3-2 竜の角落し ②
町で簡易の防寒具を購入し、針葉樹の森へと向かった。
早秋の季節とはいえ、積雪が皆無という訳では無い。朝晩の冷え込みが激しく、土地勘の無いものであれば、森の中で迷ってもおかしくない道筋である。
通常であれば、町で道案内を依頼するのだが、色々な意味で逸脱している三人にとってこれくらいの森は初見でも迷う様子はなかった。
「おっ、蒼溟。 どうやら、アナグマが居るみたいだから手土産に狩るぞ。」
先行して歩いていたアクレオが、何かの動物の痕跡を見つけて提案する。
「いいですよ。」
積雪の中での行動確認と準備運動の意味も考えて了承する。 サウラは、特に文句も言わずに…手伝う気はないらしく…二人から少し距離を取って手を振る。
「まだ、痕跡が新しいから近くにいると思うのだが・・・おっ!いたいた。」
アクレオが手招きして、ある一点を指さす。
アナグマと聞いて、小型犬くらいのタヌキのような生き物を想像していたのだが
「えっ?! アレですか?」
そこには、逞しい手足と肉厚な胴体をもった・・・異邦人たちから見れば、ヒグマと言いたい熊がこちらを捕捉して口から涎をこぼしていた。
「うん! 大きさといい、面構えといい、申し分のない獲物だなっ♪」
「えっと、逆にこちらが獲物認定されているように思うのですが・・・。」
「気にするなっ。 狩って、捕獲したものが捕食者だ!!」
それは、勝てば官軍の理屈ですか!!
若干、引き気味の蒼溟を他所にアクレオは熊を狩るべく行動を開始するのだった。
◇◇ ◇
「ふぅ、なんとか・・・一応、無事に着いたわね。」
ヒルシュローク族のテリトリーを表す目印を見つけて思わずタメ息をついてしまうサウラは、自分の数歩前にいる二人をついつい冷めた眼差しで見てしまう。
道中で仕留めたアナグマは、その大きな体格に似合わずにモグラのように地中にいるミミズや昆虫を食すのだが、冬眠前に越冬する分のエネルギーを得るために雑食となるのだ。その際には、とっても凶暴で他の動植物を襲う。
そんなアナグマをアクレオと蒼溟は難なく仕留めた上に、丸太にくくり付けて、この雪の中…積雪事態はそんなに深くはない…を通常の人よりも倍以上の速度で踏破してしまったのだ。
「なんか、常識ってなに? 普通ってどんなだったかしら? 私の方が混乱してくるわ。」
この二人と旅をしていると、タメ息ばかりが出てきて気が滅入りそうである。
「おう。サウラ、タメ息ばかりついていると幸せが駆け足で逃げていくぞ。」
「・・・誰のせいで、幸せを逃がしていると思っているのですか!!」
アクレオの憎まれ口についつい反応してしまう。
「そんな事よりも、すでにヒルシュロークの方々のテリトリーに入っているのですから、珍妙な行動はしないで下さいね!!」
私の忠告に、アクレオ様は肩をすくめて聞き流す。
このオヤジ、いつか絞め殺す!
