2-7 様々な思いと親心?
王城内にある塔のひとつの執務室に残ったジンとその上司であるインテグリダーは微妙な緊張感のなかお互いの出方を探っていた。
「はぁ~~、いつまでも睨めっこしていてもしょうがないか。」
ジンは大きなため息をつくと、執務室にあるソファに座ると、
「腹の探りあいは終わりにしようぜっ。とりあえず、飲みながら話すかぁ。」
「一応、勤務時間内のはずだと思ったのだが。」
注意する上役に嫌そうな顔をしながら、
「あぁ?どうせ、仕事になりゃしねぇだろうが。こんな面倒臭いこと飲まずにやってれるかってぇの。」
呆れた表情をしながらも、ジンの望みどおりに酒の準備をさせ、自らも対面席へと座る。
「それで、ジンはなんでまた厄介なことを持ち込んでくるんだ。」
今までの緊迫感が嘘のように、インテグリダーは親しげな感じで文句を言う。
「一応、不可抗力でもあるぞ。」
「どうだか・・・。私に何か恨みでもあるんじゃないかと疑いたくなるよ。」
異邦人を一人、国に抱え込むというのは外交上、様々な軋轢を発生させるのだ。しかも、この国にはすでにジンという異邦人がおり、その影響力は様々な部分にまで及び他国により常に警戒されているのだ。
「まぁ、多少は悪かったとは思っているぞ?・・・多分。」
お互いに手酌で飲みながらも遠慮なく言う。
「はぁ。念のために確認しておくが、同情心であの少年を引き取った訳でもないのだろう?」
当然のように聞くインテグリダーにジンは苦笑しつつも肯定する。
「まったく無いというと、嘘になるがなぁ。だがな、蒼溟を放置しておくのは危険すぎると判断したからというのもある。」
ジンの言葉を少し思案しながら
「フェリシダーや森の主殿の書簡では、特に問題のある少年には思えんが。」
それ以外にもインテグリダー個人の諜報員を使って観察したところ、人の良さそうな感じしか見受けられないとの報告だった。
「実のところ、それが問題なんだ・・・。」
渋い顔をしながらジンは言う。
「俺がいままで調べたところ、異邦人としてこの世界に来た連中はみんな大なり小なり傷を抱えている。」
「傷?それは違法行為を行ったことがあるという意味か?」
インテグリダーの言葉に
「そこまでは分からねぇが、俺の言う傷とは心の問題だ。」
それは、人間不信だったり、自己嫌悪だったり、はてはコンプレックスの塊と様々ではあった。
「そんな連中だったから、元の世界に対しての執着も薄い。」
今までの常識が通用する世界に戻りたい、けど戻れないならそれはそれで、別にかまわないか。と考えるような奴らばかりだったのだ。
この事から、真剣に元の世界への戻り方を探すことがなく。帰れるのか、帰れないのか、その判断すら曖昧なのが現状だ。
「心の傷ねぇ。それは、別に異邦人だけの問題ではあるまい。」
異邦人が問題視されるのは、魔術特性が高いことだけが理由ではない。彼らはいわば、大きな赤子と一緒なのだ。
言語はもちろんのこと、常識や倫理感すら持たない彼らを自らの私心によって好きなように教育することが可能であり、盲目的な依存心を植え付けることも可能であり、使い勝手の良い私兵とするにはあまりにも都合がいいのだ。
「あぁ、それだけで言えば他種族の子供たちの方が問題だろうなぁ。だがな、異邦人でやっかいなのは純真な赤子じゃねぇことだな。」
元の世界での知識に知恵、世界間移動の副作用なのか、高い魔術特性。それらだけでも、厄介なのに彼らはある程度成長した人族でもある。他種族よりも欲が深いのが人族の特性であり、その特性は異邦人にも当てはまるのだ。
「まぁ、ここに来た異邦人の大半が楽観的で能天気な性格だから致命的な状況は引き起こされてはいなかったが、選択肢の中にはこの世界を滅ぼす可能性があった奴だっている。」
「それは、クリミナルのことを言っているのか?」
この世界の様々なところで問題を起こす世界の敵でもある集団。
「いや、クリミナルの連中は確かに危険ではあるが、根絶やしにするほどの兵器を使用する様子はいままでのところ見受けられない。」
確かに、戦争を起こす引き金とも言える問題を起こすことはあるが生物兵器のような無差別殺戮は起こしてはいない。ただし、これは“今までは”という注釈がつく。これからもしないとは限らないのだ。
「ジン。その言い分だとあの少年であれば、それを行うかもしれないと言っているように聞こえるが?」
その言葉にジンはあえて無表情になると
「あぁ。蒼溟にはその可能性がある。」
その様子にインテグリダーは顔をしかめる。
「その根拠は何かあるのか?」
手元にある情報の中で、ジンが示唆するような根拠に至るものは一切ない。それこそ、ジンが何を思ってあの少年を危険視するのかが、まったく解らないのだ。
