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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第ニ章 安穏とした日々
30/69

2-15 真情の吐露

章の変更を行いました。

 久々のアルシュとの会話を終えた蒼溟(そうめい)はアオとのリンクを解除した。

「はぁ~・・・」

本来の自分の身体に戻ると無意識にタメ息をついていた。アルシュとの会話が嫌だったわけではない。逆に時間を忘れるくらい楽しいひと時だった。

〔 蒼溟さま。大丈夫ですか?慣れない感覚にお疲れになられましたか? 〕

 ベッドに仰向けで倒れこんだ蒼溟の顔近くで、レーヌ族のシュンが心配そうに問いかける。

「ううん、大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて。」

 蒼溟はシュンの方に顔を向けて苦笑しながら答えるが、

「あれ?・・・え~と。」

 シュンの言葉が片言ではなく、きちんとした会話として聞こえるのだけど・・・。

 不思議がる蒼溟の様子にアオが答えてくれた。

「みゅ、みゅみゃあ。」

〔 僕とリンクした影響だよ。レーヌ族は独特の声帯音域で会話しているから。他の種族が聞き取れる音域にすると、片言になってしまう弊害がでちゃうんだ。 〕

「それじゃあ、アオの言葉がきちんと聞き取れるのも、その特殊な音域を(とら)えれるようになったからなの?」

 今までは、アオの鳴き声のような言葉をなんとなく理解できるかな?といった感じだったのだ。それは、明確な意味として捉えれているわけではなく、アオ自信の身体を使ったジェスチャーで補足していたのだ。

「みゃみゃ、みゃ。」

〔 ちょっと、違うかなぁ。蒼溟の可聴域の幅が広がったのは確かだけど、この場合は僕とのシンクロ率によってのものだと思うから。 〕

 アオの説明によると・・・・。

インフィニティとして見た目は個別になっているアオだけど、人族の感覚でいえば、五感…視覚・聴覚・味覚・触覚・臭覚…などと似た感じで、数多の情報を収集しているのだが、それを全て表層意識で認識しているわけではない。人族は無意識領域の情報をそれと意識するのは難しいのだが、アオは独特の情報集積領域を有しているようで、任意でそこから情報を引き出すことが可能らしい。

 その情報集積能力は高性能広範囲で扱っているようで、レーヌ族たちの声帯音域を聞くだけではなく、個別で得た感覚情報をも解析できるとのこと。

 今回の場合は、僕とアオが精神リンクしたことにより、僕がアオの情報集積領域にアクセスすることが可能となったのだ。そして、そこから得た情報により僕の無意識領域でシュンの言葉を“会話”として認識している状態らしい。

「じゃあ、僕がシュンと会話できるようになったのはアオのおかげなんだぁ。ありがとう。」

 そして、僕が感謝の言葉を言うとアオが申し訳無さそうに

「みゅ・・・みゃあぁ~。」

〔 事後承諾で申し訳ないのだけれど・・・僕と蒼溟が相互リンクしたことによって、蒼溟と僕の情報は共有できたのだけれど。それは、蒼溟からだけでなく、僕も蒼溟の情報を得ることができるの。 〕

「ということは・・・僕の考えている事とかもアオは知ることができると?」

「みゃぁ~・・・、みゅみゅ。」

〔 ごめんなさい~・・・シンクロ率がまだ低いから明確には分からないけど、ある程度の感情は分かってしまうんだ。 〕

 それは、リンクを解除した状態でも情報交換の精神ラインは繋がったままの為、僕の感じたものはもちろん、心理状態も曖昧ながらもアオに伝わってしまっているということだ。

「あぁ~・・・。それじゃあ、もしかしなくても僕の不安とかも伝わっていると。」

 その言葉にアオは身体を上下に動かして肯定する。

「そっかぁ~・・・・。」

「みゅ。みゃあ~ん。」

〔 でも、それは本当に曖昧な感じだから。よかったら、話してみない?言葉にすると少しは気持ちがまぎれるかもしれないよ。 〕

「・・・・・・・。」

 アオの言葉に、僕は躊躇(ちゅうちょ)してしまう。言葉にして吐き出してしまえば楽になるかもしれない。だけど、言葉にすることにより、それを自覚するのが怖くもあるのだ。

