」


 サウラは結界内で茫然とその戦いを見ていた。


 翼ある竜種のヒルシュローク族の幼竜たちはともかく。空を自在に(かけ)ることが出来ないはずの人族の蒼溟までもが自由に空を駆け巡る様子はおとぎ話の一幕のように幻想的に見えたのだ。


 空中戦になった事により、攻撃方向や方法は無限になり、退路もまた無限になった。

 時には交差しながら、時には一方方向に、縦横無尽に入り乱れる彼らの姿に見学する成獣たちも見惚れ始める。


 最初は、数の優位から様々な方向から体当たりや両手に魔術を施し、振り払うという攻撃しか出来なかった幼竜たちも同士討ちになりそうになったり、蒼溟に背後を取られて攻撃を急遽中止せざる負えなくなったり、突如目の前に現れて驚きで失速させられるなどをする内に、空中戦のコツを学び始めていた。


 数刻後には、高い身体能力と防御力を魔術により一層高めて、急停止や加速を行う事で、フェイントを使い、蒼溟の動きを阻害することに成功するようになってきた。

 それに対して、蒼溟は彼らの身体を踏み台にしてみたり、すれ違い様に体毛を掴みかわしたり、時にはあえて相手の懐に飛び込むことで回避していく。


「くっ!? こいつ、なかなかやるじゃねぇか。」


「うん! なんだか、楽しくなってきた♪」


「しかし、負けはしないっ!」


 すでに陽は沈み、辺りには成獣たちが魔術で作った灯りが周囲を照らしていた。その間、彼らは満足な休息も食事も取っていない。


「そろそろ、勝負を賭けるよぉ――。」


 蒼溟の言葉に、幼竜たちも応える。


「おうっ! 俺の残り全てをブチ噛ましてやるぜっ!!」


「僕も大技をかけるからねぇ~♪」


「こいっ! 帰り討ちにしてやる。」


 互いに空中で対峙する。

 幼竜たちは残りの魔力を込めた魔術を構築していく。それに対して蒼溟は、アクレオから受け取った小太刀を左手に、ジンから貰い受けた刀剣を右手に構えて、更なる闘気を練り上げて全身に行き渡らせる。


「「「「 勝負ッ!! 」」」」


 蒼溟は正面から瞬間移動を実行して、彼らに肉薄していく。

 それを同じように加速しながら少年竜が全身に炎の魔術を纏って迎え撃つ。その後方から風雷の魔術を構築し終えた青年竜が待ち構える。そして、斜め上に移動したもうヒトリの青年竜は広範囲魔術を発動させる為に更なる構築を続ける。


「セェエエイッ!!」


 気合いを込めたなぎ払いを蒼溟は左手の小太刀で僅かに受け止めると同時に、追加の瞬間移動を行使し、すれ違い様に右手の刀剣で少年竜の角を切り落とす。


「甘いっ!!」


 少年竜と蒼溟の両方を巻き込むように、今までで一番広範囲で威力の強い風雷が彼らを襲う。少年竜はその暴風に逆らわずに錐揉みされながら地面へと失速していく。

それに対して蒼溟は、刀剣の柄を支点に高速で円を描き、暴風と雷を纏わせるかのように回し続けながら青年竜に迫っていく。


「まだまだぁー。」


 風に逆らう蒼溟の動きに対して、青年竜はさらに円錐状にした氷の飛礫(つぶて)を放つ。

 蒼溟は迫りくる飛礫を斜め下に瞬間移動して青年竜の真下に現れると同時に上空へと再び瞬間移動する。それを防御魔術で防ごうとする青年竜だったが、蒼溟の刀剣に彼が放った風雷がまとわりついており、相殺されてしまう。彼が気付いた時には既に角を切り落とされた後であった。


 そのまま上空にいるもうヒトリの青年竜に向かう蒼溟に、待ち構えていた青年竜が笑う。


「お待たせ。 僕の最高魔術を受けてみてよっ♪ …球製氷結陣(きゅうせいひょうけつじん)ッ!!」


 青年竜と蒼溟を含んだ巨大な球体の光が空中に現れると、内部で空気中の水分が青年竜の元へと凝縮され始める。その動きにより、球体内部は一点方向に向かう暴風が発生する。

 蒼溟はたまらずに、その場で静止して踏ん張る。両手を身体の前方に交差させて防御体制を取ると同時に、青年竜を中心に氷の飛礫が球体内部を前後左右に上下と全方向から蒼溟を襲う。


「ッ!!?」


 氷の飛礫のひとつひとつはそれ程の威力がある訳ではなかったが、絶え間なく身体を打ちつけ視界すら奪われると、蒼溟はそこから身動きできなくなってしまった。


「さぁ、どうする?」


 青年竜の楽しそうな声に、蒼溟は少し考えた後… 身体を丸め、勢いよく足を蹴り出し、最初に青年竜が居た方向へと弾丸のように駆けだす。

 無数に当たる飛礫は、その勢いにかなりの痛手を蒼溟に与えるが、それでも勢いを殺すどころか、さらに速度を増しながら前進していく。


 あとわずかで、中心点という所で蒼溟は左手に持っていた小太刀を後方斜め下に投げた。


 ザック


「えっ? うそぉ~?!」


 そこには、いつの間にか移動していた青年竜が蒼溟に向かって爪を振り下ろそうとしていたのだが、その前に投げられた小太刀により角を落とされてしまったのだった。


「そこまでっ!! 勝負有りっ。」


 立会人である男性成獣の合図により、魔術はすぐさま解除される。


 視界が晴れると、中途半端に角を切り落とされた青年竜と満身創痍の蒼溟の姿が現れる。


「あらら~、上手くいったと思ったのになぁ~。」


 苦笑している様子の青年竜に蒼溟も苦笑しながら

「ちょっと、危なかったですけどね。」

と答えながら傍に寄って行く。


 お互いのボロボロの姿に何とも言えない笑いがこみ上げて来て、笑い合う。


「おぉ~い、いつまでもそんな所にいないで、こっちに降りて来いよっ。」


 先に負かされた青年竜が飄々とした様子で二人に呼びかける。

 そちらを向くと、すでに戦闘区域の明りは消されて、成獣たちの大半は居住区の方に撤収していた。


「早くしないとご馳走が無くなっちゃうよ~~。」

 少年竜もすでに境界線付近に移動していて、呼びかけてくる。


「おなか空いたね。」


「そうだね。僕たちも行こうか。」


 青年竜と蒼溟は和やかに笑い合うと、律儀に下で待っていた青年竜と合流して、少年竜が待つ方向へと走り出したのだった。


対戦相手である青年竜と少年竜の名前はあえて出していません。

登場人物が増えすぎても困ってしまうので…(--;)

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