2-13 親子ケンカの行方
低下層の大広間で今回の探索で得た魔鉱石が小山となっていた。通常では考えられないくらいの多量で様々な種類の魔鉱石を目の前にして蒼溟たちはちょっと反省していた。
「稼ぎ過ぎですね。」
サウラの言葉に、アクレオはとぼけた表情でそっぽを向き。蒼溟は少しうな垂れていた。
実は、サウラの「戻りませんか?」という発言の後に高レベルの[魔物]がどんなものかを見せてやりたいというアクレオの発言に更に数階下へと向かった後に徒歩で戻ったのだが・・・。
ここで戦闘に慣れた蒼溟がアクレオと共に[魔物]の集団へと突入。
それに、触発されたアクレオが更に暴走。
それに対抗するように[魔物]の数が増加。
それに対して逃走するとか、避けるとかの戦闘を回避する行動をとらずに殲滅した結果がこの多量な魔鉱石となったのだ。
「・・・[魔物]が時間経過と共に復活するとはいえ、こんなに短時間で討伐してしまっては他の探求者たちの稼ぎがなくなってしまいます。」
「まぁ、いいだろう。頻繁では問題になるだろうが、今回だけの事だろうから。」
サウラの非難する言葉にアクレオは楽観的な発言をする。
「そんなことをおっしゃるから、“破壊魔”とか“疫病神”とか言われるのですよ。」
それは、アクレオがギルドマスターになる前の時に囁かれたあだ名だった。
その場の空気を読まずに武力のみで問題解決をしようとしたり、今回のように[魔物]を掃討してしまって他の探求者たちの稼ぎを失くしたり、果ては他を圧するような気迫で反論を封じてしまうなどの悪癖から付けられたものだ。
「過ぎてしまった事をグチグチと言ったところで、時間は戻らん。そんな事より、コレどうする?」
「みんなで分けるんじゃないの?」
通常であればパーティに参加したメンバーで均等配分するのだが、今回のパーティは臨時で結成されたもの。
「私はギルドの規定により、無報酬でお願いします。」
サウラは戦闘補佐として参加しているが、初回は無料扱い。二回目以降はギルド職員個人に対しての報酬とギルドへ入れる手数料などで、半分は渡すのが通例である。
「オレも別にいらねなぁ。」
アクレオは勝手について来ただけなので、本人的にはいらないという言い分。
「通常であれば、ギルド職員の戦闘補佐により多少の稼ぎを行い。そのお金で装備を充実させていくのですが・・・。」
二回目以降に手数料が発生するのは、高レベルのギルド職員に頼りきりになるのを防ぐためでもある。数回による戦闘補佐により、自らのランクに合わせた階層で今後も稼いでいくのだが、蒼溟はそんな順序を軽く超えてしまっている。
「まぁ、今回は特別という事で蒼溟の総取りでいいんじゃねぇか。ヒヨッ子への祝い金として遠慮なく貰っとけ。」
それでも、何だが悪い気がするのか蒼溟の表情は暗い。
「・・・・それなら、そのうちの何割かをいただいても宜しいですか?次回はアクレオ様の…身勝手な…主張により街の外へ行くことになりますから。探索に必要な物を私の方で準備しておきます。」
「それは、申し訳ないような気もするのですが・・・。」
蒼溟の言葉にサウラはニッコリと笑う。
「いえいえ。こちらの方こそ、身勝手で無駄に体力の有り余った困った上司につき合わせてしまって、本当にすみません。」
あきらかにアクレオの事を指しながらも、あえて本人には言わずに遠まわしに非難する。
「え、えっと・・・・。そんな事は・・・・。」
蒼溟がフォローしようとする言葉を遮ってさらに
「大人しくデスクワークをしていただければ良いのですが、頭の中まで筋肉で出来ているような方ですから。」
「おいっ!!そこまで、言うことないだろう。」
「なんでしょうか、脳筋上司?・・・もしくは、後先考えない無神経上司?」
「ムッ。・・・一度、聞いておきたいと思っていたのだが。何故、そこまでオレを否定というか拒否するんだ。」
本当に心当たりがないのか困惑した表情で問いかける実父を心底あきれた様子の娘、サウラはこれも良い機会だと考えて、その要因を教えることにした。
