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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第ニ章 安穏とした日々
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2-12 八つ当たりとも言う

 蒼溟(そうめい)は、普段であればしないであろう行動。大事な書類をグシャグシャに握り潰したまま一時的な激情をやり過ごし、そのまま思索(しさく)に入る。

 母親からの言伝を要約すると「帰ってくるな」という事になる。それは、帰る方法があるということ。

それなら、その方法は最初に目を覚ました遺跡らしきものに関連するものだろうか?

 遺跡自体は地中深くに存在するものなので、実際に確認しに行くにはアオたちに協力してもらわなければならないだろう。その前にその遺跡に関連する情報を収集するのも一つの手である。


 登録所の受け付け嬢であり、ギルドマスターの娘…本人は否定中…でもあるお姉さんこと、サウラは一人で悶々(もんもん)と考えている蒼溟を静かに観察していた。

 ふぅ~ん、(しつけ)のゆきとどいた愛玩動物みたいに思っていたけど。蒼溟君も一応、男の子でしたか・・・。

それにしても、純真無垢と言った感じに見えるけど、何故か私の勘では当てはまらないように思えるのよねぇ~。何故かしら?

小首を傾げながらお茶を飲む。そして、サウラは内心である事を決定した。


そんな二人の心中など分からないギルドマスターのアクレオは、インフィニティのアオと一緒にしばしお茶を飲みながら様子を(うかが)いつつ、頃合を見計らっていた。

「インフィニティ殿、そろそろ大丈夫だと思いますか?」

「みゅ、みゅみゅ。」

 多分、大丈夫だと思います。と何故か敬語になる一人と一匹は、二人に声をかけることにした。


「あ~、蒼溟くん。書類の方は無事に済んだから、認証ダグとギルドカードを渡しておこう。事前に説明してあるとは思うが、失くさないように気をつけるように。」

 アクレオの言葉に、蒼溟は現実に戻り慌ててお礼の言葉と共に受け取る。

「みゅ、みゃ。」

 これで、蒼溟も正式なギルドメンバーだね。というアオの言葉に蒼溟は嬉しそうに微笑んだ。

 母親の言伝に対して思う事は多々あるが、こうして見知らぬ世界で自分の存在証明を手にしたことに対して嬉しさがこみ上げる。どこの生まれかも分からない不審者な自分を受け入れ、家族と言ってくれたアルシュや魔の森のヒトたちに、ジンの家族。そして、そんな自分を社会の一部として受け入れてくれたラント国とその一部の住民たちに僕は感謝の気持ちでいっぱいになった。


 僕は、ココに居てもいいんだ・・・。


 この世界の異物として排除されるのではなく、(こと)なりながらも世界の一員として受け入れられた確かな(あかし)の一つとして、初めて実感できる物を手に入れた気持ちだった。

 そんな蒼溟の感動に水をさすようにアクレオが突然・・・

「オレの仕事は終わったぁー!」

 課題が終わった子供のような笑顔で歓声を上げる。

「あ、忘れていた。ダンジョンを探索するならギルドの担当職員について来てもらえよ。」

 依頼の際には、安全と効率の面からギルドメンバーでパーティを組むの通常なのだが、低ランクのうちは参加させてくれるパーティが少ないとのこと。

その為、ある程度の戦闘経験を得るまでは、補佐としてギルドの職員がついて来てくれる制度が設けられている。これは、安全面と防犯、それにダンジョン内でのマナーの説明も兼ねているために、初回は必ず一緒に探索しなければいけないらしい。その後は、本人が職員に申し出れば回数制限はあるが一緒に来てくれる。

