2-11 母親からの言伝♪
探求者ギルドで個人情報を採取されてから数日間、僕の日常は比較的おだやかに過ぎていた。
ギルドの仮認証で、様々な低ランクの依頼を仲良くなった街の子供たちとこなしていく。その際に、子供たちを経由して色々な年齢の人達と知り合った。街の清掃活動を始め、個人の邸宅での雑務では、子供たちの親御さんや近所の人達。さらには、そこから紹介されて仮認証では受けられないはずの職人さんたちのお手伝いなど多岐に及んだ。
「おはよう、アオ。」
早朝、ジンの屋敷の庭で軽く鍛練をこなすのが最近の日課。やっぱり、身体はきちんと動かしておかないと何となく、居心地が悪いのだ。
「みゅ、みゃあ。」
おはよう、蒼溟。朝食が出来たって、サカエが呼んでいたよ。と教えてくれる薄青色の球体生物。この街、ルジアーダに来てからアオは僕と同じように食物を摂取している。
どこに口があるのだろう?と思っているのだが、ジッと観察してみても未だに不明だ。何故なら、アオがいただきますと言ってから見ていても気付くと食べ物が消えているのだ。一度だけ、アオ自身にどうやって食べているのか聞いてみたら。
いや~ん。蒼溟のエッチ!
器用に頬?を赤く染めながら答えられた時には、どう答えたらいいのか真剣に悩んでしまった。
居間に行くとすでにジンの奥さん、フィランと侍女のサカエさんが待っていてくれた。
「おはようございます。」
僕が挨拶すると二人はにこやかに挨拶してくる。
「おはよう、蒼溟。」
「おはようございます。蒼溟様、インフィニティ様。」
それから、四人?で和やかな雰囲気の中で朝食を取る。侍女であるサカエさんは、本来であれば主人であるフィランたちとは一緒に食事を取ることはしない。だが、長年の勤務態度に家族同然な関係から共に取ることになっているのだ。
「フィラン、ジンはまだ帰ってこれないの?」
義理とはいえ母親である彼女を呼び捨てにすることに当初とまどっていた蒼溟だが、父親代わりのジンを呼び捨てにしていることから諭されて今では普通に呼べるようになった。
「ええ。今まで、仕事を放って遊んでいた罰ですから当分は王城で泊まり込みでしょうね。」
苦笑するフィラン。
ジンは実の息子であるリベルター兄さんに職場へと連行されてから一度も帰宅していない。そして、リベルター兄さんも無理やり勝ち取った連休を“趣味人の集い”国営商店街にある“魔工術式研究会”の人達に知られてから、色々な集いの会に強制参加させられているようで、あれから姿を見ていない。
「そういえば、フェリシダーはどうしているの?」
ジンの孫娘で養女でもあるリベルター兄さんの実の娘。他にも兄弟がいるようなのだが、まだ顔を見た事が無い。
「あぁ、あの子は職場の方に出向いているようですよ。」
王宮の近衛師団という花形部隊に所属するフェリシダーは、ジンと違って真面目な勤務態度から長期休暇をもらっているはずなのだが・・・。
「フェリシダーお嬢様は、後宮にいるパシエンテ様のお気に入りですから。お話相手として出向いていらっしゃるようですよ。」
この国の第一王女レイルの妹である第二王女パシエンテは、生まれた時から病弱で後宮の外に出たことが無いそうだ。その為、容姿や性格などの様子は噂話か憶測でしか知らない国民が大半で、深窓の令嬢として認知されている。
「そっかぁ。三人とも大変そうだねぇ。」
しみじみと呟く僕の姿をフィランとサカエさん、アオが苦笑して見つめる。
蒼溟は気付いていない様子だが、一番忙しなく働いているのは彼だろう。低ランクの依頼とはいえ、短期間でこなした依頼の数々は常人を遥かに超える量であり、その質は徐々に高度になりつつあった。しかも、関わった人々がその仕事内容に満足を覚えるほどに丁寧かつ短時間でこなしていく。今や、この街で蒼溟を知らない住民はいないのではないのかと思われる勢いだった。
「すみませーん。宅配ギルドですけど、こちらに蒼溟・東雲さまはいらっしゃいますでしょうか?」
朝食を終えて、まったりとしていると玄関から男性の声が聞こえてきた。それに応えてサカエさんが居間を出て行く。
すでに他の侍女が対応していたようで、すぐに小さな荷物とカードを持ってサカエさんは僕に手渡してくれた。
「どうやら、探求者ギルドからのようですが。」
カードを見ると差出人と受取人の名前が記載されていた。そこには、確かに探求者ギルドと代表者らしき名前が書かれている。それをフィランが確認してくれた。
「珍しいですねぇ。登録準備期間の者に対してギルドマスターから書簡が届くなんて。異邦人だからという理由にしても、ほぼ毎日ギルドに出向いているのですから直接要件を伝えればよろしいですのに。」
