閑話02 乙女たちの雑談
≪アルシュ&フェリシダー≫
魔の森からフェリシダーがルジアーダの街に戻ってから数日が経った頃。
特殊な術式を組み込んだ伝晶石を使用した秘匿回線にアルシュからの連絡があった。
「どうしたの?この回線を使うなんて珍しいわね。」
フェリシダーは伝晶石を経由して虚空に映し出されたアルシュに問いかける。
『フェリシダー。実は・・・・・蒼溟から連絡がこないの』
通常の伝晶石と違い、相互で連絡を取り合える特殊回線を使用してまで伝えてきた内容がそんな事だったことに対して、思わず脱力してしまうフェリシダー。
「あのねぇ~。くだらない理由で、わざわざこの回線を使わないでくれる?」
『ムッ。くだらなくないし、時折は使用しないと緊急時に使えないかもしれないでしょう』
確かに、時折は動作確認をしなくてはいけないとは思うが・・・・。
「はぁ~。アルシュは蒼溟が居なくなって、退屈しているのかしら。」
まぁ、たまには良いか。と思いなおして、フェリシダーは問いかける。
『そうね。退屈といえば、そのとおりなんだけど・・・・でも、心配という気持ちもあるのよ。蒼溟は結構、お人好しに見えるから。』
見えるだけで、“お人好し”とは評価しないのね。
フェリシダーはアルシュの言葉に対して、心の中でツッコミを入れる。
「私も最近は会っていないから、詳しいことは知らないわよ。」
フェリシダーの言葉にアルシュは首を傾げる。
『あれ?でも、蒼溟はジンの家に居るのでしょう。』
「えぇ、そうなんだけど。」
フェリシダーは深いタメ息をついて、うな垂れる。
「私の方がねぇ・・・。お父様の言いつけで職場に顔を出しに行ったら、休暇中にも関らずパシエンテ様のお話相手に連日呼び出されているのよ。」
その言葉に、アルシュは苦笑する。
彼女も後宮で療養している第二王女パシエンテがフェリシダーにご執心なのは知っているために、友人の気苦労に対して思うところがあった。
『そうだったの・・・お疲れ様。』
「まぁね。末っ子の私としては、妹ができたようでお相手するのは別に苦にはならないのだけれど・・・上司や同僚がねぇ。」
後宮勤めの近衛師団みんなの“玩具”扱いされているフェリシダーとしては、上司や同僚たちのからかいこそが一番の心労となっていた。
からかってはくるが、決して嫌がらせではないことをフェリシダーも自覚しているためになかなか強気に反撃することができないでいる。
『それでも、職場のみんなと上手く付き合っていけているのだから、良いのでは?』
アルシュの言葉に苦笑するフェリシダー。
「まぁ、嫌われていないだけマシなのかしらねぇ。」
『フェリシダーが嫌われるなんて、よほどだと思うけど~』
「あら、私だって一人の人間ですから、嫌いになる相手もいれば、嫌われることだってありえるでしょう。」
『嫌いになる相手って、例えば?』
「例えば・・・・某国の第五王子とか。」
『それって、古代帝国の血筋を受け継ぐという国のこと?』
「そう。女誑しの高慢王子さまのことよ。」
それは、数年前のこと。視察と親睦を兼ねて来訪した大国のひとつで、外交官たちと共に第五王子が来た時のことだった。
その目的は一目瞭然だった。
このラント国には、王の実子は全て娘たちしか居ないため、王位継承権も王女たちが有していた。外縁にあたる王族関係は全て継承権を放棄しており、その子供たちもその権利を有してはいなかった。
その為、次期国王として女王を誕生させるか、王女の婿を王とするか、未だに談議されている最中に未婚の他国の王族が来訪したのだ。
身分的にも外交的にも無下にすることが難しい状況を作り上げての来訪。この国の次期王座を狙っていることは明白だった。
「そもそも、諜報部の情報以前に民草からの噂の段階で女癖が悪いとされている王子に、うちの大事な姫様たちを会わせれますかッ!!」
拳を震わせながら、殺気に近いものを身にまとうフェリシダーにアルシュは落ち着くように言う。
「しかも、あのバカ王子。滞在中に姫様付きの侍女や女性騎士にちょっかいを出すわ。挙句の果てには、同意も無しに押し倒そうとするわ。・・・・・出来るものなら、絞め殺したいと思うくらいだったわ。」