「それで、サウラさん。この後はどうするのですか? 誰か、迎えに来てくれるのでしょうか?」
私の不機嫌な雰囲気に気を使ったのか、蒼溟君が話題をふってきた。
「はぁ・・・。 そうですね、ヒルシュローク族の方が住処まで案内しに来てくれる手筈のはずですが・・・姿が見えませんねぇ。」
探求者ギルドの上級職員として“竜の角落し”の依頼書などは知っていましたが、自分自身が関与することは皆無だったので、詳しいことはよく分からなかったりするのだ。
「まぁ、焦らなくても大丈夫だろう。 ヒルシュロークの連中は、テリトリー内に関しては熟知しているから。適当に歩いていれば、向こうから接触してくるさ。」
そう言うとアクレオは無造作に進もうとする。
「大変申し訳ないのですが、そろそろ私を認識して頂けると有り難いのですが・・・。」
どこからともなく聞こえてきた声に、アクレオとサウラは思わず身構える。
「こんにちは。 貴方がヒルシュローク族の方ですか?」
そんな二人を他所に、蒼溟は前方の雪の塊に声をかける。
そこには、周囲の雪景色に擬態するかのように真っ白な毛並みの小動物が浮いていた。
「あっ、はい。 ヒルシュローク族の案内役として来たハクと申します。」
律儀にペコリと会釈する小動物は、よくよく見るとつぶらな黒い瞳に、水晶のように透きとおった綺麗な二本の角を持つ、羽の生えたネコのような生き物だった。
「探求者ギルドから依頼を受けた蒼溟・東雲と言います。道中、宜しくお願い致します。」
「これは、丁寧な挨拶をありがとうございます。」
アクレオとサウラをそっちのけで、一人と一匹は和やかに話を進めていく。
「はっ!? 呆けている場合ではなかったですわ。」
初めて見る実物のヒルシュロークの愛らしさに職務を忘れていたサウラは、正気に戻ると案内役のハクに挨拶をして、彼らの住処へと向かうのであった。
「今回は角の生え変わるヒトが結構いるので、ギルドの方が来てくれて本当に良かったですよぉ。」
アクレオと蒼溟が担ぐ…アナグマ?が宙づりにされた…丸太の上に座りながらハクが言う。
「どうして、ですか?」
不思議そうに蒼溟が首を傾げる。
角が取れても、取れなくても身体に害はなく。また、痛みもないのなら特に問題があるようには思えなかったのだ。
ヒルシュロークの角は交易の品として扱っていた時代もあったが、人族の欲望に限りが無く、痛みが無いなら・・・と言って乱獲しようとした時があったのだ。
これに対して竜族が辟易して、ギルドに依頼という形以外で角を取りに来た者たちはいかなる理由であろうとも、密猟者…犯罪者…扱いとして討伐しても構わないことを人族たちと誓約した。 この誓約により、竜族は日常生活の平穏を得ることができ、人族たちもギルドからの購入という安全な入手が可能となった。
「竜の角は希少な品ですから。取引値はかなりの高額です。 その為、一攫千金を狙った密猟者たちが後を絶たないのが現状なのです。」
サウラの説明にハクも頷く。
「私たちも無用な争いは極力さけたいのです。だからと言って、黙って彼らのいいようにされたいとも思いませんので・・・。」
困ったものです。というハクに対して、アクレオが
「よく言うぜ。 角有りの竜族は総じて魔力も知力も高く、なによりも適度な戦闘意欲すらある種族だ。 密猟者たちを唆しては、半殺しにして外交手段の抑止力として扱うこともあるくせに。」
「まぁ、それも正当防衛の一種ですから。 使えそうな手札を一つでも増やそうとするのは外交手段としては順当なものだと思いますよ。」
そんな憎まれ口にハクは飄々(ひょうひょう)とした声色であっさりと返す。
どうやら外見上の可愛らしさとは裏腹に、ひと癖もふた癖もありそうなヒルシュローク族の案内役に苦笑と頼もしさを感じるサウラであった。
◇ ◇ ◇
ヒルシュローク族のハクの案内で無事に彼らの住処へと辿り着いた。
「蒼溟くん。 私共の住まい周辺には幻惑の魔術が施されているので、滞在中の散策などの際には声をかけて下さいね。下手すると遭難しますから♪」
道中の間にすっかり仲良くなったハクの忠告に素直に頷く。
「それでは、村長のもとへご案内した後に簡易ですが歓迎の宴を設けさせてもらいますね。」
「それなら、このアナグマも調理してもらっていいか? 一応、手土産として準備しておいたものだから、残った分は好きに使ってくれや♪」
アクレオはいまだに丸太の上に座るハクを振り返りながら言うと、
「それはありがたいですねぇ。 密かに期待もしていましたが♪」
嬉しそうに獲物を貰い受ける。そして、小さな身体にも関らずに丸太ごと近くの小屋へと運び入れて、すぐに戻ってきた。
「お待たせしました。 それでは、長が待ちくたびれているでしょうから行きましょうか。」
周囲に点在する小屋の中でも少しだけ大き目の家へと向かう。
「村長~~、起きて下さい! お客様をお連れしましたよぉ~。」
ハクは玄関から家中に聞こえるように大きな声で呼びかける。
「うにゃぁ~~~・・・・」
家の奥からネコのような声が聞こえる。
「長~~・・・・」
「ふにゃぁ~・・・」
何回か呼びかけるが、鳴き声がかすかにするだけで誰も出て来ない。その内に、鳴き声すら聞こえなくなると
「さっさと、起きやがれ。・・・・いき遅れの小娘」
ハクが小さな声でボソッとつぶやくと同時に、
――― ドコォオオオ!!