「蒼溟は、純粋過ぎるからだ。あいつの様子を見ていると時折、不安になる。」
特殊で歪な村ではあるが、そこに住む人々にとって楽園とも言える場所で育ち。今までの異邦人とは違い、様々な技術に特殊な知識。人の持つ悪辣な部分を知らない様子の純真な少年。
「あいつがもしも、この世界に絶望する事があったとしたら。自暴自棄になって、世界を滅ぼすのではないかと思っちまうのさっ。」
それは、ジンにも覚えのある感情でもあった。自分を取り巻く全てに絶望し、自分に対して差し伸べてくれる手の存在に気付かずに、ただ自らの破壊衝動のままに暴れていた時代。
だが、それがあるからこそ。この世界に来て初めて自分と向き合う事ができ、自らの守りたいものを得ることが出来た。
「ふむ。それを可能にしてしまう程の能力の高さだと判断すればいいのか?」
インテグリダーにとって、その考えは珍しいものではなかった。この世界には人族以外の他種族が存在し、その中には世界を滅ぼすことが可能な力を有するものもいる。
それこそ、破壊衝動のままに行動されれば世界滅亡など数千回と行われている事だろう。
「ふむふむ。」
これは、ジン自身がこの世界に並みならぬ愛着心があると判断すればいいのか。それは、自らの国をこよなく愛するインテグリダーとしては喜ばしい事ではあるが、そこまで悲観するものでもないように思えた。
「それで?ジンはもしも、あの少年が破壊衝動に突き動かされて世界を滅ぼそうとするようであればどうするつもりだ。」
インテグリダーの意地の悪い質問にジンはしかめっ面をする。
「あん?そんなもの、はっ倒してでも改心させるさっ。義理とはいえ、俺はあいつの父親となったんだ。子供を真っ当な道に戻してやるのも親の役目だろうがぁ。」
「そこまで認識しているのなら、悲観的にならんでもいいだろうに。」
その言葉に少し悲しそうな顔をするジン。
「この国であれば、そんなに悲観しないさっ。でもな、インテグリダーも知っての通り他国での異邦人の扱いは時として想像を絶する酷さだぜ?」
「ふむ。まぁ、率直に言って“道具扱い”だろうな。」
あっさりと肯定するインテグリダーを軽く睨む。
「お前は、昔から冷たいヤツだなぁ。」
ジンの言葉にインテグリダーは肩をすくめてあっさりとやり過ごす。
「まぁ、私にとって大切なのはこの国であるからなぁ。」
ラント国にとって有益であれば、インテグリダーはどんな手段もとるし、敵対する勢力とも手をつなぐだろう。
「ジンがこの国に改革を起こす時だって、それが国にとって有益だと思ったからこそ。あの少年がこの国に無害で利益をおこさないのであれば、私にとってはどうでも良い事だ。」
酒を一気にあおり断言する。
「それにだ。ジンの家族たちはこの国に対して当初の目論み以上によくやってくれている。」
ラント国の貴族であるコンスルタ家の婿養子になった息子のリベルター。ジンが王族より下賜されたデスティノの家名を継ぐ為に孫娘のフェリシダーは戸籍上、ジンの養女となっている。そして、親子そろってこの国に仕えている。
「他の親族連中もこの国に貢献してくれているからな。それらを加味してもあの少年を保護することに対して異論を唱える奴らはこの国にはいないだろう。」
だが、他国にとっては面白くない事態ではある。そして、ジンたちの存在を疎ましく思っているのは自国内にもいるのだ。
「お前が、あの少年に対して真剣に向き合うというのならば、反対はしない。だが、賛成もしないからな。あくまでも、中立として接するだけだ。」
それは、愛国心溢れるインテグリダーの優しさでもあった。
「そうか。・・・ありがとう。」
言外にインテグリダーは国の為に少年を利用することはしないと確約してくれたのだ。
もし、利用するつもりであれば、少年の保護は国が行い。その行動は様々な制約により制限され、この国に縛られてしまう。そして、明確な後ろ盾のない異邦人たちのほとんどは、都合良く使用され、処分されてしまう。その処分方法も様々ではあるが、決して幸せとはいえない状況に追い込まれることは明白である。
「ふんっ、別に礼などいらん。それよりも、溜まった仕事を早急に片付けんかッ!!」
「エッ?!俺の役職は窓際族だろうに。」
その言葉にインテグリダーはニヤリと笑う。
「ハッ!使える者は何でも使うのが官吏という者だ。今まで、遊んでいた分も働いてもらうからな。」
「なっ、なにぃ―!?」
うろたえるジンに底意地の悪い笑顔で対応するインテグリダー。
なんだかんだと言いつつも、かつての戦友同士。お互いを尊重し、互いに大切とするものを理解し、折り合いをつけるのだった。