「担当者は、ギルドの職員内で決められる。依頼受諾の端末に表示されるから、そこで確認して来い。」

 そんじゃあ、頑張れよぉ~。と気楽に挨拶するギルドマスターの姿を横目にサウラは蒼溟に微笑みながら

「蒼溟さまの担当は私、サウラがさせていただきます。これから、宜しくお願い致しますね。」

 その言葉に父親であるアクレオが驚愕の表情をする。そして次の瞬間・・・

「なぁにぃ―――ッ!!?そんな話は聞いていないぞっ!」

「言っておりませんし、たった今、決めた事ですわ。」

 澄ました表情で答える娘にアクレオはさらに抗議する。

「ダメだ、ダメだぁ――!!それに、探索の担当になるには戦闘技能を習得した者だけだろう。お前はまだ、その資格を得ていなかったはず!」

 娘の眼前に人差し指を突きつけながら言うと、サウラは営業スマイルと冷笑を混ぜたような冷たい笑顔を向けながら、その指をへし折った。

「ッ!?」

 (もだ)えながらも方術と魔術を駆使した独自の術で治療を行うアクレオに対して

「残念でしたね。私はその資格も習得済みですので一切、問題はありません。それに、担当の選別については支部長の方にすでに連絡して承認を受けております。」

 蒼溟が悶々としている間に探索補佐になることを決めたサウラは、職員専用の端末からすでに希望を提出、速攻で受諾と書類関連を端末上ではあるが済ませてしまったのだ。

「痛っ~。回復力が通常以上とは言え、痛覚はあるのだから手加減くらいしなさい。」

 へし折られたはずの指はすでに完治しているが、痛みは残っているのか手を振りながらも娘に言うが、その本人は気にもしていない様子だった。

「あら、きちんと手加減しましたよ?トカゲ並に図太く無神経な方にはそれくらいしなくては、理解してもらえないですから。」

 場の空気を読まずに自分の事を優先した父親の態度とぶしつけに人を指さす態度にイラッとした彼女は容赦なく、しつけることにしたのだ。

「オレがトカゲなら娘のお前はトカゲもどきになるんだぞ!」

「あら?私はアクレオ様と血縁関係になった覚えもなければ、トカゲのような方と親睦を深める気もありませんわ。」

 あえて(ほが)らかに笑いながら言い切る娘に対して、父親はちょっと涙目になっていた。

「うぅ~、母さん。娘が冷たいよぉ~~。」

 そんな父親を完全無視して、サウラは自分とアオ、蒼溟のお茶を入れなおして今後について話を進めるのであった。


◇ ◇ ◇


 ギルド内の特定ダンジョンの入口前には、蒼溟とインフィニティのアオ、それに魔の森から付いてきてくれた毛玉のようなレーヌ族のシュンが居た。

「なんで、こうなったんだろう?」

 小首を傾げながら不思議そうにつぶやく蒼溟にアオは同情するように

「みゅ~う」

 あきらめろ、物事は往々(おうおう)にして理不尽なものだ。と慰めにもならない言葉をくれる。

 そんな蒼溟たちを余所に、簡易カウンターの所では戦闘補佐としてサウラと何故かアクレオがついて来ていて、探索の許可受領作業をしていた。

「アクレオ様。ご自分のお仕事が終わったのなら、ご趣味の“ふぃぎあ”作成をなされていてはいかがですか。」

 言外について来るな。という娘に対して、

「ふむ。完成度の高い作品を作るにはまず、作成者の心身を万全にしなくてはならないからな。その為に、心配事を減らす意味でも気晴らしという意味でも、お前たちについて行くのは当然の事だッ!!」

 力説する父親の姿に、もの凄く嫌そうな顔をしてやるが一切、気にする様子がない。

「それなら、お一人で行って下さい。」

「それでは意味が無い。」

「邪魔です。」

「なぁに、前途ある若者の手伝いをするのもギルドマスターの仕事の内だろう。」

「・・・・・。蒼溟さま、それではダンジョン捜索に行きましょうか。装備などは大丈夫ですか?怪我をしたり、無理だと思ったりしたら、ご遠慮なく私に言って下さいね。」

 白々しく言うアクレオを、サウラは居ないものとして扱うことにしたようだ。

「うむ。今回は、オレもついて行くからな。蒼溟どのをジックリと観察させてもらうので、遠慮せずにドンドン進んで構わんぞ。」

 凄みのある笑顔で蒼溟に近付くアクレオ。

 え~と、それは・・・リタイア不可・・・という事でしょうか?

 怯む蒼溟に更に近付き、サウラに聞こえない小声で

「娘と二人きりになりたいなら、オレを納得させることだな・・・。許可するかどうかは、また別問題とさせてもらうが。」

 至近距離でニヤリと極悪な笑いをするアクレオに、蒼溟は内心で・・・遠慮させていだきたいのですが・・・と答えていたが、声に出す勇気はなかった。


◇ ◇ ◇


 ダンジョンの低下層には、低ランクの探求者たちが装備や蒼溟のような新米に注意点の確認をするための大きな空間が設けられている。

 その大広間には当然、高ランクの者たちも居て通り過ぎて行こうとする蒼溟たちをそれとなく観察していた。

 そんな中で、アクレオは久々の戦闘に対しての高揚感と個人的な感情から他を圧するほどの戦意を放ちながら歩く。

 ・・・ふむ。オレの戦意を感じながらもそれに引きずられることなく、平常心でいられるとは・・・これは、なかなか有望だな。ジンが目をつけるだけの事はある。

 アクレオの隠す気の無い戦意に引きずられて周囲の探求者たちが不穏な気を発する中で、熟練組は平静を保ちながらもサウラの動作に注目していた。

 彼女は戦闘経験がアクレオほど豊富ではないが、戦闘鍛錬については他の探求者たちよりもかなり充実したものを受けている。そのため、その所作は達人級と称しても問題ないくらいなのだ。

 そんな高レベルなパーティの中に居ても蒼溟の所作や表情は飄々(ひょうひょう)としており、一切の気負いもなければ、達人たちのように洗礼され過ぎた挙動をするわけでもなかった。ともすれば、今から行く場所の意味が分かっているのか尋ねたくなるくらい普段とおりだった。