家の奥から白い塊が飛来してきて、ハクと正面衝突☆ かと思いきや、ヒラリと回避されて塊はそのまま野外の積雪の中へ盛大に突入する。
「プハッ!? あぁ~、生き埋めになるかと思ったぁ・・・ハク!避けるなッ!!」
そこには、冷気を漂わせつつ、怒りに瞳を金色に輝かせる羽つきのネコがいた。
体型はハクよりもひと回り小さく、白地に少し青みがかった毛並みと頭部の左右に不透明な水晶のような角と額にも小さな角をもった綺麗な容姿をしている。だが、現在は怒りの為に毛を逆立て、威嚇している様子はお近づきにはなりたくない雰囲気である。
「おや? 村長サマ、そのような所で何を遊んでいらっしゃるのですかなぁ?」
そんな怒れる美女に更なる火種を追加するハクは楽しそうである。
「白々しいっ!! 小声で陰口をたたくなんて、最低ッ!」
「おやおや、この寒い中をお使いに行っていた健気な部下を労うでもなく。 暖かな家屋で惰眠を貪る怠惰な引き篭もりを敢行していた方から、そのようなお言葉が出るとは思いもしませんでしたねぇ。」
その言葉に自らの非を認識するものの
「それは・・・悪かったと思うけど・・・『健気な部下』っという部分は大いに否定したいわねぇ。」
負け惜しみを言う村長さま。 それに対してハクは『にんまり』と意地の悪そうな笑顔をする。
「悪いと思うのでしたら、誠意ある態度を示してもらいたいものですねぇ~♪ 例えば、祭りの際に『ドジョウすくい』を踊ってくださるとか♪」
「なっ!?」
「あぁ、もちろん。お口の周りには泥ヒゲを描かせてもらいますよ♪ 専用のほっかむりタオルも準備致しますから。 きっと、皆も…珍妙な余興に…喜ぶことでしょう!!」
「ふっ、ふざけるなぁ―――ッ!? そんな余興は、ハクの爺様がやればいいでしょう!」
口から火が吹き出しそうな勢いで抗議する村長。
「やれやれ、これだから最近の若い者は・・・老人を労わるという事を知らないのかねぇ。」
ワザとらしくも器用に肩をすくめ、額に手を当てて嘆くフリをするハク。
二匹の漫才に口を挟むことが出来ない三人は、玄関先でボンヤリと見学をしているしかなかったのだが・・・。
「労わって欲しいなら、少しは殊勝な態度を取ったらどうなの!? 今回の祭りだって、若者中心なのに、あっちこっちで妙な企みをしているって報告が上がってきているわよ!!」
その言葉にサウラがピクリと反応する。
「お話中にすみませんが、少し確認をさせていただいても宜しいでしょうか?」
久々の凍えるような営業スマイルを浮かべるサウラに村長が思わず身構えてしまう。
「今回の“角落し”なのですが、対象となるヒルシュロークの方々は熟年層の方ではなく、若年層の方っというのは本当でしょうか?」
サウラの問いに、村長が不思議そうに首を傾げる。
「えぇ、そうよ。 今回は、若手組で少年期から青年期、それから成獣の儀を控えている者たちが中心の“角落し”で、ギルドへの依頼書にもその旨を記載するように伝えてあったはずだけど・・・・・ッ!?」
村長の言葉に静かな怒気を滾らせ、アクレオを振り返る。そんなサウラの様子に、村長もハクを睨みつける。
「「どいう事なのか、きっちり、しっかりと納得のいく説明をしていただきましょうか~」」
奇しくも一言一句違える事無く、同じセリフを言う女性陣に
「ん~? 今頃、気付いたのか。」