「そうですね。“英雄、色を好む”という言葉があるように、母以外の女性に恋愛感情を抱くことに対しては特に問題視はしておりません。」
アクレオは確かな武力と悪癖を持ってはいるが、魅力的な人物であることも事実。英雄と呼ぶにふさわしい業績も持っている。その為、数多くの女性が彼に魅了されるというのも理解できる。
「でも、自らが約束した事柄を破棄したことについては、私も母も許す気はありません。」
「約束?」
蒼溟の言葉にサウラは頷き、アクレオは心当たりを探そうと必死に記憶をあさる。
「例えば、関係を持った後に・・・。」
サウラの母親は、かつて優秀な探求者であり、研究者でもあった。幾つかの依頼をこなす際にアクレオと出会い。二人は恋人となったのだが、その際にアクレオは婚姻の証として魔鉱石を使用したアクセサリーを贈ろうとしたことがあった。
「希少な魔鉱石を取りに、国外へと赴き。その後、数々の難事に遭遇した結果、その約束を忘れ。思い出した頃には、数年が経っていました。」
その言葉に、思いだしたのかアクレオは冷や汗を流す。
「まぁ、それも無事に難事を解決し、数年後とはいえ思い出したので許すことにした母でしたが、私を身籠り出産のときには立ち会うといった約束を反故にされた事については許す気はないそうですよ。」
それは、数年後に戻ったアクレオがサウラの母親に平謝りして恋人関係を修復して数ヶ月後のことだった。
「いや、アレはだなぁ。かつての戦友仲間からの懇願で、仕方がなく出かけただけで。反故にしようとしたわけでは・・・。」
必死に言い訳をするアクレオに対して、サウラは無表情に答える
「えぇ、それは仕方がないことでしょう。でも、アクレオ様。その依頼終了後に仲間たちと酒盛りをした後に、そこで出会った女性の依頼をホイホイと受け、さらに息子さんを授かったことに対しての明確な理由を教えていただきたいものですねぇ。」
何故、その事を知っている!?という驚愕の表情をするアクレオ。
「まぁ、それらの要因から母は私に実父のことを教えずに片親で育ててくれました。私が実父の事を知ったのは成人してからですね。」
何か、言う事はありますか?と冷笑する娘に対して、父親は無言でうなだれた。
「このように、身勝手な上司ですので蒼溟さまも嫌だと思ったら、素直におしゃって下さって構いません。我慢は身体にも精神にも悪いことですから。」
ニッコリと笑いながら告げるサウラに無言でうなずくしか出来なかった蒼溟だった。
◇ ◇ ◇
結局、魔鉱石の大半は蒼溟の稼ぎとなり、その内の良質な物は持ち出すことにした。
「蒼溟、それをどうするんだ。」
散々、娘に叱られたアクレオだが、数分後には復活していた。
「以前、レイルから良質な魔鉱石を売って欲しいと言われたから持っていこうと思って。」
「第一王女にか。・・・・・蒼溟、オレからの忠告だがな。もし、お前が世話になった女性がいるのなら、それをアクセサリーとかにして贈っておいた方がいいぞ。」
アクレオの忠告に不思議そうな顔をする蒼溟。
「さっきの話でもあるがな。約束を反故にしたオレが悪いのは当然ではあるが、実はサウラも知らない裏話がある。それをあいつに教えるつもりはないが、同じ男として言っておいてやろう。」
真剣な眼差しで蒼溟の両肩に手を添えてアクレオは重々しく告げる。
「女は常に男からの、特に惚れた奴からの褒め言葉や態度を欲しがるものだ。」
「えっと、お世話にはなっているけど、惚れたとかは・・・。」
蒼溟の反論に首をゆるく横に振りながら、
「恋愛感情だけではない。多少なりとも好意を持った相手にしか女は世話を焼こうとは思わない生き物だ。だから、世話になった相手がいるのなら年齢とか気にせずに誠意を見せておいた方が、後々の保身のためになるから。」
アクレオの瞳に心からの忠告であることを察した蒼溟はその迫力に押されながらも頷く。
「オレも・・・その事に早く気付いていたら・・・・。」
視線を遠くに飛ばし、過ぎた時を思い起こすアクレオの姿は何とも言えない哀愁が漂っていた。