 僕の心の動揺が伝わったのだろうか、

「みゃぁ~~ん。」

〔 大丈夫だよ。蒼溟がどんな事を思おうと、何をしようと、僕はずっと一緒に居るから。例え、この身体が無くなっても僕と蒼溟はすでに共同体となったのだから。何があっても、必ず蒼溟と共に有り続けるよ。 〕

 アオが優しく、それ以上に真摯(しんし)な言葉をくれる。

〔 私も同じ気持ちですよ。我らレーヌ族の(おきて)に誓って、蒼溟さまのお傍を離れません。例え、蒼溟さまが嫌がってもですよ。 〕

 シュンも真摯に、そして僕の負担を軽くするためにか少し冗談交じりに言ってくれる。

〔 もし、他の誰かに聞かれるのが嫌なら聞かれないようにすることもできるよ。 〕

 僕の感情を読み取ったのだろう。

アオやシュンになら話してもいいという気持ちと、この屋敷にいるフィランやサカエさん、他の人たちに聞かれることを恐れる気持ちを抱いたことに対してアオが提案してくれる。

「アオ、お願いしてもいい?今はまだ、二人にしか話したくない・・・。」

 蒼溟の瞳には、様々な感情が沸き起こっては消えてを繰り返していた。

〔 まかせて!シュンにも協力してもらうからね。 〕

〔 分りました。それでは、私の方から行いますね。他の種族に気付かれないように微弱な魔術で人払いを行います。それと同時に、同種の他部族のものたちに協力してもらいます。蒼溟さま、しばしお待ち下さいね。 〕

 シュンはそう言うと、ベッドから飛び降りて部屋の中央へと向かった。

 魔の森で出会ったダイは奇麗なオレンジ色の体毛だけど、シュンは灰色よりもちょっと黒味の強い毛色であまり綺麗な色合いとは言えない。だけど、術式展開の際に起る発光現象により照らし出されたシュンはその体毛を鋼色に輝かせる。まるで、鋭利で強靭な刃を想わせるその色彩に僕は魅入られる。

 シュンは毛玉のような身体を毬のように跳ねながら幾つもの術式を展開していく。そして、よくよく目を凝らすと、床より数センチ上で跳ねると同時に波紋のようにいくつもの不思議な円が周囲に広がっていく。

 その波紋は壁に当たっても消えることなく、さらに遠くへと広がっていくようだった。それに呼応するように、どこからか発生した波紋らしき波がシュンの方へと幾つも届く。

 数多の術式の発光と不可思議な波紋のなか、小さな身体を躍らせるシュンの姿は神楽(かぐら)を舞う神官のように思えるほど、流麗で厳粛(げんしゅく)な気分を抱かせた。

 シュンによる神楽舞いが終わると同時に、今度はアオが行動を起こした。

〔 あら、よっと。ついでに・・・うりゃあぁ―――ッ! 〕


ビッタァ―――ン!!


 シュンの様子を見るために、上体を起こしていた僕の顔面に向かってアオがその球体で体当たりしてきたのだ。

 目前に迫る薄青色に、僕は突然のことに避けることも防御することも出来ずにすさまじい勢いで後方へと吹き飛ばされるのであった。

 ア~オ~、折角の(おごそ)かな雰囲気が台無しだよぉ~~。

 そんな僕の内心の言葉に、だってワザとだもん♪とアオの言葉が聞こえたような気がするが僕の意識は暗闇へと捕らえられて真相は闇へと消えるのであった。


◇ ◇ ◇


「蒼溟さま、大丈夫ですか?」

 シュンの心配そうな声で僕は目を覚ました。

「・・・ありがとう。大丈夫だよ。」

 そう言って、身体を起こして僕は驚きのあまり硬直してしまった。

「これは!?・・・・・湾曲空間固定?」

 村で暮らしていた時に、(ちがや)姉さんの研究室でみた異次元のような空間だった。

周囲は、どこまでも果てのない漆黒で、そこに上下左右などの方向性は皆無。自らが立つ場所ですら何故、とどまっていられるのか、または静止しているのか、判別の出来ない闇。空間を四角に切り取ったような先に見えるジンの屋敷内での僕の自室が唯一、明確に認識できるものだった。それすら、大きな絵画をかけてあるように立体感は皆無。まるで、テレビ画面をのぞきこんでいるような違和感だ。