その言葉に首を傾げながら、僕は小さな箱を開封する。その中には水晶のような綺麗な丸い石が入っていた。それを手に取り、不思議そうに見つめているとサカエさんが説明してくれた。
「それは、紙による書簡とは別に使用されるもので“伝晶石”と呼ばれるものです。専用の機械により、相手の映像と音声による伝令を送ることが可能です。一般的には王侯貴族の方々が好んで使用しますが、商人や裕福な家柄の方たちが遠方の親戚や知人に送ることもあります。」
紙による伝令は不特定多数の者に見られてしまう可能性があるため、この水晶のような魔工術式で作成されたものが重宝されるそうだ。
「それにしても、一体なんだろう?」
探求者ギルドのマスターからの書簡なんて、その要件がさっぱり想像つかない。
フィランから専用の機械を受け取り、伝晶石を設置する。続いて、本人確認のための認証画面へ手を置く。すると、伝晶石が淡く光り、空中に再生するかの問いかけに「はい」を選ぶ。その後、伝晶石の表面に幾つかの光の筋が走り、映像が再生され始めた。
なんだが、ビデオレターみたいだなぁ。
僕は映像を眺めながら、そんな事を考えていた。内容は、当たり障りのない挨拶から始まって、僕がギルドで採取された個人情報について幾つか質問をしたいから向こうが指定した日時に来てほしいという連絡事項だった。
「何か、問題でもあったのでしょうか。」
サカエさんが心配そうに呟く。
「よかったら、私も一緒に行きましょうか?」
フィランはジンやリベルター、フェリシダーの三人がいない今、蒼溟を守るために自らついて行こうと提案する。
「大丈夫だよ。例え何かあったとしてもどうにかなると思う。それに、アオもいるしね。」
だが、それを蒼溟は微笑みながら拒否した。アオも同意するように上下に回転するように頷く。
「そうですか。何か心配な事や不安に思うことがあったら、遠慮せずに相談して下さいね。」
フィランの言葉に素直に頷き、いつものように低ランク依頼を受けるためにギルドへと向かった。
◇◇ ◇
翌日、指定された時間に探求者ギルドへと出向いた蒼溟を案内してくれたのは、登録所の受け付けのお姉さんだった。ここ数日の低ランク依頼の受諾は、仮認証を使用しているので通常の受諾方法とは異なり、この登録所で受けていたのだ。その為、僅かな時間ですっかり顔見知りとなったのだ。
「蒼溟さまはスゴイですねぇ。まだ、仮認証中にも関わらず数多くの依頼をこなし、ギルドマスターのお一人と面会までなされるのですから。」
営業スマイルとは違う、素の感情で微笑んでくれるお姉さん。最近では、時間があれば雑談をするほどまで仲良くなった。
「そうですか?低ランクばかりですし、僕一人で頑張ったわけでもないですから。」
謙遜した言葉・・・というよりも、本心からの言葉で答える少年の様子にお姉さんは笑顔で言う。
「“それでも”ですよ。探求者ギルドに来られる方々の多くは、華やかな討伐依頼や報酬の多い高ランク依頼を選びがちです。そんな中で、低ランク依頼であっても適当にではなく、きちんと依頼者の要望をお聞きして丁寧に仕事するということは誇っても良いことだと私は思いますよ。」
その言葉に、自分自身を認めてもらったように感じた蒼溟は照れたように頬をうっすらと赤らめるのだった。
和やかな様子で案内された室内には、すでに一人の男性が居た。
歴戦の勇者といった雰囲気に、逞しい体躯。小麦色の髪はボサボサでありながらも、不思議と野性味を感じさせて逆に男の魅力を増す要因となっていた。無骨そうな手は小刀を片手に何かを丁寧に削っているところであった。
「・・・・アクレオ様。仕事中に趣味を優先させないで下さい。」
お姉さんは冷めた視線というよりも、突き刺さるような冷徹な眼差しで男性に注意した。
「んっ?おぉ、もうそんな時間だったか。」
その眼差しを一切気にしない様子で男性は呑気に答える。
「いやぁ。いけないとは思いつつも、締切間近でなぁ。・・・スマン。」
素直に頭を下げる。
そんな姿にため息をつきながらも、お姉さんは僕に男性を紹介してくれる。
「見苦しいお姿をさらしているアレが、ギルドマスターのお一人であるアクレオ様です。職務態度はあんな様子ではありますが、実力は確かですのでご安心ください。」
辛辣な紹介に、アクレオがブーブーと不満を口にする。
「そりゃあ、あんまりな紹介の仕方じゃないか。実の娘とは言え、もう少し父親に敬意を払ってもバチは当たらんと思うぞ?」
「私はあなた様を父親とは未だに認めた覚えはございませんが。ア・ク・レ・オ・様?」
娘からの営業スマイル付きの冷たい答えにアクレオは哀愁を漂わせながら机上に“の”の字を書くのだった。