「蒼溟どのは、剣などの刃物を扱ったことがないのか?」

 アクレオは、彼が手にもつ武器を見ながら聞く。

 蒼溟が選んだ武器は、地面から彼の耳辺りまでの長さの棒で、両端には石突きとして鉄のようなもので丸く加工してあるだけだ。防具は一切しておらず、両肩にはインフィニティのアオとレーヌ族のシュンが座っている。軽装どころか、普段着だったりする。

「いえ、使えますけど。なかなか、気に入る物がなかったので、コレにしました。」

 平然と答える蒼溟に、サウラも心中を察することが出来ずに戸惑った表情をする。

 まぁ、本人が良いのなら別に気にする必要もないか。

 アクレオはあっさりと、そう割り切るとサクサクと低下層を通り過ぎて、手ごたえのありそうな[魔物]がいる階層に向かうのであった。


◇ ◇ ◇


「オラオラ――ッ!」

 幾つかの下層を通り過ぎ、時にはワザと蒼溟に[魔物]が向かうように仕向けていたアクレオだったが、それらを蒼溟が難なく処理していくうちに戦闘に夢中になり始めていた。

「おう、蒼溟。そっちに数匹いったぞぉ。」

 [魔物]の群れに囲まれながらも楽しそうに戦うアクレオから動物のサイに似た[魔物]が蒼溟に向かって突撃してきた。

 蒼溟は突進してきた一匹の頭部にそえるように棒を当てて横に避けると同時に、その体格からは想像出来ない強烈な横蹴りを喰らわせる。

 横蹴りを喰らった[魔物]は並走するもう一匹に当たり、共にバランスを崩し、その後方から走ってきていた他の[魔物]を巻き込み横転する。その隙に蒼溟が石突きによる強烈な打撃で彼らの弱点であるクリスタルを破壊していく。

 クリスタル破壊と同時にガラスが砕けるような音と共に[魔物]はその姿を霧散させ、その場には魔鉱石が残される。それをレーヌ族のシュンが固有魔術の転移により、素早く回収し、独自の圧縮空間へとしまう。

 それらの一連の作業をサウラはアオと共に後方で見学していた。

「なんだか、私がいる意味が無いわね。」

「みゅ」

 高みの見物といきましょう。と言いつつアオは、薄青色の球体を発光させつつ辺りを照らす役目をしていた。

 戦闘区域の上部にはサウラが魔術により照明をしているが、それ以外は時々上空付近を飛ぶ[魔物]に小さな氷塊をぶつけて落としているくらいだった。

「それにしても。アクレオ様が[魔物]を圧倒するのは理解できるけど・・・蒼溟さまも負けず劣らずの圧勝ですねぇ。」

 現在の下層は決して楽なところではない。すでに低ランク向けの階層など通り過ぎて、中ランクと高ランクの間くらい。その差異は[魔物]の使用する魔術によるというかなり曖昧なランク付けでもある。

「おう、終わったかぁ~。」

 アクレオが上機嫌で蒼溟に聞く。すでに幾つかの戦闘をこなすうちに、アクレオは蒼溟を共に戦える者として認めると同時に呼び捨てにしていた。

「はい、アクレオさん。」

 戦闘後とは思えない平然とした態度。アクレオはそんな蒼溟の姿に心強さと一抹の不安を感じてはいたが、特に気にしないようにした。

「お二方とも。そろそろ、戻りませんか?」

 サウラの問いかけに、両者とも顔を見合わせる。

「心身ともに、よい運動になったはずです。これ以上は、他の探求者の方々の邪魔になりますし、何よりも初回での探索時間をすでに超過しています。」

 アクレオと蒼溟の戦闘力が高すぎるためなのか、どの階層でも[魔物]を必要以上に集め過ぎて、その巻き添えで他の探求者が怪我をするという場面が何回かあったのだ。

「ふむ。それなら、次回は街の外にしてみるか。蒼溟なら一切問題あるまい。」

 まだまだ、蒼溟について行くつもりのアクレオは勝手に予定を決めていく。

「・・・・・アクレオ様は、ご自分のお仕事に専念して下さい。」

 サウラが嫌そうな顔をすると、逆にアクレオは楽しそうにする。

「これもオレの仕事だ♪」


 それから、三人は雑談しつつも、あえて転送装置を使用せずに徒歩で[魔物]を蹴散らしながら入口へと向かっていった。

 そんなヒトの姿を見ながら、アオとシュンは内心で・・・一番の被害者は、ここの[魔物]ではないだろうか?・・・と思わずにはいられなかった。

 幸いだったのは[魔物]に意思や感情がなかった事だろう。もし、彼らにそれらが備わっていたら口をそろえて「二度と来るなぁ――――ッ!!」と叫んだことだろうから。


魔の森から同行してくれているレーヌ族の名前を間違えていたので直しました。「ショウ」ではなく、「シュン」です。

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