「これは、アルシュたちが女神と呼んでいるヒトの技を応用したものだよ。元の時空間とは別に存在する場所。時のながれも、広さも、ここで起こる事象ですら任意に起こせれる隔絶した空間。」

 呆然と周囲を確認する僕の傍で、アオが説明してくれる。

「こんなにも漆黒の闇に包まれているのに、アオやシュンを視覚できるのは何故?」

「それは、相互認識しているから。明確には、視覚で認識しているわけじゃないよ。」

 お互いに相手が同じ場所に居ると認識している為に、その姿を捉えれているように感じているだけで、瞳に実際の物質として映しているわけではないとのこと。

その理屈と同じで、通常空間ではテレパシーのような会話だったアオとシュンと普通に会話できるのも、この空間内限定の相互認識によるものらしい。

「まぁ、詳しいことはおいおい説明するとして。とりあえず、ここでなら誰に邪魔されることも、聞かれることもなく、お互いに本音をさらけ出すことができるよ。」

 そうアオは言うと突如、空間内にわき出たビーズ型クッションに座る。シュンと僕にも同様のクッションがお尻の下に現れる。そこに腰を下ろすと、ようやく不安定な感覚から落ち着くことができた。

「飲み物も用意したから、リラックスしてよ♪」

 温かな湯気を立てた紅茶に、お茶菓子まで用意されると、なんだか可笑しくて笑ってしまった。そんな僕の姿を二人は優しげな雰囲気で見つめてくれた。

 しばし、三人はゆっくりと心を落ち着けるようにお茶を楽しんだ。


「僕は・・・恐いんだ。」


 温かな紅茶の入ったカップを両手で包み込むようにしながら、僕はポツリとこぼした。

 アオとシュンは無言で先を促す。

「地中に埋もれた遺跡で目を覚まして、ギルドで探究者の登録をするまでにそんなに時間は経っていないけど・・・。」

 こちらの世界に来て、おおよそ2ヶ月くらい。

その期間に、村の中はもちろん、知識の中でも得ることの出来なかった他種族との交流や大多数の人々との集団生活など、そこには知らなかった常識やマナー、生態など数多の情報の数々が存在していた。

「僕は、村で他の子たちとは違った教育を幾つか受けていたんだ。その中には、魔の森で見かけた薬草の知識に、疑似体験なんかもあった。」

 それらの知識のおかげで事なきを得た状況も存在した。だが、それらの知識は本来、村の中では教えられない(たぐい)の知識だったのだ。

「村で生活している間は、それを不思議に思う事はなかった。疑問にすら、感じなかったんだ。」

 でも、こちらの世界に来て実際に体験している内に、少しずつ疑問を抱き始めた。


「何故、僕はこれらの知識を教えられたのだろう。」


 最初は、不可思議な村だから…。 村の中でも特異な茅姉さんだから…。 こんな不可思議な事を予見して教えてくれていたのかもしれないと思っていた。

「でも、ジンや書物で知った他の異邦人(いほうじん)たちの“元の世界”の事を知るにつれて、僕は一つの疑問を抱いたんだ。」

 僕は“飛行機”や“電車”それに“船”という乗り物を知らなければ、住んでいた村の名前はもちろんのこと、その所在も知らなかった。それどころか、ジンたちの言う“地球”という言葉すら知らなかったのだ。


「僕は本当に、ジンたちのように“異邦人”なのだろうか?」


 異邦人たちが知っていて当たり前の事を知らなければ、逆に彼らが知らないはずの知識を有している。だからといって、こちらの世界で知っているはずの事を知らず、その両方ともが知ることの無いものを知っている。