「そんな事よりも、お客様をお待たせしたままですよ。」
娘の叱責にあっさりと立ち直ると室内にある応接場所へと移動し、お姉さんは室内にある給水場所でお茶の準備を始めた。
「悪いな。ちょっと、悪ふざけが過ぎたようだ。」
「いえ、気にしないで下さい。」
アクレオの謝罪をあっさりと受け取ると、彼は幾つかの書類を広げた。
「さて、伝晶石で伝えたように尋ねたいことがあるのだが・・・。まぁ、そう難しい事ではない。ジンから聞いているが蒼溟どのは異邦人だそうだな。それに対して、幾つかの確認作業と忠告といったところだ。」
「確認といいますと?」
「出身地の確認や家族構成。その他の備考欄がこちらの世界ではなく、蒼溟どの達の文字で表示されてしまうので本人に確認してもらうのが通例なのだが。その他にも、蒼溟どのといつも一緒に居るインフィニティ殿にも聞きたいことがあるのでな。」
そう言うと、僕の肩辺りに居るアオを見る。その視線にアオはとぼけた様子で瞬きをするのであった。
僕はアクレオさんから書類を受け取ると初めて自分の個人情報を確認するのだった。出身地は“東雲の村”となっていた。詳しい地名などが一切書かれていないのが、少し残念だ。その他に家族構成は、人名ではなく。父・母・姉・兄・自分と書かれている。
姉?・・・・・あっ!いたいた。
一瞬、腹違いの湊兄さんと同居?同棲?している婚約者である姉さんたちを思い出してしまったが、兄さんと同じ母親から生まれた姉さんが一人いた。僕が村に住み始めてから年に数回しか会った事が無いくらい忙しい人みたいだけど・・・面白い姉でもある。
特殊技能のところには何故か不思議なマークが記載されていた。
「あのアクレオさん。このマークは一体なんでしょうか?」
僕の質問にアクレオさんはアオを見つめる。
「それは、こちらも訊ねたい部分でもあるのですよ。このマークはインフィニティ殿が記入したものではありませんか?」
その問いにアオはあっさりと、そうだよ。と答える。
「それでは、一体どのような特殊技能なのでしょうか?それと、これは開示制限した方がよろしいでしょうか。」
それに対してアオは情報開示制限するようにと指示して、能力に関しては内緒と答える。
「やれやれ。蒼溟どのもとんでもない方に気に入られているねぇ。正直に言って、インフィニティ殿がこのように個人に深く関わるなんて思いもしなかったよ。」
頭を掻きながら苦笑するアクレオさん。僕には判断できなかった為に曖昧に苦笑するにとどめて書類の続きを確認していく。
最後の備考欄を見た瞬間に、僕は絶句した。
備考欄:母親からの言伝。
蒼溟。成人の儀式完了、おめでとう♪ !(^^)!
こちらは、みんな元気にしているから気にせずに思ったままに行動しなさい。但し、自分の不始末は自分で処理なさいね。それでは頑張りになさい d(-∀-)
あぁ、言い忘れたけど。立派になるまでは帰らなくて良いからね♪ (≧ω≦)ノシ
お嫁さんを連れて来れるくらいになるまでは他所で頑張んなさい。父さんと母さんは久々に新婚気分で旅行にでも行ってくるから、帰ってきても面倒みれないし、湊くん達の所にいつまでもお邪魔しているとあそこの仲が進展しないから邪魔しちゃだめよ? (^_-)-☆
それじゃあ、バイバイ♪ (^_^)/~
「・・・・・何、これ?」
ふつふつとこみ上げてくる怒りに書類を持つ手がフルフルと震える。どうやってココに記載できたのかも、いつの間に儀式が終わり成人していたのかも、それらがどうでもいいように感じる。
これが事実なら、僕がアオと出会った遺跡の前夜に聞いた母親の声は夢ではなく。それどころか、この状況を作った要因は自分の実母に間違いなくて、それを行った理由は後半に書かれた本音の部分で間違いない。
「・・・ふっふっふっ・・・絶対に戻ってやる。」
この行為が獅子の子落としとか、可愛い子には旅をさせよとか、諺を元に行ったことだとしてもだ。それらは、子供の成長を願う行為であって、育児放棄まがいの冗談で放り出すことでは断じてないだろう。
「あの母親ならやる。冗談を本気で行う村の性質をモロに体現している、あの母親なら。」
手にした書類をいつの間にかグシャグシャに握り潰し。暗い眼差しと不気味な笑いをこぼす蒼溟に、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに遠巻きに移動したアクレオとアオは小声で必要な質疑と確認を済ませていくのだった。
ちなみに、お茶を入れたお姉さんは遠巻きにする一人と一匹にお茶を出すと蒼溟の斜め前に座り、彼に入れたはずのお茶を飲みながら一人くつろぐのだった。