『あぁ、聞いたことがあるわ。でも、その前にジンたちによって闇打ち(・・・)が行われたのでしょう?一応、秘密とされているけど。』
そう、他国であればその王子さまの暴挙もまかり通ったかもしれない。だが、ここはラント国であり、色々な意味で常識外れな国民性である。その暴挙に対して、戦いも辞さない勢いで王宮勤めの者から国民、貴族と呼ばれる者たちまで不快感を露わにした。
その結果、ジンやリベルター達を筆頭に問題の第五王子を殺しはしないまでも精神的に立ち直るのが難しいほどのお仕置きを敢行したのだ。
これに対して、某国の外交官とその国の者たちが異議申し立てを行おうとしたが、第五王子が仕出かそうとした数々の汚点を証拠物件と共に秘密裏に提示されて、黙るしかなかった。そして、この問題に対して両国とも“子供の教育”の一つとして納めることにしたのだ。
「事なきを得ているけど。それでも、女子供を物のように扱う男なんて最低だわ。」
『でも、アレは極端な例でしょう。男性の全てがそんな心持ちでいるとは限らないし、逆に女性でも男性に対して酷い仕打ちをする者だっているのだから。』
「そうなんだけど。」
『フェリシダーの男性不信の一因ね。そんな態度をするから、職場のみんなにからかわれるのではないかしら?』
「うっ・・・。やっぱり、そうなのかなぁ~。」
『同性愛者とまではいかなくても、その潔癖症みたいな感じは治した方がいいと思うわよ』
「うぅ~ッ。・・・そうは言っても、どう治せばいいのかも分からないわよ。」
『そうねぇ・・・。なんだったら、蒼溟としばらく行動を共にしてみれば?』
アルシュの提案に首を傾げるフェリシダー。
「蒼溟と?なんで?」
『う~ん、なんて言えばよいのか。蒼溟の言動は女性と始終共に居た事があるのか、扱い方を心得ている感じがするのよ。』
年頃の男の子であれば、異性と一緒に居る事に対して気恥ずかしさや性的な好奇心を刺激されて落ち着いてはいられないのが常である。それが、正常な反応であるし、思春期特有の精神状態でもある。
『蒼溟は、紳士的な態度というよりも無意識に性的な欲求関係を意識しないようにしているように思えるのよねぇ。』
その言葉にフェリシダーは今まで接していた蒼溟との出来事を思い出す。
「でも、まったく無いわけではなさそうだけど?」
『さすがに、それまで無くなったら“男の子”とは呼べないわよ。でも、自分が感じた情欲に対して恥じらいを感じるだけの理性はあるわ。』
そう言われると、あのバカ王子は下半身で物事を考えるタイプだったが、蒼溟やジンは女性に対しての魅力を感じていながらも不躾な視線を投げかけることは稀である。
『私の感じでは、蒼溟は性的欲求に対して高い理性を有していると思うわ。まぁ、身の危険だけは無いから安心して行動を共にしてみれば?』
「・・・・いやに進めるわねぇ。」
『もちろん。今の私から蒼溟に対しての気持ちは“可愛い弟”みたいなものだから。フェリシダーが行動を共にしてくれれば、近況も分かるし、変な女性に誑かさられる心配もないから、安心できるのよ』
「それなら、アルシュが一緒に居てあげればいいじゃない。」
ちょっと、ムッとした様子で言う。
『私は、森の“主”としての役割があるから。ここから動けない事くらい、フェリシダーだって知っているでしょう。』
拗ねたように言うアルシュの姿を見て、溜飲が下がる思いを感じるフェリシダー。
「そうね。でも、現実には難しいわよ。」
フェリシダーの言葉に頷くアルシュ。
『そうよねぇ。休暇中であっても、王宮近衛師団の一員である限り、特定の個人と懇意にするのは無理よねぇ。』
「まぁ、近況についてはフィランお母様にお願いするわ。そのうち、蒼溟にも連絡をするようにそれとなく伝えてみるわね。」
フェリシダーの言葉に嬉しそうに微笑むアルシュ。
『うん。そうしてもらえるかしら。』
「それじゃあ、またね。」
『えぇ、またね』
お互いに挨拶をして回線を切る。
「それにしても、弟みたいに思っている割にはご執心のように見えるのだけど・・・。」
苦笑するフェリシダー。
久々の友人との他愛ない会話と愚痴を吐き出したことにより、気持ちはスッキリとしていた。
「さて。私も色々と頑張りますかッ!!」
気合いを入れるフェリシダーだった。