一体、アクレオの身に何が起こったのだろうか。ちょっと、気になった蒼溟だが、それを聞けば、自分にも何か良からぬ事が起こりそうな気がしてやめた。
「でも、アクセサリーと言ってもどんなものに?」
その言葉に現実に戻ったアクレオは、お薦めの宝飾店や国営商店街のお店を幾つか教えてくれた。
「まぁ、ようするに誠意の一つとして贈るものだからな。装飾としてだけでなく、装備品としてお守りのようなものでもいいのさ。」
そう言って、魔鉱石の小山から更に幾つかを選び出し袋に詰めて渡してくれる。
「ほれ、これも持って行け。持ち出しについての認可と書類についてはオレがやっておいてやる。その変わりと言っては何だが・・・・。」
蒼溟の耳元に顔を寄せて小声で
「悪いが、娘であるサウラとの接点としてお前を利用させてもらう。すまんが頼む。」
その言葉に蒼溟は微笑んで了承する。
色々と問題はあるみたいだけど、アクレオさんもサウラさんもお互いを気にかけているのなら、いつかその関係が修復されるかもしれないなぁ・・・そうなって欲しいと思う。
◇ ◇ ◇
ギルドを出た蒼溟は、そのまま国営商店街へと行き“魔工術式研究会”の建物へ向かう。
「んっ?お前さんは、確か・・・・リベ坊の義弟の・・・蒼溟だったか?」
“大将”の言葉に蒼溟は微笑みながら頷き挨拶をする。
「どうした、何か用事か?」
「はい、実は・・・・。」
レイルとの約束を話す。ついでにアクレオからの忠告に従ってアクセサリーにする事についても相談する。
「そうか。それなら、中身をちょっと見せてもらってもいいか?」
その言葉に、素直に応える蒼溟。
二人は事務所の机に魔鉱石を広げて選別していく。そのついでに“大将”は装備品として使えるように魔鉱石を加工する研究グループを呼んで、どんな付加効力ができるのか相談していくことにした。
それから数刻後。
「そんじゃあ。レイル様に譲る分はこっちに、加工する分はこいつ等に渡しておく。魔鉱石に対しての加工はできるが装飾関係については他でやってもらうのがいいだろう。」
“大将”の言葉にその場にいた全員が承諾する。
「お手数をお掛け致しますが、宜しくお願いします。」
丁寧にお辞儀しながら依頼する蒼溟に研究グループも笑顔で快諾してくれた。
「了解した。君はリベルター様の身内だし、なによりも女性に贈るものだろう?僕らも気合いを入れて作業させてもらうよ。」
「必要な物とか手伝いとかあったら、遠慮なく言って下さい。僕に出来ることなら何でもしますので。」
蒼溟の言葉に、その時には宜しく頼むよ。と答えて、それぞれの作業へと向かった。
◇ ◇ ◇
「今日も色々あったねぇ。」
ジンの屋敷へと戻り、自室でくつろぎながら言う蒼溟にアオも同意する。
「みゅ、みゅう?」
それで、アルシュとの連絡はどうする?と聞いてくるアオに蒼溟はちょっと悩む。
「どうしようか?プレゼントが出来てから、連絡した方がいいのかな。それに・・・どうやって相手に渡せばいいんだろう。」
肝心な送る方法を考えていなかった事に気付く蒼溟。
「みゅ、みゃ、みゃ。」
それなら、レーヌ族のシュンの転移で送っても良いし、アルシュについてはアオが送ってあげもいいよ。と答えてくれる。
「アオが送ってくれるの?でも、どうやって。」
蒼溟の言葉にイタズラを思いついた子供のような雰囲気をまとうアオ。
「みゃ、みゃ。」
アルシュ以外には、伝晶石と一緒に贈れたばいいんじゃないかな。
「伝晶石だと、専用の機械が必要なのでは?」
ファンタスマ族の村にそういう物があるのだろうか?と心配する蒼溟にアオは平然と魔の森の宮殿に住む、執事のハーディは持っているはずだと教えてくれた。
「そうか、ハーディは以前、森の外に居たことがあると言っていたし、アルシュも持っているかもしれないよね。」
それから、蒼溟とアオはレーヌ族のダイには何を贈ろうか、料理長のスリールにはよく切れる包丁の方がいいのだろうか、等と他愛もない会話をしながら過ごすのだった。