アクレオは、鈍感だなぁ~と言わんばかりの態度で
「はて? 年のせいか、物忘れが酷くなってきたようで。何か、問題がありましたかな?」
ハクは、すっとぼけてみせる。
「・・・どうやら、『相互理解』が必要なようですねぇ。」
「・・・いっそのこと、その根性を叩き直してみようかしら。」
お互いにしか分からない苦労を感じ取ったサウラと村長は、共闘することを無言で了承する。 そんな、女性陣を余裕の態度で迎え撃とうとするアクレオとハクの悪巧み男性陣。
緊迫する両陣営から十分な距離を取った蒼溟の肩に、
「みゃあッ♪」 〔面白そうな気配を察して、アオちゃん登場ッ♪〕
前触れもなくインフィニティのアオが喜色満面な雰囲気を発しながら現れる。
「アオ、実態をややこしくしないでね?」
鞄に仕立て直した旅の必需品“圧縮袋”の中で、レーヌ族のシュンと一緒に待機していたはずの薄青色の球体生物に一応、釘をさしておくが
「みゃ、みゃ♪」 〔大丈夫、楽しければいいのだから♪〕
あまり効果はなさそうである。
「まぁ、いいか。 ところで、シュンはどうしたの?」
「みゅ、みゅ、みゃぁん?」 〔圧縮袋の中で、グロッキーダウンしたから療養中。湾曲空間内で寝ているよ、乗り物酔いだから直ぐに戻ってくるかな?〕
アオを諌めることを早々に諦めて聞くと、どうやらレーヌ族とはいえ生き物である。荷物を入れることに対して考案された袋の中で過ごすのは、やはり無茶だったようだ。
「それじゃあ、僕は宴の準備を手伝ってくるね。 アオは出来たら、周辺に被害が出ないようにしてもらってもよい?」
四人の大人たちの様子から、じゃれあいみたいなものだから心配はないけど・・・。
「どのヒトも、半端ではない実力をもっていそうだからなぁ。」
手加減したところで、周辺の物や動物などに多大な被害を出しそうである。
「・・・ウチの姉ちゃんたちみたいだなぁ。・・・壊れた建物の修復ついでに、色々と試してみようかな?」
一般とは異なった東雲の村では、他愛の無い“遊び”からよく物が破壊されるのである。それを“普通”として見てきた蒼溟としては、今から始まる“じゃれあい”によって近くに建っている村長の小屋は破壊されると確信している。
「まっ、アオがいれば負傷者だけは回避されるから大丈夫か。」
今から起こる破壊の嵐をあっさりと受け止める蒼溟も大概に“いい根性”をしているのだが、本人にその自覚はなかったりもする〔笑〕
「すみませ~ん。 ヒマなので、何かお手伝い出来る事ありませんか?」
さり気なく、自分たちの荷物などを回収しながら他の小屋周辺にいるヒルシュロークのヒト達に声をかける蒼溟だった。
『アナグマ』体長52~90cm、体重10~16kgで、尾は短い。体毛は黒いが、基部や先端は白い。動物界脊索動物門哺乳綱ネコ目(食肉目)イタチ科アナグマ属に分類されるイタチ。
『ヒグマ』体長250~300cm、体重250~500kgで、メスはオスよりも一回り小さい。がっしりとした頑丈な体格に、頭骨が大きく肩も盛り上がっている。栄養状態によって、個体差が顕著に生じる。ネコ目(食肉目)クマ科に属する。クマ科では最大の体長を誇る。
〔 Weblio百科事典より〕
作中の「名称に偽り有り」の状態は、ワザとです〔笑〕
両者とも「クマ」の名が入っているけど、体格や生物学的に大きな差がありますよねぇ。