 そのどちらにも所属することが出来ないような中途半端な認識は、次第に蒼溟を追い詰め始めていた。


「僕は・・・何者なんだろうか・・・。」


 存在自体があやふやな村。そこに住んでいた村人たちは本当に存在していたのか、自分は本当にその村で暮らしていたのか、それらが実は夢や幻だったのではないのか・・・。

 自己の認識があやふやに感じると同時に、自分の過去が本来のものなのか、それすらも疑い始めてしまったのだ。

「例えば、僕が住んでいた村が夢だったら? それとも、誰かほかの人の記憶を得ただけとしたら?」

 村の存在自体がなかったのなら、僕が今まで生活していたのは何処なのか。

 何故、蒼溟は地中にある遺跡で目覚めたのか。

 それとも、僕とは違う“東雲(しののめ)蒼溟”が存在していて、彼の記憶を情報として今の僕が得たとしたら、僕は“蒼溟”ですら無いということになる。

「でも、そう考えると・・・みんなとの知識の差異に理由ができる。」

 異邦人ではないから、こちらの世界の知識を有していることになる。

存在自体が違うから、今の世界を、常識を、知らない。

“東雲蒼溟”ではないから、村の詳しい所在を知らない。


「では・・・今、ここに存在している僕は“誰”なんだろう。」


 自分という存在を確固たるものとする“過去”を疑うことにより、蒼溟は強い自己否定を起こしてしまった。それにより、今の自分を受け入れてくれる人たちに対しての罪悪感、拒絶されることによる恐怖感を抱いてしまうのだ。

「僕が・・・異邦人ではなかったら。人族はおろか、現存する種族のどれにもあてはまらなかったら。それ以上に、今の僕が疑似人格だったら・・・本当の自分は一体・・・。」

 杞憂(きゆう)だと言われれば、その通りだろう。だが、強い自己否定の念を抱いてしまった蒼溟にとって、確固たるものが無い状態で、何を信じればいいのか分からないのだ。

 今の蒼溟が出来ることといえば、人々に拒絶されないように、彼らの常識に、倫理感にそった“良い子”でいることしかなかったのだ。


「僕は・・・本当に“蒼溟”なの・・・。」


 蒼溟の慟哭(どうこく)とも言える言葉に、アオとシュンは静かに聞き入る。

 蒼溟にとって本当に怖かったのは、村の住人がどこにも存在しないかもしれないこと。そして、現実とも思える村の生活と同じように、現在の生活すらも夢や幻だったら・・・。

 自分を優しく受け止めてくれたアルシュや魔の森の住人たち。ジンやフェリシダー、リベルター兄さんたち、ルジアーダの街に住む人々。今も共にいてくれるアオやシュン。それらの大事だと思える彼らの存在が“目覚める”と同時に霧散してしまったら・・・。

 目覚めと共に、そこに誰も存在していなかったとしたら・・・。心の中が散り散りに引き裂かれるかのような焦燥感に、想像しただけで狂いそうになる。


――― そんな事は、有り得ない。


 そう言い聞かせても、現実に蒼溟は村の外へといつの間にか出されてしまっている。

眠りについて目がさめれば、昨日と同じように親友の(ひいらぎ)と雑談をして、(みなと)兄さんや姉さんたちと食事をしたり、勉強を教えてもらったり、村の雑事をこなす日々が始まる・・・。そんな、当たり前の“日常”が続くと信じていた。

 でも、それは突然に消えてしまった。村が存在した証拠すら、蒼溟は何ひとつ手にしていなかった。あるのは、自らの記憶のみ。


 では、今の生活も誰が夢や幻ではないと証明してくれるというのだろう。


 大切だと、大事だと、そう思う度に、それらが消えてしまうことを恐れた。

恐れる度に、現実感が少しずつ薄れ始めた。

同時に、自分の存在が希薄に感じられ始めてしまった。


――― 自分は誰で、ここに存在しているの?


 蒼溟は、自分が認識している以上に、危うい状況に陥っていたのだった。

 ジンたちが感じ取っていた危機感が判明した様子。

 蒼溟が今まで“良い子”であった違和感はこれが理由でした。

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